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2007年12月に作成された記事

2007年12月31日 (月)

年末歳時記 「人形供養」

わが家の押入れで眠ったままになっていた人形を供養することにしました。雛人形や日本人形などが10数点です。宅急便で送ると供養してくれるサービスもありますが、何十年もわが家に居た人形達ですから、直接出向いて供養をお願いすることにしました。以前、深川七福神巡りと深川飯を食べに訪れた富岡八幡宮が思い浮かびました。

 

首都高速の木場IC近く、富岡2丁目にある富岡八幡宮の駐車場に到着、本殿脇に受付がありました。年中無休で午前9時から午後5時まで受け付けてくれます。申込書に記入してお願いしました。女性の神官に案内されて駐車場横にある小さな建物へ人形を持参しました。富岡八幡宮では「人形のお焚き上げ」(人形供養)の祈祷に立ち会うことができます。神官の声にしたがって5分ほど神妙に頭を下げていました。

無事に人形供養が出来て安堵しました。

 

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大晦日の前日(30日)にはわが家で年末恒例の川崎大師への参詣を家族全員で済ませました。コチビちゃんは今回がはじめての経験です。家内安全を感謝してこれまでの御護摩札をお返ししたあと、本堂内で祈願していただいた新しい護摩を授かりました。

 

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そして門前の「はやま」で年越しそばを食べ、高橋太一商店で「干支の置物」を買ったのも例年通りです。

2007_12300030 今年もさまざまな地へ旅に出かけ、訪れた温泉は37ヶ所、そしてドライブ旅や緑道散策などのブログ記事をちょうど140回書くことが出来ました。いろいろ失敗談もありましたが旅を振り返りながら充実した気持ちで新年を迎えられそうです。ただ昨年の大晦日の温泉巡りが不評でしたので今年は取り止めです。来年は新しいことにもチャレンジしたいと思います。

   

<同行者のコメント> ずっと気になっていた雛人形を供養できてよかったです。押入れを片付けているときに出てきた旦那さまのガラクタが加わったことで、ただでさえ物が多い旦那さまの部屋は足の踏み場もないくらいになりました。粗大ゴミに少し出したようですがまだいっぱい残っています。がんばって捨ててくださいね。

ブログをお読みの皆さんも良いお年をお迎えください。

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2007年12月30日 (日)

年末歳時記 「ハルモニア ‘07-‘08」

丸の内の東京国際フォーラムに出かけました。東京メトロの有楽町駅を降りると地階通路が東京国際フォーラムに繋がっています。反対側はビックカメラの入り口です。

  

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展示会や講演会でよく訪れる場所ですが今回の目的は光と音のハーモニーがテーマの「
HARMINIA」(音楽祭)です。地下2階の会場とその周辺では最終リハーサルをする演奏家たちの姿がありました。

 

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開場の6時にはまだ時間がありますので地上広場に出ました。夕方の5時からクリスタル・イルミネーションが点灯されると聞いたからです。薄暗くなった5時少し前から点灯が始まりました。円柱形のフレームが白く光ってクリスタルの雰囲気があります。

 

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イルミネーションを見ながら地上広場を歩くと急に音楽の演奏が始まりました。屋外のステージで先ほど見かけたグループのひとつが照明を浴びていました。アルプス民族音楽楽団「エーデルワイスカペレ」です。エーデルワイスの花をあしらったベルトが印象的なチロルの衣装を纏ったメンバーがギター、アコーディオン、トランペット、トロンボーン、チューバなどの楽器をリズミカルに演奏しています。そして男女のペアがダンスを踊りました。昨年、ミユンヘンの「ホフブロイハウス」で聴いたバイエルン音楽を思い出します。

  

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演奏が終わると観客を別の場所に誘い、もう一箇所で演奏したあと館内へ入ります。「ハーメルンの笛吹き男」に連れられた子供達のように観客が後に続きます。演奏しながらエスカレーターを下りると地下1階のステージに向かいもう一度演奏会が始まりました。大小合わせて20個ほどのクーグロッケン(カウベル)を使う演奏は見事です。

 

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6時前に演奏が終了して地下2階のメイン会場へ下りるように促され、6時半からの開演を待つ間に有料入場者にシャンパンが振舞われました。過ぎ行く今年に乾杯です。

 

特設ステージに司会者が現れてコンサートの開始です。今夜はオープニングコンサートとして「シューベルトと同世代人たち」がテーマで、出演者は青島広志氏(MCとピアノ)、東京都交響楽団アンサンブル、小野勉氏(テノール)、横山美奈さん(ソプラノ)です。青島氏が軽妙なトークで解説するシューベルトの歌曲、ドニゼッティとロッシーニなどのオペラの美しい歌声と演奏に魅了された1時間半はあっという間に過ぎました。

2007_12280153_2 聴いているうちに大学のドイツ語講座で習ったシューマンの歌曲「詩人の恋」のなかの「Im wunderschoenen Monat Mai」(美しき5月に)の歌詞を思い出しました。「美しき5月に全ての鳥が歌い全ての木々が芽を出して私の心に恋が芽生えた」と言うロマンチックな内容だったと思います。演奏会場は撮影禁止のため練習風景の写真(冒頭)と終了後の写真を紹介します。

同じ階の特設ダンスフロアで初心者向けに「サルサ」のステップレッスンが始まりました。150名ほどの参加者がおぼつかない格好でステップを覚えます。一通りステップが身に付いたところで円陣を組んだレッスンになりました。こちらの会場も撮影禁止のため、地下2階の会場を出て地下1階のコンコースからガラス越しに撮影するまでのわずか10分余りで全体のステップが軽やかになるのが分かります。円陣中央の外国人インストラクターの指導は見事です。大学生の頃、自動車部の資金稼ぎに開催した「ダンパ」ではルンバ、ジルバ、チャチャチャが人気で1970年代に米国で広まったこの「サルサ」はまだありませんでした。レッスンに続いて生バンドによるダンスパーティが10時まであるため少し心残りですが会場を後(あと)にしました。

 

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このハルモニアは28日から4日間続いて大晦日にはハルモニアグランバル(大舞踏会)とカウントダウンコンサートがビッグバンドとオーケストラの演奏で開催されます

