2009年7月 7日 (火)

旧東海道ドライブ旅(静岡県中西部 最終回): 浜松宿と遠州和の湯

旧東海道は森下交差点付近の三叉路で県道261号と別れて若宮八幡宮を過ぎた天竜川の堤防上を北上したそうですが、現在は手前で行止まりになっていますから、T字路を右折して北上します。旧東海道の渡し場はさらに上流の池田(現在の豊田池田の渡し公園)にありました。街道筋から北にそれているのは天竜川の流れが速かったからでしょう。近くに池田の渡船の歴史を展示する「池田の渡し歴史風景館」があります。ちなみに見附宿からは姫街道(旧鎌倉街道)が近道になっていたようです。

   

今回は立ち寄る時間がありませんのでそのまま天竜川橋を渡って浜松市に入ります。隣の新しい橋は国道1号用の新天竜川橋と新新天竜川橋(20083月開通)です。

 

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天竜川を渡り終えた天竜川西交差点を左折して堤防上の道に入りました。「舟橋跡」と「天竜川木橋跡」の棒標が並んで立っています。いずれも明治に入ってから造られた橋の跡です。「舟橋」とは舟を並べた上に板を敷いた仮設の橋で、後に木橋に架け替えられたそうです。

 

2009_06130318堤防を下りて六所神社前を通過、県道344に入って安間交差点で県道261号に合流しました。国道1号の下を潜って進むと子安交差点で国道152号に吸収されました。浜松東警察署の辺りに一里塚があると聞いていましたので歩いて警察署の前を探してみましたが見つかりません。後で調べると警察署から30mほど先の車道側植え込みに棒標があったようです。

 

その代わりではありませんが少し先にある馬込橋の東詰(づめ)外木戸の棒標を見つけました。浜松宿は東海道五十三次で29番目、駿河国と遠江国で最大の宿場町です。連尺交差点を左折して国道257号に入りました。江馬殿小路跡(えまどのこうじあと)の名に惹かれました。帰宅後に調べてみました。戦国時代の武将で今川氏の家臣であった飯尾豊前守連龍(つらたつ)が浜松を治めていた時の家老の一人江馬安芸守泰顕(やすあき)の屋敷の脇道を江馬殿小路と呼ぶようになったということです。

   

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伝馬町交差点を左折して浜松駅に向かうと夕方の浜松駅前は車で大変な混雑です。駅舎の写真を撮ろうと送迎用のヘアピンコースに入り、1枚撮影したところで後続車に押し出されるように引き返しました。

 

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伝馬町交差点まで戻ると「ザザシティ浜松」の前の植え込みに梅や本陣跡の立て看板があります。伝馬町交差点を右折した銀行前に川口本陣跡、浜松信金の前に杉浦本陣跡、そして連尺交差点の手前に高札場跡が続きます。

 

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2009_06130317 連尺交差点を行過ぎたガソリンスタンドの前に浜松城大手門跡の立て看板も見つけました。夕闇(ゆうやみ)が迫ってきたようですから浜松宿を今回の旧東海道ドライブ旅のゴールにすることにしました。当初の心積もりでは次の舞坂宿まで行く予定で、ドライブ旅を〆(しめ)る日帰り温泉として浜名湖に近い舘山寺(かんざんじ)温泉を考えていましたが、いずれも断念です。

 

代案にしていた袋井市の日帰り温泉へ向かうことにしました。国道152号を戻り北島JCTで国道1号に合流しました。新天竜川橋を渡ったところで入った磐田バイパスは高速道路並の立体交差の道が続きます。堀越ICを出て東名高速道路の袋井ICとは反対方向へと右折しました。川井交差点を左折して川井東交差点を右折すればほぼ一本道です。JR東海道本線とJR東海道新幹線を潜った谷坂で案内表示に従って左折すると目的地に到着です。堀越ICから4kmほど、10分足らずの距離です。

 

