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2008年10月11日 (土)

お金は大事

世界中で株価の暴落が止まりません。日本では日経平均株価が今週だけで約25%、年初からは約45%も下落しました。原因はアメリカのサブプライムローン問題が引き金となって発生した金融不安(金融機関の信用収縮)です。それがヨーロッパに飛び火して、さらに日本を含むアジア諸国を直撃しているのです。日本の金融機関の場合にはサブプライムローン問題の影響は限定的だとの楽観論もありましたが、日本だけが影響を受けないという訳には行きません。不動産投信会社と生命保険会社がこの影響で今週後半に破産しています。国内景気の悪化と海外金融機関の投資引き揚げが株価を底なしのような状況に導き、株価暴落で資本の劣化した金融機関が貸し渋りをすることで実体経済にも悪い影響を与える負のスパイラルに陥っているのです。
 

2008_1014bossa20080075 サブプライムローン問題が顕在化した昨年にはアメリカ政府の迅速な対応があり、問題は早期に解決されるから、日本のバブル崩壊のように長引かないとの期待を込めた楽観論も一部でありました。しかし今や底なし沼に落ちたような状態で楽観論は陰を潜め、米国では大手投資銀行の多くが消滅するなか深刻な悲観論が大勢(たいせい)を占めています。この問題は何故起きたのでしょうか。経済について門外漢である私には確(かく)たる論拠はありませんが、サブプライムローン(住宅バブル下に作り出された低所得者向けの高金利住宅ローン)のような不健全な金融取引とそれを金融工学と呼ばれる素人にはまったく理解できない仕組みで次々と金融商品化(証券化)したことが原因と思われます。高利回りを喧伝(けんでん)するこれらの金融商品は世界全体に販売され、さらに他の金融商品に組み込まれて転売されたのです。
 

これは1980年代に日本国中が熱狂した土地バブルと共通する点が多いように思われます。実態の価値から乖離(かいり)した高値が、さらに高値を呼び、無限連鎖で上昇するのではないかとの幻想を生んで膨大な資金が市場に投入されたことです。そしてバブルが弾(はじ)けると高値掴(づか)みした投資家はもちろん、公的資金(つまり税金)の投入や景気後退によってまったく無関係の人達までが付けを負(お)わされるのです。日本の土地バブルは国内問題でしたが、今回は全世界を巻き込んだ金融危機であることと規模の大きさが異なります。
 

2008_1014bossa20080072 すなわちお金がお金を生み続けると言う考えはまったく根拠のないことなのです。食料を生産する、鉱物を採掘する、それらを加工して製品を製造することではじめて価値が生まれるのです。メーカーで製造された製品を商品として最終顧客に届ける運輸業や卸・小売業などの流通サービス業もあくまでも商品があってこそはじめて価値が生まれるのです。サービス産業(三次産業)が一次産業と二次産業にとって代わるのが産業の進化だとする考えもありますが、それは上述したように現実にはあり得ません。サービス産業だけで社会(国)が成り立つとするのは正に永久運動機関が存在すると強弁するようなものです。それがもしあるとすれば海外の産業と上手く連携してサービスを提供するシンガポールなどの小国に限定される生き方です。しかし金融立国を目指した北欧の小国アイスランドは国としての破産が危ぶまれる状況に追い込まれています。
 

エネルギー資源や食料などは海外から買えば良いとしてきた日本が、今回の金融バブル崩壊の以前から厳しい状況に追い込まれて、今やその考えは蜃気楼のように消えてしまい、食料の自給率を上げるのが緊急の政策課題として浮上してきました。世界は今や食料の獲得を巡って激しい競争(争奪戦争と言っても良い)状況にあるのです。
 

2008_1014bossa20080084 これまで述べた問題に共通するのはお金が企業と個人の活動に必要な要素から活動の目的化してしまったことです。お金に目が眩(くら)んだ人がお金で滅びるというのは古い格言にもありますがなぜか後を絶ちません。人がお金に目が眩んで発生するバブル経済は何も最近になって始まったのではありません。古くは17世紀オランダのチューリップ・バブル、18世紀イギリスの鉄道バブル、20世紀初頭にはアメリカの株投資バブル(世界恐慌の原因)、そしてつい最近にもアメリカのIT・通信バブル(20世紀末)と今回の住宅バブルなど枚挙に暇(いとま)はありません。私自身も前回のバブルが発生する過程をアメリカで身を以(も)って経験しましたが、その時、私を含めて誰一人としてそれがバブル経済であるとは思いも及びませんでした。(写真は日本銀行本店)
 

日本で「金儲けのどこが悪いのか」と傲慢(ごうまん)な発言をした人達が居たのは一昨年のことですが、もう遠い昔のように思われます。それではお金そのものが悪いのでしょうか。いいえ、お金自身は悪くはありません。それを扱う人がお金は仕事の手段であることを忘れて、目的と取り違えることに問題があるのです。すなわちお金についての考え方の問題だと思うのです。
 

2008_1014bossa20080085 お金は大事です。人々の生活を便利にするとともに企業活動にも重要な存在です。時には人を助けたりすることもあるのです。私事ですが、高校と大学の7年間に亘(わた)って奨学金を受給できました。そのお陰で希望する進路に進み、好きな仕事に思い切り打ち込むことができたことを今も感謝しています。社会人になってから約10年間をかけて貸与金をすべて返還して(旧日本育英会の特別奨学金は一部が給付のため返還免除、現在はない特典)次の世代の奨学生にバトンタッチすることができました。
 

今はのんびりと暮らしていますが、お金の大切さを実感しながら、社会に役立つ仕事から僅(わず)かでも収入を得ることと、贅沢(ぜいたく)に走らず、かと言ってお金に振り回される過度な節約ではなく、家族との絆(きずな)を大切にしながら日々の生活を過ごしています。つまり「入(い)るを図り、出(いずる)を制す」の考えですが、本来は上杉鷹山のように「入るを量りて出を制す」とすべきなのかも知れません。いずれにせよ、これからも温泉を巡る旅とドライブ旅を続けたいと思います。そして今年から始めた四国遍路(三回目)の計画を立て始めました。同居者が足を痛めたため出発は少し遅れそうです。

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