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2007年12月29日 (土)

年末歳時記 「今年の大賞」

流行語大賞、仮装大賞、レコード大賞など多くの大賞が毎年発表されますが本稿のテーマは経済産業省や日本機械工業連合会会などが共催するロボット大賞です。

 

2007_12210153東京・青山で開催された「今年のロボット」大賞2007展示会を見に出かけました。優れたロボットを表彰する昨年から始まった催し物です。今年の大賞は食品・医薬品を高速にハンドリングする産業用ロボットが選ばれました。展示会場で見たその迅速かつ正確な動きに圧倒されます。

 

その他に手術用ロボット、無軌道自律走行ロボット、消防ロボットも優秀賞を受賞しています。

 

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2007_12210156 私が興味を持った受賞ロボットを幾つか紹介します。まず音楽プレーヤーロボット「miuro、ミューロ」はiPodなどの携帯音楽プレーヤーを再生しながら、音楽に合わせてダンスをするユニークな形のロボットです。

教育用レゴ「マインドストームNXT」は組み立て玩具のレゴと32ビットMPU(コンピュータ)を組み込んだインテリジェントブロック、そして光・超音波・サウンド・タッチセンサーや回転センサー内蔵のインタラクティブサーボモーターで構成されます。8歳以上が対象とのことですが大人も好きな形のロボットを自作して楽しめそうです。

 

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小型ヒューマノイド(人型)ロボット「HOAP」は身長60cm、片手で抱え上げられる小型軽量ロボットです。鉄腕アトムが現実になったようです。 関節に使われた最大40個のアクチュエーターが1msec周期で制御でき、2足歩行はもちろん、手でボールを掴み、サッカーのようにボールをキックすることもできる優れものです。運動を学習することができるそうです。CCDセンサー・マイク・スピーカ・LEDが装備され豊かな表現力を持っていると説明されていました。研究開発者向けの製品で愛玩用のロボットではないようです。
 
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ここでロボットの歴史を振り返ってみましょう。 ロボットはチェコスロバキア(当時)の小説家チャレル・アベックが1920年に発表した小説ではじめて登場した「人の代わりをして働く自動機械」のことです。日本では誰でも知っている手塚治虫氏の「鉄腕アトム」や横山光輝氏の「鉄人28号」が50年以上前に連載漫画として登場しました。1969年に登場した「ドラえもん」は現在も人気のテレビアニメです。

 

これらはいずれも空想世界での存在でしたが、1980年代に入ると自動車産業などの生産ラインで溶接・組み立て・搬送作業に導入されました。会場の説明によると日本では現在40万台近くが稼動しており世界で群を抜いていますが1995年以降は景気の停滞でわずかですが減少傾向にあります。これに対して2位の北米と3位のドイツは15万台弱と急速に追い上げていますから日本も頑張って欲しいものです。

 

サービスや愛玩用ロボットも日本がリードしています。ホンダの「アシモ」は二足歩行ができる人型(ヒューマノイド)ロボットのパイオニアですし、ソニーの「アイボ」も愛玩用ロボットとして販売されて人気を博しました。欧米のキリスト教世界では人型ロボットに抵抗感があるのに対して、日本ではアトムに親近感を持つ人が多いことがその背景であると言われています。最近は自作ロボットのコンテスト(NHKが開催する高専と大学、アジア・世界大会など)が人気を集めており、高専のロボコン全国大会が今年もNHK総合テレビで年末に放送されました。

 

最新のロボットを楽しんだあとは神宮外苑絵画館前の銀杏並木を歩きました。紅葉には時期外れですが昼の休憩時間に散歩を楽しんだりベンチで休憩する人がいました。

 

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昨年はちょうど良い時期に撮影ができました。(下の写真)

 

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2007年12月27日 (木)

年末歳時記 「クリスマス・イルミネーション」

年末のイルミネーションが年々豪華になっています。昨年は表参道のイルミネーションが人気でした。今年注目されるのは「TOKYO FANTASIA トウキョウファンタジア)2007」、日比谷公園の噴水広場に造られた約42mの高さのクリスマス・イルミネーションでしょう。1221日から元旦まで開催されています。

   

2007_12260069_4クリスマスの翌日が好天に恵まれましたのでそれではと見に出かけました。東京メトロの霞ヶ関駅で下車して日比谷公園に向います。歩く人は背広姿の人ばかりでイルミネーションの見物客と思しき人を見かけません。クリスマスが過ぎるのを待ったのは正解だったようです。

かもめの広場から公園内に入るとイルミネーションが木陰に見えて来ました。午後4時半過ぎでまだ明るいのですがもう点灯されているようです。5時からのはずですが!! イルミネーションに向って進むと会場の周囲にはロープが張り巡らされているため入り口まで大分歩くことになりました。予想に反して会場内は大変な人混みです。

 

2007_12260042_2 この催しは「都市の緑化」がテーマであると説明されています。大噴水を囲うテント製(自立式幕構造)のクリスマスツリーは下部からの照明と外部に付けられたイルミネーションが幻想的な雰囲気を醸し出しています。近年イルミネーションに多用されるLEDが無数に使われています。約42mの高さは日本一で、東京ドームなどの屋根を手がけた企業が製造したものです。

ツリーの前方にある第二花壇を覆うように風(白色)、火(赤色)、水(青色)、土(黄色)の妖精をモチーフとした光のイルミネーションが中央の光のアーチを取り巻いています。こちらは約5000平米と日本最大級の広さがあるそうです。ちなみに風・火・水・土は古代ギリシャの哲学者が唱えた自然を構成する四大元素です。

 

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入り口に近いクリスマスツリーから風火水土の妖精を巡りました。

 

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午後5時過ぎに音楽に同期してツリーの照明が何色にも変化し始めました。

会場を一周した頃にはまた元の淡い照明に戻りました。

  

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十分堪能しましたので出口を探すと、さらに半周することになりました。日比谷駅側の入り口から入ったほうが良かったのでしょうか。飲食店も多数出展しています。

 

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出口近くにTBSのインターネットラジオ「OTTAVA(オッターヴァ)」のブースが設置されていました。イルミネーションと音楽が融合した美しい催し物でした。

