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2007年11月に作成された記事

2007年11月30日 (金)

城南の緑道と淡島湯温泉(その3) 目黒川緑道と北沢川緑道

世田谷区の桜新町は長谷川町子さんの漫画「サザエさん」の地元で長谷川町子美術館があります。少し回り道をしてサザエさん通りを歩きました。

   

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桜新町から1kmほど北の世田谷城址近くから烏山川緑道に入る予定でしたが、自宅を出たのがいつもより遅かったことと、前半で道草を食いすぎましたので、急遽ルートを変更することにしました。田園都市線に乗って桜新町駅から池尻大橋駅まで移動です。

 

池尻大橋駅から地上に出て玉川通りを渋谷方向へ数十m歩くと左手にある駐輪場の先に目黒川緑道の入り口が見えました。玉川通りの反対側は、昨年 桜見物に歩いた目黒川の開渠が始まる場所です。ちなみに池尻の地名の由来は北沢川と烏山川が合流して目黒川となる地点にあった大きな池の尻(出口)と伝えられています。

   

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目黒川緑道は最近整備されたばかりで人工のせせらぎと花壇が続く綺麗な緑道です。ここも学校が多いようで下校する学生たちとすれ違いました。

 

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池尻大橋からおよそ600mの地点で目黒川緑道は烏山川緑道と北沢川緑道に別れます。この辺りに大きな池があったのでしょう。

 

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右手の北沢川緑道に入りました。陽がだいぶ傾いてきましたので先を急ぐことにします。犬を連れて散歩する人がのんびり歩いています。北沢川緑道のせせらぎにもパピルス(神蚊帳吊、かみがやつり)が多く植えられていました。

 

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北沢川緑道を600mほど歩くと淡島通りに差し掛かりました。緑道はさらに西方へ伸びて若林で環七と交差し、環八の千歳台手前の船橋7丁目まで続いているようですが今日は時間切れです。淡島交差点から渋谷方向へ200mほどなだらかな坂を上った淡島交番交差点の先を右折すると右手に目当ての「淡島湯温泉」が見つかりました。

   

普通の住宅のような白い建物です。看板も白地に黒い文字で書かれていますから、気づかずに通り過ぎる人が居るかも知れません。もっとも、「淡島湯温泉」と染め抜かれたえび茶色の暖簾でここが銭湯であることを確認できますが・・。入り口正面が下足コーナーで、左手に入ったところが番台と小ぢんまりしたロビーがあります。

   

脱衣場と浴室は広くはありませんが昔風のスタイルでゆったり造られていて狭さを感じさせません。浴室は白い壁と高い明り取りのある天井で気持ちの良い空間です。洗い場の奥にある浴槽は3つに仕切られていました。右の浴槽から、泡が出る熱めの湯、温めの湯、そして座湯の順です。最初の二つの浴槽は簡単な仕切りがあるだけですから温度はほとんど差がないようでした。座湯は足元と背中にジェットが当る嗜好があります。タイマーで自動的に止まりました。いずれの浴槽も黒湯ですがそれほど色は濃くありません。銭湯の料金は430円です。

 

2007_11080194 風呂から先に出た私はロビーで待つ間に番台のご婦人と四方山話を始めました。この地域や緑道の桜並木のこと、梅が丘の梅園(羽根木公園)、そしてこの銭湯が出来たのは戦後まもなくであることなど・・・。来春は呑川緑道と北沢川緑道をもう一度散策しながら花見をしたくなりました。外に出ると夕闇が迫ってきましたので、番台の方から教えていただいたように、代沢1丁目からバスを利用して渋谷駅に出ました。この日は約10km、4時間半のウォーキングでした。

 

<同行者のコメント> 自由が丘へ散歩に行くと聞いて出かけましたが、どこまでも緑道が続いているので疲れてしまいました。九品仏のお寺で見た仏像は少しずつ手のポーズが違っていました。お昼に食べたスパゲッティはおいしかったです。それに緑道にそって流れる小川には鯉が泳ぎ、鴨と白鷺は人を怖がらずにのんびりとしている風景も良かったです。そして帰りのバスが楽ちんなことも・・・。

 

追記: 23区には今回散策した城南の緑道以外にも、桜で有名な千鳥ヶ淵、城東の八潮・新木場・辰巳の森・南砂・亀戸・大島、城北の蓮根川・出井川、城西の玉川上水、さらに湾岸の京浜運河・東海・昭和島北・大井埠頭・大森・城南島・京浜島・東八潮など数え切れないほどの緑道があります。

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2007年11月29日 (木)

城南の緑道と淡島湯温泉(その2) 呑川緑道

小さな公園のような場所に「清流の復活」と書かれた呑川の案内看板がありました。東京都の清流復活事業として新宿区にある落合処理場の高度処理水を利用した流れであると説明されています。1995年に河川水が呑川に送られ始めたことを記念したものだそうです。ここから下流の呑川は開渠となり、暗渠との境界部にはゴム製のような黒い目隠しが垂れ下がっていました。

 

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呑川には4つの支流があり、清水窪湧水(北千束)、九品仏浄心池、散在湧水(大田区石川町)、新宿落合処理場が水源となっています。落合処理場で浄化された水は新宿副都心で中水道として使われるとともに、河川水として渋谷川、目黒川、そして呑川に送水管を通して送られているのだそうです。

 

呑川が暗渠化された呑川緑道は大岡山の東京工業大学キャンパスに接する石川橋が始点の快適な約6.2kmの散策路です。大井町線を潜る地下道トンネル工大橋通路」が来訪者を迎えてくれます。地下道を抜けると東京工業大学のキャンパスが左右に広がります。その先にある小中学校からは元気な声が聞こえてきました。
 
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道幅が狭く草花が多い九品仏川緑道とは雰囲気が異なり広い緑道に桜の並木が続いています。花壇も所々にあるだけなのは春の桜を引き立てる演出かもしれません。

 

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東横線の都立大学駅と目黒通りを過ぎると緑道は西に向きを変えます。しばらくその目黒通りに沿って遡りました。

 

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呑川本流緑道は八雲二丁目で呑川駒沢支流緑道と別れ、自由通りを横切って自由が丘の周辺を四半周するように続きます。世田谷区に入ると東深沢小学校と東深沢中学校の間を抜けて緑道が伸びています。

 

