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2008年10月 1日 (水)

郡上八幡と長良川(完): 長良川流域と宝暦治水工事

羽島市の南端まで車を走らせました。木曽川と長良川が接する桑原町小藪(くわばらちょうこやぶ)に三川分流の記念碑(木曽川下流改修碑)が立っていました。川沿いの境界線が入り組んでいるため厳密には隣の海津市海津町鳴戸に数10m入った場所です。

 

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幕府の命令で薩摩藩が行った宝暦治水工事の後も水害は収まらなかったそうです。そこで約100年後の明治になってオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケが調査・設計した分流工事を再度行って水害はほぼ無くなったとされます。記念碑の先は未舗装の道路となる桜堤が下流へと続いていました。

 

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桑原町と言えば当ブログで紹介したように、名古屋の大須観音がもとあった大須がある町です。木曽川の堤防を2kmほど遡ると馬飼頭首工(まがいとうしゅこう)、別名木曽川大堰(おおぜき)がありました。愛知県下に上水道と農業用水を供給するために建設された巨大な堰で、馬飼大橋が併設されています。

 

南濃大橋で長良川を渡って西隣の海津(かいづ)市に入りました。同市海津町高須は当ブログで紹介した高須藩(高須松平家)があった場所です。また、日本三大稲荷のひとつである千代保(ちょぼ)稲荷神社(地元ではお千代歩稲荷あるいはおちょぼさんと呼ばれているようです)があることでも知られます。以前、参拝したことがありますので、今回はパスすることにして、長良川の幅の狭い堤防上を南へと走りました。ガードレールがありませんから大型トラックとの擦れ違いは迫力があります。15kmほど堤防上を走ると海津町油島(あぶらじま)の国営木曽三川公園センターに到着しました。木曽川沿いの数ヶ所に分かれた広域公園の中心的な存在で、シンボルの展望タワーが聳えています。公園内にはキバナコスモスが満開でした。

 

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センターの南端から長良川と揖斐川の間の堤防上に長く延びる松原が「千本松原(せんぼんまつばら)」で、別名を油島千本松締切堤(しめきりづつみ)とも呼ばれます。松原北端(上流側)に宝暦治水工事の総奉行であった薩摩藩家老平田靱負(ひらたゆきえ)を祭神として祀る治水神社がありました。

  

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その境内にある薩摩義士の像、育て松、義士堂(木彫観音立像)、揖斐川側の油島渡船之跡と隼人橋などを見て回りました。

 

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松原南端の「宝暦治水碑」と「木曽三川治水の先駆者」の碑のすぐ下流側は三重県桑名市長島町となります。

 

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長良川と木曽川に沿ってさらに南下すれば、織田信長を苦しめた一向一揆(長島一揆)の長島城があったと伝えられる木曽川と長良川に挟まれた長島町西外面(にしども)に至ります。そのすぐ下流には必要性の是非をめぐって論争がいまだに続く長良川河口堰(ぜき)があり、さらに南下して伊勢湾に面した河口(伊勢湾岸自動車道脇)にはナガシマスパーランドと長島温泉と、長良川を巡るドライブコースの興味は尽きません。

 

河口まで長良川を辿(たど)りたいところですが今回は時間切れです。長良川大橋と立田大橋を渡って愛知県に入り、弥富(やとみ)ICから東(ひがし)名阪自動車道に乗りました。名古屋西JCTで東名阪自動車道は名古屋の中心部を迂回して大きく北へとそれます。単調な幅員の狭い高架道路です。庄内川を渡って5kmほどの半地下区間(水底トンネルの守山トンネルと名東トンネルを含む)を走りました。地下を走る高速道路である中央環状新宿線(6.7km)が昨年末に開通しましたが名古屋には15年ほど前からあったことは知りませんでした。

 

引山ICと上社(かみやしろ)JCTを経て名古屋ICから東名高速道路に入ればあとはのんびり走行するだけです。南東北地方への旅からの帰路と同様に、約320km5時間余り掛けてゆっくり走るとちょうど12時に東名高速道路の終点に到着しました。今回の総走行距離は約950km(記事にない2日間の寄り道約290kmを除く)、平均燃費は14.6km/リッターと5月の四国、6月の京都、9月始めの南東北と同様に満足できる結果です。

 

<同行者のコメント> 旦那さまはご満悦のようですが大変なドライブです。郡上八幡は美しい町でよかったのですが長良川巡りは本当にどうなることかと思いました。誰もいないような場所を選んでいるのでしょうか。もう少し郡上八幡に滞在したかったのです。でも走りなれた東名高速道路に入るとやはりほっとしました。□

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