日帰り温泉「遠州和(やわらぎ)の湯」は袋井市郊外のお茶畑とゴルフ場に囲まれたまだ新しい(リニューアルされた)施設でした。薄暗くなった駐車場(220台の容量)は車でほぼ一杯になっています。入館料は1000円だと思っていましたが午後5時以降は800円と安くなっていました。「鶴の湯」と「亀の湯」が週替わりで男女の湯になるようです。この日は「亀の湯」が男湯でした。

 

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地下1500mから汲み上げられた源泉の泉質はナトリウムー塩化物温泉(食塩泉)と説明されています。小さめの脱衣場から内風呂に入りました。マグナムバス、ジェットバス、電気風呂、水風呂などが並んでいます。湯は源泉に加水・加温されているようです。サウナに入ったあと階段を下りて露天エリアに出ると大きな岩風呂が並んでいました。こちらは源泉を加温(加水なし)・循環ろ過しているそうです。巡回しながら異なる雰囲気が楽しめます。電気風呂は人気があるのか入浴客で一杯でした。暗がりにワコーゴルフ倶楽部(9ホール・パー29のショートホール)が見えて開放感があります。柔らかい温泉の湯が長いドライブ旅で疲れた心身を優しく癒(いや)してくれるようです。

 

<同行者のコメント> 前回以上に大変なドライブでした。運転手さんは地図を眺めたり、カーナビと喧嘩したりで、寄り道の多い忙しい旅になりました。温泉に入ったあとはそれまでのあわただしさが嘘のように東名高速道路を快適にドライブできました。私は高速道路のドライブの方が楽しいです。

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2009年7月 6日 (月)

旧東海道ドライブ旅(静岡県中西部 その12): 見附宿

旧東海道(県道253号)は川井交差点で旧国道1号(県道413号)に吸収されました。小さな川を木原松橋で渡ったところで旧東海道にしたがって右手に入ると木原松橋の標識がありました。

 

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200mほど進んだ左手に木原一里塚があり、さらに100mほど先の右手に許禰神社(こねじんじゃ)がありました。関が原合戦に向かう徳川家康が戦勝祈願をしたあと腰掛けて休息したと伝えられる「徳川家康公腰掛石」と樹齢300年以上とされる御神木の楠(くすのき)の巨木があります。神社の北側にある木原畷(なわて)の古戦場は徳川家康が武田信玄に大敗を喫する三方ヶ原合戦の発端となる小競り合いが行われた場所であると説明されていました。畷とはたんぼ道あるいは真っ直ぐで長い道のことです。

 

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2009_06130293100mほど先の右手に木原の標識がありました。袋井宿宿境まで十七町(約1.9km)、次の見附宿(みつけじゅく)宿境まで一里二町(約4.1km)と表示されています。

県道413号に合流して三ヶ野橋を渡りました。旧東海道は国道1号を離れて少し南側のルートを取りますが、そのまま国道1号を走りました。

 

2009_06130294旧東海道が国道1号に左後方から合流すると、すぐ右手へと反れて行きますので、それに従いました。富士見町東交差点のすぐ手前です。300m余り走ると三叉路の角に富士見町の秋葉石灯籠(常夜燈)が立っているのが見えました。大正4年に建てられたものであることが説明されています。直進して急な坂を下りたところに愛宕山(あたごやま、愛宕神社)の石段が続いていました。 

 

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ここが東海道五十三次で28番目の遠州見附宿の東木戸跡で旧東海道に木戸跡の看板が、見附宿場通りには木戸風のモニュメントが立っていました。西から江戸へ旅する旅人がはじめて富士山を目にしたのが近くの高台からであったことから見附宿の名が付けられたそうです。すぐ東に富士見町の地名があることから頷(うなづ)けます。

 

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2009_06130300 見附宿場通りを西に走って中川橋を渡り、県道86号と交差して、次の県道44号を左折しました。交差点近くに旧御朱印屋敷冷酒清兵衛邸が見えます。右手に西木戸跡の標識木戸風モニュメントが東木戸と同様にありました。本陣跡、問屋場跡、高札場跡など肝心なものを見過ごしたようです。街中では藤枝宿でしたように徒歩で巡(めぐ)るべきでした。 