<同行者のコメント> 遊びに来ているオチビちゃんとコチビちゃんを連れて出かけました。夕方なので寒いかと思いましたが幸い風もなく、寒さを気にしないでイルミネーションを見ることが出来ました。

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3年前に見た丸の内のイルミネーション「東京ミレナリオ」(右の写真)よりもカラフルで綺麗でした。クリスマスが過ぎたというのに大変な人出で迷子にならないか心配になるほどです。オチビちゃんはLEDで光るペンライト「カスタムライト」とさつまいもの「おさつスティック」が気に入ったようです。

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2007年12月25日 (火)

茶沢通りを歩く -月見湯温泉-

年末の呑み会は幹事の気紛れで下北沢の居酒屋が選ばれました。印象に残った下北沢へ日中に出かけることを思い立ち、三軒茶屋から下北沢まで茶沢(ちゃざわ)通りを散策することにしました。

三軒茶屋は江戸期に太子堂村と呼ばれていましたが、大山道と登戸道が分岐する場所に三軒の茶屋があったことで昭和初期になって三軒茶屋の地名が付けられました。

 

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世田谷通りを入った場所に昔ながらの名画座「三軒茶屋中央」と「三軒茶屋シネマ」があります。周辺で一番高いキャロットタワーに接する東急世田谷線三軒茶屋駅を抜けて教学院を訪れました。不動堂の目青不動は五色不動のひとつです。

 

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茶沢通りが烏山川緑道と交差しました。緑道を東へ入って児童公園で左折すると住宅地の中に円泉寺(太子堂)があります。聖徳太子像を祀ったのが名前の由来です。円泉寺通りで茶沢通りに戻りました。

 

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代沢十字路を過ぎた代沢交差点の先で横切るのはつい先日当ブログで紹介した北沢川緑道です。緑道には小さな流れがありますが下水はその下の暗渠を流れているようです。代沢三叉路から先は下北沢の繁華街です。左手に入り南口商店街を抜けると下北沢駅南口で、三軒茶屋からは2km強の距離でした。

 

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日中の下北沢は夜と別の雰囲気で活気のある商店街です。グルメシティ南の横丁を入ったJAZZ喫茶「マサコ」で休憩することにしました。黒を基調とした店内で一際目立つのはJBL1980年代のスピーカ、MODEL 4343B STUDIO MONITORです。LPレコードで再生されるJAZZは時にスクラッチノイズが入り、懐かしさを感じさせる音が照明を落とした店内に溢れています。ニューオリンズのバーボン通りにあるライブハウスを思い出しました。数年前に逝去されたマサコさんの写真が何点か店内に飾られています。

 

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下北沢の繁華街を一周したあと、前回訪れた時に見かけた沖縄料理店でソーキそばを食べようと本多劇場裏に回りましたが昼間は2軒ともクローズドでした。それではとイタリア料理(パスタ)の店「タパス&タパス」に変更です。私はタパス風(海鮮)スパゲッティ、同行者は明太子と青ジソのピザ・サラダ・デザートのセットを選びました。若者向きでボリュームがあり濃い目の味付けですが美味しく食べました。

 

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下北沢駅から京王井の頭線に乗り、明大前駅で京王線に乗り換えて下高井戸駅で下車、日大通りを日大に向かって歩きました。松原高校の手前を右手に入ると正門前の住宅地に「月見湯温泉」がありました。駅から徒歩で5分ほどの場所です。建物の前面はタイル張りで増設されていますが、その奥は伝統的な千鳥破風の屋根が残されています。料金は銭湯ですからももちろん430円です。別料金のサウナもあります

 

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ゆったりとしたロビーから入った脱衣場は白い壁面に丁の字になった太い大黒柱と長大な梁がアクセントです。浴室の壁面全体に描かれた富士山の大きなタイル画が印象的で、浴槽が真ん中にある配置もユニークです。幾つかに仕切られた浴槽の手前は普通の湯(備長炭湯)で、大浴槽、気泡風呂、ジェット風呂、電気風呂などで面白く構成されています。奥にある過熱した天然温泉槽はほんのわずか茶色味がかった澄んだ湯の泡風呂です。左手奥にある源泉の冷たい浴槽(16.5度)は先日立ち寄った船堀「鶴の湯」と同様に入る人がほとんどありません。私は熱い湯と交互に3・4回入浴しました。

 

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2007_12150108ロビーに掲示された証明書には「湯はメタ珪酸、フェリイオン、フェロ(鉄分)の項目で温泉に適合する」と珍しい表現になっています。伝統的な銭湯の良さを残した気持ちの良い天然温泉です。

<同行者のコメント> 三軒茶屋からどこへ行くのか知らないで歩いていると緑道がありました。先日歩いた目黒川緑道と続いているのだそうです。

 

昼食は今回もイタリアンになりました。私の好きな薄い生地のピザがクリスピーでおいしく、デザートのプリンも味が良くて大満足です。JAZZ喫茶とパスタとは、演歌とおそばが好きな旦那さまが宗旨替えなのでしょうか。それを言うとジャズと演歌は同じだよとの言葉が返ってきました。その理屈は良く分かりません。温泉は内装が明るく清潔でお風呂もゆっくり入ることができました。

追伸: この原稿を書いている時にラジオのニュースがオスカー・ピーターソンの訃報を伝えました。82歳だったそうです。当ブログでもオスカー・ピーターソンに触れています。

 

写真と絵はニューオリンズのバーボン通り付近です。 

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2007年12月23日 (日)

戸田の渡しと天然戸田温泉「彩香の湯」(後編)

戸田公園を抜けてさらに上流方向へ進むと倉庫街に入ります。新大宮バイパスの笹目橋下で早瀬渡船場跡の石碑と案内板を見つけました。戸田の渡しよりも古いこの渡し場は鎌倉道の重要な渡しであったと推測されると案内板に説明されていました。

  

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戸田公園西交差点から氷川町に出るとガストの向かい側に目当ての日帰り温泉があります。天然戸田温泉「彩香の湯」は1階が駐車場です。2階の受付で料金1000円を払って入館しました。2003年にオープンしたばかりで新しい施設が気持ち良いスーパー銭湯です。広い食事処で昼食にかに雑炊と海鮮ちらし寿司などを楽しみました。

