« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月に作成された記事

2008年11月30日 (日)

六本木ヒルズのイルミネーション

2008_11260005 久しぶりに六本木ヒルズへ出かけました。所用が済んだ時にはすっかり日も暮れていましたので六本木けやき坂通りへ向かいました。イルミネーションを見るためです。しかしけやき坂通りは行き交う自動車の灯りが続くだけでイルミネーションが見当たりません。ライトアップされた東京タワーに向かって坂道を下るとカメラ撮影する多くの人達に出会いました。

突然鳴り響いたチャイムの音と同時にあちこちで歓声があがりました。けやき坂全体でイルミネーションが一斉に点灯されたのです。ちょうど5時でした。

 

2008_11260006 2008_11260009 2008_11260012 2008_11260014   

けやき坂を歩きながらイルミネーションを撮影しました。六本木ヒルズレジデンスが背後に聳えています。

 

2008_11260017 2008_11260022 2008_11260025 2008_11260029 

森タワーへ戻る途中、グランドハイアット東京のエントランス前にアウディの昨秋発売されたクーペ型スポーツカーR82台展示されているのを見かけました。パープルカラーの照明に浮かび上がった車体の陰影が魅力的です。

 

2008_11260031 2008_11260033 

66プラザにもイルミネーションが点灯されて無機質な印象のある森タワーに美しい彩を添えています。

 

2008_11260035 2008_11260043 

東京タワーの展望に惹かれて66プラザの端まで歩くとテレビ朝日の建物と毛利庭園を望むヒルズカフェ(右上の写真)で食事を楽しむ人達が見えます。

 

2008_11260044 2008_11260045 

66プラザから地下鉄六本木駅方面に抜けるとメトロハット/ハリウッドプラザ前に牛を一頭見つけました。先月、丸の内で見たカウパレードのようですがMOTOYAMA MILK BAR(北海道八雲 元山牧場の六本木店)の看板でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月28日 (金)

晩秋の公園

澄み切った青空に誘われて散歩に出かけました。行く先はお気に入りの公園です。いつもは人影が少ないのですが今日は駐車場に入る車の長い列が出来ています。どうしたことかと思っていると「何とか祭」と書かれた看板が目に入りました。

 

2008_11230003 2008_11230036_2 2008_11230001

2008_11230010

  

紅葉が映える池に鴨がのんびりと泳いでいます。時々ダイビングするように水中へ半身を潜らせて餌を探しています。

 

2008_11230013 2008_11230016 2008_11230019 2008_11230020 

夏場は深い草に覆われていた水路を流れる清水も冷たそうです。

 

2008_11230024 2008_11230025 

咲く花がめっきり少なくなった園内で鮮やかな椿が目に入りました。

 

2008_11230027 2008_11230028 

数は多くはありませんが紅葉や広葉樹が色付いていました。坂を登って高台に出ました。クヌギ、コナラ、ヤマザクラの林に木漏れ日が美しいシルエットを作り出しています。

 

2008_11230029 2008_11230037 

広場では子供たちが歓声を上げています。小動物と触れ合うコーナー、手作り工作のコーナー、餅つきのコーナーなどで親子連れが楽しそうです。

 

2008_11230052 2008_11230055

2008_11230009 2008_11230043_2   

2008_11230060 私と同行者は塗り絵のコーナーに参加しました。プラスチックの透明な板に動物などの絵を描いて色付けするのです。絵心に自信のない人はお手本を写し取ることでも良いのです。同行者は金魚、私は亀を描きました。係りの人が電気オーブンで熱すると煎餅のように撓(たわ)みながら縮みました。それを平らな板に挟んで圧縮すれば出来上がりです。そして可愛らしい飾りも付けてくれました。

2008_11230050 午後2時からお餅の販売が始まりました。私が園内を撮影する間に販売所に並んでいた同行者は長い行列の真ん中辺りに居ます。整理券を貰ったようですから買いそびれることは無さそうです。

<同行者のコメント> お祭りがあることは知りませんでした。大変な人出にガッカリしたのですが、旦那さまが珍しくお絵描きをしようと言うのです。私はしぶしぶ参加したのですがいつの間にか熱中していました。カラー・サインペンの数が少ないのです。やっと手に取った黒色で縁取りをしていると「黒色を貸してください」と丁寧な言葉が隣から聞こえました。小さな女の子でした。その言葉遣いがうれしくなって「ちょっとだけ待ってくださいね」と答えました。穴の位置を下にする失敗(後で穴を追加)もありましたが上手くできたと思います。金魚の口をもう少し赤く塗りたかったのですが時間切れでした。そのあとに30分近く並んで買ったお餅もおいしくて楽しい散歩になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月23日 (日)

多摩川下流ドライブと黒湯天然温泉「ヌーランドさがみ湯」(後編)

行き止まりとなった六郷水門脇から都道424号まで追い返されて本羽田に入りましたがこの道も産業道路で行き止まりです。右折して狭い道で多摩川縁に出ます。大師橋のすぐ下流にある羽田水門に立ち寄りました。屋形舟が多数係留されています。羽田の渡しの石碑が目に入りました。その隣に旧大師橋の橋げたが残っています。旧大師橋は吊り橋のような形をした鉄橋でしたが、老朽化が進んだため、平成になって吊り橋型の新橋に架け替えられました。

 

2008_11180087 2008_11180091 2008_11180089 2008_11180093 

首都高速横羽線高架下の狭い側道で弁天橋通りに抜けました。環八が羽田空港へ伸びるまでは唯一のアクセス道路でした。弁天橋袂にある鳥居が以前から気になっていました。鳥居前に設置された石碑には、終戦直後、進駐軍によって接収された羽田空港(旧東京空港)周辺の海老取川から海側の地域に住んでいた約1200世帯、3000人が48時間以内に立ち退きを命じられたことが詳しく書かれていました。穴守稲荷神社も立ち退きの対象になりましたが、鳥居を移動しようとすると怪我人が出たりしたため、鳥居だけはしばらくそのまま置かれたそうです。後になってB滑走路の拡張工事が行われる時に現在の場所へ移されたことを何かで読んだ記憶があります。

