中山道木曽街道(中編)
馬籠峠を少し下ったところにある吉川英治の「宮本武蔵」の舞台となった男滝(おだき)と女滝(めだき)に立ち寄る。旧中山道のルートで急な階段を男だる川まで下りた場所にありました。右側が女滝で、左奥にある水量の多いほうが男滝です。国道に戻ってさらに下りると大妻籠(おおつまご)の庚申塚がありました。
岐阜から飯田に至る国道256号(飯田街道)に入ると妻籠発電所のすぐ先が妻籠(つまご)宿です。妻籠は中山道と飯田街道の分岐点として栄えました。馬籠宿とは違い古い町並みがそのままの形で残っています。
中央駐車場から馬籠方面に少し戻った尾又橋バス停を左折して蘭川にかかる尾又橋を渡りました。緩やかな下り坂に妻籠宿が長く続いています。宿場を歩く観光客たちものんびりと店先や建物の内部を覗いています。
中ほどにある光徳寺下の枡形を抜けると妻籠宿本陣(島崎藤村の母の実家)と脇本陣(国の重要文化財)がありました。枡形は敵の侵入を防ぐために道を直角に折り曲げた場所のことを言います。600mほど続く宿場町の端には高札場と水車がありました。
吾妻橋で再び国道19号(中山道)に合流すると国道は木曽川に沿って三留野宿、倉本駅の先には小野ノ滝と浦島伝説で知られる「寝覚の床」があります。手前の駐車場に停めたため長い遊歩道を歩きました。全国にある浦島伝説のなかで内陸部にある珍しい例です。
上松宿から3kmほど先、切り立った崖と木曽川の間を国道が抜ける場所に木曽の桟(かけはし)があります。赤い鉄橋を対岸に渡りました。この橋が「木曽の桟」かと思いましたがそうではありません。国道下の石垣(現在修理のために工事中)が桟の跡で、案内板の説明によれば崖沿いに棚のように設けられた桟道のことでした。中山道の難所のひとつで、木曽八景に数えられています。「桟や いのちをからむ 蔦かづら」と書かれた芭蕉の句碑が建っていました。
注)美濃路の項で紹介した太田の渡し、この木曽の桟、そして碓氷峠が中山道の三大難所です。また大月の猿橋、岩国の錦帯橋とともに日本三大奇橋と呼ばれます。徳島のかづら橋と日光の神橋を数える説もあります。
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