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2008年10月に作成された記事

2008年10月31日 (金)

空海の風景@京都: 東寺(とうじ)

名神高速道路の京都東ICから国道1号を西進すると堀川五条で国道は左に折れます。さらに九条油小路で右折すると五重塔が見えてきました。水路と長い塀の先に大きな門(南大門)があります。これが東寺です。平安時代には羅城門(らじょうもん)を挟んでこの東寺とともに西寺(さいじ)もあったそうですが、西寺はその跡すら残っておらず、現在は唐橋西寺公園になっています。これら2つの寺は平安京を守る官寺でした。

 

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東寺の正式名称は教王護国寺といい京都を代表する寺院で東寺真言宗の総本山です。桓武天皇が平安京を造営した延暦13年(794年)に平安京鎮護のため創建されました。国宝の金堂と大師堂(御影堂)、重要文化財の講堂などには貴重な文化財が保存されています。南大門、金堂、講堂、食堂(じきどう)が一直線に配置されているのも東寺の特徴です。食堂の先にある拝観受付から有料エリアに入りました。目の前に大きな不二桜(八重紅枝垂桜)が一本立っています。盛岡市にあったものを空海の帰朝1200年(2006年)を記念して信徒総代が東寺に寄贈したのだそうです。
 
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講堂に入ると大日如来像を中心に多数の仏像が黄金に輝いています。1200年前にはさらに煌(きら)びやかだったのでしょう。弘法大師作と伝えられる21神彫像は一見すると乱雑な並び方をしているようですが、大師が密教の立体曼荼羅(まんだら)、「羯磨曼荼羅(かつままんだら)」、として精緻(せいち)に配置されたのだそうです。悟りと宇宙の真理を表しています。中央の五智如来、右手の五菩薩、左手の五明王の3群のほかに、両端に四天王・梵天・帝釈天が控える配置で、合計21体となります。

 

何を思ったのか同行者が説明員の若い男性に歩み寄り質問しています。「こんなにたくさんの仏像を空海が一人で作ったんですか?」と。その説明員は「江戸時代の作と伝えられる仏像もありますから全部ではないと思います」と生真面目に答えました。同行者はさらに質問を続けています。いやはや!

 

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弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海へ与えられた金堂には本尊の薬師如来が安置されています。金色の本尊の下には十二神将、右手には同じく金色の日光菩薩、左手は月光(がっこう)菩薩が控えます。大きな柱の下部に四角い穴が開いているのを同行者が見つけました。建設時に柱の向きを調節するために使われたと説明されています。

 

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瓢箪(ひょうたん)池の先には国宝の五重塔がぽつんと建っています。東寺のシンボルであり、その高さ約55mは木造の塔としては日本一です。天災などで何度も消失しており、現在の塔は江戸時代初期に徳川家光が寄進した5代目です。

 

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拝観受付を出て北西エリアを歩きました。観智院客殿も国宝に指定されています。西門に近い大師堂(御影堂)と大日堂にもお参りしました。

 

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西門からいったん壬生(みぶ)通りに出て塀沿いを歩くと国宝の蓮華門(れんげもん、蓮花門)があります。優美な姿が壬生通りの反対側から眺められました。 

   

2008_10260042_2この東寺は「古都京都の文化遺産」の一部として世界遺産に指定されており、宗祖弘法大師の命日である毎月21日は「弘法さん(弘法市)」と呼ばれる骨董市が開かれて大変な賑わいになるそうです。

 

東寺の南西の角で国道1号は再び左に折れて南に向かいますが、そのまま九条通り(国道171号)を西進して1ブロックほど走ると羅城門バス停がありました。すぐ北側にある小さな花園児童公園内に羅城門跡の碑を見つけました。滑り台で遊ぶ子供たちには空気のような存在なのでしょう。羅城門は九条大路に面した平安京の正門で、ここから朱雀(すざく)大通りが内裏(だいり)まで伸びていました。昔は「らせいもん」と呼ばれ、芥川龍之介の小説「羅生門(らしょうもん)」の舞台になった場所です。
 

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<同行者のコメント> 車で何度も前を通ったお寺です。境内に入ると雨上がりのせいかとても静かでした。五重塔が真っ黒に見えます。すべての建物を拝観する入場券を買いましたが建物に入る時にチェックされません。「それだったら・・・」と私が言うと、「神様が見ているよ」とお坊さんのようなことを言います。そして「天網カイカイ・・・」と難しい言葉が続きました。お天道(てんとう)さまが見ていると言う意味だそうです。

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2008年10月23日 (木)

もんじゃの町「月島」(後編)

飲み会の会場は西仲町通り商店街の1番街と2番街の境界にある「いろは本店」です。交番の横からマンションの2階に上がったところにあります。の奥には軟水銭湯「月島温泉」の入口がありました。こちらからも銭湯にアクセスできるのです。

 

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「いろは本店」の店内は細長いL字形をした60席ほどの広さで各テーブルに排気ダクトが付いています。明るく清潔な印象です。

 

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「とりあえずビール」で乾杯して、ホタテ、エビ、イカ、ウインナーやロースステーキの鉄板焼きを楽しんだあとに、もんじゃを焼き始めました。

 

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メンバーには都内の出身者が多いのでそのひとりに任せることにしました。私はこれまで1度か2度しかもんじゃを食べたことがありません。おや! 鉄板奉行が「どう焼けばいいんだろう」と言いながら何やら説明書きを読んでいます。

「まず魚介類の具を焼いて・・・、続いて野菜を・・・」、その時に容器を傾けて野菜と一緒に汁まで熱い鉄板上に流してしまったために蒸気が立ち込めて大変なことになりました。慌(あわ)ててヘラを使って汁と野菜をまとめています。何とか事なきを得ましたが、このままではお好み焼きのように固まってしまいそうです。説明書きに従って野菜の土手の中にわずかに残った汁を注ぎましたがとても足りません。

   

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隣のテーブルで焼き始めた他のメンバーから汁を少し分けてもらった私も鉄板奉行として参加しました。昔の記憶を思い出しながら混ぜると何とか格好がついてきたようです。具を一緒にすれば出来上がりです。仲間が店員に出来具合を聞いています。「いいですよ」との返事をもらったようです。

 

ドタバタしながら焼いた「もんじゃ」ですが食べてみると美味しくて一安心です。2回目からは焼き方にも慣れて調子が出てきました。ビールから焼酎に切り替えました。今度は食べ方の問題です。小さな道具の「かえし」では中々捗(はかど)りません。ヘラですくうともう焦げ始めています。慌てて黒くなって部分をヘラで削(そ)ぎ取りました。食べるスピードと火加減の調整を上手くやることが必要のようです。

   

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その後はもう大丈夫でした。牛肉の入ったもんじゃ、さらに明太子のもんじゃが続きます。思った以上のボリュームで「かえし」を動かすスピードが鈍ります。いよいよメインの〆になりました。お好み焼きと焼そばのどちらかが選択できますが全員一致で焼そばに決まりました。こちらは焼くのが簡単です。

    

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この店はビールや焼酎のほかに一風変わったドリンクが沢山ありました。杏子酒、カシスソーダ、金柑酒などカラフルな酒の味をメンバーが試しています。

 

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デザートはバニラのアイスクリームと先日のお好み焼き屋「浅草染太郎」で食べたものとよく似たミックス巻きです。黒っぽい餡(あん)の他にもカラフルな餡も加わっているため浅草のものよりも甘く感じました。

 