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駒沢通りに差し掛かると緑道は日本体育大学のキャンパス横を抜けて北上します。ここからは呑川の流れは開渠となり呑川の流れを再び見ることができます。呑川親水公園には親水路が整備されて、ヨシやススキの茂みをぬった自然の流れを感じさせます。趣のある橋跡をいくつも通り過ぎました。

   

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カルガモが泳ぐ姿が見られます。親水公園は水の流れがほとんどありません。

  

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玉川通り(国道246号)に行き当たった所で犬と鶏が対峙する面白い彫刻を見つけました。玉川通りを横断歩道橋で越えると桜新町です。呑川の水源は玉川通りに欄干が残る新櫻橋辺りの湧水だったそうですが、今はその湧水も枯れてしまったために水源は定かではないようです。(続く)

   

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2007年11月28日 (水)

城南の緑道と淡島湯温泉(その1) 九品仏川緑道

ドライブ旅行の合間を利用して散策に出かけました。池上本門寺を先日訪れた時に渡った呑川(のみがわ)が印象に残り、その緑道を歩いてみようと思い立ったのです。城南地域には呑川の他にも緑道がたくさんありますから欲張った計画を立てました。出来るだけ多くの緑道を一筆書きで廻ることです。緑道とは川の暗渠区間を整備した道です。

 

出発地は東急大井町線の九品仏駅です。まず九品仏浄心寺に参拝しました。昔、江戸市中から九品仏に参拝する道が現在の目黒通りになったことを当ブログで紹介しています。

   

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戦国時代に奥沢城があった場所へ創建された浄眞寺の広い境内は自然が残る静かな空間です。閻魔堂、仁王門 、鐘楼、大銀杏(都天然記念物)、仏足石を巡りました。

 

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本堂内には木造の釈迦如来像が安置されています。本堂と対面する三仏堂(上品堂・中品堂・下品堂)に九体の阿弥陀如来坐像が安置されていることが九品仏の名の由来だと説明されていました。それぞれ手の位置や印契が異なるのだそうです。

 

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九品仏川緑道が始まる「ねこじゃらし公園」に向かいました。公園内は立派な木道が整備されています。住宅地の中を抜ける緑道はレンガ風のタイル舗装へと変わりました。名前の通り緑道にそって木々や植え込みが続きます。

 

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九品仏川緑道は大井町線で途切れています。大井町線の車庫跡地に昨年10月オープンした商業施設トレインチを迂回するように踏み切りを渡り緑道に戻ると、自由が丘駅の横で東横線のガード下を通過しました。繁華街の雰囲気が出てきました。

 

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両側にモダンな建物が建ち並ぶ洒落た散歩道になっています。桜並木を歩きました。
 
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再び大井町線の踏切を通過して500mほど先のガードを潜ると緑ヶ丘駅です。
 
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緑道に造られた駐輪場の先は目蒲線で行き止まりです。 
 
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ちょうど昼時になりましたので駅前のワインとイタリア田舎料理「ZUPPA DI PESCE」(ズッパディペッシェ、魚のスープ)でスパゲティを食べることにしました。私は地アサリとズッキーニトマトソース、同行者は色々野菜のアンチョビ風味を注文しました。カボチャのスープとスパゲティがマッチして美味しく、オーナー・シェフの拘りが感じられました。

    

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緑ヶ丘駅前の道で目蒲線の踏み切りを渡りました。少し右手に入ると九品仏川緑道に戻り、左手に大きくカーブすると呑川との合流点に到
着です。大井町線沿いの路傍に花が咲き乱れる2km余りの散策道でした。(続く)

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2007年11月22日 (木)

丹後半島のドライブ旅と城崎温泉(後編)

県道9号から円山(まるやま)川の右岸を遡って玄武洞公園に立ち寄りました。公園の名前になっている玄武洞の他に、青龍洞、北朱雀洞、南朱雀洞、白虎洞を含む5つの洞が並んでいます。

 

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玄武岩の柱状節理と板状節理があり、昭和6年に国指定の天然記念物になりました。溶岩が描く曲線模様がダイナミックで美しい造形となっています。

 

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城崎大橋へ戻る途中、円山川に突然出現した鉄道橋のように狭い橋(結和橋)が気になり渡ってみました。中央部にすれ違いのスペースがある不思議な橋から県道11号に入り、城崎大橋袂から県道9号で山陰本線の踏切を越えると城崎温泉に到着です。

 

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この城崎温泉は40年ちょっと前に山陰本線を利用して訪れたことがあります。円山川の支流大谿(おおたに)川沿いの「湯の里通り」に温泉旅館が立ち並んでいるのは当時のままですが、7つある外湯や旅館・土産物店はすっかり新しい建物に変わっています。

 

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今回は城崎温泉の古い外湯「まんだら湯」を選びました。一生一願の湯と呼ばれることに惹かれたからです。料金は他の4つの外湯と同じで600円です。なお御所の湯とさとの湯は少し高くて800円です。

 

2007_11200160外湯で2番目に小さいまんだら湯は銭湯のような小振りの浴槽と露天に檜の桶風呂があるだけです。城崎温泉は源泉を集中管理しているそうで、泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・高温泉でさっぱりした感触です。掛け流しの主浴槽は43-44度と熱めで、泡風呂がついています。

   

露天の桶風呂も掛け流しです。大人3人がやっと入ることが出来るほどの小振りですが、人気があって順番待ちができていました。浴槽に入るときに湯が溢れて壺湯と同様に贅沢です。石垣を流れ落ちる小さな滝も風情があります。急に弾けるような雨音になって大豆ほどの雹(ひょう)が再び降ってきました。桶風呂に浸かりながら長いドライブの心地よい疲れを癒しました。ちょうど外湯めぐりのピーク時にぶつかったため入浴者で大変混雑しています。

  

人気が高い城崎温泉街は浴衣姿で散策するグループが目立ちます。他の外湯を見物しながら地蔵湯橋と薬師公園(温泉寺薬師堂)の間(約1km)を往復しました。城崎温泉の古い呼び名である「海内第一泉(かいだいだいいちせん)」の碑が一の湯と足湯の間にありました。

 

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大谿川の太鼓橋としだれ柳、そして射的場やスマートボール遊技場は昔と同じ温泉情緒を感じさせます。夕食には季節の蟹料理を満喫しました。
 
  

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2007_11200183<同行者のコメント> どしゃ降りのなかのドライブは前が見えなくて怖いのでずっと寝ていました。灯台の駐車場では強風で揺さぶられる車のなかで待っていましたが、運転手さんは灯台を見に行ったまま戻ってきません。ほかに停まっていた車もいなくなり、また雨が降りはじめて心細くなりました。

