大和路のドライブ旅: 三輪山周辺の天皇陵と纒向遺跡
木津ICを出て国道24号線のバイパスで奈良市内を通過してさらに南下すると大和郡山市、国道25号に入って東進すると天理市です。
国道169号を南下した柳本町で崇神天皇陵に立ち寄りました。[衛星写真] 崇神天皇は三輪王朝(山之辺王朝)を創めた天皇です。
柳本交差点から崇神天皇陵へ入る道が整備されています。天皇陵の南側にそって舗装道路が櫛山古墳の脇を抜けて龍王山の方向へ伸びていました。工事用のトラックが出入りするために路面がかなり傷んでおり、所々に鉄板などが敷かれていますので引き返すことにしました。国道の反対側に伊射奈岐神社があります。崇神天皇の命により創建された神社で、国産み神話で知られる伊弉諾尊(イザナギノミコトあるいはイザナキノミコト、伊邪那岐とも表記)と伊弉冉尊(イザナミノミコト、伊邪那美や伊弉弥と表記)を祀っています。山の辺の道は万葉集でよく詠われる三輪から崇神天皇陵や景行天皇陵を経て奈良に至るわが国最古の道です。
国道169号を約1km南下した景行天皇陵にも立ち寄りました。[衛星地図] 景行天皇は日本武尊の父親とされます。天皇陵の北側には「上の山古墳」があります。
桜井市に入った巻向駅近くでJR桜井線を陸橋で越えると箸中です。巻向駅を中心に広がるのが古墳時代前期初頭(3世紀初頭から中頃)に築造されたと見られる纒向遺跡(まきむくいせき)です。今回のドライブ旅のハイライトのひとつである纒向遺跡には、纒向勝山古墳、纒向矢塚古墳、纒向石塚古墳、東田(ひがいだ)大塚古墳、ホケノ山古墳、そして代表格の箸墓古墳など、20数基の古墳が存在するそうです。
箸中交差点の箸墓古墳(箸中山古墳)[衛星写真]は卑弥呼の墓ではないかとも言われますが、宮内庁は「倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓」として管理しているため立ち入りが禁止されています。前方部が大きく開いた古いタイプの前方後円墳です。全長約280m、後円部の高さ約30mの規模は抜きんでています。池越しに全景を望むことができます。細い道で回り込むと鳥居が立っていました。
県道10号で田原本町方面に1kmほど進むと、纒向小学校を取り囲むように石塚古墳 [衛星写真]、勝山古墳 [衛星写真]、矢塚古墳 [衛星写真]、東田大塚古墳 [衛星写真]が並んでいました。衛星写真で見ると良く分かりますが、これらの古墳は田畑によってかなり侵食されています。
勝山と矢塚古墳は後円部と前方部の比率が2:1のいわゆる纒向型前方後円墳です。一方、東田大塚古墳は全長120m以上のうち前方部が50m以上と長いことが最近の発掘調査で判明、別形式である可能性が高いことが3月5日に発表されました。3世紀後半に造られたと推定される箸墓古墳も前方部の形状から別形式とされます。同じ場所にあっても時代とともに形状が変化したのはエジプトのピラミッドに様々な形があることと似ています。ちなみに埼玉県行田市にある稲荷山古墳の前方後円墳(5世紀後半から7世紀初めまで)は前方部が極端に長く、その前面が扇のように広がっていました。
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