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2006年6月に作成された記事

2006年6月28日 (水)

光クラブ事件

今夜の日本テレビ特番「光クラブ事件」を観ました。昔、父親からこの事件について聞いた時は、気にも留めませんでした。その後、1989年にリクルート事件(東大生の江副浩正氏が設立した会社の未公開株を政官界に提供)が一大政治スキャンダル化した際に、光クラブ事件のことを思い出して調べてみました。そして山崎晃嗣の生き様に驚きました。この事件をモデルにした高木彰光氏著「白昼の死角」を読み、テレビドラマ(渡瀬恒彦が主演)も観ました。当然のことながら脚色されており、面白くはありましたが、史実とは少し異なりました。それから20年、ライブドア事件が今年2月に大きく報道された時に、私はこれら三つの事件にアナロジーを見ました。
 
今夜の番組は、史実をなぞるドキュメンタリー風に番組が進行しました。終戦で東大に復学した山崎晃嗣は、業界通で切れ者の医学生と「光クラブ」を昭和23年に中野区で設立。かき集めた金で新聞広告(三行記事)を打つことで世間の注目を集め、高利と巧みなセールストークで出資者を集めることに成功する。その資金を大々的に広告へ投入したことで、自転車操業が続くなか出資者は増えていった。1万5千円で始めた事業が2ヶ月半で1千万円に増え、事務所を銀座へ移す。六本木ヒルズに居を構えるライブドアや村上ファンドと同じ発想なのでしょう。
 
これら東大出身のエリートはいずれも逮捕されます。山崎晃嗣が他と異なるのは、銀行法違反で逮捕されながら、自らの法律知識と弁舌で不起訴に持ち込み、釈放されたことです。しかし、これに動揺した出資者が一斉に資金の返済を迫ったため、資金繰りがつかず、自分の美学を貫く為に自殺することになります。時代の転換(混乱)期にこうした人材が現れることは歴史の必然なのでしょうか? 

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2006年6月25日 (日)

両国散策と御谷湯

 

両国界隈の散策に出掛けました。JR両国駅へ着いたときはすでに昼時になっていましたので、西口近くのちゃんこで有名な「霧島」へ向う。ビル全体がちゃんこ屋さんのようです。いつもは麺類ですませている私にはチョット量が多いのですが、おいしい味に誘われて完食してしまいました。
 

Dscf0008_4少し南に歩いた14号の両国一丁目交差点前に両国花火博物館がありました。ビル横にある扇形の小さな建物ですが、花火の歴史、錦絵、そして原寸大の2尺玉のモデルなどが展示されていました。いろいろな種類の花火の作り方を説明するビデを興味深く観賞させてもらう。案内の方によれば、現在、隅田川の花火大会で使われているのは五寸玉以下だとか。ずいぶん小さくて意外でした。江戸時代に打ち上げられた2尺玉は直径800mの大きさになると書かれていました。2尺玉は無理としても、尺玉(昔はこれが定番)を打ち上げて欲しいものです。 

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すぐ隣の回向院(えこういん)には鼠小僧と竹本義太夫の墓があります。またここは相撲にゆかりのあるお寺で、力塚もありました。この塚の前で若いお相撲さんが祈願するテレビ番組を思い出しました。「お前立ちをお削りください」との立て札を見た同行者はお前立ち(真ん中の白い石)を削りはじめました。鼠小僧次郎吉のご利益は? 両国小学校を過ぎた郵便局の前に本所松坂町公園があります。

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ここは忠臣蔵で有名な吉良邸の跡で、気がつかず通り過ぎてしまうほどの小さな公園です。塀の中には井戸跡と稲荷がありました。 

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さらに東へ歩いた本所署の南側にある両国公園は、勝海舟の生家(男谷家)があった場所で、石碑が建てられていました。その横に「ラジオ体操会場年中無休」の看板が!! 本当ですか?

