事件が起きるたびに、「社会の乱れがその背景にある」と指摘される状況は一向に改善されそうにもありません。官庁・企業の不祥事、学校や家庭での問題は枚挙にいとまがなく、個人のレベルでも、服装の乱れ、マナーの欠如、そして言葉の乱れなどが指摘されます。中年を過ぎた私はなかでも「言葉の乱れ」が気になります。
いつの時代でも若い世代の言葉の乱れが危惧されてきたようですが、私にとって耳障りな言葉使いを挙げてみます。まず「語尾上げ」、「何々だシーと語尾を伸ばして強調」、「わたし的には何々」、そして極めつけは「じゃないですかー」、まるでゴム紐の押し売り(これは死語かもしれませんが)のように厚かましい言葉遣いです。新しい言葉は、伝染性が強力ですから、瞬く間に広がります。意味が通じない例では「ぜんぜん何々」があります。全然とくれば、何々ではないと否定の言葉が続くべきですが、最近は強調の意味で使われています。「全然美味しい」とはどんな意味に理解すべきでしょうか?
レストランに入ったとします。ウエイトレスに注文を告げた後に「何々でよろしかったでしょうか?」と急に昔話をされたり、「大丈夫ですか?」と確認されたりすると病院にいるような気分になり、配膳の時には「生姜焼き定食になります」と言われるとまだ調理が終わっていないのかと心配し、会計をする時には「1万円からいただきます」とまるで外国語を話しているようです。好みや嫌悪感に個人差はあるかも知れませんが、これらの言葉を聞くと私は不快な気持ちになるのを抑えられません。そのうちに「一万円からで大丈夫ですか?」と同情されるのではと心配しています。
日本語だけの問題であれば、それらの言葉使いが消滅する(自然淘汰される)か、あるいは生き残って社会に受け入れられるのを我慢強く待てばよいのでしょう。「一所懸命」が「一生懸命」に変化し、本来否定の意味があった「とても」が上記した「全然」に先んじる形で「とても美味しい」と強調する意味で今は抵抗感もなく使われています。
しかし外国語を誤って取り入れた場合、ビジネスにおける会話では困ったことが起きます。私の経験でも、シンガポールの友人から「日本人はどうして苦情のことをクレーム(claim、請求または要求の意)と言うのか?」と聞かれたことがあります。ふたつ目は訪米した日本本社の幹部が新製品の開発を待ち望む現地スタッフを安心させようと「日本の開発部門にはベテランが大勢いるから大丈夫だ」と言ったことが通じなかったことです。アメリカ人はベテラン(veteran)と言う言葉を「退役軍人」と受け取ったからです。もうひとつは私がアメリカに赴任した時に採用した秘書に「ホチキスはある?」と聞いてキョトンとされたことがありました。アメリカの会社の商品名が日本語になったものですが、アメリカではstaplerと一般名詞で呼んでいるのです。スーパーマーケットではレジ(casherまたはcheck-out counter)で聞かれました。「paper or plastic?」何のことかと思えば「紙袋とビニール袋のどちらが良いか?」でした。ビニール袋をplastic bagと呼ぶことを知りました。他にもいっぱいある私の失敗談はさて置き、本題の「和製英語」です。
明治時代には英語の発音を忠実に日本語化したようで、ハイカラ(high collar)、ワイシャツ(white shirt)、ビフテキ(英語のbeef steak、仏語のbifteck)などの言葉が日本語化されました。文字にすると一見変に見えますが、原音に忠実な言葉として日本語化したことが分かります。私が問題だと思う和製英語をいくつかに分類して列挙します。尚、カッコ内には該当すると思われる(アメリカ)英語を付記します。
1.誤って使用したもの
アンバランス(imbalance)、オーダーメイド(order to made)、クレーム(complaint)、サイダー(soda pop、ciderはリンゴジュース)、サイン(signature)、サラリーマン(salaried man)、スマート(slim)、センス(taste)、トランプ(playing card)、ナイーブ(sensitive、naiveは幼いの意)、バイク(motorcycle)、ベテラン(expert)、ポスト(mail box)、マニア(enthusiast)
2.創作(でっち上げを)したもの
英語もどきの言葉を勝手に作り上げた純粋な(?)和製英語ですが、以下のようにいっぱいあります。。
アフターサービス(customer service)、インターホン(intercom)、ガードマン(security guard)、カメラマン(photographer)、クーラー(air-conditioner)、ゲームセンターまたはゲイセン(game arcade)、ゴールデンタイム(prime time)、コンセント(outlet)、サインペン(marker)、サマータイム(daylight saving)、ジーパン(jeans)、スイミングパンツ(swimming trunks)、チアガール(cheer leader)、テレビゲーム(video game)、電子レンジ(microwave ovenまたはmicrowave)、バスト(breast)、ビデオカメラ(video camcorder)、ビデオデッキ(video cassette recorder)、ファスナー(zipper)、プッシュホン(touch tone phone)、フライドポテト(French fries)、マイホーム(owned house)、マザコン(Oedipus complex)、マンション(condominiumまたはapartment)、メロドラマ(soap opera)、モーニングコール(wakeup call)、ラジカセ(portable stereo)
