富士山登頂後記
8月17日に出発としたのはお盆の時期を避けたことと20日まで開局している山頂郵便局の消印がある絵葉書を出したかったからです。これはひとりで旅をする時の習慣です。2日後の20日には配達されて同居者が「来た来た!」と歓声をあげていました。
今回の富士登山はこれまでになく入念な事前準備を行いました。先ず体調を整えることです。近所の坂道や階段を選び登山靴での歩行練習を毎朝1時間ほど行ってまだまだ十分歩けることに自信を深めました。次いで装備にも留意しました。特に防寒対策としてかさ張らないウエアを何枚も選んだために中型サイズのリュックがほぼ一杯になるほどです。さらに軍手、タオル、下着、そしてスポーツドリンクを詰め込むとはちきれそうになりました。写真はいずれもお鉢巡り時に撮影した富士山の火口です。
登山後に振り返ると、軍手、タオル、レインコート等は必須アイテムでしたが、念のために購入した携帯酸素ボンベは幸いにも使用する必要がありませんでした。次の写真はお鉢巡りの登山客です。
想定外のことが一つありました。それは本文でも書きましたが下山道への対応です。5年前の9月初旬、宝永山の火口から御殿場口八合目まで登ったあとの下山時に砂走りの走法を自己流で習得しました。だだし宝永山から先に行くことは予定していなかったため、靴はウォーキングシューズでしたから、砂礫が靴の中に入って大変でした。下の写真はその時に宝永山火口から富士山登山道を登る同居者を撮影しました。
今回はもちろん足のくるぶしまで覆う登山靴です。事実9合目までは快調なペースでした。しかし本8合目の江戸屋で吉田口の下山道に入ってからは段々足取りが乱れてきました。御殿場口下山道と違ってこちらの下山道は靴がほとんど潜らないのに下りを急ぎ過ぎてしまったのです。踏ん張る足が疲れて九十九折りが段々辛くなってきました。
休みながら、しかも道幅全体を使うジグザグ歩行でやっと六合目にたどり着きました。無理な歩き方をしたため足の筋を少し痛めたようです。何でもないはずの六合目から五合目までの緩やかなアップダウンが無限に続くように思われました。路傍の倒木に腰を下ろして足を摩りながら前を軽やかに歩く人が通り過ぎるのを情けない気持ちで眺めていました。そのため5合目の雲上閣に到着したのは山頂を出発してから4時間近くが過ぎていました。平均的な所要時間は約4時間(休憩時間を含まず)だそうですが、9合目を通過した時には速い人並みの3時間以内で降りられると思っていたのに無念です。山頂のお鉢巡りをしたあと休まずに下山したからだと自分を慰めることにしました。
無事に富士山登頂から帰宅すると案の定でしたが足が言うことを聞いてくれません。翌日には足の痛みが本格的になっていました。そこで富士登山に出かけている間に留守番録画したNHK BS2のテレビ番組「作詞家阿久悠の世界」を観ることにしました。昨年8月に亡くなられた阿久悠さんを追悼する4時間の記念番組です。ビールを飲みながら大好きな阿久悠さんの曲をたっぷり聞いているといつしか足の痛みも忘れていました。学生時代から最近までのヒット曲が何十曲も流れるなか過ぎ去った40年余りの時代と前日の富士山登頂を思い出しながら至福の時を過ごしました。
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