 

両国駅に戻り、すぐ北側の国技館に向いました。今日の目的は相撲ではなく、ここで開かれる某居酒屋チェーンの株主総会に出席することです。株主総会は和やかな雰囲気で進み、1時間半ほどで滞りなく終了。

すぐ隣の江戸東京博物館へ向かう。ユニークなデザインの建物です。船を船台で持ち上げたような、あるいは古代の高床式の住居を巨大にしたようにも見えました。 

Dscf0022_3石器時代、縄文時代から江戸時代、そして近世まで、東京の歴史についてのさまざまな展示があります。この時期にちょうど「発掘された日本列島2006」の特別展示があり、多くの入館者で混み合っていました。土器などの前で熱心にメモをとる人たちが!
 

Dscf0032_3Dscf0036_1清澄通りを横切って北斎通りを東に歩くと、ほどなく葛飾北斎誕生碑を見つけました。さらに東へ200mほど歩くと、野見宿祢(のみのすくね)神社です。ここには歴代の横綱の名前が彫られた石碑が二基建てられています。初代の明石志賀之助から現在の朝青龍まで68名ありました。
 

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三ツ目通りで左折し、10分ほど歩くと、左手の横道へ入ったところに御谷湯(みこくゆ)を見つけました。シンボルの煙突も周りの建物で目立ちません。建物は古めかしい下町の銭湯で、浴室も広くはないのですが、高い天井と細かく仕切った浴槽がスーパー銭湯の雰囲気です。入浴料金は430円。

 

Dscf0037_4 少し色が薄い黒湯は、低温(27℃)、中温(42℃)、高温(46℃)の3つに別れています。低温は水風呂、高温は熱湯のようで、江戸っ子ではない私には中温以外は楽しめません。白湯は通常の湯、座湯、足踏み湯、打たせ湯がありました。その間にクスリ湯なる紫色のお湯が! 恐る恐る入ってみましたが、色の強烈さとは裏腹にお湯はいたってマイルド。あとでご主人に伺うと、「桃の葉」の入浴剤だと教えてくれました。日替わりで810種類の入浴剤があるそうです。下駄箱の近くにその説明がありました。 

 

この温泉はエコ銭湯としても知られているそうです。そういえば、入り口の横にビン、カン、新聞の回収ステーション(里彩来)と雨水井戸(今時珍しい手押しポンプ)がありました。 

 

北斎通りにもどり、錦糸町まで足を伸ばす。自転車が多い街に相応しく、駅北口前に地下駐輪場を見つけました。3000台の収用能力があると聞いて驚きました。 

 

<同行者のコメント> お昼を食べ過ぎて、しかもずいぶん歩いたあとでしたから、温泉で十分リラックスできました。江戸東京博物館はもっと時間をかけて見たかったです。株主総会は面白い質問で楽しめました。社長さんは6000人を前に、最初から最後までしゃべりっぱなし。大変なのですね。

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2006年6月19日 (月)

多摩川台公園と鷹番の湯

東急東横線田園調布駅の隣にある多摩川駅を降りると、周辺は緑地の中に多摩川の景観が広がります。東横線下り方向の左側には「田園調布せせらぎ公園」と「浅間神社」、右手には「多摩川台公園」と「宝来公園」(田園調布駅に近い)があります。

 
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田園調布一丁目のせせらぎ公園は名前の通り、小川、噴水、池、滝、広場と、それらを巡る散策路が設けてありました。池や水溜りに鯉、鴨、沢蟹、水澄ましなどが生息する自然が豊かな都会の公園でした。
 

 

多摩川線の踏切を渡り、参道を登った浅間神社の高台からは、多摩川の展望が素晴らしい。今日は曇りがちで、丹沢や富士山を望むことはできませんでしたが、多摩川の流れと川崎市中部の町並みを一望できました。勝海舟が直筆で書いた石碑は、富士登山の講を記念して、明治の中ごろに建てられたそうです。社殿も豪華でした。
 
 

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東横線をくぐったところにある多摩川台公園は四季を通じて花を楽しむことができます。今はツツジ、水生植物園の睡蓮、花菖蒲、アヤメ、半化粧が盛りです。特にアジサイ園のアジサイはほぼ満開で見事でした。
   
 