  

温泉はお客がいっぱいで、ぬるめと聞いた露天風呂には入れませんでした。蟹のちらし寿司は手間が要りませんから蟹の味を十分楽しめました。そして黒豆きなこソフトクリームもおいしかったです。

  

[ドライブ後記] 帰路は城崎から円山川沿いの国道312号で養父(やぶ)市を経由して朝来(あさご)市まで南下し、和田山ICから播但連絡道路に入ってさらに南下、福崎ICから中国自動車道へ入り、そして吹田JCTから名神高速道路と東名高速道路を利用しました。往復の走行距離は約1500kmです。

 

帰宅直後(1120日)に松本清張の「霧の旗」が放送されていました。これまで何度も映画化・テレビドラマ化された小説ですが、今回は田村高廣さんと安田成美さんが共演した1991年製作のテレビドラマの再放送です。ストーリーを知っていてもつい惹き込まれてしまうのは松本清張が描く人物に魅力(怖さ)があるからでしょう。明日(1121日)は「黒の奔流」(渡瀬恒彦さんと片平なぎささん、2002年)、23日は黒皮の手帳(米倉涼子さん、2004年)、そして今週末(1124日と25日)にはビートたけしさん主演の「点と線」が放送される予定で、松本清張を堪能する日々が続きそうです。

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2007年11月21日 (水)

丹後半島のドライブ旅と城崎温泉(前編)

京都市西京区の沓掛ICから京都縦貫自動車道に入って早朝のドライブを楽しみました。亀岡ICから先は対面通行になります。山間部になる八木東ICまでの区間は霧が多いことで知られますが、この朝も幸先よく濃い霧が立ち込めていました。ここ南丹市八木町は「男前とうふ」で全国的に有名です。京丹波町に入ると縦貫自動車道は一旦途切れますので丹波ICで国道9号に入り、蒲生(こもの)の交差点で国道27号にそれました。信号機がほとんどない由良川沿いの快適なドライブコースです。

 

綾部安国寺ICから丹波綾部道路に入りました。こちらも対面通行ですが、走行する車が少ないのでトンネルを抜けるたびに切り変わるスライド写真のような紅葉を見ながら20分ほど走ると宮津天橋立ICです。この先も高速道路の工事が行われています。府道9号と同2号で天橋立に向かう途中、急に強い雨が降り始めました。

 

宮津市の阿蘇海と宮津湾を隔てて伸びる砂洲が日本三景の一つ「天橋立」です。初めて訪れる同行者を案内して天橋立ビューランドの飛龍観で定番の股覗きをするつもりでしたが、小降りになったとはいえ視界が悪そうなので知恩寺(日本三文殊の一つ)に参拝したあとは砂州を歩くことにしました。知恩寺の多宝塔は国指定の重要文化財です。

 

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小雨が降っているにもかかわらず砂州を往復する駅伝が行われています。

 

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有名な廻旋橋(小天橋)、与謝野夫妻の歌碑、岩見重太郎の仇討ち碑、橋立明神、昭和天皇御手植の松など名前が付けられた松をみながら砂州の中ほどまで歩きました。天橋立には約7000本の黒松が植えられているのだそうです。

 

廻旋橋近くの対橋楼に立ち寄り湯の案内がありました。天橋立では平成11年に温泉が掘削され、駅横に外湯・智恵の湯が最近出来たようです。雨が一時止んだ駐車場から虹が見えました。[衛星写真]

 

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岩滝町から国道178号を海岸線に沿って北上すると外海に近い伊根町(宮津市)に入りました。町役場を過ぎた伊根港にある舟屋(ふなや)を訪れるのが今回の旅の目的です。舟屋は1階に舟を格納するスペースがある家のことです。

 

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そして伊根港は高倉健さんが主演した映画「夜叉」(訂正; 正しくはNHKの朝の連ドラ「ええにょうぼ」)の舞台です。一度訪れてみたいと思っていました。亀島と呼ばれる岬と青島に囲まれた漁港です。舟屋の里公園から港を取り巻くように建ち並んだ舟屋群と美しい景色が眺められました。

 

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ついで伊根町本庄浜にある宇良神社(浦嶋神社)にも立ち寄りました。浦島伝説ゆかりの神社として知られます。私の好きな松本清張の推理小説「Dの複合」を思い出しました。丹後半島の伝説を取材する作家が旅先で巻き込まれた不可解な事件を調べるうちに古代史と伝説に託された意外な過去に行き着くことになります。松本清張ならではの古代史を織り込んだ巧みなストーリー展開を覚えています。ユニークなタイトルの意味は読み進むうちに知ることになりました。35年ほど前のことです。

 

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国道178号で海岸からそそり立った崖道と経ヶ岬隋道を抜けると丹後半島の北端にある経ヶ岬に到着です。レストハウス横から脇道で灯台近くの駐車場に入れます。

 

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経ヶ岬灯台は映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった場所で、犬吠埼灯台や室戸岬灯台とともに日本三大灯台と呼ばれます。駐車場から急な階段を上ったり下りたりすると白亜の灯台があり、その先に日本海がパノラマのように広がっていました。

 

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犬ヶ岬にも立ち寄って丹後松島の景色を楽しみました。

 

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雨と強風の中ですが快適なドライブが続きます。丹後半島を一周した久美浜湾で国道を離れて府道11号に入りました。久美浜町の町並みを抜けている時に急に白いものが降ってきました。良く見ると大豆ほどの雹(ひょう)がボンネットで踊っていました。

 

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久美浜から先はドライブに変化を求めて三原峠(京都府と兵庫県の境界)と飯谷峠(県道9号)を越えることにしました。九十九折が続く紅葉に包まれた山道のドライブは楽しいものです。雨のせいか擦れ違う車はほとんどありません。(続く)

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2007年11月15日 (木)

御殿場の富士見十景と御胎内温泉

2007_11120002 国道246号で厚木から伊勢原に入る頃に朝日が昇り始め、丹沢の大山が朝焼けで紅く染まっています。新善波トンネルを抜けて秦野に入ると前方に富士山の姿が光り輝いて見えました。酒匂川に沿って松田町と山北町を走り、川の名前が鮎沢川に変わると静岡県小山(おやま)町です。

 

国道246号から外れて鮎沢川沿いに小山町の町並みに入りました。川沿いの道は足柄駅前から先で道幅が狭くなります。鮎沢川を何度も渡りながら進むと足柄森林カントリー倶楽部と御殿場プレミアム・アウトレットの近くに出ました。