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本場の月島で美味しいもんじゃを堪能してメンバーは大満足のようです。熱い鉄板の前で汗をかく料理が続きました。さて次回はどんな料理が選ばれることでしょうか。

最後に薀蓄(うんちく)です。「もんじゃ」はもともと東京下町の駄菓子屋で子供がおやつとして食べていたものが、1980年頃になって大人向けに発展した比較的新しい食べ物です。月島もんじゃ振興会共同組合によると月島にあるもんじゃ屋は現在70数軒にまで増えているそうです。名前の由来は、鉄板に文字を書いて焼いたことで「文字焼き(もんじやき)」 と呼ばれたものが「もんじゃ焼き」へ変化したとの説を聞きました。

<同居者のコメント> 写真を見て昔、佃煮を買ったことを思い出しました。勝どき橋から狭い路地に入ったところでした。今もあまり変わっていないようですね。私ももんじゃ屋さんへ連れて行ってくださいね。□

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2008年10月22日 (水)

もんじゃの町「月島」(前編)

江東区有明の国際展示場(東京ビッグサイト)を訪れました。今回も技術展示会で開催されたフォーラムの講演を聴くためです。基調講演を行った大前研一氏など講演を数時間も聞くと、久しぶりに大学生に戻って講義を聞いたようで、疲れてしまいました。

飲み会の時間にはまだかなり早いのですが目当ての店がある月島へ向かいました。ゆりかもめで豊洲を経て東京メトロ有楽町線で一駅の月島駅で下車。左手に月島区民センターを見ながら清澄通りを歩いて勝どき方面に向かいます。月島と勝どきの間を流れる運河の月島川に架る月島橋を渡ると都営大江戸線勝どき駅です。

 

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ここを右折して晴海通りに入ると前方に勝鬨(かちどき)橋が見えてきました。手前の交差点をさらに右折すると西仲町通りです。西仲橋を渡るとまた月島に戻りました。橋の袂(たもと)に「銀座の柳三世」の説明がありました。柳の並木が続いています。

 

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西仲町通り商店街に入ると柳並木は途絶えて一直線の商店街に4番街の表示が現れました。通りの両側にもんじゃの店が並んでいます。

 

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3番街、2番街、そして1番街までずっともんじゃの店が立ち並んでいることに驚かされます。いったい何軒あるのでしょうか。月島温泉の入口を入った奥に月島開運観世音が祀られていました。

 

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西仲町通り商店街の住所表示は月島1丁目と同3丁目です。あちこちの店先に「瞳」と書いたポスターを見かけました。NHK総合テレビの朝の連続ドラマ(連続テレビ小説)で月島と佃が舞台になったためだと飲み仲間があとで教えてくれました。

 

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前方に高架の道路が見えてきました。都道473号です。その後方には佃の高層マンション群の一部が見え始めました。もんじゃ屋街が終わる(始まる)月島駅のすぐ手前右手に月島もんじゃ振興会共同組合がありました。

 

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まだ時間がありますので隅田川縁(べり)に行ってみることにしました。月島スポーツプラザの前を通り、スペインクラブを通過すると堤防に上がる階段があります。隅田川の対岸に聖路加ガーデンの高層ビルが夕闇(やみ)のなかに聳(そび)えています。照明が明るい水上バスが上流へと遡(さかのぼ)って行きます。

   

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勝鬨橋方向が美しい夜景となりました。上流の佃大橋の先には佃のパークサイドウイングスやリバーポイントタワーなどのマンション群が見えます。

 

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佃大橋の下を潜って佃へと足を伸ばしました。階段で堤防を越えると20数年前に立ち寄ったことがある佃煮屋さんがありました。日はとっぷりと暮れてもまだ佃煮を買う客の姿が見えます。

 

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この先に住吉神社がありますが辺りがすっかり暗くなりましたので立ち寄るのを諦めて月島へ戻ることにしました。(続く)

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2008年10月19日 (日)

カウパレード東京丸の内2008

都心へ出掛けたついでに丸の内に立ち寄りました。カラフルな牛が丸の内地区を占拠していると同居者が教えてくれたからです。今回で3回目のカウパレードはスイス発のイベントで、アーティストの個性を思う存分発揮するパブリックアートの祭典です。95日から1019日まで大手町・丸の内・有楽町地域のビル街を舞台としてCow Parade 東京丸の内実行委員会が開催しています。
 
これまでも2003年と2006年に丸の内で開催されたことがあります。今回はカラフルにペインティングを施された73体のグラスファイバー製の牛型オブジェ(実物大)が丸の内エリアのあちことに飾られているそうです。 
 
折からの雨のなか、大手町から丸の内にかけてのエリアを歩きました。交差点に面した空間に大きな牛が置かれていますから目立ちます。私の他にも興味をそそられて写真撮影をする人達がいます。
 
巨大なオブジェが恒久的に設置されているサンケイビル前の広場がスタート地点です。丸の内の新丸ビルまでのエリアに設置された牛達を撮影しましたので、そのなかから10頭の写真を紹介しましょう。
 
 

赤青(手塚貴晴+手塚由比作) 

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アトモストラブ(松浪宣秀作)

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ピース(佐藤可士和作) 
 
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Tokyo03HiGraphic作)

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プレゼント(岩本愛子作)

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高僧ビル街に迷い込んでしまいました

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ジョーイ(後藤友香作)

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マトリューシカ(seesaw 作)

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ロシアから訪れた観光客の牛でしょうか、それともマトリョーシカ風の服を着た日本牛なのでしょうか

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カウ・ポップ(ミントデザインズ作) 牛がレインコートを着ているようで一際目立ちます

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新丸ビルで雨宿りです

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Walk, and walk, and walk, and walk(浅妻健司作)

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2008 Tokyo(田名綱敬一作)

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肉地図(浅葉克己作)  肉屋の宣伝にそのまま使えそうです、失礼 アート作品でした

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2006_07310098<同居者のコメント> ヨーロッパ旅行をした時にカラフルな牛を見たような気がしました。スイスのジュネーブだったかしらと記憶をたどったり、あるいはドイツのミユンヘンだったかもしれないと思いなおしたり、ひょっとしたらミユンヘンで見たカラフルなライオンと取りちがえてしまったのかもしれません。そのライオン像は一緒に記念写真を撮りましたからはっきり覚えていますが・・。ところでライオンの横でポーズを決めている私がちょっとしか写っていませんよ。

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2008年10月16日 (木)

日本・ブラジル交流年: BOSSA 2008(続編)

2008_1014bossa20080014 最終日に同居者を無理やり誘ってもう一度青山のBOSSA 2008会場へ出かけました。足の痛さが残っている同居者をエスコートしながらエスカレータやエレベータを極力利用して青山ギャラリーに無事到着です。10数年前のアメリカ生活を思い出します。

 

 

Silvio Anastacio/Gustavo Anacleto

最初のコンサートはSilvio AnastacioGustavo Anacletoの共演です。2人の演奏をもう一度聴きたかったのです。ミナスジェライス出身の作曲家コンサン・アミーゴの曲です。美しい伸びのある歌声は少し物悲しい調子ですがサックスとギターのアンサンブルで徐々に雰囲気が盛り上がります。

 

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次の曲は「ノベント」(風)です。口笛が歌に変わり、サックスが見事なフォロー、軽やかなリズムが一昨日とは違う二人の魅力と涼しげな風を感じます。

 

