京街道(その6) 大阪城物語
東海道の終点(京街道の起点)である京橋に近い大阪城を訪れました。あらためて説明する必要もない著名な城ですから、今回はその歴史から辿ってみようと思います。
まず7月28日から8月5日まで本丸で特別公開されている重要文化財の「金蔵(きんぞう、かなぐら)」を見学しました。金貨と銀貨を保管した場所で、江戸と大阪の2ケ所にあったそうです。駿府城や甲府城にも小規模な金蔵があったようですが現存するのはここ大阪城だけです。内部は床板の一部が外されており防火・盗難防止策を見ることができました。時代劇のように「御金蔵破り」が一件発生したことをボランティアガイドの方から聞きました。外部者ではなく内部の犯行だったそうです。金蔵の入館料は200円、天守閣入館料(600円)とのセット券は700円に割引されます。
天守閣の内部は8階建てです。最上階の展望台(外に出られます)以外は豊臣秀吉に関する展示物で埋め尽くされていました。重要文化財が展示される3階と4階は撮影禁止。現在の大阪城は徳川幕府によって再建されたものです。城内の説明によると大阪城の経緯は次の通りです。
1496年に山科本願寺の別院(大坂御坊)として建立され、山科本願寺が焼き討ちにあってからは、石山本願寺となりました。寺といっても堀・塀・土塁が築かれた城砦でしたが、信長によって本願寺はこの地を追われます。1583年、この跡地に秀吉が大坂城を築城しました。信長の安土城をモデルとしながらも、それを凌駕することを目指したのだそうです。大天守は5層で金銀の装飾が施されていたようです。大坂冬の陣でも落城はしませんでしたが、内堀までが埋め立てられて、実質的に本丸だけの裸城になってしまいます。そして大坂夏の陣で落城することになります。
1619年に幕府直轄領となって大坂城が再建されました。豊臣家の威光を払拭するために、まったく違った大坂城が造られました。普請は各大名に命じて行わせ、近畿の廃城や瀬戸内海の石切り場から集められたそうです。天守閣は1665年に落雷で焼失してしまいます。1868年(明治元年)に鳥羽伏見の戦いに敗れた15代将軍慶喜は大坂城を脱出し、大坂城の大半が焼失し、2度目の落城を迎えます。明治時代には陸軍の軍用地となり、昭和6年(1931年)に古い資料に基づいて天守閣が復元されました。戦災で甚大な被害を受けた大阪城は平成7年から9年に改修工事が行われて現在の大阪城になりました。(大阪城のhpを参考にしました)
金蔵以外にも古い建物を見ながら大坂城を歩いてみました。まずは大手門です。何度か修復されていますが昔の様子を残しています。大手門を挟んで南北にある白壁の土塀、六番櫓、多聞櫓、千貫櫓(落とした者に千貫文与えても惜しくないと信長が言った本願寺の櫓に因む)、乾櫓(戌亥の方角、西北)、焔硝蔵(火薬庫)、金明水井戸屋形、桜門、一番櫓などは重要文化財です。そして大手見付石、模様積みの石垣、本丸の高石垣、算木積みの石垣なども見て歩きました。安土城や坂本城のような野面積みがないことと築城に関わった大名の家紋が刻印されているのが特徴です。
継がれた柱や石組みなど大坂城には多数の謎があるようですが、私にとっての謎は城の名前、つまり古くは「大坂城」であったものが「大阪城」となった理由です。坂本城がある大津市の阪本も同様です。調べてみると江戸時代に縁起が良いとして大阪が使われはじめ、明治元年大阪府が設置された時に大阪に統一されたそうです。読み方も時代劇では「おおざか」と濁音でしたが、今では「おおさか」と変わりました。
大阪城公園の「太陽の広場」を中心に、天守閣・本丸広場と青屋門広場で7月28日から8月5日まで開催されたオオサカキングは今年で4回目を迎える毎日放送の夏祭りです。見たことのない番組キャラクター、フードコートなど大阪の雰囲気が溢れて大阪城全体が夏祭りで盛り上がっています。そして放送局として力を入れた"SAWAYAKA" LIVE 「爽!SO!そう!」には50組以上のアーティストが出演します。
大阪城の西の丸、二の丸、本丸を散策したあと、休憩するつもりで青屋門広場のステージ会場に入りました。炎天下にも拘らず多くの人が集まると、司会者の笑福亭テッペイさんがコテコテの大阪弁で場を盛り上げます。「グックル」の登場です。ボーカルの慎之介君とキーボードの徹也君のデュオに打楽器のコンガが加わりました。なかなかの実力派で5曲を聴きました。次いで登場した「サンタラ」は女性と男性のデュオで、こちらも打楽器のカホンが参加しています。特徴のある歌声は日吉ミミを思い出させます。顔立ちも似ているように思いました。1時間近く観客席に座っていると強い日差しで熱くなったペットボトルのお茶を飲んでも熱中症になりそうです。
公園内の大阪城ホールでは松任谷由美さんの「ユーミンスペクタクル シャングリラⅢ」公演が開催されています。木陰を選びながら京橋口を出て先ほど城内から観た乾櫓、千貫櫓、六番櫓を眺めながら西外堀と南外堀に沿って歩きました。
大阪城巡りはこれで終わりですが、番外として「難波宮跡」へも行ってみました。機会があれば紹介したいと思います。NHKの館内を抜けて谷町駐車場へ戻りました。大変ユニークなシステムの地下駐車場でしかも料金が一日1000円で頭打ちなのも魅力です。
旅はまだまだ続きます。
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