 

最初の目的地はこのいずれでもなく鮎沢川縁(べり)なのです。「紅葉(もみじ)橋」と「暢気父(のんと)橋」に挟まれた鮎沢川沿いの道は御殿場線に近いので列車と富士山が同時に見えると聞いたからです。半信半疑でしたが御殿場線と木立越しに見事な富士山が望めました。

 

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次いで訪れたのは平和公園と温泉会館です。いずれも国道138号で箱根方面に向かったところですから、御殿場の市街地を避けてそのまま東山へと出ました。東山湖の先を左手に上った場所が平和公園です。

 

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坂道を上ると国道138号に合流し、さらに2kmほど登った左手奥に市営の御殿場市温泉会館があります。この日は月曜日で定休日のため少し下がった富士カントリークラブ越しに富士山を撮影しました。

 

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国道138号をもう少し上った深沢の交差点から長尾峠に向かいました。すぐ上に乙女森林公園がありますが、崖崩れのために通行禁止の看板が・・・。この先は駿河台の展望台を経て長尾峠ですが、残念ながらここでUターンです。平和公園まで戻ってよく整備された広域農道(沼田ロマンチック街道)を南下しました。

 

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「時の栖(ときのすみか)」は御殿場高原ビール、御殿場高原ホテル、ロッジ、サッカー場などのスポーツ施設がある広大な施設で、ここに富士山が左右対称に見えるスポットがあるそうです。端整なコニーデ型の富士山が丘の上から見られるはずですが急に出現した雲に覆われてしまったのは残念です。工事中の第二東名が延びています。

2007_11120056 国道246号で御殿場方面へ戻りました。ぐみ沢丸田交差点を左折して県道23号に入り陸上自衛隊の施設の間を抜けてほぼ一直線の富士山スカイラインの急坂を上ると馬返から先はヘアピンカーブが続き、紅葉のトンネルを抜けるようです。

 

少し視界が開けた太郎坊分岐点を右手に入ると1km余りで太郎坊(新五合目、1440m)の駐車場に到着します。富士山の山頂方向は雲に隠れて見えませんが、鳥居の先に小山が二つ並んでいます。振り返ると箱根の外輪山がパノラマとして広がり、南方には越前山(1504m)も見えます。

 

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エンジン音を確かめながら富士山スカイラインを快調に下りました。御殿場駅に着いた時は11時半で、昼食に予定したレストラン「力亭(ちからてい)」を探しました。駅の北の陸橋下に力亭を見つけましたが、なんと臨時休業の貼紙がしてあります。後で調べるとこの日は定休日でした。

国道246号の神場南交差点から工業団地へ入って適当に走っているうちに東富士園芸センターに差し掛かりました。近くに富士見十景の大野原宏園があるはずですが見つかりません。百万本のバラ園の周辺にはすすき野が広がっていましたのでここで富士山を撮影しました。昨日(11月11日)まで三井住友VISA太平洋マスターズが開催されていた太平洋クラブ御殿場コースの入り口を通過した板妻交差点から表示に従って御胎内(おたいない)清広園へ向かいました。

 

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富士山のビューポイント巡りもいよいよ最後です。御胎内清広園にある延長約155mの溶岩隋道は照明のない狭い洞窟で、雨後のためか足元が濡れており、匍匐(ほふく)前進を諦めました。懐中電灯か蝋燭が必要です。富士見十景の標識を見つけましたが雨粒が落ちてきたためスポットを探すのを諦めて車に戻りました。

 

2007_11120084_4 今日の日帰り温泉は御胎内温泉富士山金明の湯です。名前から想像したイメージと異なる鉄骨とガラスで造られたモダンな建物は豊かな空間に光が溢れています。

 

入館時間に対応した料金は、1300円(10:00から)、1000円(15:00から)、700円(18:00から)、平日はそれぞれ1300円(割引料金1000円)、800円、700円と複雑です。

 

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内湯には2つの浴槽(打たせ湯と気泡湯)とサウナ、露天エリアには富士溶岩の湯、富士見の湯、湯滝がある露天風呂があり、いずれの浴槽からも富士山が見えるのは贅沢です。泉質はアルカリ性単純泉(低張性・アルカリ性・温泉)で柔らかい湯です。温泉としての趣はありませんが富士山を展望する温泉としては須走温泉「天恵」とともに富士山を間近に見られる温泉として貴重な存在です。雲に隠れてしまったと思った富士山が再び姿を現したのは幸運でした。富士山を撮影しながら国道246号で帰路についた時に愛車の走行距離が10万kmを超えました。

 

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<同行者のコメント> また富士山見物のドライブです。御殿場市内を何回も走り回りましたので地理にくわしくなりました。富士山を撮影した場所は数え切れません。どこから見ても富士山は同じだと思うのですが・・・。温泉から見た富士山には半分ほど雲がかかっていたことと、力亭レストランは金華豚の料理で有名と聞かされたのにお休みだったのが残念です。

 

追記: 今回訪れた7つのビューポイントに加えて、通行止めで断念した駿河台と長尾峠、そして金時山に登った時に立ち寄った乙女峠が御殿場の富士見十景です。

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2007年11月12日 (月)

桐生市の大川美術館

赤城山の見晴台をスキップしたことで時間に余裕ができ、このまま帰るのも惜しいので、近くの桐生市にある「大川美術館」へ行くことにしました。国道353号を朝と同じルートで前橋市の三夜沢(みよさわ)方面へ向かいます。起伏はありますがドライブしやすい道です。道路沿いにリンゴの直売所を見つけた同行者は土産に買いたいとのこと。「それでは次に直売所があったら・・・」と言っているうちに桐生市の市街地に入ってしまいました。

その美術館は丘の中腹にあるはずとの曖昧な記憶を頼りに市の中心部に向かいました。渡良瀬川を渡った頃から案内板に注意を払いながらゆっくりと車を走らせると、幸運にも小さな案内板に大川美術館の名前を見つけました。その指示に従って路地へと入って行きました。

幼稚園裏の小道から丘へと上り始めます。かなり急な坂道を上った踊り場に水道局の施設があり、思わず車を停めて写真を撮影しました。その先に直線の上り坂(下り坂)を発見、こちらが正規のアクセス道かなと思いながら、さらに急な坂を上り詰めると目当ての建物が傾斜地に建っていました。
 