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メオコラソン(Meu coracau)・・・と歌い始めたあと、「元気ですか?」と聴衆に聞きながら手拍子を促(うなが)す。静かに聴く聴衆を盛り上げようとするのです。間奏には唇のパーカッション(ボイス・インスツルメント)が入りボサノバの雰囲気が高まりました。

   

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「次の曲は面白いよ!踊りましょう」と演奏を始めました。ソダスサンバを繰り返してリズミカルに歌う。「次の曲は難しいよ!」と言う。拍手に応えて「マシュケナダ」(mas que nada)を歌い始めます。途中で自らの歌声を止めて「オオオ アリア オパオパ~」と客に歌わせる。「ブラボー」と煽(おだ)てて聴衆をさらに乗せる。急にテンポが速まって曲が終わりました。

 

 

ムッシュかまやつ(トークショー)

2008_1014bossa20080039 麻生雅人氏がムッシュかまやつ氏を紹介しました。思ったよりも小柄な人です。麻生氏が口火を切って1960年にボサノバが日本へ入って来たころの情況を2人で語り合いました。「黒いオルフェ」やマリー・ラフォレ(フランスの女優・シャンソン歌手)ではじめてボサノバに接したと応じたかまやつ氏がが、その頃スパイダーズに参加したことや六本木のキャンティに集まっていた人達のことを語り始めました。

 

世の中に新しくて刺激のある音楽がないかと探していた時代で、三保敬太郎氏(音楽家・映画監督でレーシングドライバー)などが輸入したレコードを聴いた、パリコレのモデルが好んだと知ってゴージャスな気分でソフィスティケートな音楽を感じたと続けます。マリー・ラフォレと言えばフランス語で歌う「赤と青のブルース」と「風まかせ」が好きだった私は、高校時代にこの2曲が入ったEPレコードが擦り切れるほど聴いていました。

2008_1014bossa20080045 かまやつ氏が続けます。渡辺貞夫氏(ナベサダ)がセルジオ・メンデスと知り合って持ち帰った音楽でもある。加山雄三氏の映画「リオの若大将」に登場し、ピンキラや平田隆夫とセルスターズもボサノバ曲に関係していたこと、森山良子さんが「雨上がりのサンバ」を歌ったり、小川知子さんが「サマー・サンバ」をアルバムに入れたことを紹介しました。40年以上前の記憶が瞬時に蘇り、私は当時を懐かしく思い出しました。

新しい音楽のコードと歌い方が押し付けがましくないところが気に入った、つまりカッコいい音楽であり、リズムも面白く、聴いていて心地よいとかまやつ氏は言う。ジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンなどに話が移りました。意識しなかったが自分の曲にもボサノバ(スローサンバ)が入っていたようだとかまやつ氏。懐かしい話題のトークはまだ続きました。

 

 

山本のりこ

Avex本社前へ向かう途中、ストラーダ青山に立ち寄りました。一昨日は参加しなかった同行者をラメゾンドゥタカギ青山店に案内するためです。山本のりこさんのステージにはまだ30分以上ありましたが他にプログラムがないことからそのまま会場に向かいました。ステージ上には練習中なのか、ギターを抱えた山本のりこさんとハーモニカを吹く男性が演奏中です。しかしただの練習ではなく音響システムの音質を調整していたのです。音声と楽器毎に微調整する風景は興味深い。

開演です。「コルコバード」(Corcovado)でスタート。日が暮れて照明が明るい。ギターとハーモニカのやさしい音色は物憂げな歌声にマッチしています。好きなボサノバが日本で人気があることを実感してうれしいと話しました。ハーモニカ奏者のマツモニカ氏を紹介。同じアントニオ・カルロス・ジョビンの「ジンジ」(Dindi)が続いた。しっとりとした曲で一番好きと言う。楽譜が風に飛ばされないようにスタッフがテーピングする。

   

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選曲に悩んだと前置きをした最初の曲はジョアン・ジルベルトが歌った「イザウラ」(Izaura)。今日は仕事で離ればなれと言う内容であると説明して歌い始めました。次は好きだが有名でないとした曲(曲名を聞き逃しました)を憂いもってしっとりと歌う。メランコリックなボサノバである。ハーモニカの伴奏が静かにそして時には力強く雰囲気を醸(かも)し出します。

自作曲の「カロール」(Calor、暖かいの意)を演奏しました。同名のアルバムに入っている曲であると紹介しました。静かな曲調が徐々に盛り上がる。カロールを繰り返して終わります。「屋外で音の小さなボサノバを演奏するのは難しいが静かに聴く日本人に合う」と話しました。

   

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1958年に生まれたボサノバはジョアン・ジルベルトが弾き語りした曲「想いあふれて」が始まりと説明。ハーモニカの演奏が熱っぽくて素晴らしい。最後は「祝福のサンバ」。明るい曲調の曲です。ビル風がさらに強くなってきました。ハーモニカのベース音とスタッカート奏法が続き、コラソンを繰り返して終わりました。

 

 

中村善郎

原宿教会へと歩きました。少し早いのですが椅子席に座るためにはちょうど良いと思いながら角を曲がると教会の前には人影がまばらです。意外に思い近づくと教会の横に人の長い列が出来ていることに驚きました。6時半の開場とともに長い列が教会内に吸い込まれて椅子席はあっと言う間に埋まってしまいました。右手の3列目に座れたのは幸運でした。一昨日は入場した時にまだ後方の席に空きがあったのですが。

 

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照明がステージのみに絞られて中村善郎氏のコンサートが始まりました。ギターの弾き語りで歌います。アコースティックギターの演奏が素晴らしい。さすが日本のボサノバ界をリードする第一人者です。「デサフィナード」(Desafinado)でスタート、語るように歌います。会場は静まり返って聴衆の耳が演奏に集まっていることが分かります。

 

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続いて「黒いオルフェ」(カーニバルの朝)をギターで奏でました。繊細なタッチと渋い歌声が続きます。デスチアモーで終わる。自作曲の「夕暮れ」を演奏。ゆっくりと暮れ行く夕べを想わせるロマンチックな曲調です。10年前に始めて録音した曲だそうです。

ベース奏者の早川哲也氏を紹介。同じ時に録音した「約束なんかしていない」(センプロミス)が続きました。ベース演奏が加わって厚みのあるサウンドに変わりました。ギターとベースの掛け合いが続く。ベースの軽やかなつまびき(ピチカートあるいはピッツィカート奏法)に目(ではなく耳)を惹かれました。

   

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次の曲のイントロではベースを弓で演奏、ベースの音がひときわ冴(さ)えます。会場から拍手が起きました。テンポの速い曲が続く。サンバメオコラソン~アグアヂべべーッ~の歌声も。ベース演奏の早いリズムはまるでスイングするようで心地良い。「おいしい水」(Agua de beber、お酒のこと)でした。自作曲をもう1曲紹介しました。「この美しいメロディ」はボサノバの大先輩達に捧(ささ)げた歌だそうです。

最後は1963年にジョビンとモライスが共作した「イパネマの娘」。軽やかなギターのリズムとベースの静かに響く低音が音の厚みを一層増します。間奏ではベースのピチカート奏法がまるでリズム楽器のようで、ギターと一つの巨大な弦楽器になったように響き合います。語るような歌声は自分だけに向けられたように錯覚してしまうほどです。アンコールに応えて、「明るい曲にしましょう」と言いながら、間奏でギターのテクニックを披露しました。大声援の中でコンサートが終演です。

   