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Dscf0024_1この公園は亀甲山(かめのこやま)の古墳があることでも知られています。古墳時代前期4世紀に築造された大型前方後円墳で、近くの宝来山古墳とともに東京都指定史跡です。その先にある古墳群は6世紀前半から7世紀中頃に造られ円墳で、八号墳までありました。

 

虹橋を渡ったところから田園調布四丁目の町並みに入りました。ここで大きな勘違いをしました。宝来山古墳は宝来公園にあると思い込んだため、奥の広場の先にあることを見過ごしてしまいました。心残りです。
 
Dscf0026_2華な家並みを見ながら数分歩いたところにある宝来公園は武蔵野の面影を残した公園で、自然林と池に風情がありました。公園を抜けて田園調布三丁目の銀杏並木を下りると田園調布駅です。関東の駅百選認定駅になっています。今は地下駅になってしまいましたが・・・。パスタR1で昼食にしました。食後の散歩に駅前から玉川田園調布方面に歩いてみました。以前は同じ田園調布だったそうですが、現在は世田谷区になっています。
 
  

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Dscf0028田園調布駅から東横線で学芸大学駅まで戻る。2時を過ぎたばかりなので、目的の温泉には早すぎました。線路沿いを南下して碑文谷公園へ。池と花が美しい公園です。園内の厳島神社は昨年火災で焼失したため、現在再建中で参拝できなかったのが残念でした。

 
 

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学芸大学駅から歩くこと6-7分で「鷹番の湯」に到着。外観は小さなヘルスセンターの趣ですが、実際はスーパー銭湯です。開業時間の午後3時前から数人の客が待っていました。

泉質はメタケイ酸とメタホウ酸で、その冷泉を沸かして使っているそうです。東京では珍しく透明な湯です。1階と2階に湯船があり、日替わりで男湯と女湯のフロアが入れ替わります。

Dscf0037_3狭い浴室には通常の浴槽、リラック(ス?)バス、ローリングバス、ドリームバス、エステバスなど多彩です。露天風呂は四畳半ほどの狭さですが、吹き抜けで青空が望めました。料金は400円と銭湯と同じ安さがうれしい。ちなみに鷹番は地名から付けられています。今年の6月末で目黒浴場組合を脱退するとの張り紙がありました。銭湯の経営も大変ですね。大田区の魅力を再発見した一日でした。

<同行者のコメント> 古墳群の横には立派なお屋敷群が! さすが田園調布ですね。お昼に和食党の人が珍しくイタリア・レストランでパスタを食べました。パスタも麺類には違いないのですが・・。温泉では狭い露天風呂以外のすべてに入りました。ところで男湯にはなかったという肩たたきバスがジュビロバスですか? いっぱいあって分からなくなってしまいました。

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2006年6月15日 (木)

ちあきなおみ

今夜のNHKBS2の歌番組(800-930)を観て、早速、このブログを書いています。

何年ぶりでしょうか、「歌伝説・ちあきなおみの世界」で、彼女の歌を1時間半に渡って堪能できたのです。すべて録画ですが、番組が始まってまもなく歌われた、「紅とんぼ」の強烈なインパクトにまずゾクゾクしました。よく飲みに行く新宿を舞台にした歌です。そして「矢切の渡し」も、まさに「ちあきなおみ」の世界そのものでした。

彼女の持ち歌の他にも多数の歌が聴けました。「朝日のあたる家」と「粋な別れ」は私のカラオケ・レパートリーに入っていますが、言うまでもなく私の歌とはまったく別の世界です。その他のカバー・ソング、「港が見える丘」は、今でも新鮮な印象を与えてくれました。ミュージカルを一人で演じるように歌う「ねえ、あんた」は新しい彼女の発見。そして魂を揺さぶるポルトガルのファド(伝統民謡)「霧笛」や持ち歌の「かもめの街」は、彼女の歌手としての実力を遺憾なく発揮していました。

最後にしっとり歌った「黄昏のビギン」、さらに最大のヒット曲である「喝采」は、「ちあきなおみ」の数々の歌を締めくくるのに相応しいものになりました。

実は、平成4年に彼女が引退した経緯を、当時、海外に滞在していた私は今夜はじめて知りました。この番組を通して、歌手「ちあきなおみ」を再認識するとともに、久しぶりに彼女の歌に聞き入ることができた秀逸な番組に感謝。「ちあきなおみ」のカムバックを切に願うファンの一人です。

