« 歴史の街 北京 | トップページ | 世界都市巡り(写真集) »

2005年12月30日 (金)

インドネシアとマレーシア

インドネシアのジャカルタで思い浮かぶのは江戸時代に幕府の命令でインドネシアへ追放された混血児「ジャガタラお春」の悲しい話です。オランダの東インド会社が長崎の出島などを通して鎖国中の日本と取引があった時代です。蘭学が西洋の学術として多くの学者に学ばれたことは時代劇にもよく登場します。明治以降は「からゆき(唐行)さん」もインドネシアなど東南アジア一帯に足跡が残っています。私はシンガポールの日本人墓地で軍人の墓とともにカラユキさんの墓にお参りしたことがあります。皆さんもご存知の「島原の子守唄」はこの「からゆきさん」を歌った唄です。暗い出だしになってしまいました。
 
日本と昔から関係が深いインドネシアの首都ジャカルタはおよそ8時間の直行便で行けます。人口は東京都とほぼ同じです。タムリン通りには高層ビルが立ち並び、目抜き通りは自動車の渋滞です。以前は3輪トラックやトライショー(3輪自転車)も走リ雑然としていましたが、今は制限されているようです。人と車が溢れており、世辞にも綺麗とは言えませんが、活気に溢れたアジアを代表する街の一つです。
 
公用語のインドネシア語は隣国マレーシアのマレー語とほとんど同じです。その理由はインドネシアが太平洋戦争後にオランダから独立した時に、島ごとに異なる言語(例、ジャワ語・スマトラ語)とともに国内の一部で使われていたマレー語を国の共通度として採用したからなのです。私は都合10数回出張のため訪れたインドネシアとマレーシアで単語をいくつか覚えました。セラマパギ(おはよう)、ナマサヤ○○(私の名前は・・・)、テリマカシ(ありがとう)、サマサマ(どういたしまして)、アンダ(あなた)など。運転手にはトゥングディイニ(ここで待て)と言えば大丈夫です。アダ(ある)、ブカン(ない)、チャンティック(美しい)、バグース(良い)、マカン(食べる)、ミヌム(飲む)、エナ(美味しい)も役に立ちます。道はジャランですが、重ねてジャラン・ジャランとすれば散歩するになります。日本語と同様に重ね言葉が多い言語です。
 
インドネシアの食べ物は香辛料がいっぱい使われて大変ホットです。ある時、うっかり唐辛子をそのまま食べてしまい、食事をしている間(1時間くらい)、味覚が無くなってしまったことがあります。慌てて呑んだビールが事態をさらに悪化させたようです。私にはミー(麺類)やナシ・ゴレン(チャーハン)が美味しいです。サテ・アヤム(焼き鳥)、イカン(魚)料理も行けます。テはお茶、ビールはビルですがビンタン(ブランド名)でもOKです。
 
バンドンはジャカルタから飛行機でおよそ30分、列車だと4時間くらい掛かったと思います。時間に余裕があるときは列車にした方が良いと忠告されました。理由は当時の飛行機が非常に古かったからです。高地にあるバンドンまで農村風景を見ながらの鉄道の旅は楽しいです。途中に見事な棚田がありました。バンドンは第二次大戦後にアジア・アフリカ会議(バンドン会議)が開催された都市で、官庁、バンドン工科大学などの有名大学、整然とした住宅地などがあるとても美しい町です。
 
インドネシアで有名なものを挙げてみましょう。楽器のガムラン、ワヤン・クリ(影絵芝居)、バティック(ろうけつ染)、そしてインドネシアの民謡は「ブンガワン・ソロ(ソロ川)」と「かわいいあの娘(ノナマニス)」が日本でも良く知られています。日本語訳の歌が昭和30年代に流行った「歌声喫茶」で良く歌われたそうです。私の世代は少し後でしたから、高校の部活(演劇部)の休憩時間にロシア民謡と一緒によく歌いました。観たことはありませんが、昭和26年に作られた戦争映画「ブンガワン・ソロ」(市川崑監督)で日本に紹介されたようです。昭和30年代には小林旭が日活映画「渡り鳥シリーズ」で「アキラのブンガワン・ソロ」として歌っていました。「かわいいあの娘」の歌詞には日本語に交じって「ノーナマニサパヤンプーニャ」(かわいいあの娘は誰のもの)を繰り返すのが印象に残っています。当時はその意味を知りませんでしたが・・・。
   
KLマレーシアの首都クアラルンプールはアジアの町並みに古いイギリス風の建物と新しいアメリカ風のビル街とが溶け合った美しい街です。最近は郊外の開発が急ピッチに行われており、1998年に開港した新空港に続いて、プトラジャヤ(政治機能)とサイバージャヤ(科学技術)の副都心が整備されています。写真はクアラルンプール都心にある88階建てのペトロナス・タワーです。日韓の建設会社が一棟ずつ建設し、1997年から世界一の高さを誇りました。(2003年に台北のビルに高さで世界一の座を譲りましたが・・・) ショーン・コネリーとキャサリン・ゼタ・ジョーンズが共演した1999年の映画「エントラップメント」の舞台にもなりました。

|

« 歴史の街 北京 | トップページ | 世界都市巡り(写真集) »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: インドネシアとマレーシア:

« 歴史の街 北京 | トップページ | 世界都市巡り(写真集) »