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2006年12月26日 (火)

東京の地名「?」(後編)

八重洲、日本橋、そしてその周辺をご紹介しましょう。八重洲は中央区の地名ですが、東京駅の東口が八重洲口と呼ばれたことで知られ、無線に関心のある方なら八重洲無線が思い浮かぶでしょう。創業当時、同社が八重洲に本社を置いたことで命名されたようです。八重洲の由来は、徳川家康の外交顧問兼通訳であったオランダ人のヤン・ヨーステンが家康から貰った邸宅がこの地にあったことに因ります。耶楊子(やようす)が訛って八代洲(やよす)、そして明治5年に八重洲になりました。
 
 

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余談ですが、風景画で知られる歌川広重はこの八代洲で同心の子として生まれました。丸の内、有楽町、そして日本橋が次々と再開発されるなか、八重洲が取り残されていましたが、ツインタワービル建設計画などが進行中で注目を集めています。八重洲に隣接する京橋は京都へ向かう東海道で最初の橋があったことが地名の由来です。
 
 

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2006_12200612200013_1この京橋は日本橋と同じ慶長八年(1603)頃に架けられ、日本橋・新橋と同じく親柱・小柱に擬宝珠(ぎぼし)を付けることが許された御入用橋で幕府が維持管理していたそうです。擬宝珠は橋の格式の高さを示し、町人地の中の橋でこれを付けることが出来たのは日本橋、京橋、新橋の3橋でした。

 

これら三つの橋をはじめ、江戸には数え切れないほど多くの橋がありました。橋が多いことで知られる大阪は、諸藩が蔵屋敷を置いたことで水路が発達して、「八百八橋」と言われるほどでしたが、東京(江戸)はこれよりも多い1000以上の橋があったとされています。

 

日本橋は、江戸初期に幹線道路の一部として架けられ、東海道をはじめとする五街道の起点となりました。日本橋川沿いには蔵屋敷と四日市などが置かれ、中央通には呉服屋、両替商、大問屋などの商業施設で大変な賑いだったそうです。対岸にあった魚河岸(乙姫広場に記念碑がある)は「一心太助」の話で知られています。
 
 

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昭和22年に日本橋区と京橋区が統合して中央区が発足した時、日本橋の名を残したいとして、「日本橋xx町」の地名が多数できました。神田、市谷、麻布にも旧区名を冠した地名が多く存在しますが、このことが地名のイメージを希薄化させるだけではなく、歴史を無視した没個性化を推し進めてしまったように思います。
 
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そのひとつである日本橋室町の名は京都の室町にならったもので、往時の「室町」は江戸一番の繁華街でした。昨年7月、三井本館横に建設された日本橋三井タワーは日本橋室町2丁目にあります。向かい側の三井別館跡にはHD DVDプラネタリウムとネオ屋台村が1215日に開設されたばかりです。いずれも期間限定の営業ですが・・。  

隣の1丁目には重厚な建物の三越本店、常盤橋寄りの日本橋本石町には日銀本店と貨幣博物館、日本橋を渡った日本橋1丁目には複合施設「KOREDO日本橋」(2004年)など、新旧取り混ぜた建物と町並みが広がっていました。
 
 

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東京の川の多くは、東京オリンピック以降に埋め立てられて、高速道路の建設に利用されました。新橋や京橋など、今は橋のつく地名だけが残りますが、これらの地名を大切に遺したいものだと思います。

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