   

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2009_06130303 左手の府八幡宮の前に車を停めました。県道58号の反対側に遠江(とおとうみ)国分寺跡があるはずですが表通りからは見えません。JR磐田駅に向かうこの県道はジュビロードと呼ばれているそうです。もちろん地元の「ジュビロ磐田」にちなんだもので、歩道に選手の足型や手型が多数あるそうです。ブライトタウン磐田駅前店の角を右折しました。 

 

なだらかな坂道を上ると600mほど先の大きな施設の前に中泉の標識が立っていました。西北西へ一直線に伸びる道が次第に混み始めました。夕方が近いのです。

 

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2009_06130306 宮之一色一里塚63番目)を探しながら運転しましたが少し行過ぎてしまいました。見つけた標識は後方を指しています。宮之一色バス停付近にあるだろうと当て推量したのが失敗でした。ひとつ手前のバス停「下万能」近くの「AGスクエア」前にあったようです。注意力が散漫になったのかもしれません。今回のドライブ旅のゴールは間近ですから気を引き締めることにしました。

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2009年7月 5日 (日)

旧東海道ドライブ旅(静岡県中西部 その11): 袋井宿

松並木を進むと袋井の浮世絵版画がありました。凧揚げの様子が広重によって描かれています。この絵にある丸凧が20年前に再現されて、袋井市で毎年凧揚げ大会が小笠山で開催されているそうです。(小笠山総合運動公園エコパのhpより)

 

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2009_06130260 旧東海道は工場地帯へと入って行きます。大和ハウスの工場角に突然大きな鳥居が見えました。富士浅間宮の赤鳥居です。ここから参道が続きますが東名高速道路に分断されて富士浅間宮(ふじせんげんぐう)は見えません。

袋井市立袋井東小学校の敷地を背にして久津部(くつべ)一里塚跡の碑がありました。昭和47年に袋井東小学校創立100周年を記念して跡地に造られたものだそうです。60番目の一里塚です。学校の正門には「東海道五十三次 どまんなか 東小学校」の看板が掛かっています。

 

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路傍に油山道道標を見つけました。真言宗の古刹である油山寺(ゆさんじ)へ至る道であったことが隣に立つ東海道松並木の案内板に説明されています。油山寺は前回触れた可睡斎のすぐ近くです。

 

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松並木を抜けると旧東海道(県道253号掛川袋井線)は新谷交差点で県道413号(旧国道1号)に行き当たりました。旧東海道は左斜め前方へ進むようですが車は進入できませんので県道253号に従い左折して広岡川の手前を右折しました。袋井市役所南交差点の角に大きな袋井宿入口の石碑が見えます。

 

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その横に袋井宿と天橋の説明がありました。天橋(阿麻橋)は東海道五十三次で27番目の宿場である袋井宿の東入口に架かる土橋だったそうです。土橋(どばし、つちはし)とは木組みの上に土を突き固めた橋のことです。

    

2009_06130271広岡川を渡ると交差点の角に「東海道どまん中茶屋」があります。先ほどの説明にあった広重の浮世絵版画「袋井 出茶屋ノ図」と袋井宿の標識が立っていました。そして油山寺への道案内標識もあります。写真を撮影していると茶屋の人がお茶をすすめてくれましたが、先を急ぎますので、丁重に辞退しました。ボランティアの方々のようです。ありがとうございました。 

   

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旧東海道は右へ大きくカーブします。静橋北交差点の手前右手に袋井宿東本陣跡が綺麗な公園として整備されていました

 

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その向かい側は袋井宿場公園になっています。袋井宿の案内板と「つぎ見附宿」と書かれた袋井宿道標があります。

 

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200mほど西へ行った御幸橋の袂(たもと)に秋葉山常夜燈と高札場がありました。ここが袋井宿の西の入口です。この袋井宿は東の入口から西の入口まで五町十五間(約570m)あったと説明されていました。

 

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