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坂道のすぐ上の水道山公園駐車場に車を停めました。そこで見かけた「水道山展望台」の案内板に惹かれて、美術館を訪れる前に、急な階段を登り始めました。150段余り登った展望広場の横には広い駐車場があります。またもや大失態を演じたようです。同行者の反応には気づかない振りをして桐生市街地の眺望を撮影しました。

同じ階段を下りるしかありません・・・。

 

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大川美術館は最上階(4階)が入り口です。観覧料(協賛金)は1000円。桐生市出身の元大手商社マンの大川栄二氏が収集した約4500点の近代絵画を展示する美術館です。松本竣介氏(191248)と日系二世野田英夫氏(190839)の二人を中心に、関係の深い日本の現代画家とともに海外のコレクションも多数展示されています。

ピカソ、ルノアール、イサム・ノグチ(彫刻)の作品の他にも、旧安宅コレクションから藤島武二氏(18671943)の素描100点も収蔵されているそうで、そのうち数点が4階の一室に展示されていました。1階の展示室では安藤哲夫氏(19222002)の特別展が1224日まで開催されています。

 

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貰ったパンフレットのアドバイスにしたがって4階から1階まで鑑賞しながら館内を歩きました。外からは小規模に見えましたが、階下に下りるにしたがって想像以上に広いことに驚きます。

 

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思いつくまま撮影した多数の写真から
10点ほどを紹介します。(フラッシュなし)
 
高村光太郎 《魚》              南城一夫 《赤城山》

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高橋克之 《椅子》              ヘンリー・ムーア 《母と子:フード》

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松本竣介 《運河》(汐留近く)       松本竣介 《ニコライ堂の横の道》

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パブロ・ピカソ 《フランコの夢と嘘Ⅱ》   パブロ・ピカソ 《海老と水差し》

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藤島武二 《ブルーターバン》        藤島武二 《風景》

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1時間ほど鑑賞したあとに休憩したティールームで見事なオルゴールが演奏されています。そして散策できる現代彫刻庭園に出るとオブジェの中で桜が咲いていました。
 
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おさらいをするようにもう一度4階まで絵を鑑賞して歩くうちに2時間近くがあっと言う間に過ぎていました。充足感を感じて帰路につきました。

<同行者のコメント> 予定になかった桐生市の美術館はとても良かったです。早世した画家や病苦のなかで創作活動をした画家の作品が多いため、重く暗い絵が多いのですが、私の好きなポップな作品も多数あって楽しめました。この美術館を作られた大川さんは現在80歳を過ぎていらっしゃると受付の方からお聞きしました。

もう少しわが家に近いと良いのですが。 

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2007年11月11日 (日)

赤城山ドライブと見晴らしの湯(後編)

登山の好きな方は駒ヶ岳登山口から駒ケ岳(1685m)と赤城山最高峰の黒檜山(くろびやま、1827.6m)を縦走して黒檜山登山口に下りるルート(3時間半から4時間)が良いでしょう。今回の旅はドライブと紅葉が目的ですから、大沼の半島に建つもうひとつの赤城神社に参拝したあとは、まだ車の通行が少ない大沼を一周するルートを散歩するようなゆっくりした速度でドライブしまた。わかさぎを釣る人のボートが多数見えます。
 
 

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高みからの眺望を求めて見晴台(1458m)へ向かいました。数分で登頂出来る頂上から赤城山のカルデラを眺めるつもりでしたが、残念ながら工事中のため登山道は通行禁止です。それではと近くの白樺牧場に立ち寄って景色を楽しみました。紅葉は山頂から中腹まで下りているようです。(写真撮影:113日)
 

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赤城道路(県道号)を一気に下りました。畜産試験場(馬事公苑)交差点から国道353号を渋川方向に進むと1km余りで次の目的地に到着しました。今回の日帰り湯は富士見村営の「見晴らしの湯ふれあい館」です。隣接する富士見村農産物直売所で産業展が開催されているため大変な混雑で、周辺の臨時駐車場にも車が溢れていました。

 

2007_11030087会場には防災訓練のため消防自動車も参加、はしご車がはしごを高く伸ばしています。「先端まで登れば見晴しが良いだろう」と私が言うと、同行者は「富士山が見える」と言い出しました。西方には雲があるのでまさかと思いながら良く見ると、山並みの向こうに雪を頂いた富士山の山頂部がうっすらと見えました。あわてて写真を撮りましたが私の小型デジカメは能力不足で雲と識別ができません。

 

10時の開館を待ってふれあい館に入館しました。入館料は3時間までが500円(平日は終日500円)です。平成9年にオープンしてちょうど10周年記念でくじ引きが行われていました。前に並んだグループが一等賞の自転車を引き当てて大喜びです。我々もと期待したのですが、残念ながら(幸運にも?)、「ごはん一膳」(冷凍ライス)と「12月の割引優待券」が当りました。嬉しさも富士山の遠景と同様に小ぶりです。

 

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名前そのままに展望の良い温泉施設は、大浴場、ジャグジー、日本風庭園に囲まれた扇形の露天風呂、低温サウナ(4060度)などの設備が充実していました。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物泉でさっぱりとした感触です。

赤城山の裏ルートで手応えを感じたドライブ、山腹の見事な紅葉、そして鳥居峠からの素晴らしい展望を思い浮かべながら温泉をゆっくり楽しみました。

<同行者のコメント> 紅葉を見に行くために今回も早起きをしました。赤城山を上りはじめると紅葉が行く手に広がりました。あっという間に頂上です。小尾瀬は箱庭のようで木道を歩くのも苦労しません。

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見晴台へ登る計画がだめになったのは残念でしたね。高い山に向かう登山客をうらやましそうに見ているので分かりました。温泉に朝から入るのは久しぶりです。ゆっくり入浴することができました。お昼に食べた古代米手巻き御膳(料理長特選、限定30名)はお刺身や茶碗蒸がついていて美味しかったです。

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2007年11月10日 (土)

赤城山ドライブと見晴らしの湯(前編)

関越自動車道を渋川伊香保ICまで走ったころには夜が明けはじめて曙の淡い光で赤城山(あかぎやま)がシルエットとして浮かび上がっています。
 
 

2007_11030005国道17号を前橋市方面へ少し戻り、利根川を渡った坂東橋交差点を左折しました。赤城山の案内板を見かけたからです。国道353号に行き当たると思って走りましたが、どこかで道を間違えたようで、少し時間をロスしてしました。6時を過ぎたころになんとか国道353号に入ることができました。

