2017年12月11日 (月)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 岡山県高梁市の「備中松山城跡」(最終回)

「三振りの宝剣」(前述)       「甲冑(かっちゅう)」       「歴代の城主」が紹介されています。「小堀遠州」(本名:小堀遠江守政一)は政治家としてだけではなく、建築、造園、茶道など多彩な分野で活躍した人物で、江戸時代の初め、備中国奉行となり備中松山藩の基礎をつくった。「水谷(みずのや)三代」(勝隆・勝宗・勝美)の勝隆は常陸国(茨城県)下館藩主から、備中成羽を経て寛永19年(1642年)備中松山藩主として入封し、新田開発や高瀬舟の開発など、様々な開発を行い、二代勝家、三代勝美に受け継がれていった。跡継ぎが絶えた水谷家からの城...

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2017年12月10日 (日)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 岡山県高梁市の「備中松山城跡」(その5)

「昭和の大修理」       「平成の大修理」(平成13年~15年)       「鯱瓦(しゃちがわら)」       「武者窓(連子窓、れんしまど)」       「狭間(さま)」       「囲炉裏(いろり)」       「装束(しょうぞく)の間」           「鏑懸魚(かぶらげぎょ)」は切妻造り(破風)の拝み(頂点)に取り付けられる装飾である懸魚のな...

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2017年12月 9日 (土)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 岡山県高梁市の「備中松山城跡」(その4)

「備中松山城本丸」の入場料は大人300円、石段の上の櫓に窓口があります。       「本丸南御門」を潜(くぐ)ります。         現存する天守閣としては日本で最高地にある「備中松山城」の「天守」(二重二階)が目の前に出現しました。ちなみに、右手は「本丸東御門」です。       狭間のある白壁の土塀の手前には「六の平櫓跡」         「天守」へ向かう前に左手の建物、復元された「六の平櫓」に入ってみました。     ...

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2017年12月 8日 (金)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 岡山県高梁市の「備中松山城跡」(その3)

「二の平櫓跡」       「三の平櫓」の「東土塀」(国指定重要文化財)は狭間がある白壁の土塀       急な坂道はまだ続くため、同行者はジグザグのコースをとりはじめました。       「三の平櫓跡」を通過すると、       「三の丸跡」に出ました。     その右手には「足軽番所跡」があり、     立木の向こう側には「上番所跡」の標柱が見えます。        「厩曲輪(うまやくるわ)」...

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2017年12月 7日 (木)

山陰と山陽の城を巡るドライブ旅 岡山県高梁市の「備中松山城跡」(その2)

「登山心得」       舗装された登山道       「備中松山城」まで500mの地点       登山道はまだ続きます。         登山道の脇に石垣が現れました。「中太鼓丸櫓跡」のようです。       「中間地点」の表示       前方にも「中太鼓丸櫓跡」の続きと思われる石垣が見えます。       さらに続く登山道       「野...

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