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2006年6月11日 (日)

秋川渓谷の滝と数馬の湯

梅雨入りが宣言された翌日はなぜか好天気、それではと八王子から秋川街道を走る。新小峰トンネルを過ぎ、秋川を渡れば五日市である。インターチェンジのような坂道を上ると、五日市街道と合流して幅員が広くなる。五日市の町を抜けて新緑が美しい山間を秋川の流れに従って進む。桧原(ひのはら)村の本宿交差点を左折し、南秋川に沿った桧原街道を15kmほど進むと、桧原温泉センター「数馬の湯」が見えてきた。ちょうど午前10時、一番風呂を使わせていただくことにする。
 

Dscf0001_1建物はコンクリートの打ちっぱなしでモダンな印象である。坂を上った駐車場に車を停めて受付に。開業して約10年の公共の湯である。料金も800円と妥当。泉質はアルカリ単純泉でわずかに白濁している。内風呂は温度の異なるジェットバス、ジャグジー、打たせ湯などバラエティがあり、露天風呂、水風呂とサウナはちょっと狭いが、いずれも気持ち良くお湯を楽しむことができた。食堂をかねた休憩室もゆったりしていて心地よい。   
 
 
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桧原街道(奥多摩周遊道路)をさらに進み、ゲートを通過する。奥多摩有料道路の料金所の名残で、もちろん今は使われていない。ここからのワインディング・ロードを楽しむ間もなく桧原都民の森に到着。よく整備された路を20分ほど歩くと目当ての「三頭(みとう)大滝」が見えてきた。吊り橋(滝見橋)から落差35mの滝全景を観ることができる。「日本の滝100選」には入っていないが、南秋川で最大の滝だけあって見事である。左が滝上部、右が下部 
 

Dscf0016_2今日は滝巡りの旅、先を急ぐことにする。次に訪れたのが「夢の滝」(先ほどのゲートのすぐ横)、水が斜めに滑り落ちることから「なめ滝」とも呼ばれているとのこと。さらに戻ると九頭龍神社手前の橋近くの小道を下りたところに「九頭龍の滝」が2段に流れ落ちていた。  
 
   
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左から九頭龍の滝、南秋川の清流、龍神の滝
 
 

数馬の湯を少し過ぎると左手の空き地(民宿数馬の里の駐車場)に「龍神の滝」の案内表示があった。ぬかるんだ坂道を川原に下り、木橋を渡ると落差のある滝がそこにあった。この滝も良かったが、南秋川の流れは奥入瀬のように清らかである。

Dscf0029_2本宿まで戻り、北秋川方面に少し進むと「払沢(ほっさわ)の滝」の案内表示が目に入る。ここは日本の滝100選のひとつであり、先日訪れた山北箒茶屋のご主人から薦められた滝でもある。村営の駐車場から滝へ到る小路(一度下がってからまた上る)は少し距離がある。

落差60m4段になって流れ落ちている。濡れた岩場を気にしながら滝壺近くまで下りてみた。さすがに名滝である。整った形と滝つぼの深い青さが美しい。

駐車場へ戻る途中、売店の店先に置かれた望遠鏡を通して、前方の山腹の中ほどに「天狗滝」を見ることができた。まだ廻り足りないが、桧原村のもうひとつの見所へ向かう。
 
 
Dscf0032_1天狗滝入り口を通り過ぎ、郷土資料館の先を右に入る。キャンプ場を過ぎて進むと、前方に岩山が見えて来た。「神戸岩(かのといわ)」である。ここは都の天然記念物で、高さ100mの大岸壁が左右に二つそびえている。その間に狭い切れ目があり、洞窟のように見事な景観を創り出している。鉄製の足場と鎖でサポートされた岩場をよじ登ると、岩と緑、そして神戸川の清流が見事なコントラストを織り成している。写真は左側の岸壁と神戸川の流れ 
 