赤城山に上る赤城道路と交差する畜産試験場(馬事公苑)の交差点を直進して、赤城山の麓を巡るように桐生市方面に向かいました。前橋市の三夜沢(みよさわ)交差点から赤城山の南面裏ルート(県道16号、大胡赤城線)をドライブするためです。

三夜沢にある赤城神社に参拝して湧水を味わいました。

 

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忠治温泉と滝沢温泉、そして赤城温泉入り口の先にある通行規制用ゲートを過ぎるころからヘアピンカーブが連続する細い道となり、対向車とのすれ違いは困難です。タフな道ではありませんが急な上り坂と連続するヘアピンカーブが楽しめる運転に自信があるドライバー向きのコースです。(写真撮影:113日)

 

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荒山(あらやま、1572m)近くの牛石峠を過ぎると道はなだらかになりました。右手に小沼(こぬま、この)と長七郎山(ちょうしちろうやま、1579m)が見え、左手には地蔵岳(1673.9m)が迫って来ました。

 

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7時過ぎに鳥居峠の駐車場に到着、「竹久夢二登山展望の地」碑の先に霞んだ渡良瀬川と桐生市の方面が見えました。

 

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振り返ると覚満淵(かくまんぶち)の先に赤城山の火口湖である大沼(おおぬま、おの)、そして赤城山の外輪山が望めます。

 

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紅葉がすでに終わった覚満淵に下りて周遊歩道の木道で湿原を一周しました。

 

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2007_11030061_2覚満淵を巡る木道は 500mほどと短いのですが小尾瀬と呼ばれるように尾瀬ヶ原と似た雰囲気があります。

 

赤城山山頂の朝は初冬と言ってもよい寒さで手袋が欲しくなるほどでした。(続く)

 

 

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2007年11月 7日 (水)

川越散策と「小江戸はつかり温泉」(後編)

川越はグルメの町で、芋料理、芋菓子、団子、鰻をはじめとする川魚料理、蕎麦、焼き団子が名物です。そしてラーメン店も多数存在するようです。

2007_10300130_2 今回は陶舗「やまわ」が経営する「陶路子(とろっこ)」を選びました。蔵造り資料館のすぐ近くです。満席のため隣の蔵で待ちましたが、しばらくすると店内へ案内されました。オーダーした「さつまいもミニ懐石」は10品のうち香の物を除く9品が芋料理。店内にさりげなく飾られた写真を見て今年3月に天皇・皇后両陛下がスエーデン国王夫妻を案内された陶器店であることを知りました。

 

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陶路子前の路地を進んだところに「菓子屋横丁」がありました。昔懐かしい駄菓子を買い求める大人だけではなく小中学生も横丁に溢れています。タイムスリップしたような面白い風情です。最近、話題になっている伊勢の赤福が造った「おかげ横丁」を熊野古道の帰路に訪れたことを思い出しました。

 

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「菓子屋横丁」に向かう路地の鰻屋さんの前を流れる清流に鰻ではなく鯉がたくさん泳いでいました。一番通りを横切って川越城の駐車場に戻る途中、道路拡幅工事現場で発掘調査が行われているのを見かけました。川越城三ノ丸跡地の辺りと思われます。
 
 

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国道254号(富士見川越道路)に入り、渋井交差点の手前に「小江戸はつかり温泉」がありました。昨年7月にオープンした「蔵の湯」チェーンのスーパー銭湯です。入浴料金は750円(土日休日800円)と妥当です。

多彩な風呂が売りで、野天風呂には源泉ぬる湯、源泉あつ湯、男女日替わりの滝見風呂(ざぶーんの湯)と洞窟風呂(さらさらの湯)、つぼ湯、電気つぼ湯、ねころび湯、足湯があります。 内風呂には源泉ぬる湯、源泉適温湯、水風呂、遠赤外線サウナ、漢方薬草サウナ、蒸気塩サウナがあります。

 

2007_10300153さらさらの湯は野天風呂のなかを小川が流れ、「ざぶーんの湯」は湯滝が数分に一回流れ落ちる趣向があるようです。別料金で岩盤・陶板温熱室、アカスリ&エステ、カットサロン、および整体ルーム、貸座敷があります。いずれもチケットを事前に購入する近頃珍しいシステムです。

日替わりで男湯と女湯が交替します。この日は男湯がさらさらの湯で、壁面を水が流れ落ちる様は草津温泉の大滝の湯のようで、真新しい施設は広々として気持ちが良いです。hpによると、スーパー銭湯と称しているのは約30度の源泉を加温・循環しているためで、加水はしていないそうです。泉質はナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性低張性温泉)で薄い茶色の湯がさっぱりとした感触です。

 

富士見川越有料道路(国道254号)で新座市、朝霞市、和光市を経由して帰宅しました。環八での事故渋滞に巻き込まれたため帰宅したのは5時を過ぎていました。

<同行者のコメント> 川越の郊外を車で走りまわったあとは、お城をスタートしてから市内をずいぶん歩きました。郵便局も街の雰囲気に合わせたデザインになっているのが面白いですね。

 

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さつまいもミニ懐石の「いもうどん入りいもグラタン」が良い味でしたし、土産に買った亀屋さんの「いもシュー」と「かぼちゃの亀ドラ」は期待通りのおいしさでした。

 

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温泉では大浴場と野天風呂の温泉あつ湯に入りました。そして薬草サウナにも入ってみましたが、蒸気でむせてしまい、長湯をできませんでした。
歩き疲れましたが川越の街はとてもよかったです。(終)

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2007年11月 6日 (火)

川越散策と「小江戸はつかり温泉」(中編)

市役所前から拡幅工事中の道を東進すると川越城本丸御殿です。ここの駐車場に車を停めました。2007_10300037ちょうど9時になりましたので本丸御殿(武徳殿と呼ばれる旧本丸玄関)に入りました。唐破風造りの玄関に特徴があり、日光輪王寺の唐門や京の西本願寺の大玄関と似た雰囲気があります。

 

ちなみに唐破風は東銀座の歌舞伎座、先日訪れた京都の南座、そして古い銭湯などにもよく見られる安土桃山時代に人気があった日本独自の建築様式です。

広間に続いて詰所などが並び、その奥には渡り廊下で結ばれた家老詰め所がありました。長い縁側、雨戸を収納する戸袋、閂(かんぬき、木戸の鍵)、無双窓(スライド式の換気窓)などを興味深く見学しました。
 