 

2008_11180095 2008_11180096 2008_11180102 2008_11180101 

弁天橋の欄干にひび作りから海苔を作るまでの工程がレリーフ(リリーフ)で描かれていることも今回発見しました。「ひび」とは魚を採るための木や竹のことですが海苔の養殖にも使われました。ちなみに弁天橋の名前の由来は近くにある玉川弁財天だそうです。

 

2008_11180097 2008_11180098 2008_11180099 2008_11180100   

多摩川の河口と東京湾アクアラインに続く首都高速道路が対岸に望めます。ロータリーで環八に合流、空港2交差点を左折して空港アクセス道路に入りました。A滑走路の下をトンネルで潜ります。第2旅客ターミナルと第1旅客ターミナルを一周して空港アクセス道路から環八に入りました。

 

2008_11180104 2008_11180108 2008_11180110 2008_11180116 

多摩川下流の土手に沿ってのんびりドライブしながら川の流れと河川敷の様子を楽しんだあとは恒例の日帰り温泉です。今回は大田区仲六郷にある「黒湯天然温泉ヌーランドさがみ湯」を選びました。国道15号(第一京浜)に左折して雑色(ぞうしき)駅を目指します。東六郷1交差点を右折して京急本線の高架を潜れば目的地はすぐ近くのはずですが、混雑する商店街の車の流れに押されて雑色駅前まで行き過ぎてしまい、狭い道を引き返してやっと見つけました。ペットショップの角から路地に入ったところでした。ヌーランド(nu land)さがみ湯のhpでこの目印をチュックしていたのですが、ペットショップから想像していたイメージとは違う熱帯魚屋であったため見過ごしてしまったのです。

 

2階建ての立派な建物です。地下にある有料駐車場に車を停めました。入浴のみのチケットを購入しました。銭湯と同じ450円です。2階の休憩室やカラオケも利用したい人向けの通常料金は平日1250円(土日祝日は1550円)です。1階の受付を通って奥の浴室に入りました。脱衣場は銭湯として広めです。

   

2008_11180118 2008_11180128 

内湯には黒湯温泉大風呂、ミクロバイブラバス、電気風呂、ジェットバス、寝風呂、水風呂が並んでいます。ガス遠赤外サウナは別料金です。白を基調とした清潔感のある浴室の半分近くを占める洗い場のカランは24あります。シャンプーとボディソープが備え付けられているのは嬉しいです。黒湯はコーラのように色が濃いのですがぬめり感はそれほどでもありません。泉質は黒湯ですからナトリウム - 炭酸水素塩冷鉱泉 (低張性・弱アルカリ性・冷鉱泉)、湯温は42.5度です。

露天風呂はドアを出て階段を数段下りた場所にありました。坪庭のような場所に屋根が付いた岩風呂です。開放感はほとんどありませんが和風の雰囲気と薄暗さが妙に良い雰囲気を醸(かも)し出しています。湯の温度は42度で少し温(ぬる)めですがゆっくり入る入浴者に向いています。銭湯とは思えない贅沢さをしばし味わいました。

 

2008_11180122 2008_11180123 

同行者を待つ間に1時間が過ぎていました。入浴者には駐車料金が1時間まで無料ですから超過分の100円で済みました。ところで名前がなぜ「ヌーランド」なのかを受け付けで聞きそびれたのは残念です。“nuはギリシャ文字のNですが何か関係あるのでしょうか。ご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただきたいと思います。

<同行者のコメント> 多摩川を見に行こうと言われてまた奥多摩かと思いました。ところが意外にも下流でした。運転手さんは、川崎の用水めぐりのときと同じで、あちこちで車を停めて撮影をしていましたが、気がつくと羽田空港の中に入ってしまいました。ドライブの目的が良く分かりません。温泉はずいぶん狭い道を入ったところにありましたが綺麗な施設です。私は年配の方たちで一杯になった内風呂の黒湯風呂のあとに誰もいない露天風呂をたっぷり楽しみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

多摩川下流ドライブと黒湯天然温泉「ヌーランドさがみ湯」(中編)

多摩川の堤防に沿って美しい遊歩道が続いています。

 

2008_11180052 2008_11180054 2008_11180056 2008_11180057   

「高規格堤防(スーパー堤防)」と「たま リバー50km」の案内看板に書かれた説明を興味深く読みました。
 
2008_111800552008_11180058 

キャノン本社を大きく迂回してガス橋の袂から都道424号(太子橋線瓦斯橋線、旧堤通)に入りました。ガス橋は名前の通りに横浜の鶴見から東京へガスを送るために架けられた橋です。多摩川清掃工場前を過ぎると河川敷はガス橋緑地から多摩川大橋緑地に変わります。堤防に沿った道は第二京浜(国道1号)の多摩川大橋を潜ります。

 

2008_111800602008_11180065   

多摩川大橋に並行して架けられた幅の狭い橋(左下の写真)もガス管用あるいは水道管用だろうと思っていましたが、今回立ち寄って確認すると東京電力の送電線とNTT(東日本とコミュニケーション)の電気通信ケーブルの専用橋でした。

 

2008_11180062 2008_11180067

 

多摩川大橋を過ぎると多摩川が大きくS字状にカーブします。対岸の広い河川敷は川崎リバーサイドゴルフ場と小向の競馬練習場があり、その先にラジオ日本の電波中継施設(送信所、右上の写真)が見えます。河口から7kmの地点です。

 

2008_11180068 2008_11180069 

S字カーブの後半で広くなった東京側の河川敷にある多摩川緑地には野球グラウンドが数え切れないほどたくさん並んでいます。大田区のhpで調べると16面もあるそうです。

 