Dscf0034_2帰路は右側の岩山をくり貫いたトンネル(照明がなく、しかもカーブしているため、中は真っ暗)を肝試しに歩いてみた。トンネル好きの私ですが、歩きながら怖さを感じたのは初めてです。このトンネルだけはお勧めしません。

立ち寄れなかった滝がいくつもあるのは少し心残りですが、滝三昧の秋川ドライブには大満足でした。
 
<同行者のコメント> 桧原街道の山道でスピード違反を取り締まる警官が10人ほど待ち構えていました。うちのドライバーさんはなぜかゆっくり走っていてセーフでした。聞いてみると、第六感だとのことですが、多分滝を探しながらゆっくり走っていただけだと思います。でも悪運が強いですね。いつもはあんなに・・・!! そうそう、数馬の湯はゆっくり入れて、からだがポカポカになりました。

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2006年6月 4日 (日)

隅田川遊覧と浅草蛇骨湯

陽気に誘われて隅田川巡りに出掛けました。日の出桟橋から船で隅田川を遡るコースです。いろいろな船が就航していますが、一度は乗ってみたかったヒミコ号を選びました。この船はあの松本零士氏がプロデュースした未来型水上バスです。午前11時15分に出港。
 
 

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ベイエリアの景色を眺めているうちに東京湾から隅田川へと入って行く。夜の屋形船とは趣が異なります。川面近くから見上げる両岸の景色や橋くぐり(勝鬨橋から吾妻橋まで12本あり)は首都高速から見るそれとはまったく別世界です。まるで時間が止まったよう。タイのバンコックからアユタヤまでの船旅を思い出しました。しかし終点の浅草までの所要時間はわずか40分の短い船旅です。
 
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対岸にある某ビール会社(先日工場見学をした)のモニュメント「聖火」を見ながら船着場の桟橋を上るとちょうど昼時になりました。
 
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浅草には今半のすき焼、駒形どぜう、江戸前の寿司初総本店、葵丸進の天ぷらなど美味しい店が一杯ありますが、一度食べてみたかった「浅草駒形むぎとろ」へ向かう。
 
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4月末に新装オープンしたばかりだそうです。子供のころの悪い印象が災いして麦飯は苦手な私ですがとろろは大好物。冷やしたとろろを温かい麦ご飯にかけていただきました。やはり美味しい。ついもう一膳。外には「6月16日は麦とろの日」の幟が・・。これは語呂合わせ?
 
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雷門から仲見世通りの石畳を歩く。宝蔵門をくぐって浅草寺の本堂へ。いつ来ても観光客で賑わっている。奥に抜けて浅草花やしきの前から浅草六区(興業街)に入ると、劇場、映画館、演芸ホールなどが立ち並んでいる。中には閉館した映画館などもあるが、ロック座、大勝館、演芸ホールなどは健在である。六区ブロードウェイを抜けて横丁を入ったところにお目当ての蛇骨(じゃこつ)湯を見つける。
 
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変わった名前の「蛇骨湯」は江戸時代から続く歴史のある銭湯で、近年になって井戸を掘ったところ温泉が出たそうです。いわゆる黒湯で、「メタ珪酸」と「重炭酸ソーダ」の天然温泉、お湯は熱め。大きな内風呂は、泡風呂、電気風呂、ジェット風呂に仕切られている。
 

このジェット風呂は町田のいこいの湯と同じですこぶる強力。目の前で滝が流れ落ちる露天岩風呂には驚かされます。その横にある源泉浴槽に手を入れると冷たい。高い天井は開放感があり、また壁面には貼られた大きなタイル絵の富士山は銭湯らしくインパクトがありました。
 
  

表通り(国際通)に出て地下に下りた「つくばエクスプレス浅草駅」のホームには三社祭、カーニバル、花火、桜など浅草名物の大きな壁画がありました。久しぶりに秋葉原の電気街を覗いてみる。

 

<同行者のコメント> スピード好きな人が船旅をするなんてめずらしいですね。麦ご飯が美味しいことをやっとわかったようです。浅草にも温泉があるのですね。いい雰囲気でした。最後の秋葉原見物は余分では!

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