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2008年7月 2日 (水)

アナログの世界

梅雨の晴れ間に友人のホームコース「葉山国際CCでゴルフをすることになりました。何度もプレイした場所です。横浜横須賀道路(通称横横道路)を逗子ICで降りて逗葉新道に入り、三浦半島中央道路で湘南国際村に向かう途中、三浦半島で一番高い大楠山方向へ急坂を登るとクラブハウスに着きます。このゴルフ場の魅力は何と言ってもエメラルドコースOUT 5番のティーグラウンドから相模湾(江の島から富士山まで)と東京湾を同時に展望できることでしょう。美しい丘陵コースはアップダウンやハザード(危険区域)が多いのですが、広めのフェアウェイに助けられて、まずまずのスコアで楽しいゴルフになりました。横横道路での往き返り、朝比奈IC(鎌倉への入口)を通過する時に数日前に訪れたばかりの鎌倉が思い出されました。

 

そのせいか帰宅後にテレビ番組表で「大仏」の文字が目に入りました。628日にNHK BS2で再放送された番組「大仏に挑む~平成の仏師 技と心~」です。京都の仏師松本明慶(みょうけい)氏が総白檀(びゃくだん)で作る大仏の製作過程を丹念に収録した番組で、観ているうちに仏像作りの世界に惹き込まれていました。

 

最初に彫った縮小版の仏像から大きな大仏を作る技法は正にアナログ(相似)なのです。加えて、仏が宿るとされる白檀(インド原産の香木)は大きな原木が得られないため、レゴブロックのように多数のパーツを接着剤で組み上げた(デジタル的に作られた)荒削りの大仏をさらに彫刻するのです。硬い白檀は強靭なノミの刃をも破損させます。

 

ここで久しぶりの薀蓄です。情報の分野では、指折り数えると言う意味のデジタル(語源はラテン語のディジットあるいはデジタス)に対比する形で、アナログが連続して変化する量を意味します。その語源はギリシャ語のアナロギスモス(類似あるいは相似の意)で、英語のアナロジー(類推、類似)はその派生語です。アナログとデジタルはそれぞれ異なる特徴がありますから、どちらが優れているとは一概に言えません。身近な例では、LPレコードと音楽CD、銀塩フィルムを使うカメラとデジタル・カメラの比較が分かりやすいでしょう。さらに蛇足ですが、情報理論で見れば両者は表現上の違いがあるだけでその内容は基本的には同一です。

 

高さ約4mの大仏を彫るために使われたアナログ技術とデジタル技術の要素を組み合わせたハイブリッド手法が見事です。アナログ技術の洗礼を受けたあとデジタル技術の世界で育ったエレクトロニクス技術者の私はその手法に"ストン"と得心が行くのです。

 

仕上げとしての眼きり(大仏に眼を彫って命を吹き込む)はそのハイライトでした。2006年春に広島県宮島の大願寺にその大仏(不動明王半迦像丈六大佛)が納められました。140年振りに大願寺に戻った大仏に向かって一心不乱に祈る人達の姿が印象に残りました。そして仏師の技と人々の心が大仏を作ることを知りました。

 

この松本明慶氏は同じ年に西国八十八ヶ所霊場出開帳御本尊八十八体を納めています。これは仏師としてはじめての偉業だそうです。ちなみに大願寺(正式名称は亀居山方光院大願寺)は明治の神仏分離令で厳島神社から分離した真言宗の古刹で、この寺の秘仏厳島弁財天は弘法大師の作と伝えられる日本三弁財天の一つです。大仏の写真は宮島のhpから転載させていただきました。

  

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ゴルフのスランプから脱しつつある私は相撲と同様にゴルフも心技体が重要であると思うようになりました。ゴルフの上達とは直接関係ありませんが、「空海の風景」を読み終わったら、また四国遍路(次回は高知県の予定)に出掛けようかと思います。ただ今回のゴルフで直射日光の暑さにバテ気味になった私は真夏の四国遍路に耐えられる確信が持てません。そして、
暑さが峠を越える初秋まで待とうか、あるいは四国よりも少しは涼しいであろう東北地方を先にして、会津と仙台蒲生氏郷と伊達政宗の足跡を訪ねようかと逡巡(しゅんじゅん)しています。本質はやはりアナログ人間なのです。

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