2008_111800722008_11180073 

対岸にはJR川崎駅周辺のビル群が見えてきました。この辺りから都道424号が微妙に多摩川から外れますので、行き止まりとなる脇道で堤防へと近づきました。この辺りまで来ると海鳥や葦(よし、あし)が増えたことで河口が近いことが良く分かります。対岸の工場は味の素の川崎工場でしょう。

  

2008_11180071 2008_11180080    

六郷水門(左下の写真の左端)は角をはやしたようなデザインがユニークです。下水が整備されるまでこの地域の生活用水や六郷用水の水を処理していたそうです。水門内の舟溜まりはかっては舟運にも利用され、雑色(ぞうしき)運河とも呼ばれたそうです。六郷水門のすぐ下流にある大師橋緑地が「たまリバー50km」の終点です。

 

2008_111800752008_11180077_2   

下流に特徴のある形をした太師橋が見えます。産業道路の橋ですが川崎側には年末にお参りすることにしている川崎大師があります。太師橋とY字型に接する首都高速横羽線の高速太子橋が奇妙な景観を作り出していました。(続く)
 
2008_111800832008_111800862008_111800842008_11180085 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月21日 (金)

多摩川下流ドライブと黒湯天然温泉「ヌーランドさがみ湯」(前編)

多摩川を河口まで辿(たど)りました。出発地は世田谷区二子玉川です。矢川緑道の散策で紹介した場所ですが大型再開発の工事がいよいよ始まりました。東急田園都市線と同大井町線の二子玉川駅を挟んで玉川高島屋の反対側に拡がる広大な土地に商業ビルやマンションなどが一斉に建設されています。多摩川の堤防を越えると野川が多摩川に合流する地点の堤防改修工事も行われていました。

 

2008_11180013 2008_11180014 2008_11180019 2008_11180010 

工事用の白いフェンス沿いに一段高い河川敷(堤防の内側)を歩くと風情のあるレストラン「ルナティック」を見つけました。伊・仏・和の創作料理の店です。前回は国道246号と旧国道の橋に挟まれた兵庫島にあるレストランを紹介しました。その他にも多摩川の堤防内にレストランがあったのです。その手前には瀟洒な住宅も立ち並んでいました。河川敷の住宅はブルーシートで覆われていると思っていましたがとんだ誤解でした。

 

2008_11180004 2008_11180003 

多摩川沿いに伸びる都道11号(多摩堤通)で東急自動車学校を過ぎると第三京浜の新多摩川大橋が見えてきました。その先の河川敷は多摩川遊園です。

 

2008_11180027 多摩川河川敷少年野球場のほかにも水遊びやバーベキューなどができる施設もあるようです。さらに下流にある玉堤の河川敷に長く伸びるのは多摩川玉川公園で、ちょっとヤヤコシイ名称です。その隣には大田区田園調布の多摩川田園調布緑地と旧巨人軍グラウンドが続きます。

東京側の河川敷が狭くなりました。左手の高台は以前訪れたことがある亀甲山の多摩川台公園です。多数の古墳がありました。東急東横線のガード下を潜って都道2号(中原街道)の丸子橋袂を通過すると田園調布本町です。中原街道から多摩堤通に抜ける坂道(旧中原街道)が福山雅治さんが歌って一躍有名になった「桜坂」です。

 

2008_11180028 2008_11180031   

ほどなく東海道新幹線と横須賀線のガードを潜ると再び広くなった河川敷にゴルフ練習場とグラウンドが並んでいます。対岸の川崎市側には武蔵小杉の再開発地に建つ高層マンション群とNECの玉川ルネッサンスシティのツインビルが間近に見えます。

 

2008_11180035 2008_11180036 2008_11180039 2008_11180042   

この辺りで多摩堤通は多摩川から離れて環八通に合流しますので、鵜の木(うのき)の住宅地に入り、多摩川沿いのコースを取りました。道幅が狭く一方通行が多いため思うように多摩川に近づくことができません。手前に車を停めて堤防を歩きました。沼部排水樋管の水門があります。この水門は当ブログで紹介した六郷用水と関係があるかも知れません。江戸時代に開削された六郷用水は1945年に廃止されましたが世田谷区内は丸子川となって大田区田園調布で多摩川に帰っています。その下流は道路や緑道になって痕跡はほとんど見られませんが、廃止前は大田区鵜の木で二手に分かれ、北路は池上を通って東京湾へ、南路は六郷水門で多摩川に合流していたそうです。

 

2008_11180037 2008_11180038 2008_11180040 2008_11180041 

堤防沿い(リバーサイド)に高級マンションが立ち並んでいました。パークハウス多摩川、ザ・リバープレイス、シェルズ・ガーデン、東京サーハウスリバーポートなどです。

   

2008_11180044 2008_11180045 

マンション通用門脇に三菱自動車丸子工場跡地の碑が立っていました。堤防の舗装に描かれた大師橋緑地から8.5kmの標識を見つけました。ガス橋の向うに見える高層ビル群は新川崎三井ビルディングとパークシティ新川崎でしょう。多摩川の岸辺にはブルーシートの簡易住宅がいくつも並んでいます。(続く) 

 

2008_11180051 2008_11180047

2008_111800482008_11180049

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月17日 (月)

米国ガーミン社製 “nuvi 250 plus” 使用記

国内外のPND製品を比較して選んだのが今年7月下旬に日本で発売された米国ガーミン社の"nuvi 250 plus"でした。徹底的に機能を絞り込んだ点が気に入りました。サイズが9.8(幅)x7.5(高)x1.95(奥行)cmと最小、かつ150gと携帯電話より少し重い程度で、上着のポケットに入れても気になりません。ドライブする時だけでなく見知らぬ土地を歩く時にも「もってこいの製品」です。メカニカルな操作部は右上部の電源スイッチのみで、その他はすべてタッチパネルで操作できます。

 

2008_11170008 2008_11170002

     