  

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浴室には天然温泉の桧湯、普通湯の風呂、リラグゼーションバス、ジェットバス、スーパージェットバス、湯腰掛、高温サウナ、水風呂と多彩な風呂が整然と並んでいました。泉質はナトリウム-塩化物強塩泉でショッパイ味がします。見た目に茶色い湯です。露天エリアには天然温泉を使う露天風呂、壺湯、寝湯、漢方薬蒸湯があります。

  

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温度が42度の源泉をそのまま使っているのか湯は少し温めですが長く入っていると身体がほてって来ました。最後に入った壺湯は掛け流しの湯が溢れて贅沢です。入浴のあとには3階のお休み処のリクライニングチェアでリラックスできました。広めのスペースに女性専用を含めてチェアが20数脚あります。竹林の壁紙と照度を下げた照明、そしてカラオケの音など外部雑音を遮断した静かな環境が快適です。

  

2007_12210098_2 帰路も中山道を利用して仲宿からは山手通りに入りました。週末に開通する首都高・中央環状新宿線(山手トンネル)の様子を見たくなったのです。もちろん地上からトンネルを見ることはできませんが、煙突のように聳える換気塔と地上の工事状況を見ながら渋谷区松濤までゆっくり走行しました。

  

今週末に開通するのは池袋線熊野JCT-新宿線西新宿JCT間の約7kmです。首都高のhpによれば、これが渋谷線大橋JCTまで伸びるのは2009年の予定で、さらに湾岸線大井JCTまで延長されて中央環状線が全線開通するのは2013年になるそうです。

  

写真: 左上より板橋区熊野町の山手通りと既存の首都高池袋線、西池袋入り口、工事中の山手通り、シンボルの換気塔(45m高)  

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<同行者のコメント> わざわざ旧道の狭くて急な坂を走る理由が良く分かりません。ボートコースは景色が良くてボートを見ながら歩くのは気持ちがいいです。女性もボートを漕ぐのですね。びっくりしました。温泉もきれいで良かったです。帰りに工事中の道路を走った理由はわかりましたが、開通するトンネルのほうを走りたいです。

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2007年12月22日 (土)

戸田の渡しと天然戸田温泉「彩香の湯」(前編)

中山道の板橋宿と蕨(わらび)宿の間にあった「戸田の渡し」を訪れました。当ブログでは、五街道木曽路美濃路近江路の記事で中山道を紹介し、その都内については巣鴨板橋宿の記事で紹介しています。

 

今回は板橋宿から荒川を渡った戸田までを辿ります。板橋宿の記事で紹介した志村一里塚が出発地点です。国道17号志村坂上交差点を左折して交番横の脇道に入ると三叉路に大山道の道標がありました。蕨宿や日光御成道の西新井宿などからも大山に向う街道があったようです。S字に大きくカーブして下るのが清水坂で旧中山道の最初の難所でした。坂の両端に同じ石碑が立っています。案内板によると中山道で唯一富士山を右手に一望できる名所で、清水坂の下には「合の宿志村」があったそうです。

 

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急坂を下りきった場所で鋭角に右折して地下鉄三田線の下を潜ると再び国道に吸収されました。坂下付近Uターンして国道の志村坂を上り、環八を横切った先にある「薬師の泉庭園」に立ち寄りました。武蔵野台地北端の崖線にあった清水薬師の跡地に再現された庭園です。板橋区から北区にかけての崖線に多数の湧水があるようです。

 

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国道をもう一度北進して新河岸川の志村橋を渡ると荒川に近い場所に「舟渡町」の名がありました。旧道と思われる側道から荒川の堤防を階段で上りました。東北・上越新幹線と埼京線の鉄橋の右手(下流)に渡し場があったようです。

 

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荒川を渡った戸田市でオリンピック道路に入って、さらに右折すると荒川通りの戸田橋へ上る坂の途中に渡船場跡の石碑と案内板がありました。坂の下には水神社前があります。堤防に上って対岸の板橋側を見ましたが、こちらにも戸田の渡しがあったことを窺わせるものは何も残されていません。

 

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荒川通りを上流方向に進んで中山道を横切ると右手に戸田公園があります。駐車場から2000mの長さがある漕艇場(ボートコース)に沿って歩きました。
 
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大学生がボートの練習をしています。一人乗りのシングルスカルとカナディアンシングル、二人乗りのカナディアペアとカヤックペア、四人乗りの舵手つきフォアなど多様です。そして壮年の八人組がのんびり漕ぐエイトの姿も見られました。
 
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戸田公園大橋は漕艇場を跨ぐ美しい吊り橋です。その先に戸田競艇場とTBSラジオの送信アンテナがあります。余談ですがNHKは同じ埼玉県の菖蒲町、文化放送は隣の川口市、日本放送は千葉県木更津市、ラジオ日本は川崎市に送信所があります。
 
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戸田公園大橋を歩いたあとに覗いた戸田競艇場には蕨警察署の案内板が貼られていました。気になって調べると戸田市も蕨警察署の管轄区域でした。

 

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桜並木が続く荒川の堤防を越えると戸田総合運動公園と荒川親水公園が河川敷に続いています。戸田橋に向って伸びる堤防上の舗道を引き返しました。サイクリングやジョギングを楽しむ人達とすれ違いました。(続く)

 

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2007年12月18日 (火)

城東の緑道と船堀「鶴の湯」(後編)

辰巳の森公園の駐車場から三ツ目通り(都道319号)と明治通り(都道306号)を北上しました。この日の日帰り温泉(銭湯)が開くまでまだ時間がありますので、もう少し江東区の緑道を探索することにします。

明治通りの亀戸駅(水神森)から大島4丁目まで亀戸緑道公園大島緑道公園が南北に伸びています。ここは都電(29系統と38系統)の軌道跡を整備した1kmあまりの緑道です。竪川(たてかわ)人道橋の袂にレールと車輪がモニュメントとして残されています。交差する首都高速7号小松川線の高架下は暗渠化された竪川河川敷公園です。

 