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本丸御殿の東隣にある三芳野(みよしの)神社は童歌の「とうりゃんせ」縁の場所と伝えられています。

 

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2007_10300054 本丸御殿の南の住宅地の中に富士見櫓の土塁と堀跡の一部が残っています。階段を登った頂上部は通りがかりの人に教えられた通り何もない場所でした。

 

さらに南へと歩いて紅葉を観に訪れたことがある川越大師喜多院(きたいん)とその鎮守社である日枝神社にも足を伸ばしました。

 

前回訪れた時はすでに夕刻であり入館できなかった客殿、書院、庫裏を巡りながら庭で色付き始めた紅葉を鑑賞しました。客殿、書院、庫裏は江戸城から移築されたものでいずれも国指定重要文化財です。

 

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五百羅漢(日本三大羅漢のひとつ)を見たあと仙波東照宮にも立ち寄りました。

 

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天海僧正が徳川家康を祀った神社です。家康の遺骸が久能山から日光へ移される途中に4日間滞在した時に天海僧正が法要を行ったそうです。ちなみに天海大僧正は喜多院の第27世住職です。この日は平日のため石段上部の門が閉じられていたのは残念です。

 

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喜多院の西にある「舟運亭(しゅううんてい)むかし館」にも立ち寄りました。その名前に惹かれたのです。戸田製麺店が開設した民俗資料館で、浮世絵・舟運・鎧や甲冑などの武具・火縄銃・道具・古民具・古文書などが展示されています。ご主人(館長)が親切に説明してくれました。

2007_10300094_3 川越名物のさつまいもの種類、本業であるそうめんの由来、そして趣味で集めた小村雪岱(せったい)の下絵と版画など話は尽きません。11月に開催される「川越城主行列」では例年通りに火縄銃を実射する予定だと嬉しそうに説明されたのが印象に残りました。話に惹きこまれてしまい「そうめん」を買うのを忘れてしまいました。御免なさい。

熊野神社と蓮馨寺(れんけいじ)に立ち寄ったあと、江戸時代に高札場があった札の辻交差点に向かって一番街通りを北上しました。埼玉りそな銀行川越支店(国の登録文化財、旧八十五銀行本店)、「時の鐘」、「蔵の博物館」、「川越まつり会館」、重要文化財の「大沢家住宅」などが並んでいます。時の鐘に立ち寄った時はちょうど正午で鐘が鳴っていました。(続く)

 

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2007年11月 5日 (月)

川越散策と「小江戸はつかり温泉」(前編)

川越は江戸時代から新河岸川を利用した江戸との水運で栄えた街で「小江戸」とも呼ばれました。今も蔵造りの商店が建ち並ぶ町並みが残っています。また一日四回鳴る「時の鐘」は江戸時代に作られましたが、火災で焼失したため、明治時代に鐘と時計塔が再建されたのだそうです。明治26年の大火のあとに建設された土蔵造りの店舗や掘割が通っています。また周辺の台地には古墳群が多く、下小坂古墳群、的場古墳群、南大塚古墳群、仙波古墳群などがあります。 

2007_10300032_2 歴史とグルメの町であるこの川越市を再び訪れました。江戸と川越の舟運(しゅううん)に利用された新河岸川の源流を訪ねることが最初の目的です。もともとは市の東部にある伊佐沼を源流にしていたそうですが、現在は治水のためにルートが市街地近くへ変更されています。新河岸とは、幕府が年貢米の輸送のために設立した河岸に対して、民間資本によって造られた水運に利用する船着場です。

新しい流れを遡ると、川越城址の脇を抜けて、川越の市街地を半周する形で赤間川として入間川へ合流しているようです。新河岸駅近くの南田島と伊佐沼との間の古い流れは九十川となっています。

関越自動車道の川越ICを降りると川越の市街地まで約3kmの近さですが、国道16号で市街地を迂回して市の東部にある伊佐沼へ向かいました。伊佐沼交差点を左折すれば200mほどで伊佐沼に到着です。天然の沼ですが名前から想像するイメージはなく細長い形をした貯水池のようです。早朝から釣りをする人と白鷺が目に入りました。
   
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沼を一周した伊佐沼公園の横に沼と九十(くじゅう)川を仕切る水門(放流口)がありますが水位が低いために水の出入りはありません。
 
 

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この水門が九十川の管理基点ですが、地図では九十川の上流がさらに北の方向に伸びていますので、それを辿ってみました。川沿いの農道を進むとついには入間川の堤防が見えてきました。この付近で伊佐沼代用水路(古川排水)と言う用水に吸収されてしまいましたので源流の探索を断念しました。川越市の北端を流れる入間川の堤防から無釘(くぎなし)橋越しに秩父の山並みを望むことができました。

伊佐沼バス停付近まで戻って市街地へ向かい新河岸川の宮下橋を渡ると川越の総鎮守府氷川神社に差し掛かりました。

 

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裁判所前交差点から南下した川越市役所の敷地(南西角)には「川越城大手門跡」碑と父の道真とともに川越(河越)城を築いた「太田道灌の像」があります。 北関東の上杉家に仕える家柄に生まれた道灌は後に江戸城を築いたことと山吹の故事でよく知られます。(続く)

   
  

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2007年11月 3日 (土)

池上本門寺と蒲田温泉(後編)

池上駅に戻って再び池上線に乗りました。滅多に利用することのない池上線の電車に揺られていると、なぜか野口五郎さんの歌「私鉄沿線」が思い浮かびました。”改札口で君のこと いつも待ったものでした 電車のなかから降りてくる・・・” 30年以上前にヒットした曲で、私の十八番カラオケ・ソングのひとつです。当時、私鉄沿線は何処かと考えたことがあり、その候補のひとつが池上線でした。

2007_10280072 野口五郎さんで思い出しました。私が20歳代半ばに入院した時、術後の痛みにモルヒネを投与してもらって堪えながら夜の病室で一人聴くラジオから若い男性歌手の歌声が流れてきました。ハイトーンの元気な歌声は気弱になっていた私を力付けてくれました。野口五郎さんのデビュー直後のヒット曲「青いリンゴ」です。

歌の連想が続きました。少しマニアックですが西島三重子さんが歌った「池上線」です。「私鉄沿線」がヒットした頃のこの歌は女性の切ない思いを綴っています。”古い電車のドアのそば 二人は黙って立っていた” で始まり、”池上線が走る町に あなたは二度と来ないのね・・・” で盛り上がる歌詞です。当時はなぜ池上線が歌になるのかと疑問に思いました。