取り扱い説明書を一応確認する必要はありましたがメニュー画面が明快で操作性は概ね良好でした。しかしiPod/iPhoneのような洒落た感覚ではなく至って平凡です。

 

2008_11170013

2008_11170015_2 2008_111700162008_11170017  

実際に使用してみて気になることがありました。路地の一方通行が認識されない場合があることや、脇道に入る時の音声指示のタイミングが上手く合わずに行過ぎることがしばしばあったことです。前者はデータ量が限られているためで、ナビに頼り過ぎないことだと割り切り、交通標識を確認すれば良いのです。後者は私の走行スピードが速すぎることが原因であると気付きました。法定スピード以下に合わせて設定されているのでしょう。スピードの出し過ぎがセーブできそうです。

基本機能は実用になる水準です。目的地検索(住所・電話番号・名前・ジャンル別の施設)は満足できるレベルであり、ルート検索と迂回路検索もまずまずの速さです。肝心のGPS機能は電源を入れた時にGPS電波を捕捉するまでかなり時間(約40秒)を要します。しかし電源を一旦入れてしまえば、例えトンネルに入って電波が途絶えてもリカバリーは迅速(仕様は約1秒)で、不安に感じることはありません。ピクチャービューアー、座標表示・検索、ガイド音声用言語の選択(日本語・英語・インドネシア語・中国語など)、世界時計、単位コンバーターはいずれも面白そうですが利用する機会はなさそうです。

 

2008_09030001 2008_0915pnd0005 

3.5インチのディスプレイは、手元で操作する時には十分な大きさですが、車載時に小さな文字が読み辛(づら)いのは本体サイズの制約から止むを得ません。夜間モードに切り替わると画面の地の色が黒く変わります。(左上と右下の写真)

 

2008_0915pnd00072008_0915pnd0012 

2008_11170001携行時には内蔵リチウムイオン充電池で仕様通りに約4時間動作しました。その後は車に戻って電源ケーブル(USBインターフェース)に接続すれば再充電が始まりますからバッテリーの残量(4段階で表示)をそれほど気にする必要はありません。

nuvi 250 plusに内蔵されたトリップコンピューターによると、東北地方へのドライブ旅では総走行距離が1329.9kmでした。自動車のトリップメーターでは走行距離1337.5km7km余りの差があります。トリップ情報として、その他に現在の速度・全体平均速度・移動平均速度・最高速度・TP合計時間・移動時間・停止時間が表示されるのは通常のカーナビと同様です。 

 

唯一、残念だったのは登山道のデータが無いことです。那須岳で試してみました。歩行モードにしての動作は良好ですが登山道はまったく表示されません。現在位置を示すマークが空白の画面を動き回るだけなのです。登山道と等高線のデータを、海外地図データと同様に、SDカード媒体でオプション提供してもらえると利用範囲が大きく広がります。ガーミン社から発売されている屋外専用のナビ(eTrex用にはそのサービスがありますからnuvi 250 plus向けにも是非期待したいと思います。しかしnuvi 250 plusが防水仕様ではありませんからその可能性は?ですが。

2008_10260004 これは止むを得ないことかもしれませんが、今年2月に開通した新名神高速道路を走って京都を訪れた時は道の無い山のなかを突き切って走る様子が表示されました。内蔵された地図はゼンリンの2008年版です。そして都心のビル街では複数の衛星電波を同時に捉えにくいためか動作が不安定になることもありました。

蛇足です。国産のカーナビのように音声ガイドを関西弁など地方の言葉に切り換える機能はありません。上述したように英語や中国語など9ヶ国語の音声ガイド機能は内蔵されていますが、関西弁のガイドや漫談に笑い過ぎたりするのと同様に、外国語の音声ガイドでは素早く聞き取れなくてやはり安全の確保には相応(ふさわ)しくないでしょう。

ナビゲーションの回避モードで有料道路と幹線道路を設定すると、とんでもない遠回りのルートを選択したり、田圃(たんぼ)の中の畦道(あぜみち)を指示したりと、最初はムッとしましたが、やがてその生真面目さを笑ってしまいました。利用者の好みや癖を学習する機能があれば良いのにと贅沢なことを考えます。やはりナビに頼り切ったり(ナビ迷子)、逆に無視したり(天邪鬼)ではなく、仲良く付き合うのが利用する上でのコツ(要領)だと思います。nuvi 250 plusは十分満足できる製品でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

カーナビ再考

東北地方南部郡上八幡から長良川流域、そして京都郊外を走った最近のドライブ旅は、主に地方道を利用しましたので、今年8月に購入した小型ナビが役立ちました。最近まで「勘ナビ」に拘(こだわ)っていたドライブの好きな私も、近頃は記憶力に限界を感じるように(地図を確認することが多く)なって、ついに宗旨(しゅうし)替えです。その利便性はレンタカーで沖縄や四国(徳島・香川の大坂峠レンタカー)などをドライブした時の経験からよく理解しています。

カーナビの現状をレビューしましょう。カーナビ大国の日本では、Panasonic、パイオニア、ケンウッド、アルパイン、三洋電気、三菱電機、ソニー、富士通テン、クラリオンなどの数多くの国産メーカーが強い製品開発力を持ち、国内市場だけでなく世界市場も席捲しています。
 
2008_1001ceatec200802282008_1001ceatec20080272 

さらに自動車とカーナビの協調を図る技術が国内の自動車メーカーから発表されています。例2008_1001ceatec20080229えば日産はカーナビの情報を使い、カーブに差し掛かると自動的にブレーキを掛けるシステムを登載した車(フーガ)を市販しています。つまりカーナビをセンサーとして利用するのです。カーブまでの距離とカーブの大きさなどの情報を自動車の制御用コンピュータ(ECU)に転送して、現在の車速情報を考慮して最適な速度を判断する仕組みです。一定の速度で走行するクルーズコントロールをオンにしている場合にも便利な技術です。また一時停止線や曲がり角のすぐ先に脇道がある場合にも役立ちます。

