2017年11月19日 (日)

津和野町の「津和野大橋」「殿町通り」「山根町通り」を散策(中編)

「草刈代官門」を抜けると白亜の建物がありました。ピンボケ写真になったことをご容赦ください。     「津和野町郷土館の案内」には、『当館は、強度の歴史、文化遺産を永く構成に継承するため、大正10年、当時としては県内唯一の郷土歴史博物館として設立されました。設立当時は藩校養老館の御書物蔵を利用していましたが、昭和15年、期限2600年記念事業としてこの場所に建てられました。(以下略)主な展示として、縄文期からの考古資料、藩政時代から幕末明治に至る歴史的資料、郷土が輩出した、西周(あまね)、福はね美静(よししず)、森鴎外をはじめとする先哲たちの作品、遺品、キリシタン殉教に関する...

» 続きを読む

2017年11月18日 (土)

津和野町の「津和野大橋」「殿町通り」「山根町通り」を散策(前編) 

午前6時を少し回った時、温泉宿「わた屋」の玄関を開けてもらい、旅行先で習慣にしている散歩に同行者を誘って出かけました。       玄関の左手にある茶室は掘割りに面しており、そこには多くの鯉が泳いでいます。         「高岡通り」を南に歩いて「津和野大橋」方面へ向かいました。   「わた屋」の南隣は山陰物産館「ぎゃらりい 沙羅(さら)の木」です。看板にある「源氏巻」は元禄時代から伝わる小判を包んだ形のお菓子とのこと。       その向かい側は郷土料理の「石州館(せきしゅうかん)...

» 続きを読む

2017年11月17日 (金)

津和野町の温泉宿「わた屋」に泊まる

にわか雨が小降りになったところで、この日に宿泊する温泉宿「わた屋」へ向かいました。津和野で唯一、天然温泉がある宿泊施設であり、しかも津和野の見どころである「殿町通り」に近いことが魅力です。県道13号で津和野大橋を渡った交差点を直進して、町道(高岡通り)を約250m進んだ右手にありました。エントランス付近は茶色い瓦を載せた和風建築で、その奥にある宿泊棟は鉄筋コンクリート製のようです。       午後45分ころにチェックインすると、14年前にリニューアルされた宿泊棟へ案内されました。畳敷きの廊下は心地よい感触です。       3階にあ...

» 続きを読む

2017年11月16日 (木)

津和野町の「森鴎外旧宅」と「森鴎外記念館」(後編)

「作家誕生」「豊熟の時代」「晩年の輝き」などが続きます。           「上京」 『津和野藩主亀井玆監(これみ)公つきの医者であった父に連れられ津和野を出た10歳の林太郎(鴎外)は、父と共に向島にあった旧藩主亀井家下屋敷内にひとまず落ち着きます。しばらくして、向島小梅村87番地(現在の東京都墨田区向島2丁目)の借家に、さらに明治8年4月30日、小梅村237番地(現在の向島3丁目)に家を購入して移り住みます。鴎外の上京の目的は家業の医者になることでしたが、同時にそれは森家の長男(家長)として、立身出の機体を世一身に背負っての上京でもありまし...

» 続きを読む

2017年11月15日 (水)

津和野町の「森鴎外旧宅」と「森鴎外記念館」(前編)

県道13号をY字路まで戻り、市道で津和野駅とは反対方向へ走って、「森鴎外記念館」へ向かいました。津和野出身の軍医で小説家の森鴎外(本名:森林太郎)に特化したユニークな施設で、「津和野城跡の「三十間台」からその場所が津和野川の対岸(ほぼ正面)であることを確認しています。注、鴎外がその半生を過ごした文京区千駄木の旧居跡にも区立「森鴎外記念館」が存在する、その墓は津和野の永明寺と三鷹の禅林寺にある   「森鴎外記念館」に到着する直前、交差点の角に「森鴎外旧宅」の案内標識を見かけましたので、「森鴎外記念館」の駐車場に車を停めて、徒歩で向かうことにしました。午後4時ころ、80mほど戻って脇道へ...

» 続きを読む

«津和野町の「太鼓谷稲成神社」

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