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<同行者のコメント> 誘われて出かけたコンサートでしたがいずれも素晴らしい演奏でした。ミュージシャンがみな楽しそうに楽器を演奏するのはちょっとうらやましいです。びっくりしたのはベース、ちょっとお洒落な人が軽やかに演奏する姿でした。それにしてもうちの旦那さまはいろんな音楽が好きなのですね。ジョアン・ジルベルトという人の演奏会が11月始めにあると知って熱心にパンフレットを読んでいました。

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2008年10月15日 (水)

日本・ブラジル交流年: BOSSA 2008(後編)

中原仁

Oracleスカイロビーに戻りました。中原仁氏と麻生雅人氏のトークが佳境に入っています。ボサノバとブラジルの魅力を2人が熱く語ります。極限までシンプル化され、研ぎ澄まされたのがボサノバの魅力で、これは松尾芭蕉の俳句にも共通すると中原氏が説明したことは興味深い。
 
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コトリンゴ

青山通りを歩いてAvex本社前のステージに着くと、先ほどよりも聴衆が増えています。日が傾いて風が強くなってきました。
 
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若い女性が登場、「では始めます。コトリンゴです。」と短い挨拶をし終えるとキーボード(ピアノ)の演奏を始めました。英語の爽(さわ)やかな曲です。日本語が時に混じります。「ボサノバは弾けないですけど・・・」と笑わせてギターの伊藤ゴロー氏を紹介しました。「今日は伊藤さんに助けてもらってボサノバをやってみます」と言いながら2人で演奏をスタート。「ワンノートサンバ」は英語の歌詞にポルトガル語が混じるポピュラーなボサノバの名曲。少しハスキーでありながらチャイルディッシュな声が不思議な魅力です。
 
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次の「カリオカ」はスキャットで始まるスローテンポの英語の歌です。スキャットに続いてギター演奏がボサノバのムードを盛り上げます。伊藤氏が作った「ボンボン」の紹介で、タイトルには意味はなく、歌の途中にボンボンと言う音が入るからだと裏話を披露しました。ラ音のスキャットで始まり、確かにボンボンが入り、またラララに変わる。ボンボンボン、ラララ、ボンボンボンで終わりました。
 
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風がさらに強くなって看板が倒れるハプニングがありましたが何ごともなかったように曲が続きます。ボサノバから離れて自身の曲へと演奏が変わりました。日本語の歌は誰かに似ていると思います。ふと谷山浩子さんの「猫の森には帰れない」を思い出しました。「帰り道」と「サマー」が続きます。サマーはジャスミンティのCM(伊藤園)に使われたと説明、「おいでよ」は好きな人の心の中に家を建てると言う不思議な片思いの歌と紹介、そして「大好きな人」を語るように歌いました。軽やかなキータッチと歌声はガラス細工のような雰囲気です。伊藤ゴロー氏が再び参加して、コトリンゴのデビュー曲「こんにちはまたあした」を歌ってステージが終わりました。
 
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帰宅後にプロフィールを見ると、バークリー音楽大学(旧バークリー音楽院)に留学・卒業したピアニストで、子供の頃から作曲も手掛けていたそうです。ちなみにボストンにあるバークリー音楽大学(音楽院)は渡辺貞夫氏や秋吉敏子さんを始め多くの日本人アーティストが卒業した音楽学校です。確かなピアノ演奏と綺麗な英語が納得できました。興味をもった名前は好きな小鳥とリンゴを組み合わせたもので、Mac PCを使っていたことも理由となったことも分かりました。

 

 

Chie Umezawa

外苑西通りを1ブロック北上して右手に入った原宿教会へ移動しました。
 
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この日最後のコンサートはボサノバ歌手Chie Umezawa(ローマ字が芸名のようです)さんの歌です。原宿教会は1階が約170席、2階は約30席程度の純白の教会で、巨大な十字架も真っ白です。開演の午後7時には大勢の立ち見客が後方に並びました。
 
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最初は静かなボサノバ曲でスタート、教会の音響効果が心地よく感じられます。ギターを演奏するグスターボ・アナクレート氏を紹介しました。先ほどスカイロビーでサキソフォンの演奏をしていた人物です。次の曲「私はあなたを一生愛するだろう」はギターとの絶妙なアンサンブルになりました。
 
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ブラジル留学中はイパネマに住んでいたと言う。自然を感じさせる場所であるとも。そして「デサフィナード」です。今日何度も聞いた曲ですが一番ボサノバらしく感じました。リオデジャネイロのキリスト像が青山に登場していることを紹介して、「コルコバード」を歌いました。コルコバードの丘から見た景色とあなたが居ればこのまま時が止まって・・・と言うラブソングでした。繊細かつ洗練された歌声はまさにボサノバです。ギターのサウンドが耳に心地良い。
 
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2人の歌声が調和しあったのは「メディテーション」(瞑想)です。歌うのは始めてと言いいながらアナクレート氏の声はなかなか魅力的です。「愛・微笑・花を信じたものは・・・」と歌うこの歌は私の好きなボサノバ曲のひとつです。可愛い雰囲気の「Estrada Do Sol」(太陽の道)に続く最後の曲は「Voce E Eu」(あなたと私)でした。「ブラジル音楽を聴き続けましょう」の言葉で素晴らしいコンサートが終わりました。
 
 

青山通りからはオラクル青山センタービルに写しだされたコルコバードの丘の巨大なキリスト像、そしてCIプラザの壁面に登場したイグアスの滝から水が流れ落ちる様と水音を楽しみながら家路につきました。
 
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2008年10月14日 (火)

日本・ブラジル交流年: BOSSA 2008(前編)

朝から断続的に降リ続いていた雨が止んだ11日午後、青山へ出かけました。足を痛めた同居者は気が進まないと留守番です。東京メトロ銀座線の外苑前駅で下車、駅前にあるレクサスインターナショナルのギャラリー青山に向かいました。2時少し前に入場すると真っ赤なレクサスの後方にステージが設けられています。"BOSSA 2008"6つの会場のひとつです。

 

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ボサノバ(Bossa Nova)はブラジルの音楽として有名ですが、アフリカから連れて来られた黒人の音楽をベースとしたサンバから生まれたジャンルで、名前が示すように戦後になってリオデジャネーロの豊かな階層社会で誕生した新しい音楽です。原音に合わせてボサノヴァと表記されることもありまます。

 

2時を少し回った時にmuleque (ムレッキ)の演奏が始まりました。ボーカルの女性(seiko)と7弦ギターの男性(shinya)のデュオです。低めのハスキーなseikoさんの歌声はスローなイントロから次第にボサノバの軽快なリズムへと変わります。間奏ではギターが繊細なリズムと美しい音色を響かせます。歌が静かに終わりました。

 

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MC(語り)を兼ねるseikoさんがブラジルとの交流年(移住100周年)を記念した音楽祭であることを簡単に紹介しました。2曲目は「コルコバード」、ギターとあなたがあれば僕は幸せというロマンチックな歌詞であると説明して歌い始めます。3曲目も恋人と別れた女性が久しぶりに彼の留守電にメッセージを入れる時の複雑な心境を歌いました。

ブラジルにおける日本文化の存在や広い国土のため地域の違いが存在することなどを呟(つぶや)くように話します。続く「3月の雨」は、数年ぶりに訪れたカフェであの時と同じ曲が流れている、やはり同じ様に彼がドアから入って来る、ただ違っていたのはその隣に別の女性が座ったこと、でも構わないわ・・・と言う内容だそうです。