トヨタも似た機能をG-BOOK mXで提供していますし、電子サスペンションの減衰力をカーナビから得たカーブ情報や前回走行した時に経験した高架道路のつなぎ目などの情報(カーナビに蓄積)を使って自動的に切り替えて乗り心地を向上させるシステムがレクサスに搭載されています。ホンダからは、従来の最短時間ルートの案内に加えて、燃費の良いルートを指示する機能がインターナビシステムとして提供されています。

このようにカーナビの高機能化は目を見張るものがありますが、高価格と操作の複雑さに抵抗感がある上、カーナビが普及する以前に購入した私の愛車は設置するスペースも問題でした。そしてどうしても欲しくなるような商品としてのセンス(つまり魅力)が現在の高機能化する一方のカーナビには感じられないのです。

と言う一方で、実は2-3年前からPND(Personal Navigation Device)に興味を持っていました。携帯できるナビゲーション端末で、車に登載するカーナビとしての利用のほかに、自転車に乗る時や徒歩で散策する時にも利用できる汎用性に特徴があります。

PNDの分野では意外なことに米国や台湾のメーカーが先行して圧倒的な存在となっています。私はそのなかで台湾製のMio Digital Walker"に関心を持ち、有力な購入候補と考えていました。最近になって国内のカーナビメーカーもPND製品の販売を開始しましたが、カーナビを手掛けるメーカーはやはり精度に拘(こだわ)りがあり、ワンセグTV機能や音楽再生機能などを持つ多機能型を追求しています。「イノベーションのジレンマ」(クリステンセン著)が指摘した先行する優良企業のジレンマがそこに見られます。

世界での販売台数は2005年にカーナビとPNDが並び、2007年には1:3.5とPNDが急伸し、2012年の予想では1:6とPNDが圧倒的に多くなるとの予測があります。日本でも今年はPNDの比率が15%ほどに高まったとの調査報告を読みました。話がそれますが最近注目されている台湾ASUS社のEeePCなど低価格(約5万円)ミニノートPCの台頭も同じ背景です。これらは携帯電話とともに日本市場のいわゆるガラパゴス現象(小さな島国における特異な進化)の好例です。

次回は私が購入したPND製品の特徴と3ヶ月間(走行距離約5,000km)に亘って使用した感想を紹介します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

三郷放水路と早稲田天然温泉「めぐみの湯」

都道67号(葛飾吉川松伏線)に入って大場川に架かる煉瓦(れんが)造りのアーチ橋である閘門橋(こうもんばし)を渡ると三郷(みさと)市です。閘門とは2つの水門で水位差を調整する仕組みですが、この閘門は明治時代末期に建設された逆流を防ぐための単純な水門のようです。ちなみに三郷の名前の由来は東和村・彦成村・早稲田村の三つの村が昭和31年に合併して三郷村となったことに因るそうです。三郷町を経て昭和47年に三郷市になりました。

 

2008_11200119_2 2008_11010052     

県道67号と変わった道をさらに北進して中川沿い(右上の写真)に出ると前方に境木橋が見えてきました。横切るのは三郷放水路です。放水路には境木橋と並行して大きな水門があります。この放水路はニ郷半橋や東京外環自動車道など10ほどの橋を潜って江戸川に面した三郷排水機場まで伸びており、2つの川の利水安定化と中川下流の水質浄化などの役割を担っています。

   

2008_11010051 2008_11010053   

すぐ先の矢口(やぐち)交差点を右折しました。駅前大橋交差点を直進して大場川を越えればJR武蔵野線三郷駅ですが、駅前大橋交差点を左に折れ、少し上流で大場川を渡り、武蔵野線のガードを潜りました。2つ目の信号を左折して再び大場川を渡ります。右側に「源泉」と「ゆ」のマークが見えました。

 

2008_11010100 2008_11010102 

今回の日帰り温泉は三郷市仁蔵(じんくら)にある早稲田天然温泉「めぐみの湯」です。本格的な天然温泉と聞いて選びました。貸しタオルが付いてきますが料金は1300円とかなり高めです。受付のある1階の奥はスイミングスクール(2時間500円)ですから、温泉がある2階へ上がりました。食事処「けやき」、休憩場の「ころりん」、手もみ処が並んでいました。一番奥には個室風呂(和・洋)があるようです。

   

2008_11010082 2008_11010085

   

内湯に入るとカランが20席と少なく、その先に茶色の湯が満たされた四角い温泉浴槽が2つ、白湯浴槽、タワーサウナが配置されています。温泉浴槽はいずれも掛け流しですが微妙に色の濃さが異なります。泉質はナトリウム-塩化物強塩温泉(高張性・中性・高温泉)、泉温は45.4℃です。100%源泉掛け流しですが、毎日残り湯をすてて、新しい湯と入れ替えていると説明がありました。

   

2008_11010084 2008_11010093 

露天風呂エリアに出てみました。こちらもシンプルな四角形の温泉浴槽「虹の湯」が2つ並んでいます。手前の大き目の浴槽は温度が熱めで、隣の小さめの浴槽は温(ぬる)めでした。いずれの浴槽もタイルに温泉成分がこびり付いて茶色くなっていることで成分の濃さが分かります。

 

同じ埼玉県の白寿の湯(現在の神流川温泉湯郷白寿)ほどのインパクトはありませんが、神戸の有馬温泉「金の湯」や「川崎有馬温泉」のようで、人気があることはうなずけます。料金が1000円(タオル無しで800円)位になればまた訪れたいと思います。 広い休憩処で休んでいると体が熱(ほて)ってきました。かなり効用があるようです。同行者から冷たいコーヒー牛乳を半分貰って喉(のど)を潤すと、ちょっと気になった施設の些細なことはすっかり忘れてしまいました。

 

2008_11010090 温泉とは関係ありませんが、「めぐみの湯」から1km足らずのJR武蔵野線新三郷駅前に家具のIKEA(イケア)「新三郷店」が1119日にオープンするそうです。関東地方では千葉の船橋店と横浜の港北店に続いて3店舗目です。