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建て込んだ住宅地で十文字の緑地は便利な生活道路になっているようです。今回は通過しましたが南砂2丁目には明治通りから永代通りに抜ける都電38系統跡地に造られたL字型の南砂緑道公園もあります。

 

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小名木川駅交差点まで戻って東へ向うと仙台堀川公園と交差しました。小名木川(左下の写真)から仙台堀川沿いにL字型に続く公園です。鴨が10羽ほど泳いでいました。同じくL字型をした横十間川の親水公園とも交差して江戸期の運河が碁盤の目のように掘削された様子が今でも見られるのは楽しいです。千石1丁目の大横川まで続く仙台掘川公園は全長が3700mもあるそうです。

 

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丸八通りを北上して新大橋通り(都道50号)に入ると大島6丁目です。数年前、息子が独立する時に都心にある勤務先への交通の便が良い都営新宿線の大島6丁目から8丁目辺りでアパートを探し歩いたことがあります。高層アパートが多い地域です。他に千住と赤羽周辺に廻ったことも懐かしく思い出します。

旧中川を船堀橋で渡ると江戸川区です。荒川と中川をもうひとつの船堀橋で越えて右折、さらに船堀街道で都営新宿線の船堀駅を過ぎた船堀2丁目の住宅街にある船堀「鶴の湯に到着です。3時半の少し前で銭湯が開くのを待つ客が数人居ました。銭湯には1台分の駐車場がありますが塞がったばかりでしたので近くのコインパーキングに駐車することにしました。料金が1時間200円と安いのでゆっくり湯を使えます。

 

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江戸時代の創業と歴史があり入母屋破風屋根が印象的な銭湯です。3年前に改装された現代風の外装や広めのロビーはビジネスホテルのような雰囲気があって少しも古さを感じさせません。高い天井で開放感のある脱衣場とタイル張りの浴室も明るく清潔感があります。浴室の奥に天然温泉の黒湯浴槽と普通湯(白湯)の浴槽が並んでおり、下町の銭湯ですから温度はかなり熱めでした。泉質はメタ珪酸で、黒湯の色はやや薄めです。黒湯浴槽の奥には電気風呂、白湯浴槽の左側にはジェットの設備があります。壁面は富士山ではなく紺系統の色タイル張りが良いアクセントとなっていました。

 

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右手前にはサウナ(別料金300円)と冷たい源泉浴槽「冷水風呂」があります。冷たい黒湯源泉と熱い黒湯へ交互に入ると黒湯がたっぷり楽しめます。温度が18度の源泉は冷たくて入る人は少ないようです。源泉かけ流しの露天風呂(L字型)は岩風呂の雰囲気で新宿十二社温泉と同様に贅沢です。洗い場には高齢者と身体の不自由な人のための優先席が2つあることにも心配りを感じました。定休日は水曜日で、日曜日には8時からの朝湯サービスがあるようです。

<同行者のコメント> 今回の緑道も延々と続いていました。辰巳や夢の島には広い公園があって羨ましいです。でも冬ですから人影がほとんどありません。荒川に沿った新木場緑道の先でヘリコプターに見入る年配の方を数人見かけました。ここまでヘリコプターを見に来るのはうちのガイドさんだけじゃないのですね。

 

2007_12110155ここが緑道歩きの終点のはずでしたが、まだ時間があるとさらに緑道を回ることになりました。もちろん私は車内で待機です。

 

温泉は露天風呂もあって良かったです。はすの実、甘納豆、渋皮付栗納豆の案内をロビーで見つけましたがいずれも売り切れだったのは残念です。わが家へ戻る道で見た銀座のイルミネーションが綺麗でした。

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2007年12月17日 (月)

城東の緑道と船堀「鶴の湯」(前編)

2006_1019wpc20060010 緑道巡りが楽しくなり城東地区にも出かけました。晴海通り(都道304号)で勝鬨橋、黎明橋、晴海大橋(右の写真)、木遣り橋を過ぎると有明です。首都高速湾岸線にそって湾岸道路(国道357号)の新辰巳橋を渡ると辰巳の森海浜公園に到着、第2駐車場に車を停めました。今回は東京メトロ有楽町線の辰巳駅と新木場駅の周辺にある江東区の3つの緑道を歩きます。

辰巳の森海浜公園は新種のスポーツ施設が多い広い公園です。[衛星写真] WOWOWの放送センター横を抜けて南へ歩きました。ここは箱崎のTCATから成田空港行きのリムジンバスが辰巳JCTで左折する場所です。

 

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リムジンバスの車窓からいつも見下ろす辰巳の森海浜公園とそれに続く辰巳の森緑道公園首都高速に沿ってL字型に長く伸びています。その中に造られた1kmほどの「辰巳の森緑道」から散策を始めました。桜の並木が一直線に続きます。[衛星写真]

 

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曙運河を渡って東へ進むと夢の島公園に入りました。以前訪れたことがある第五福竜丸展示館と熱帯植物館があります。夢の島は有名なゴミの埋立地で1960年代に悪名を馳せましたが埋め立てが完了して40年が経過した現在は美しい公園になりました。夢の島緑道は公園内の変化に富んだ散策路で、木立に囲まれて起伏もあり、都心近くの埋立地とは信じられません。[衛星写真]

 

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首都高速湾岸線と京葉線の高架を潜った左手にある警視庁の施設横から入ると荒川に行き当たりました。荒川沿いに新木場緑道が続いています。東京メトロ検車区に沿って水辺の緑道を南に歩くと右手に東京ヘリポートが見えてきました。ヘリコプターが頻繁に離着陸して見飽きません。[衛星写真]

 

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ヘリポートの敷地の端で砂町運河に行き当たったところが新木場緑道の終点です。辰巳の森公園の第2駐車場から辰巳の森緑道、夢の島緑道、そして新木場緑道へと続く散策路は片道が約5.5kmの散策コースです。

 

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砂町南運河の先には若洲ゴルフリンクスと若洲海浜公園があり、荒川の対岸には昨年訪れた葛西臨海公園と東京ディズニーランドが望めます。

 