 

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音痴でも僕の歌には心があるとするポピュラーな「デサフィナード」で30分余りのコンサートが終わりました。
 
 

同じオラクル青山センタービルの2階にあるスカイロビーへ移動しました。すでに始まっていたGustavo Anacleto(グスターボ・アナクレート)氏のサックスは伸びやかでステップを踏みたくなるようにスイングします。80席ほどのスカイロビーに乾いた音が広がります。
 
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Makiko Yonedaさんのキーボード(ピアノ)との軽妙な掛け合いで曲が進行します。「黒いオルフェ」がエンディング、しっとりとした音もサックスの魅力でした。
 
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表参道方面に数分歩いて外苑西通りを過ぎたavex本社前に到着。ステージではTony Freitas(トニー・フレイタス)氏がエレキギターとドラムスの伴奏で魅力的な歌を披露していました。張りのある声です。フリオ・イグレシアスにも通じる魅力がありますがそれほど甘いトーンではありません。歯切れの良い歌声が続きます。ステージやCMで活躍中とのことです。
 
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外苑西通り(南青山3交差点)まで戻ったラメゾンドゥタカギLA MAISON DE TAKAGI)青山店に入りました。青山通りから石畳の小道(パサージュ青山)を入った複合施設Aoyama Ms Towerの一角にありました。今年4月に開店したばかりのパティスリー(お菓子屋)です。洋菓子やスイーツだけでなくピザやパスタと言った軽食も食べられます。甘いものが苦手な私は赤ワインを飲みながら開演を待ちました。
 
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登場したSilvio Anastacio(シルビオ・アナスタシオ)氏は、日本語を交えた挨拶のあと、ギターを奏(かな)でながらポピュラーな「デサフィナード」で演奏をスタートしました。2曲目の「サンボ」はリズミカルな曲となり、浅黒い肌と黒い髪の風貌(ふうぼう)が陽気なブラジル男性の魅力を感じさせます。唇だけで吹くトランペット(コルネット?)が面白い。そして口笛が加わりました。

 
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次はボサノバらしいしっとりとした曲に変わりました。小野リサさんと一緒に歌ったことがあると言う「おやすみ」です。NHK教育テレビに出演していることもあり日本語が得意のようです。さらにリズムがテンポアップしたかと思うと「黒いオルフェ」の演奏が始まりました。唇のパーカッションが入り、伸びやかな高音とファルセットが続き、ポルトガル語に時々日本語が混じります。

出身地であるブラジル南東部のミナスジェライスの音楽も披露しました。リズミカルな曲調はボサノバとは違った魅力があります。サンバの一種でしょうか、フォークソングの匂いがあり、コード進行もユニークでした。
 
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続いたのはオリジナル曲です。まるで早口言葉あるいは機関銃のように言葉が飛び出して会場を一気に盛り上げる多才なエンターテイナーです。最後の曲もボサノバの代表曲「デサフィナード」。コルネットのような唇による演奏が見事です。写真を撮る若い女性客に向かって歌いながらピースサインをするサービスも。いつの間にか曲が日本の人気デュエット曲「別れても好きな人」に変わっていました。爆笑を誘ったあとは再びコルネットが登場してエンディングです。30分のライブ演奏があっと言うまでした。私のワイングラスもちょうど空になっていました。(続く)

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2008年10月11日 (土)

お金は大事

世界中で株価の暴落が止まりません。日本では日経平均株価が今週だけで約25%、年初からは約45%も下落しました。原因はアメリカのサブプライムローン問題が引き金となって発生した金融不安(金融機関の信用収縮)です。それがヨーロッパに飛び火して、さらに日本を含むアジア諸国を直撃しているのです。日本の金融機関の場合にはサブプライムローン問題の影響は限定的だとの楽観論もありましたが、日本だけが影響を受けないという訳には行きません。不動産投信会社と生命保険会社がこの影響で今週後半に破産しています。国内景気の悪化と海外金融機関の投資引き揚げが株価を底なしのような状況に導き、株価暴落で資本の劣化した金融機関が貸し渋りをすることで実体経済にも悪い影響を与える負のスパイラルに陥っているのです。
 

2008_1014bossa20080075 サブプライムローン問題が顕在化した昨年にはアメリカ政府の迅速な対応があり、問題は早期に解決されるから、日本のバブル崩壊のように長引かないとの期待を込めた楽観論も一部でありました。しかし今や底なし沼に落ちたような状態で楽観論は陰を潜め、米国では大手投資銀行の多くが消滅するなか深刻な悲観論が大勢(たいせい)を占めています。この問題は何故起きたのでしょうか。経済について門外漢である私には確(かく)たる論拠はありませんが、サブプライムローン(住宅バブル下に作り出された低所得者向けの高金利住宅ローン)のような不健全な金融取引とそれを金融工学と呼ばれる素人にはまったく理解できない仕組みで次々と金融商品化(証券化)したことが原因と思われます。高利回りを喧伝(けんでん)するこれらの金融商品は世界全体に販売され、さらに他の金融商品に組み込まれて転売されたのです。
 

これは1980年代に日本国中が熱狂した土地バブルと共通する点が多いように思われます。実態の価値から乖離(かいり)した高値が、さらに高値を呼び、無限連鎖で上昇するのではないかとの幻想を生んで膨大な資金が市場に投入されたことです。そしてバブルが弾(はじ)けると高値掴(づか)みした投資家はもちろん、公的資金(つまり税金)の投入や景気後退によってまったく無関係の人達までが付けを負(お)わされるのです。日本の土地バブルは国内問題でしたが、今回は全世界を巻き込んだ金融危機であることと規模の大きさが異なります。
 

2008_1014bossa20080072 すなわちお金がお金を生み続けると言う考えはまったく根拠のないことなのです。食料を生産する、鉱物を採掘する、それらを加工して製品を製造することではじめて価値が生まれるのです。メーカーで製造された製品を商品として最終顧客に届ける運輸業や卸・小売業などの流通サービス業もあくまでも商品があってこそはじめて価値が生まれるのです。サービス産業(三次産業)が一次産業と二次産業にとって代わるのが産業の進化だとする考えもありますが、それは上述したように現実にはあり得ません。サービス産業だけで社会(国)が成り立つとするのは正に永久運動機関が存在すると強弁するようなものです。それがもしあるとすれば海外の産業と上手く連携してサービスを提供するシンガポールなどの小国に限定される生き方です。しかし金融立国を目指した北欧の小国アイスランドは国としての破産が危ぶまれる状況に追い込まれています。
 

エネルギー資源や食料などは海外から買えば良いとしてきた日本が、今回の金融バブル崩壊の以前から厳しい状況に追い込まれて、今やその考えは蜃気楼のように消えてしまい、食料の自給率を上げるのが緊急の政策課題として浮上してきました。世界は今や食料の獲得を巡って激しい競争(争奪戦争と言っても良い)状況にあるのです。
 

2008_1014bossa20080084 これまで述べた問題に共通するのはお金が企業と個人の活動に必要な要素から活動の目的化してしまったことです。お金に目が眩(くら)んだ人がお金で滅びるというのは古い格言にもありますがなぜか後を絶ちません。人がお金に目が眩んで発生するバブル経済は何も最近になって始まったのではありません。古くは17世紀オランダのチューリップ・バブル、18世紀イギリスの鉄道バブル、20世紀初頭にはアメリカの株投資バブル(世界恐慌の原因)、そしてつい最近にもアメリカのIT・通信バブル(20世紀末)と今回の住宅バブルなど枚挙に暇(いとま)はありません。私自身も前回のバブルが発生する過程をアメリカで身を以(も)って経験しましたが、その時、私を含めて誰一人としてそれがバブル経済であるとは思いも及びませんでした。(写真は日本銀行本店)
 