 

これを手掛ける三井不動産が同じ新三郷駅前で「コストコホールセール新三郷」(2009312日予定)と大型商業施設「ららぽーと新三郷」(200991日予定)をオープンさせる再開発も進んでいるようです。写真は武蔵野線沿いに建設されている新興住宅地です。

   

<同行者のコメント> 女湯の露天風呂には面白い形(舟かしら?)をした「伝馬の湯」と「つぼ湯」があってよかったです。湯温を計りに来た人から教えてもらいました。熱いほうの浴槽が43.2度、ぬるい方が42.1度と。のんびりと温泉を楽しみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 9日 (日)

水元公園の秋

環七外回りを走りました。足立区から葛飾区に入り大谷田橋交差点を都道307号(王子金町江戸川線)に左折、2年前に立ち寄った大谷田温泉「明神の湯」と中川公園の間を通過、中川を飯塚橋で渡った三叉路を右手に進むと久しぶりに訪れる「水元(みずもと)公園」です。中川支流の大場川に面した広い公園です。大場川は埼玉県吉川市の二郷半沼を干拓した時に排水用に開削された用水で、江戸川と中川の間をニ郷半用水と並行するように流れています。園内のポプラ並木を散策したあと水辺に出ました。「小合溜(こあいだめ)」あるいは「釣仙郷」と呼ばれる江戸時代の溜池だった場所です。

 

2008_11010001 2008_11010045   

秋の爽(さわ)やかな休日を大勢の人達が思い思いに楽しんでいます。テントを張ってキャンプをする人、シートを敷いて寝ころぶ人、釣りをする人、サイクリングをする人、写真を撮りながら散策する人などと様々です。(2008111日撮影)

 

2008_11010008 2008_11010009 2008_11010012 2008_11010014 

水鳥がのんびりと泳ぐ大場川の対岸は埼玉県三郷市の「みさと公園」です。水辺に沿って左手に進むとヨシ、ヒメガマ、マコモなどが生茂るエリアが続きます。イナゴを2匹見つけました。バッタかもしれません。

 

2008_11010017 2008_11010018 2008_11010021 2008_11010023 

小川を渡って「桂の林」を抜けると背の高い木が密集する林に入ります。「メタセコイアの森」でした。生きている化石として知られるメタセコイアがおよそ1800本もあるそうです。

 

2008_11010025 2008_11010029   

遠くから見ると杉林のようでもありますが近寄ると特徴のある葉でメタセコイアだと確認できます。立川の昭和記念公園などにもメタセコイアの巨木がありますが、これほど密生しているのは珍しいと思います。12月に入って紅葉した様子も見たくなりました。

 

2008_11010035 2008_11010036 

このまま直進するとバードサンクチュアリに出ますが、記念広場を抜けて中央広場(芝生広場)へ向かいました。親子連れや子供たちのグループが広場で走り回っています。20年以上前にまだ小さかった子供たちと遊んだことが思い出されます。
 

2008_110100402008_11010030     

風が強くなってきました。もう少し園内を散策したいところですが、目的としたポプラ並木とメタセコイアの森を撮影しましたから、次のスポットへ移動することにしました。駐車場横の木々が色付いていました。
 

2008_110100482008_11010019  

<同行者のコメント> かすかな記憶がありました。そんなに昔だったのですね。園内でイナゴをビニール袋に一杯捕(つか)まえている人がいました。「揚げて食べるのかしら?」と聞くと、「炒(い)るか佃煮にするんじゃないかな」との返事が旦那さまから返ってきました。昔、本当に食べたのだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 6日 (木)

フランク永井さんを悼む

アメリカ大統領選挙のニュースに席捲された今週、もうひとつのニュースが報じられました。昭和を代表する歌手であったフランク永井さんが先月末に逝去されたことです。日本人歌手には珍しい低音の甘い歌声が魅力でした。子供の頃、「有楽町で逢いましょう」の大ヒットに続いてカバー曲の「君恋し」でレコード大賞を獲得したフランク永井さんを知りました。曲名をクリックするとフランク永井さんの歌声がYouTubeで聴けます。

 

「有楽町で逢いましょう」(昭和32年、1957年)はそごう(大坂の百貨店)が東京の有楽町に出店した時のイメージソングだったようです。1番の歌詩に出てくる「ビルのほとりのティー・ルーム」は大都会を連想させ、2番には「デパート」と「映画(シネマ)」が登場して、当時 知名度が低かった有楽町の優れたCMソングになりました。「あなたと私の合言葉 有楽町で逢いましょう」が口をついて出ます。写真は今年74日にこの歌の50周年を記念して有楽町マリオン前の植え込み内に建てられた歌碑です。私が訪れた時には花束が手向けられていました。(2008年11月5日撮影)

 

2008_11050049 2008_11050050 

当時の写真をマリオン前の晴海通りで見つけました。中央の丸みを帯びた建物は旧日劇で、開店して4年目の有楽町そごう(読売会館)の三角形をしたビルが有楽町駅を挟んで写っています。2000年に閉店、現在はビックカメラの基幹店舗になっています。

 

2008_11050042 2008_11050033 

白黒テレビで流れた歌番組はもちろん、NHK紅白歌合戦にも常連の人気歌手でした。ヒット曲の「夜霧の第二国道」はロマンチックな雰囲気の曲でしたが、当時 私は第二国道がどんな国道なのかを知りませんでした。その他にもフランク永井さんが東京を歌った多くのヒット曲は子供であった私の心に東京への憧れを膨らませました。なかでも「夜霧に消えたチャコ」「東京ナイト・クラブ」「霧子のタンゴ」「東京午前三時」と「おまえに」が好きでした。そして中学の修学旅行の時にバスガイドさんが「こいさんのラブ・コール」を歌ってくれたことを今でも覚えています。

 

