名古屋 丸ごと散策(2): 大須から名古屋城へ
100m道路を越て大須に入りました。浅草観音と津観音とともに日本三大観音と呼ばれる大須観音と電気街がある名古屋を代表する繁華街の一つです。
ここで薀蓄です。大須観音は1236年(嘉禎2年)頃、後醍醐天皇が尾張国中島郡長岡庄大須郷(後に美濃国となり現在は岐阜県羽島市桑原町大須)に観音堂が創建したのが起源(14世紀に真福寺と改称、その後近くの現在地に移転)と伝えられます。ちなみに大須の地名は木曽川と長良川の砂州があったことに由来すると考えられます。
大須観音のhpによれば、徳川家康が名古屋の街を建設するに際して慶長12年(1612年)にこの真福寺にあった宝生院を現在の地に移したことで、一般には大須観音と呼ばれています。寺号は北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)で、明治時代の火災で焼失して再建されましたが、戦災でも消失しましたため1970年に本堂が再建されています。真言宗智山派別格本山として弘法大師像があり、また大正琴の発祥地でもあることからその碑が境内に建っていました。
この大須には東京と大阪に進出して話題になったリサイクル店「コメ兵(ひょう)」の本店があります。半田市の米屋さんの分家が古着屋として名古屋に進出したのが起源だそうです。「いらんものはコメ兵に売ろう」のキャッチフレーズで知られます。最近はブランド品の扱いが中心のようです。もうひとつ大須の名物がありました。「大須ういろ」(商品名)です。名古屋は「外郎(ういろう)」の本場ですが、小田原が発祥の地とする説を以前紹介しています。コメ兵本店から大須本通りを1ブロック北へ行った赤門通りとの角に「大須ういろ」本店があります。(写真は観音通りの大須北店) ちなみに名古屋には青柳総本家が発売する「青柳ういろう」もあって人気を二分しているようです。
大須は電気街としても知られますが東京の秋葉原や大阪の日本橋のように電気店が一箇所に集中しているわけではなく、一味違う名古屋ムード!?に溢れています。
万松寺通りから仁王門通りに入ってパフォーマンスがよく行われると聞いた招き猫広場へ行くと何やら行列が出来ていました。よく見ると「和牛ステーキ丼」(400円)の立て看板があります。ちょうど昼時で心が動きましたがここは我慢です。
すぐ近くの大須3丁目にある「矢場とん本店」で念願の味噌カツを食べることにしていたからです。「名古屋コーチン(鶏肉)」「味噌煮込みうどん」「きし麺」「ひつまぶし(鰻料理)」とともに名古屋を代表するグルメのひとつです。「矢場とん」は終戦直後の昭和23年に創業した味噌カツの老舗です。
矢場とん・デビュー客向けの「みそかつ丼」を注文しました。注文を受けた店員の掛け声にスタッフ全員が確認の返事をしたり、伝票も手書きと、アナログ感が一杯です。味噌だれをたっぷりと掛けたみそかつ丼は、見た目には味が濃そうですが実際は食べやすい味で、期待を裏切らない美味しさでした。ここは名古屋弁で「どえらいうみゃ~」と言うべきでした。次回は矢場とん東京銀座店で「わらじとんかつ」に挑戦したいと思います。
矢場地蔵尊がある清浄寺にお参りしていると急に雨足が強くなってきました。名古屋城まで歩く予定を急遽変更して、100m道路(若宮大通)の頭上に続く名古屋高速3号東山線を潜った矢場町駅から地下鉄に乗って北上、市役所駅で下車しました。市役所と愛知県庁のはるか先に雨に煙るテレビ塔がぼんやりとかすんで見えます。(続く)
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