日本で「金儲けのどこが悪いのか」と傲慢(ごうまん)な発言をした人達が居たのは一昨年のことですが、もう遠い昔のように思われます。それではお金そのものが悪いのでしょうか。いいえ、お金自身は悪くはありません。それを扱う人がお金は仕事の手段であることを忘れて、目的と取り違えることに問題があるのです。すなわちお金についての考え方の問題だと思うのです。
 

2008_1014bossa20080085 お金は大事です。人々の生活を便利にするとともに企業活動にも重要な存在です。時には人を助けたりすることもあるのです。私事ですが、高校と大学の7年間に亘(わた)って奨学金を受給できました。そのお陰で希望する進路に進み、好きな仕事に思い切り打ち込むことができたことを今も感謝しています。社会人になってから約10年間をかけて貸与金をすべて返還して(旧日本育英会の特別奨学金は一部が給付のため返還免除、現在はない特典)次の世代の奨学生にバトンタッチすることができました。
 

今はのんびりと暮らしていますが、お金の大切さを実感しながら、社会に役立つ仕事から僅(わず)かでも収入を得ることと、贅沢(ぜいたく)に走らず、かと言ってお金に振り回される過度な節約ではなく、家族との絆(きずな)を大切にしながら日々の生活を過ごしています。つまり「入(い)るを図り、出(いずる)を制す」の考えですが、本来は上杉鷹山のように「入るを量りて出を制す」とすべきなのかも知れません。いずれにせよ、これからも温泉を巡る旅とドライブ旅を続けたいと思います。そして今年から始めた四国遍路(三回目)の計画を立て始めました。同居者が足を痛めたため出発は少し遅れそうです。

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2008年10月 9日 (木)

バホフォンドのサウンドに酔う

同居者に誘われて105日の日曜日に東京ミッドダウンへ出かけました。大江戸線六本木駅を降りてエスカレータを何度も乗り換えたガーデンテラス4階にある「ビルボードライブ東京」(Billboard Live Tokyo)が目的地です。

   

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同じガーデンテラスにあるサントリー美術館ではピカソ展が開催されていました。

 

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ビルボードライブ東京のフロアは三層構造で、3階・4階に位置するテーブル席とソファ席、5階にはカジュアルな椅子席がある立体的な構造ですが、約300と少な目の席のいずれからもステージが楽しめます。開演前はステージ後方のカーテンが開けられておりガラス越しに夕景を見ることもできました。

   

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いよいよ開演です。ステージに登場したグループはアルゼンチン・タンゴの「バホフォンド」(BAJOFONDO)、bajo(低い)とfondo(底)を組み合わせた名称はアングラをイメージさせますが、2002年のデビュー作でラテングラミーを受賞したグループです。さらに全世界でトリプル・プラチナ・アルバムを達成したそうです。やや年配のリーダーと7人の若い男女で構成されています。リーダーのグスターボ・サンタオラヤ氏は2005年と2006年にアカデミー賞作曲賞を2年連続で受賞したラテン音楽界の巨匠です。ちなみに2006年の受賞は日本でも注目された映画「バベル」の音楽によるものです。

2008_10050014_2 アルゼンチン・タンゴには必須楽器のバンドネオンと時代を感じさせるラッパ付きのコルネットバイオリン、キーボード、電気バイオリン、電気およびエレキギター、ドラムス、ベース(コントラバス)、それぞれがリード役となる演奏は背後のスクリーンに映し出される古い映像と絶妙に融合してアンダーグラウンドの世界へと誘いました。他にDJ用ターンテーブル(レコードプレーヤー)も登場しました。歯切れの良いリズムが延々と続きます。これまでに聴いたアルゼンチン・タンゴの枠を超えるハウスやエレクトロなどの電子音楽を融合した新しいサウンドでした。

この日は日本のタンゴ界をリードするバンドネオン奏者の小松亮太(りょうた)氏がバホフォンドと競演し、両者の卓越したテクニックがタンゴ音楽にさらなる輝きを与えました。バンドネオンはソロ楽器ですが小編成楽団のアンサンブルのような音の厚みと、物悲しい音色とともに、独特な音の世界が広がります。しかし小松亮太氏の演奏は1曲のみ、しかもバホフォンドの大音量に飲み込まれそうで、ちょっと期待外れの内容です。103日と4日の2日間に小松亮太氏がギターデュオのGONTITIや歌手の大貫妙子さんと競演したステージの方が良かったかもしれないと思ってしまいました。

コルネットバイオリン、バンドネオン、電気バイオリンがソロをとった数曲を別にすれば、1時間半の公演中はタンゴのリズムを強烈なロックサウンドで延々と刻むうちに全身が音の衝撃で揺さぶられていました。演奏が終了した時に酔いが体中に回ってきたのは開演前の軽い食事に合わせて飲んだワインのせいだけではなさそうで、パンチドランカーのボクサーになったようです。

なおバホフォンドの演奏はYouTubeでも聴くことができます。品川プリンス「ステラボール」での公演PV(宣伝用ビデオ)のVol.1Vol.2です。クリックするとYouTubeにリンクします。

<同行者のコメント> 期待通りの楽しさです。大きな音に驚きましたが旦那さまが説明してくれたコルネットバイオリンの不思議な形と音が印象的でした。最後は若い女性のお客がたくさんステージに上がって踊ったのにもびっくりしました。旦那さまは音楽を聴きながらしきりにメモをとっています。何を書いているのでしょうか。

 

 
   

付記: ステージの実況中継

演奏中は写真撮影が禁止されたためバホフォンドの演奏風景を実況中継するつもりでメモをとりました。コンサート会場でメモをとるなどは無粋でしたが興味のある方はお読みください。

2008_10050019 暗いステージでスポットライトを浴びたコルネットバイオリンの独奏で開演です。響胴のないバイオリンにラッパ状の拡声器が付いた楽器は古い蓄音機でSPレコードを聴くような掠(かす)れた音に趣があります。弦の振動をラッパに伝える仕組みが蓄音機と同じだからでしょう。開演前にフラッシュなしでズームアップして撮影したため手振れ写真になってしまいました。綺麗な写真はこちらをご覧下さい。ちなみに先に紹介したすぎもとまさと氏の歌「吾亦紅」でもこのコルネットバイオリンが伴奏に使われていますから題名をクリックするだけで音色を聴くことができます。

次いで電子音が低く響き始め、色とりどりの照明がリズムに合わせて点滅し始めました。照明が明るくなってステージにメンバー8名の登場です。電気バイオリン、バンドネオン、エレキギターが2丁、キーボード、ベース、ドラムス、電子楽器で編成されて、伝統的なタンゴ楽団の編成(オルケスタ・ティピカ)とは少し異なります。激しいリズムはタンゴと言うよりもロックそのものです。電子楽器奏者が制御用でしょうかMacPCを使っているのが見えます。バンドネオンにも両側にマイクが付けられているようです。

3曲目は電気バイオリンが主役です。ハードなリズムに合わせて照明が様々な色で点滅し、背後のスクリーンにはモノクロの古い映像が映し出されました。曲が終わる頃にはシンボルの網タイツの足がフラッシュのように写りました。