誰もが明るい将来を夢見た昭和の良き時代(高度経済成長期)を象徴する歌手であり、本当に歌手らしい歌手でした。名前から分かるように歌手としてのスタートは、当時のポップス歌手やジャズ・メンのほとんどがそうであったように、進駐軍(駐留米軍)キャンプ巡りだったそうです。ジョージ川口さん、マーサ三宅さん、原信夫さん、渡辺貞夫さん、フランキー堺さん、江利チエミさん、ペギー葉山さん、笈田(おいだ)敏夫さんなどキャンプ巡りをしたミュージシャンは数え切れません。印象深いフランキー堺さんはジャズ奏者(ドラマー)と言うよりもコメディアン俳優の印象がありますがTBSテレビのシリアスなドラマ「私は貝になりたい」の名演技でも知られる才能豊かな人でした。そしてちょっと気障(きざ)な笈田敏夫さんは石原裕次郎さんが主演した映画「嵐を呼ぶ男」でライバル(敵役)のドラマーを好演しました。

 

閑話休題。好事魔多しではありませんが、フランク永井さんはトップ歌手としての栄光の座から一転、スキャンダルに巻き込まれて挫折の道を歩み寂しい後半生を送ることになってしまったようです。訃報に接してフランク永井さんの懐かしい歌と東北人(宮城県大崎市出身)らしい親しみのある笑顔を思い出しました。ご冥福をお祈りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 4日 (火)

新撰組と壬生やまとの湯

中京区の壬生寺(みぶでら)を訪れました。新撰組隊士の墓がある寺です。

 

2008_10260232 2008_10260227 2008_10260228 2008_10260229   

新撰組は幕末に京都守護職にあった会津藩主松平容保の支配下で治安維持のために集められた浪士組(浪人・町民・農民などのグループ)で、局長の近藤勇や副長土方歳三などが良く知られています。過激な尊王攘夷主義者であった前局長の芹沢鴨(水戸藩浪士)は粗暴な振る舞いを理由に(悪役とされて)近藤勇らによって暗殺されたことで、内部抗争が絶えなかった浪士組は会津藩から新撰組の名を与えられます。桂小五郎の池田屋事件や坂本竜馬の寺田屋事件など新撰組の行動は説明を割愛します。

 

2008_10260233 2008_10260235 2008_102602662008_10260237 

壬生寺の北隣にあった新撰組の壬生屯所(八木家)は一般に公開されています。すぐ東にある旧前川邸も同じ時期に新撰組の屯所でしたがこちらは公開されていません。なお隊士の増えた新撰組は2年後に西本願寺(右下の写真)へ屯所を移しています。

 

2008_10260241 2008_10260242 2008_102602452008_10260269 

壬生の南隣にある島原にも足を伸ばしました。島原は先斗町(ぽんとちょう)・宮川町・祇園など京都に6つ有った花街(かがい)のひとつで、堀や塀のない開放的な町であったと言われます。ちなみに花街とは歌や舞をともなう遊宴の場所で、歌や舞をともなわない歓楽施設の遊廓(ゆうかく)と区別されるそうです。

JR山陰本線丹波口駅の東側にある中央卸売市場の南隣の稲荷神社に島原の西門跡碑がありました。折れ曲がった道を入って、外国使節を迎える施設であった東鴻ろ館址を過ぎると古い家並みが続きます。今も置屋や料亭のような建物がありました。

 

2008_10260247 2008_10260250 2008_10260248 2008_10260260   

島原の目抜き通りと思われる通りでスーパー銭湯「もてなし処誠の湯」の前を通過すると島原大門がありました。これが島原の正門です。

 

2008_10260254 2008_10260252 

今回の日帰り湯には「壬生やまとの湯」を選びました。JR山陰本線丹波口駅から千本通りを壬生寺方向に300mほど北進して左手に入った高架線路の脇にありました。案内板も見当たらず、ちょっと分かりにくい場所ですから、所在を示す地図で事前に確認した方が良いでしょう。

2008_10260263 やけに広いL字型をした駐車場の奥にある黄色い建物に天然温泉と表示されています。1階ロビーの自動券売機に800円(平日は650円、会員割引き有り)を投入してチェックインしました。ロビーの先は食事処で、手前にはリラグゼーションサロン、アジアンストレッチ、ヘアカットが並んでいます。浴場は2階です。暖簾を潜った脱衣場は清潔感はあるもののやや手狭に感じました。大浴場には泡風呂、水風呂、タワーサウナ、洗い場で複雑に配置されていますが、片流れの天井が開放感を演出し、イエロー系に統一された色調も落ち着いた感じを与えます。泡風呂は種類が豊富で水圧も強力であり、洗い場が広いことも印象に残りました。

2008_10260265 露天風呂は屋根付きの岩風呂、壺湯が2つ、寝湯が4人分とコンパクトで、緑を巧みに配した庭園風な設(しつらえ)は風情があります。岩風呂と壺油は天然温泉と謳(うた)われていますが、摂津の国今津で地下1000mから汲み上げられた「やまと温泉」の源泉を京都まで運んでいることが岩風呂の横に詳しく説明されていました。泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉です。

露天風呂は京都の中心部とは思えない静けさです。そして時折、山陰本線の電車音が聞こえます。休日であったためか入場者が多くてかなり混んでいました。温泉が少ない京都では人気店のようです。当ブログはこれまでに京都で立ち寄った日帰り温泉、「北白川天然ラジウム温泉」、嵯峨野温泉「天山の湯」、洛北の「大原山荘」、くらま温泉「峰麓湯」を紹介しています。

気の早い紅葉狩りに京都へ出掛けた今回のドライブ旅の総走行距離は約1200km、平均燃費は15.2 km/リッターと記録を更新しました。

<同行者のコメント> この日は別行動でした。温泉が良かったようですね。そこだけ合流すればよかったかしら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