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緑道を離れて木材関係の会社に囲まれた殺風景な道を新木場駅まで戻りました。
ちょうど昼時になりましたので駅に隣接する食堂街2階のカジュアル・イタリアンの店「OSTERIA PICCHIO」でパスタ料理を食べることにしました。

 

2007_12110097二人が選んだ「いいだことほうれん草のトマトソース」と「サーモンと水菜のペペロンチーニ」はいずれもガーリックと塩味が強く若者向きですが美味しく食べました。新木場の印象からは想像できませんがジャズ音楽が流れる店内は良い雰囲気です。あっと言う間にサラリーマン風の若者達で満席になっていました。

メニューにあったホワイトストロガノフが気になります。ロシア料理のビーフストロガノフと関係があるのでしょうか。臨席の客に配膳されたその料理はクリームシチューのようです。帰宅後に調べるとホワイトソースを使うバリエーションのようで、ホワイトストロガノフを出すイタリア料理店が他にもありました。幕張へ出かける時には新木場駅で乗り換えますから、近いうちにまた立ち寄ってホワイトストロガノフを食べてみたくなりました。

 

辰巳の森公園まではあと2km足らずですが同行者の希望で有楽町線を利用することにしました。辰巳駅を出ると折悪しく雨粒が落ちてきました。

 

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電車区間を除くと往復 でちょうど10kmほどの緑道散策です。(続く)

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2007年12月12日 (水)

千葉の地名: 外房編

外房のドライブ旅で巡り合った興味深い地名の由来を調べました。

内房の地名については一年前に紹介しています。

  

2007_12020026「利根」の語源については、アイヌ語で沼や湖のように広くて大きい川を意味する、など諸説があるようです。また愛称である坂東太郎は関東で最も大きい川であり日本の川の長男であるとの意味があります。(利根川上流河川事務所のhpより)

香取の古名は「楫取」と書き、その意味は不明だが、一般には舵取りの意味と考えられていると香取神宮のhpに書かれています。香取市は佐原(さわら)市とその周辺の香取郡3町が2005年に合併して誕生しました。ちなみに佐原は香取神宮の神官が祭典に使う土器である浅原(さわら)を奉納していたことが語源であるとされます。私は「さはら」と読むと思っていました。

2007_12020066 もともと「銚子」は地名ではなく、利根川の河口が「銚子口」と呼ばれていました。「銚子」とは小さなつぎ口を持つ酒器の一種で、現在、銚子と呼ばれる徳利とは本来別物です。江戸期初頭には銚子湊ができ、明治に入って町名となり、昭和8年に銚子市が誕生しました。(とかわNowのhpより)

犬吠埼は源義経が奥州平泉へ逃げるときに残した犬が吠え続けて岩になったとする説、海が荒れると犬が吠えるような音がするとした説、アイヌ語のエンボウ(突出した岬)が語源とするなど諸説があります。

2007_12020086 九十九里浜は約60km続く弓形の海岸線です。「九十九」は九十九島の用例と同様に大きいあるいは多いことを意味しますが、昔の1里(約670m)で計測すると九十九里あったのが名前の由来とする説もあります。

匝瑳(そうさ)市は読むのが大変難しい地名です。匝瑳の語源については、諸説あって定まっていませんが、930年代に編纂(へんさん)された「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」には、狭布佐(さふさ)と書かれています。「狭」は美しい、「布佐」は麻の意で、“美しい麻のとれる土地”であったことから、狭布佐(さふさ)が転じて匝瑳(そうさ)になったと考えられています。匝は一巡りして帰る、瑳は鮮やかで美しい意味があります。(匝瑳市のhpより)

山武(さんむ)市は山武(さんぶ)群の山武町、成東町、松尾町、蓮沼村が2006年に合併して発足しました。読みが変わった理由は不明ですが、山辺(やまのべ)郡と武射(むさ)郡が合併して明治30年に山武群になった経緯がありますから、「ぶ」から「む」に戻したのかもしれません。

いすみ市は2005年に夷隅(いすみ)郡の夷隅町・大原町・岬町が合併して誕生しました。夷隅は古事記に「伊自牟(いじむ)」、日本書紀に「伊甚(いじみ)」として登場する地名であり、日本書紀には朝廷の直轄地として「伊甚屯倉(いじむのみやけ)」が置かれたとの記述があります。郡名としては、様々な当て字が用いられてきたが、江戸時代初期に「夷隅」の字が当てられ、定着したとされています。(いすみ市のhpより)

2007_12020098_2一宮町は上総一ノ宮の格をもつ玉前(たまさき)神社の門前町であることが名前の由来です。玉前神社の名は御祭神に由来するという説、九十九里浜を古くは「玉の浦」とたたえ太東崎(たいとうさき)を南端とするところから玉崎(前)となったと云う説など諸説があります。(玉前神社のhpより)

  

写真にある太東埼灯台の「埼」については「埼玉県の地名の由来」の記事で説明しています。犬吠埼灯台など他の灯台も同様です。

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2007年12月11日 (火)

房総ドライブと七里川温泉(後編)

いすみ市大原交差点から国道465号に入り、いすみ鉄道に沿って大多喜町から君津市方面に向いました。船子交差点と八声交差点の間は国道297号との共用区間です。紅葉を観に訪れたことがある養老渓谷は通過して君津市に入りました。

  

黄和田畑三叉路の先は国道が狭くて交互通行のため渋滞が発生しています。もう一ヶ所予定していた紅葉で有名な亀山湖へ行くのを諦めてUターンしました。さきほどの三叉路から県道81号(清澄養老ライン)を小櫃川の七里渓谷の紅葉を楽しみながら200mほど進むと一軒宿の「七里川温泉」へ到着です。

 

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駐車場から周辺の道路まで車が溢れています。日帰り湯の利用客に大変人気がある温泉のようです。秘湯に観光客が突然押し寄せたような不思議な雰囲気でした。

 

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入り口の叩きには下駄箱から溢れた靴が並んでいます。我われはビニール袋に靴を入れて手荷物にしました。広いロビーに大きな囲炉裏が3つあり、食べ物を焼きながら食事を楽しむ人たちが居ます。ここは食材の持ち込みが可能とのこと。雑然とした雰囲気は温泉と言うよりも居酒屋に来たようです。入浴料金の650円を払い2階にある浴場へ向いました。