2008_10050016 次の曲ではバンドネオンが前面に出てタンゴの雰囲気が少しだけ加わりました。ステージが薄暗くなるとスクリーン上に五線譜と夜景が不思議な組み合わせで映し出されます。そしてリーダー(グスターボ・サンタオラヤ氏)が短尺のエレキギターを弾きながらステージを走り回り、相変わらずの強烈なリズムが続いて曲が終りました。

リーダーのシャウトで始まった曲は、スクリーンがセピア色からフルカラーに変わるとともに、タンゴのトーンが強くなりましたがリズムは相変わらず強烈です。電気バイオリンの物悲しい音色が一際目立ちます。電子楽器がボンゴやコンガのような打楽器のリズムを刻み、電気バイオリンとバンドネオンの掛け合いが始まりました。バンドネオンが大きく左右に広がるアクロバチックな演奏でエンディングです。

キーボードとバンドネオンがタンゴのメロディを奏で始めました。スクリーンはアニメ風の映像に変わりました。そのスクリーンにトラックとラウドスピーカ(拡声器)が写さしだされたかと思うと曲調がまた変わりました。重奏低音と電子音がミックスしてテクノ・ミュージック調になると、バンドネオンが演奏を始め、さらに電気バイオリンがそれに続き、何か不穏な雰囲気が音楽に漂います。一転してタンゴの伝統的なサウンドに変化したかと思うと電子音に戻って曲が終わりました。

次いでスローなテンポで始まった曲は正にタンゴです。バイオリンの音色が悲鳴を上げ、続くバンドネオンは憂いを含んだメロディを奏で、キーボード奏者がラップを歌い始めました。リーダーもボーカルとして掛け合います。それまで後方に控えていた9人目が踊りながらステージに登場して歌に参加しました。リーダーが絶叫する歌声のあと低音の唸(うな)り声に移行して曲が終わりました。

ここでショートブレイクが入りました。リーダーが英語で挨拶します。「今夜はこの会場に出演できて嬉しい、今回が始めての来日である、来場を感謝する」と型通りの挨拶を顔から汗を流しながら話します。

演奏が再開されました。バンドネオンのソロは微妙なリズムの連続から、ハーモニーが加わり、低音伴奏で音の厚みが増すプロセスを巧みなテクニックで披露する。まさに小さなオーケストラであるバンドネオンの魅力を短い演奏で表現しました。

2008_10050015 2丁のエレキギター、電気バイオリン、バンドネオン、ベースの編成に、リーダーがマンドリンに似た楽器(クワトロか?)を使い繊細な音色の演奏を行うと、バンドネオンが静かに音を奏でる伴奏役に回り、先ほどまでとは打って変わりアコースティックなサウンドが拡がります。

フルメンバーに戻りました。2人のギタリストが主役となり、さらにエレキギターが2人、ベース、ドラムス、そして新たにターンテープルが加わりました。ターンテーブルの生演奏を見るのは始めてです。リーダーが控えめにエレキギターを伴奏、スクリーンには漂う煙と椅子に座る男性の姿が映しだされました。

再び強烈なリズムに戻り、照明も一層カラフルに変わりました。スクリーンには逆マンジを付けた機関車と網タイツの足、ダンス会場の風景が何の脈絡もなく続きます。そしてタイムマシンのようなカラフルなトンネルも現れました。

エレキギターとキーボードがリードして次の曲が始まりました。リーダーが歌い、スクリーンに紅葉が映し出されるなか、強烈なリズムがさらに続きます。

1時間10分を過ぎた頃にリーダーが小松亮太氏を紹介しました。思ったよりも小柄な人物が演奏に加わりました。重奏低音が一層強烈になるなか、バンドネオンの二重奏が電気バイオリンとともに曲をリードします。しかし僅か1曲で小松亮太氏は退場してしまいました。

牛の集荷場、網タイツの足、古いダンス風景がスクリーンに次々と流れます。アコーディオンとバンドネオンが響きます。サイケ調の映像が続き、強烈なリズムと電気バイオリンの音、リーダーの歌声がミックスしてステージは最高潮に達しました。客席の観客も立ち上がり手拍子とリズムに合わせて軽くステップしたり、まるでロックコンサート会場のようです。

ハイになった観客が次々とステージに上がりました。バブル時代のディスコやクラブのお立ち台を彷彿(ほうふつ)させます。一段とボリュームがアップして全身に大音響が響きます。そして1時間半に亘(わた)るバホフォンドの演奏が終わりました。アンコールの長い声援にはメンバー全員が再登場しましたがリーダーが短い挨拶で応えただけだったことは残念です。異次元の世界から空蝉(うつせみ)に戻りました。

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2008年10月 6日 (月)

CEATEC Japan 2008(後編)

日立も薄型テレビを中心に自由なレイアウトや色の楽しみ方をアピールしています。

 

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ケンウッドと統合したJVCが女性ジャズグループの生演奏、シャープと提携したパイオニアが女性サキソフォン奏者を並べて、期せずして旧音響機器ベンダーが音を意識した演出をしているのが楽しい。

 

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三菱電機のレーザーテレビのデモ会場にできた長い行列へレーザーの名前に惹かれて並びました。詳細の説明はありませんでしたがリアプロ形式のテレビのようです。今秋、米国で発売する予定とのことで、確かに発色の美しさは従来のプロジェクションテレビとはずいぶん違いました。3D(立体)HD映像を特殊な眼鏡で見る機能も内蔵されて迫力のあるデモ(写真撮影は不可)でした。帰宅後に調べるとレーザーを光源とする世界初のリアプロジェクションテレビで通常の液晶テレビの約2倍という色再現範囲が特徴なのだそうです。リアプロテレビに賭ける同社の情熱を感じました。

 

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スズキ自動車のコンセプトカーが2台展示されているのが目を惹きます。その奥にはヤマハが歌声を合成できる編集ツール(VOCALOID)と作曲・演奏ツール(TENORI-ON)をデモンストレーションしています。

 

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BOSEはお得意の立体サウンドに加えてドルビーモバイル端末を展示しています。

 

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最後に立ち寄った日産自動車のブースはRobot Car(周りを認識しながら移動するロボットカー)とRobotic Agent(カーナビと連動した運転支援などを行うロボット)を展示、屋外ではエコドライブ講習会を開いていました。その近くにはMobile CafeのNOMADOなどが出張出店しています。

 

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今年は多彩な最新技術・製品の展示・デモに加えてライブ音楽を使った演出が楽しい展示会でした。□

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2008年10月 5日 (日)

CEATEC Japan 2008(中編)

テレビなどがこの会場にあるのはデジタル家電のネットワーク化が薄型・高精細化とともに主要テーマとなったからなのでしょう。今年4月に開催された国際フラットパネルディスプレイ展は技術競争でしたがいよいよ製品を競う段階に入ったことを感じさせます。

 

ソニー、Panasonic、シャープのテレビ大手3社は超大型・超薄型・高精細を謳(うた)う製品のオンパレードと何々リンクと称するホームネットワークを強調しています。なかでも目に付いたのはHDテレビ伝送用の高速ワイヤレスリンクです。各社とも家庭内でのデジタル家電のレイアウトの自由さを強調していました。そのハイライトを紹介します。

  

ソニー

 

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Panasonic

 

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シャープ

 

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東芝は薄型テレビ(ユニークな立て掛けテレビやCell TVなど)と高精細DVDレコーダーに加え同社が誇る先進の照明・メモリー・電池などの技術を展示しています。(続く)