今でも友人とカラオケに行った時、場の盛り上がりに欠ける場合には、青江美奈さんの「伊勢佐木町ブルース」やこの歌を歌うことがあります。選曲の意外性が受けるのです。1980年代には「心凍らせて」がヒットした高山厳さんもこの「池上線」を歌っていました。西島さんは作詞・作曲家として現在も活躍されているようです。

2007_10280074取り留めのない回想に耽(ふけ)っているうちに終点の蒲田駅に到着しました。駅の東口を出て南に歩き、環八を超えてNTTの横から住宅地の細い道に入りました。ファミリーマートの手前を左折すると銭湯「蒲田温泉」に到着です。およそ1kmと近いのですがこの路地伝いのルートよりも環八沿いの蒲田郵便局の横から入る表通りの方が分かり易いかもしれません。

大きな赤い看板が目立ちます。2階建ての銭湯は料金が430円と格安ですが、蒲田の温泉ですからもちろん黒湯です。朝の10時からオープンしているのも嬉しいです。広めのロビーと脱衣場を抜けて入った浴室の白っぽいタイルは清潔感があります。浴室の右手奥には普通の湯の気泡風呂、水風呂、電気風呂、そして左手には黒湯の浴槽があります。いずれの浴槽も小さめです。

2007_10280075黒湯浴槽は二つに仕切られて、手前が約42度の温めで、奥は45.5度前後と相当の熱さに驚きました。黒湯はかなり濃い色でヌルヌル感も十分です。アルカリ性の鉱泉(ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉、加温・循環)は肌に良いのだそうです。備え付けのシャンプーや無料の赤外線サウナがあることもありがたいです。

2階にはカラオケ設備と舞台の付いた広い宴会場がありました。食事処としても使われています。再び野口五郎さんの歌が何曲か浮かびましたが、今日はマイクを握るのは止めておきましょう。

<同行者のコメント> お友達のお見舞いに池上へ来たことがあったと思いますが本門寺ははじめてです。もっと古い建物を想像していましたので、ほとんどが真新しいことは意外でした。お昼にお休み処で食べたお蕎麦がおいしかったです。温泉では常連の方たちと一緒になりました。年配の方が「温泉に入ることが出来るのはありがたいわ」と繰り返しおっしゃったことが印象に残ります。私もそろそろ感謝しようかなと思いました。

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2007年11月 2日 (金)

池上本門寺と蒲田温泉(中編)

大堂の奥には本殿がありました。空襲で消失した釈迦堂を昭和44年に再建したものなのだそうです。こちらも何度か消失したことがあり、吉宗が再建しています。そして一番奥にあるのは築地塀で囲まれた御廟所で、日蓮上人の遺骨(御灰骨)が安置(奉安)されているそうです。(参考:池上本門寺のhp)
 
 

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本殿の左手にある歴代墓所は境内で一番高い場所にあり見晴が良いはずですが、生憎の曇天で富士山を望むことはできません。
 

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左手の階段を下りたところに宝塔(日蓮聖人御荼毘所)
、そしてその先の大坊本行寺前に目当ての「10月桜」(正式名称は御会式桜)がありました。

 

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日蓮上人が入滅した時から10月に咲くようになったと伝えられる秋に咲く珍しい桜です。写真は10月28日に撮影しました。

 

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境内の東側、第二代将軍秀忠が建立した五重の塔の先にある墓地に向かいました。もうひとつの目的は力道山の墓に参ることです。私が子供であった時代(1950年代から1960年代初頭)のプロレス界の英雄でした。対戦相手のシャープ兄弟、木村政彦、ルー・テーズ、オルテガ、ブラッシー、デストロイヤーなど人気レスラーの名が思い浮かびます。レフリーの沖識名(おきしきな)や映画「007・ゴールドフィンガー」に出演したハロルド坂田などの日系二世レスラーも覚えています。 

 

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仁王門近くで見かけた箒を持った小坊主像の台座に何やら書かれています。判読すると「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉  安都子拝書」とありました。これは良寛和尚の時世の句です。(続く)

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2007年11月 1日 (木)

池上本門寺と蒲田温泉(前編)

一度訪れたいと思っていた池上本門寺(いけがみほんもんじ)に出かけることにしました。日蓮上人が亡くなった(入滅した)場所に建立された日蓮宗の霊跡です。約7万坪の寺域を寄進した郷主の池上宗仲氏に因んで池上本門寺と呼ばれています。 

 

2007_10280071_2東急池上線の池上駅を降りて本門寺通り商店街を歩く途中に何気なく見た左手の路地に六郷用水跡の案内を見つけました。六郷用水は江戸初期に開削された灌漑用水で、現在の狛江市から世田谷区を通り大田区に至るものでした。当ブログでは二ヶ領用水砧公園の記事のなかで簡単に紹介しています。 
 
 

広い道に出ると前方に「南無妙法蓮華経」と記された石塔が見えてきました。呑川(のみがわ)の霊山橋を渡ると池上本門寺の総門です。 

 

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加藤清正が寄進した此経難持坂(しきょうなんじざか)の石積参道を上りました。此経難持の偈文(げもん、仏の教えを述べたもの)の96字に因んで参道の石段は96段あるそうです。法華信者ではなく法華経の経文を知らない私は無言で上ったためか少し息が上がってしまいました。

  

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両側の石灯籠に足場のようなものが組まれています。その取り壊し作業をしている人に聞くと、昔から祭礼時に灯篭によじ登って見物する人がいるので補強するための木組みだと説明してくれました。現在は登らないようにガードされているから念のためであると付け加えました。2週間前の1012日に万灯練り行列があったのだそうです。
右手に日蓮上人像(説法像)がありました。

  

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長栄堂と鐘楼の間を抜けると仁王門(三門、三解脱門)です。先日紹介した芝の増上寺では三解脱門と正式名で呼ばれていました。仁王門の先には大堂(祖師堂)が聳(そび)えています。 
 

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大堂は戦災で消失しましたが昭和39年に鉄筋コンクリート造りで2度目の再建(間口15間)が行われました。加藤清正が寄進した当初の大堂は間口25間と壮大でしたが、宝永7年(1710年)に消失したため享保8年(1723年)に8代将軍徳川吉宗が用材を寄進して間口13間と半分近くに縮小されて再建されています。(池上本門寺のhp)

  

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大堂と経堂の前で菊花展が開催されていました。(続く)

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