 

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手狭な脱衣場の先にある浴室も小振りで、洗い場のカランもわずか4つです。湯がパイプの先から浴槽に流れ落ちています。黄味がかった湯の泉質は硫黄鉱泉(加温あり)でわずかですが硫黄の匂いがします。少し開けられた窓から渓谷の紅葉を見ることができて嬉しくなりました。この週の男湯は露天風呂があります。建物から出て階段を上がった東屋に細長い浴槽があり、こちらも湯がパイプから流れ落ちています。山陰に沈んだ陽に照らされた山の端と澄んだ夕空を楽しみました。目隠しの塀と建物に遮られて残念ながら露天風呂からは渓谷の紅葉は見られません。

  

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自宅を出るのが遅れたためドライブ途中に干物を買う余裕がなく、七里川温泉のメニューから房総豚みそ焼、大あじのひもの、京風やっこ、ご飯と味噌汁を頼みました。冷凍された豚肉とアジが焼けるのを辛抱強く待っていると、ご主人が炭火を追加してくれて火力が強くなりました。調理は捗りますが炭火の火力調節が難しくて食材を裏返すのも手元が熱くて大変です。いずれもかなりのボリュームでしたが完食(グルメ番組の造語)しました。火鉢にかけられた釜で沸かす湯で入れるお茶と人懐っこい猫が客に擦り寄る様子は田舎で暮らした子供の頃を思い出します。

 

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すっかり暗くなった国道465号はトラフィックが少なくなりました。名殿交差点からは国道410号で久留里の市街地を抜けて三田交差点から国道410号バイパスへ反れました。直線道路を進むと木更津東ICが見えてきました。ここから圏央道に入ればそのまま東京湾アクアラインに直通です。

外房の景色と人里離れた温泉を満喫するドライブになりました。走行距離は380km、所要時間がちょうど12時間でした。計画を欲張り過ぎて駆け足になったのは残念です。温泉で一緒になった方から遊覧船に乗って見る紅葉が素晴らしかったと聞き、来秋こそは是非亀山湖を訪れたいと思います。

<同行者のコメント> 朝寝坊してしまいました。でも6時過ぎには起きたのですが・・。香取神宮と犬吠埼灯台は潮来へバス旅行に出かけた時に寄ったことがあります。「地球の丸く見える丘」展望台からの景色が私には丸く見えませんでした。でも好きな濡れせんべいをお土産に買いましたから良かったです。運転手さんは今回も撮影のために忙しく動き回っていましたが私は助手席で待機していました。温泉は大変な混雑で落ち着きません。次の機会には泊まってゆっくり楽しみたいです。

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2007年12月10日 (月)

房総ドライブと七里川温泉(前編)

東関東自動車道の佐原香取IC近くの下総国一宮(しもうさのくにいちのみや)香取神宮は早朝にもかかわらず参拝者が見られます。グラデーションが美しい紅葉を見ながら境内を歩きました。

 

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参拝を終えた時に花婿・花嫁さんとすれ違いました。挨拶した若い巫女さんから日曜日で結婚式が4組も予定されていると聞きました。

 

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利根川沿いの利根水郷ライン(国道356)を銚子へと向いました。香取市佐原(さわら)を経て土庄(とのしょう)町の常陸川橋、銚子市に入って利根かもめ大橋を過ぎた長塚町で国道から利根川沿いの道に反れました。改良工事中の銚子大橋の下を潜ると銚子漁港に到着です。

 

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ポートタワー前から県道254号(銚子公園線)で君ヶ浜しおさい公園に向いました。砂浜越しに見る犬吠埼灯台が白く輝いています。

 

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犬吠崎は日本本土で一番早く初日の出が見られる場所として知られます。明治5年に建設された犬吠埼灯台は一般に開放されている参観灯台で、高さは31.3mとレンガ造りでは青森県の尻屋埼灯台に次いで日本第2位の高さです。何度も訪れていますので灯台の周囲を巡るだけにしました。駐車場でハーレーダビッドソンのライダーグループに遭遇しました。

県道244号から愛宕山の山頂にある「地球の丸く見える丘」に上りました。太平洋の水平線が果てしなく続く眺望が楽しめます。なんと360度の視界のうち330度が水平線または海で、陸地は屏風(びょうぶ)ヶ浦と鹿島浦に挟まれるわずか30度の角度しかありません。屏風ヶ浦の先には林立する風力発電の風車が望めます。農道のような県道254号を走ってそのひとつに立ち寄りました。

 

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いったん国道126号に入り、灯台入り口交差点から刑部(ぎょうぶ)岬の突端に建つ飯岡灯台に立ち寄りました。円形の小型灯台です。同じ敷地内に飯岡刑部岬展望館があります。飯岡漁港の先に続く九十九里海岸が一望できました。

 

2007_12020078_3反対方向には屏風ヶ浦が犬吠崎の方に続いているのが見えました。東洋のドーバーと呼ばれているそうです。風車を数えると30基を超えました。後で調べてみると銚子市と旭市の屏風ヶ浦、小浜、八木、飯岡には34基(建設中を含む)、利根川対岸の神栖市波崎にも28基ほどあり、一基当り6002000kwの定格出力があるそうです。

飯岡港入り口から県道30号飯岡-一宮線(九十九里ビーチライン)を久しぶりにドライブしました。山武(さんむ)市の広い蓮沼海浜公園に聳えるコンクリート製の展望台を昇りました。8階建て相当の高さで約160段の階段を上った最上部には危険防止のアクリル板が擦り傷で半透明になっているため期待した視界はありません。背伸びしてアクリル板越しに撮影しました。

 

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九十九里町の片貝海岸から九十九里有料道路に入って快適なドライブを楽しみました。豊海海岸の九十九里ビーチタワーは巻貝をモチーフとしたユニークなデザインです。横風が強くて美しい白波が見られます。先月ドライブした丹後半島から見た日本海とは違う明るい太平洋です。

 