3.日本語的に省略したもの
昔の喜劇王の榎本健一を「エノケン」、世界的なジャズマンの渡辺貞夫を「ナベサダ」、テレビジョンを「テレビ」と省略することは日本人の得意とするところです。日本語と英語を合成した言葉も省略したために意味が不明になるものまで出現しています。「合コン(合同コンパ)」は明治時代の学生の交流(ドイツ語のKonpanieやフランス語のCompagnie)が語源のようです。私の学生時代には「合ハイ(合同ハイキング)」や「ダンパ(ダンスパーティ)」の方が盛んでした。英語を省略した日本語を思いつくままに列挙します。
アドバルーン(advertising balloon)、アニメ(animation)、アパート(apartment house)、アングラ(underground)、インフレ(inflation)、エアコン(air conditioner)、コンビニ(convenience store)、スーパー(super market)、セコハン(second hand)、デパート(department store)、デマ(demagogue)、テレビ(television)、ノート(note book)、パソコン(personal computer)、ハンカチ(handkerchief)、ビル(building)、ボールペン(ballpoint pen)、ミシン(sewing machine)、リモコン(remote controllerまたはremote)など列挙すると切がありません。
4.野球関連の創作英語
ストライクとボールの数を言う順番が日米で逆である以外にも、かなり多くの和製英語があります。
アウトコース/インコース(outside/inside)、ショート(short stop)、デッドボール(hit by a pitch)、トップバッター(leadoff man)、ナイター(night game)、フォアボール(ball fourまたはwalk)、ランニングホームラン(inside-the-park home run)
5.自動車関連の創作英語
意外にたくさんあります。
ウインカー(blinkerまたはturn signal)、エンスト(stall)、オープンカー(convertible)、ガソリンスタンド(gas station)、クラクション(car horn)、サイドブレーキ(parking brake)、スリップ(skid)、ナンバープレート(license plate)、パンク(flat tire)、ハンドル(steering wheel)、バックミラー(rear-view mirror)、フロントガラス(wind shield)、マイカー(private car)、モーターバイク(motorcycle)
6.ゴルフ関連の創作英語
余り多くはありませんが、それでも注意したほうが良い言葉があります。
アゲインスト(head-wind)、オーバードライブ(out drive)、ショートホール(par 3 hole)、ドラコン(longest drive)、ナイスショット(good shot)、二アピン(closest to the pin)、パーオン(green in regulation)、フォロー(down-wind)
7.商品名
ウオークマン(walking man)、エレクトーン(electronic organ)、シャープペンシル(mechanical pencil)、ファミコン(family computer)、ポケットベルまたはポケベル(pager)、ホチキス(stapler)
番外として、日本語になった英語以外の外来語をいくつか付け加えましょう。
ズボン(仏語のjupon)、カルタ(ポルトガル語のcarta)、アベック(仏語のavec)、アルバイト(独語のArbeit)、アイスバーン(独語のEisbahn)、パン(ポルトガル語のpa ~o)
日本では、言葉が言霊と呼ばれて、一度発した言葉には霊的な力が宿ると信じられていました。そして良い言葉は良いことを呼び、悪い言葉は凶事を招くとされました。西洋社会では真理と論理を伝えるものとして言葉の重要さを教えています。
最近になって言葉の大切さを改めて実感しました。アメリカあるいはスコットランドで作られたという詩(作者不詳)「千の風になって(a thousand winds)」が日本語に翻訳されて歌(テノール歌手秋川雅史氏が人気)になり、映画にも取り上げられて注目されています。この詩には言葉が持つ美しさと強い力を感じることができます。日本語訳がいくつか発表されているなかから、代表的な二編の訳詩を下記のURLで味わってください。
新井満氏「千の風になって」(日本語訳と歌の試聴)
同上、秋川雅史氏の歌
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