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2007年1月26日 (金)

江戸町奉行所と日本橋の「プラネタリウム」

2006_12150612150006_2日本橋へ出かけたついでに中央通りと外堀通りを散策しました。最初に立ち寄ったのは三井別館跡地にできたプラネタリウムシアターです。昨年末、日本橋界隈を散策したときに見かけて気になっていました。ここにはプラネタリウム製作で世界的に注目される大平貴之氏のメガスターⅡが設置されています。18メートルのドーム型スクリーンに500万個の星が投影される「星空の贈りもの」は夜空のイメージと言うよりも宇宙空間から銀河を眺めるような迫力がありました。数え切れないほど多い星の群れが移動するのをみていると目眩さえ覚えます。
 

2007_01240001常盤橋方面へ歩くと日銀の本店です。改修工事が行われている旧館(江戸時代の金座跡)前にある貨幣博物館に入ってみました。貨幣に関する歴史が詳細に説明されています。世界と日本で使われた貨幣の実物を興味深く見学、子供のころに使われていた紙幣やコインを間近で見ると不思議な感じがします。
 
 

もうひとつの目的は江戸時代にあった町奉行所の跡地を巡ることです。今月から「遠山の金さん」が久しぶりにテレビ放送されていることで思い立ちました。松平健さんが主演するこのドラマは将軍吉宗がそのまま遊び人の金さんになったようで期待はずれ・・。 

 

それはさて置き、常磐橋(常盤橋)は日本橋側から江戸城に入る常磐橋門につながっています。案内板に北町奉行所が近くにあったと説明されていました。事前に調べて分かったのですが、町奉行所の場所はいろいろ変遷があったのだそうです。当初、北町奉行所は常磐橋付近、南町奉行所は呉服町付近(常磐橋のすぐ南)に設置されましたが、北町奉行所が鍛冶橋付近そして南町奉行所が数寄屋橋付近に移転し、最終的には北町奉行所が東京駅八重洲北口付近そして南町奉行所は有楽町駅付近(交通会館横)で明治になるまで続いたのだそうです。
 

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常盤橋から外堀通りにそって呉服町交差点、そして東京駅八重洲北口へ向かいました。残念なことに再開発で北町奉行所跡はビル工事の塀の中になってしまったようです。鍛冶橋交差点脇の案内板に北町奉行所があったことが記載されていました。最後に訪れた有楽町中央口前も工事用の白い塀で囲まれて跡地の標識を見ることができませんでした。
 

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跡地の標識を確認できなかったのは残念ですが、町奉行所がいずれも外堀通り沿いに置かれた(橋がつく地名が多い)ことを発見したのは収穫でした。外堀が江戸城の大名屋敷と町人街の境界になっていた位置関係に拠るのかもしれません。これも受け売りですが、北町奉行所と南町奉行所は、江戸の地域を分担したのではなく、月替りで役割を分担したのだそうです。両奉行所を競わせる狙いもあったとのこと。よく考えられた仕組みに感心させられます。
 
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これは蛇足です。南北の奉行所に加えて中町奉行所が置かれた時期もあったそうです。金さんのモデルとなった遠山左衛門尉景元は北町と南町の両奉行を担当した唯一の人ですが、名裁きで知られる南町奉行大岡越前守忠相とは異なり、名裁判官というよりも能吏(優れた役人)だったようです。よく知られるようになったのは町芝居が金さんのイメージ作りに一役かったからだと言われます。金さんの墓は豊島区西巣鴨の本妙寺にあります。(2006101日付けの当ブログ)
 

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ヤフーの面白いサービス「古地図で東京めぐり」(2007325日で終了)を見つけました。江戸、明治、現在の地図と航空写真をまとめて見ることができる優れものです。ちなみに長谷川平蔵と遠山の金さんが住んだ屋敷や石川島の人足寄場など時代劇ファンには興味深い場所とそれが現在どうなっているのかが一目瞭然! 315日までの期間限定をぜひ延長して欲しいものです。

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