 

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2008年10月 4日 (土)

CEATEC Japan 2008(前編)

今年もCEATECが9月30日から10月4日まで開催されています。初日の混雑を避けて2日目に出かけました。報道によると、不景気のために出展企業数やコマ数が昨年より少し減少していますが、来場者は昨年を越える21万人が予想されるそうです。10時過ぎに到着したJR京葉線海浜幕張駅から会場の幕張メッセまで長い行列が続いていました。講演を一つ聴いたあとは2つの会場をぐるりと歩きました。

 

手前の一見地味な電子部品とデバイスの会場では今回も村田製作所のブースにこの展示会で一番と言ってよいほどの人だかりが出来ていました。集まった人達の目当てはもちろん進化を続ける「ムラタセイサク君」ですが、今回はいとこの「ムラタセイコちゃん」がお目見えしたことでフィーバー状態です。一輪車に乗る様子の心もとなさは3年前にデビューしたセイサク君と似ていてほほえましく、担当者が手を近くに副える様は子供が始めて自転車に乗る時の親の心境だったのでしょう。

 

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タイコエレクトロニクス(Tyco Electronics、米国の電子部品と海底ケーブルシステムの大手ベンダー)のブースに今回始めて立ち寄りました。リニアモーターカーの試乗アトラクションが目を惹きました。

デジタルネットワークの会場は一転して華やかな雰囲気です。煌(きら)びやかな衣装を身に着けた若い女性たちがステージ上で澱(よど)みなく製品や技術について説明したりポーズを取ったりする様子を撮影していると、カメラ小僧のようになっていました。NECのブースはバイオリンとビオラの生演奏をBGMとして雰囲気を盛り上げています。ステージ中央にデンと据えられた海底ケーブル中継器は迫力がありました。

 

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NTTドコモとKDDIのブースはいつも通りに好対照です。ドコモは携帯電話の現在と未来を展示する構成で生真面目なものです。Blackberry端末と本体が2つに分離する端末(右下の写真)に注目しました。

 

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その他には携帯電話用プロジェクターとウインドウズ端末が興味を惹きました。携帯電話の最新技術であるSuper 3G(LTE)のライブデモを富士通ブースと繋いでやっています。貴重な機会ですから参加すると親切かつ丁寧に説明してくれました。

 

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一方のKDDIは、WiMAX(次世代ワイヤレス)、携帯端末用裸眼立体表示のデモ(右下の写真)、太陽電池付きの携帯電話端末などの新技術、そして得意とする分野の音楽や動画を楽しむ「au BOX」の展示がありました。

 

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私が注目したのは携帯電話の斬新なデザイン(外観・形状)のコーナーで、広いブースのフロントエリアに楽しさを演出していました。インフォバーは今も健在のようです。

 

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ソフトバンクは今回も出展していません。やはり同社のポリシーでしょうか。(続く)

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2008年10月 1日 (水)

郡上八幡と長良川(完): 長良川流域と宝暦治水工事

羽島市の南端まで車を走らせました。木曽川と長良川が接する桑原町小藪(くわばらちょうこやぶ)に三川分流の記念碑(木曽川下流改修碑)が立っていました。川沿いの境界線が入り組んでいるため厳密には隣の海津市海津町鳴戸に数10m入った場所です。

 

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幕府の命令で薩摩藩が行った宝暦治水工事の後も水害は収まらなかったそうです。そこで約100年後の明治になってオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケが調査・設計した分流工事を再度行って水害はほぼ無くなったとされます。記念碑の先は未舗装の道路となる桜堤が下流へと続いていました。

 

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桑原町と言えば当ブログで紹介したように、名古屋の大須観音がもとあった大須がある町です。木曽川の堤防を2kmほど遡ると馬飼頭首工(まがいとうしゅこう)、別名木曽川大堰(おおぜき)がありました。愛知県下に上水道と農業用水を供給するために建設された巨大な堰で、馬飼大橋が併設されています。

 

南濃大橋で長良川を渡って西隣の海津(かいづ)市に入りました。同市海津町高須は当ブログで紹介した高須藩(高須松平家)があった場所です。また、同市平田町には日本三大稲荷のひとつである千代保(ちょぼ)稲荷神社(地元ではお千代歩稲荷あるいはおちょぼさんと呼ばれているようです)があることでも知られます。以前、参拝したことがありますので、今回はパスすることにして、長良川の幅の狭い堤防上を南へと走りました。ガードレールがありませんから大型トラックとの擦れ違いは迫力があります。15kmほど堤防上を走ると海津町油島(あぶらじま)の国営木曽三川公園センターに到着しました。木曽川沿いの数ヶ所に分かれた広域公園の中心的な存在で、シンボルの展望タワーが聳えています。公園内にはキバナコスモスが満開でした。

 

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センターの南端から長良川と揖斐川の間の堤防上に長く延びる松原が「千本松原(せんぼんまつばら)」で、別名を油島千本松締切堤(しめきりづつみ)とも呼ばれます。松原北端(上流側)に宝暦治水工事の総奉行であった薩摩藩家老平田靱負(ひらたゆきえ)を祭神として祀る治水神社がありました。

  

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その境内にある薩摩義士の像、育て松、義士堂(木彫観音立像)、揖斐川側の油島渡船之跡と隼人橋などを見て回りました。

 

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松原南端の「宝暦治水碑」と「木曽三川治水の先駆者」の碑のすぐ下流側は三重県桑名市長島町となります。

 

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長良川と木曽川に沿ってさらに南下すれば、織田信長を苦しめた一向一揆(長島一揆)の長島城があったと伝えられる木曽川と長良川に挟まれた長島町西外面(にしども)に至ります。そのすぐ下流には必要性の是非をめぐって論争がいまだに続く長良川河口堰(ぜき)があり、さらに南下して伊勢湾に面した河口(伊勢湾岸自動車道脇)にはナガシマスパーランドと長島温泉と、長良川を巡るドライブコースの興味は尽きません。

 

河口まで長良川を辿(たど)りたいところですが今回は時間切れです。長良川大橋と立田大橋を渡って愛知県に入り、弥富(やとみ)ICから東(ひがし)名阪自動車道に乗りました。名古屋西JCTで東名阪自動車道は名古屋の中心部を迂回して大きく北へとそれます。単調な幅員の狭い高架道路です。庄内川を渡って5kmほどの半地下区間(水底トンネルの守山トンネルと名東トンネルを含む)を走りました。地下を走る高速道路である中央環状新宿線(6.7km)が昨年末に開通しましたが名古屋には15年ほど前からあったことは知りませんでした。

 

引山ICと上社(かみやしろ)JCTを経て名古屋ICから東名高速道路に入ればあとはのんびり走行するだけです。南東北地方への旅からの帰路と同様に、約320km5時間余り掛けてゆっくり走るとちょうど12時に東名高速道路の終点に到着しました。今回の総走行距離は約950km(記事にない2日間の寄り道約290kmを除く)、平均燃費は14.6km/リッターと5月の四国、6月の京都、9月始めの南東北と同様に満足できる結果です。

 

<同行者のコメント> 旦那さまはご満悦のようですが大変なドライブです。郡上八幡は美しい町でよかったのですが長良川巡りは本当にどうなることかと思いました。誰もいないような場所を選んでいるのでしょうか。もう少し郡上八幡に滞在したかったのです。でも走りなれた東名高速道路に入るとやはりほっとしました。□

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