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一宮町の南端で国道
128号に入って2kmあまり先の灯台入り口交差点から太東埼(たいとうさき)灯台に向いました。狭く曲がりくねった田舎道を抜けた太東崎の先端に白亜の円形灯台が建っていました。コンクリート製の中型灯台です。高さが60mほどの断崖絶壁からの眺めは迫力がありました。海際の小高い場所から少し下がった位置に灯台が建てられていることを疑問に思いましたが、海蝕により灯台敷地が危険になったため移設されたと説明されていました。この太東崎も日本で一番早い初日の出が見られることで犬吠崎と競っているそうです。(続く)

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2007年12月 6日 (木)

城南の緑道(続編) 鎌田前耕地緑道

世田谷区立の岡本公園民家園では昔懐かしい萱葺き民家とさまざまな農機具(唐箕、籾摺機、脱穀機、石臼、くるりぼう、むしろ編み機等)を見ることができます。

  

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ちょうど居合わせた年配の方々からいろいろ教えていただくことができました。

 

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牛や馬の草鞋(わらじ)や足半(あしなか、足先だけの短い草鞋)が珍しく、草履(ぞうり)と草鞋の違いも興味深く聞きました。左下の写真は草鞋編み台です。

 

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民家園の右手に別の緑道が伸びていました。鎌田前耕地緑道です。両側が花壇として良く手入れされています。200m余の長さがあるようです。

 

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野川に並行する交通量の多い多摩堤通りを二子玉川の方向へ戻り、吉沢橋交差点で砧(きぬた)線跡歩道に入りました。

 

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砧線は二子玉川園と砧を結ぶ砂利運搬用鉄道(通称ジャリ電)として建設され、渋谷と二子玉川園を結ぶ玉川線や二子玉川園と溝ノ口間の溝ノ口線とともに玉川電気鉄道でした。昭和に入ると旅客輸送が中心になり、玉川線と溝ノ口線は整備されて新玉川線、そして田園都市線となりましたが、砧線は昭和44年に廃線となりました。

 

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砧線跡歩道は多摩堤通りの騒音から逃れてのんびり散策することができます。多摩堤通りの蕎麦屋「大勝庵」には砧線に縁の収集品があるそうですが、時間の都合で店内には入らず、またの機会にすることにしました。吉沢橋からほぼ一直線に700m強歩くと玉川高島屋本館の北側に出ました。国道246号の高架橋が頭上高く聳えています。

 

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今回は谷川緑道だけを歩くつもりでしたが、丸子川と鎌田前耕地緑道まで足を伸ばして、砧線跡歩道で二子玉川まで戻る(8の字を描く)コースで国分寺崖線(丸子川)と野川に挟まれた地域を散策しました。

<同行者のコメント> ちょっとした緑道散歩のつもりでしたがいつものように強行軍になってしまいました。わが家の物知りガイドさんもモロッコには行ったことがなくモロッコ料理もはじめてなのだそうです。このレストランで毎週金曜日にベリーダンスのショーがあると聞きました。ガイドさんはトルコでみたことがあると・・・。民家園では古い道具を夢中になってみていました。きっと子供の頃が懐かしいのでしょう。

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2007年12月 5日 (水)

城南の緑道(続編) 矢川緑道

12月に入るとホームコースのゴルフ場は紅葉で美しく彩られました。冬が間近です。

 

2007_11240001 先月下旬に「城南の緑道と淡島湯温泉」のブログ記事を書いていると、同居者がテレビ番組で新しい緑道を観たと嬉しそうに話します。それではと同居者の情報にしたがって緑道探訪に再び出かけることにしました。

  

まず二子玉川駅から多摩川へと歩いたのは多摩川縁に聳える高層マンションのプラウドタワー二子玉川を間近で見るためです。多摩堤通りを横断するとマンションの敷地に入ります。見上げると目が眩むほどの高さ(27階建)があり富士山の眺望は如何ほどかと羨ましさが募りました。

 

「かぜの小道」を下りて兵庫橋を渡った兵庫島公園は国道246号バイパスで多摩川を渡る時に田園都市線の鉄橋との間に見える気になる場所でした。橋の脇で釣りをする人達の横を過ぎた小高い丘が昔は中州であった兵庫島です。名前の由来は新田家の家臣由良兵庫助に因むとされますが真偽のほどは定かではないようです。公園の敷地内に「多摩川・ドナウ川友好河川の碑」がありました。公園を抜けたバイパスの鉄橋下近くには飲食店が2軒建っています。茶屋の玉川屋とオープンテラスのイタリアン・レストランPEACEで、いずれも4月から11月までの季節限定で営業しているそうです。瓢箪池とも呼ばれる兵庫池がこの公園のシンボルです。

  

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玉川高島屋に立ち寄ったあと昼食の場所を探すと同行者が裏通りにモロッコ&地中海料理の店「Le Maghreb(ル マグレブ)」を見つけました。どんな料理か想像できませんが面白そうだと入ってみました。店員さんの説明を聞いて私はチキンカバブのランチ、同行者はクスクスサラダとチキンカバブを注文しました。いずれもスパイシーで美味しく食べました。モロッコ人のオーナーがデザインしたアラブ風のインテリア、カラフルな煮込み料理用タジン鍋や水タバコ(シシャ)の器具を並べた店内がエキゾチックです。

    

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多摩堤通りを国道246号バイパスの方向へ向かって歩きました。大山道を通り過ぎた諏訪神社と国道高架の間に谷川(やがわ)緑道の入り口を見つけました。住宅の間を曲がりくねりながら350mほど続く緑道です。

  

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玉川3丁目交差点付近で緑道は終わりですが暗渠はまだ先へ伸びているようです。

  

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矢川は谷戸川の一部であったそうですから流れを遡ってみることにしました。狭い住宅地の路地に入って行きます。前方が行き止まりになったように見えるとそれは丸子川でした。谷戸川は六郷用水に分断されて流れが変えられたと聞いたことがあります。

 

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戦後になって六郷用水はほとんどが埋め立てられてしまいましたが、世田谷区内は丸子川として開渠になっています。国分寺崖線下の丸子川に砧公園を横切って流れる谷戸川が合流していました。

  

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の先にも崖線からの湧き水でしょうか自然の流れが丸子川に流れ落ちています。

すぐ先に岡本民家園がありました。(続く)

  

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