« 軽井沢のウエディングと「トンボの湯」 | トップページ | 銀座の史跡探訪(中編) »

2007年7月 7日 (土)

銀座の史跡探訪(前編)

銀座の史跡を訪ねました。地下鉄京橋駅を降りた銀座通り口交差点から中央区観光協会の資料などを参考にしながら散策の開始です。高速道路の高架下にある京橋跡の先が銀座1丁目、高速道路沿いに外堀通りへ抜ける銀座桜通りは名前の通り桜の名所です。反対側のホテル西洋銀座横で煉瓦銀座之碑を見つけました。明治初期の大火を契機に不燃性の都市建設が始まり銀座煉瓦街が生まれた記念碑です。右下の写真は銀座の煉瓦街とガス灯を銅版に彫金したものです。8丁目の金春通りで見つけました。

 

2007_06280008_1 2007_06280055_1   

昭和通りの新京橋交差点を横切った銀座ラフィナート前の花壇に三つ橋跡の説明板がありました。三つ橋と呼ばれたのはこの地域で、楓川、京橋川、桜川、三十間堀が交差し、楓川には弾正橋、京橋川に白魚橋、三十間堀に真福寺橋が架かっていたことによると説明されています。駐車場脇の壁面に「自動電話交換発祥之地」碑を見つけました。大正15年京橋電話局に始めて自動交換機が設置されました。この電話局は後に廃止され京橋会館(現在の銀座ラフィナート)になりましたが、50周年を記念して記念碑が設置されたようです。向かいの京橋プラザ前には発掘された三十間掘りの河岸護岸の石垣が植え込みに利用されていました。

 

2007_06280094_1 2007_06280011_1

 

銀座通り口交差点に戻って銀座通り(中央通り)に入りました。2丁目のティファニー前に「銀座発祥の地」の碑が建っています。江戸時代金貨(小判)を扱う金座に対し、「銀座」は銀および銀貨の鋳造・取締りを司った幕府の機関で、現在の銀座2丁目(当時は新両替町)に設置されたのが地名の由来です。ちなみに金座は日本橋本石町(現在の日銀本店)にありました。

 

2007_06280013_1 2007_06280015_1 2007_06280017_1 2007_06280018_1

 

銀座通りの向かい側、Cartierが入る大倉本館の壁面に埋め込まれた電気灯柱記念碑は明治15年に始めての電気を使った街頭が設置されたことを記念したものです。

 

2007_06280096_3 2007_06280022_3

 

4丁目のミキモトパールの前には真珠王記念碑があります。これはもちろん真珠養殖にはじめて成功した御木本幸吉の功績を称えたものです。 

2007_06280024_2 4丁目交差点で銀座通りから晴海通りに入って東銀座へ向かいました。昭和通りで右折した5丁目(みゆき通りとの角)のサンヒル・ビル横に狩野(かのう)画塾跡の説明板があります。四家あった狩野家のうち最も栄えた木挽町狩野家が開いた画塾のあった場所です。新橋演舞場の方向へ1ブロック歩いた日産本社が東京商工会議所発祥(明治11年)の地です。銀座通り(銀座5丁目)のみずほ銀行前の歩道にも同様の説明板を見つけました。

 

2007_06280101_1 2007_06280035_2 2007_06280026_3 2007_06280031_1

|

« 軽井沢のウエディングと「トンボの湯」 | トップページ | 銀座の史跡探訪(中編) »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146335/15678507

この記事へのトラックバック一覧です: 銀座の史跡探訪(前編):

» 新橋演舞場 桂 春 団治 [新橋演舞場]
新橋演舞場でも演じられる『桂春団治』は、元々は小説で、長谷川幸延の小説を戯曲化したものです [続きを読む]

受信: 2007年7月 7日 (土) 13時45分

« 軽井沢のウエディングと「トンボの湯」 | トップページ | 銀座の史跡探訪(中編) »