かやぶき民家の里 「美山」

2008_10260207 国道162号(周山街道)をさらに北上してトンネルをいくつも抜けると南丹市、最近知られるようになった福井県小浜(オバマ)市が近い京都府の最北端に入ります。美山町安掛(みやまちょうあがけ)の三叉路を右折して府道38号に入って東へ向かいました。

 

今年6月、洛北をドライブした時に断念した北村が次の目的地です。美山町は北山杉の産地としても知られる風光明媚(めいび)な地です。道路に沿って流れる川はいつしか由良川に変わっていました。この由良川は舞鶴と宮津の間で若狭湾に注いでいますが、丹後半島の旅では綾部市を通過する時に由良川沿いをドライブしました。

 

2008_10260213 2008_10260211 2008_10260212 2008_10260168 

安掛から3kmほど東に走って北村地区(美山町北)に到着しました。白尾山の麓に入母屋造の茅葺(かやぶき)民家が並んでいます。現在50戸中38戸が茅葺屋根の建築である集落で、萱葺の建築数では岐阜県白川村荻町と福島県下郷村大内宿に次ぐ全国第3位の集落です。この地方では茅葺のことをくず屋葺とも言い、茅、麦わら、麻の軸木(おがら)を組み合わせて屋根を葺いているそうです。(北村のhpによる)

   

2008_10260169 2008_10260170 2008_10260172 2008_10260171 

網の目のように結ばれた小道を散策しながら、「かやぶき交流館」「藍美術館」「民族資料館」「知井八幡宮」などに立ち寄りました。

 

2008_10260173 2008_10260174 2008_102601782008_10260181      

9月初めに訪れた福島県の大内宿とはまた違った農家の雰囲気がよく残されていました。山麓の傾斜地にありますから各戸は石垣が築かれて家の周囲に果樹や畑があります。郵便ポストももちろんレトロです。

 

2008_10260182 2008_10260183

2008_102601762008_10260179   

北山型と呼ばれる屋根の破風(はふ)に施された棟飾りの「千木」(ちぎ)は凝った構造です。この地で「馬乗り」「雪割り」とも呼ばれるそうです。妻面上部には「小間」(こま)と呼ばれる三角形の破風に空けられた穴が目に入りました。風通しや囲炉裏で発生した煙を抜くためにあるそうですが、家紋をあしらったようなデザインが洒落ています。なかには瓦を葺いた屋根もありました。

2008_102601842008_10260190

2008_10260185 2008_10260199

 

集落を歩いていると茅葺屋根の民宿「とみ家」に昔懐かしい農機具が置かれているのを見つけました。同行者は古民家には興味がないようです。「きび工房」で黍(きび)・粟(あわ)・もち米で作った「餡餅」(餅三彩)を土産に買っています。

 

2008_10260198

2008_10260187

2008_10260192 2008_10260200  

このまま府道38号で佐々里峠を経由して鞍馬街道で市中に戻るつもりでしたが、日がだいぶ傾いてきましたのでこの日は時間切れのようです。往きと同じ国道162号で京都市街へ戻りました。

<同行者のコメント> 周山の町を通り過ぎた交差点から広い直線道路に入ってもわが家の運転手さんはいつものようにスピードを上げません。変だなと思っていると運転手さんが「やっぱりネズミ捕りだ」と指差します。おまわりさんが数名立っていました。「どうして分かったの」と聞くと、「やばい雰囲気を感じた・・・」と言いますが偶然だったと思います。でも高速道路ではいつも一定のスピードで走っています。どうして車線をうまく選べるのか不思議でした。これも聞いてみると「3-4台先の車の様子をいつも見ているから自然に車線変更ができる」と。私にはよく分かりませんがとにかく助手席で安心して寝ていられるのはいいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 2日 (日)

紅葉の名所 「三尾」

周山街道が清滝川に迫る神護寺のある高雄(古名は高尾)、少し上流の槙ノ尾(まきのお)と栂ノ尾(とがのお)は三尾(さんび)と呼ばれ、秋には京都随一と言われる美しい紅葉が山々を彩ります。今年は紅葉が遅れているそうですから三尾を訪れるには少し早過ぎるのですが待ち切れませんでした。初秋の静寂のなか緑が徐々に色付き始めています。清滝川の両岸に広がる錦雲渓(きんうんけい)の美しさも三尾の魅力でした。

 

2008_10260146_2 2008_10260148 

空海の弟子(甥)である智泉法師によって神護寺の別院として創建された槙ノ尾西明寺(まきのおさいみょうじ)は清滝川に架かる朱塗りの指月橋を渡った対岸にありました。訪れる人も少なくひっそりとしています。

 

2008_10260149 2008_10260150

 

表門を潜ると正面が本堂で、右手に聖天堂がありました。

 

2008_102601552008_10260151       

本尊は釈迦如来です。それほど広くない境内を歩いていると急に雨粒が落ちてきましたので車に戻りました。

 

2008_10260162 2008_10260164 

国道まで引き返し、さらに清滝川を渡って4500m北上すると栂ノ尾高山寺(とがのおこうざんじ)です。広い市営駐車場に車を停めて裏参道を歩きました。

 

2008_10260116 2008_10260117   

奈良時代に光仁天皇の勅願により創建され、明恵上人(みょうえしょうにん)が再興した古刹(こさつ)です。国宝と重要文化財が1万点以上あるとされます。有名な国宝には「鳥獣人物戯画」の模写がありますが残念ながら見ることはできません。

 

2008_10260121 2008_10260123   

石水院、遺香庵、開山堂、御廟がなだらかな坂道に続きます。

 

2008_10260125 2008_10260126   

仏足石の先、境内奥の山深くに分け入ったような場所に金堂(本堂)があります。

 

2008_10260128 2008_10260131 2008_10260132 2008_10260134   

しばらく静寂のなかに留まりました。戻る時は長い石段を下りて表参道に回ることにしました。その美しいアプローチは裏参道にない魅力です。

 

2008_10260140 2008_10260144   

先に当ブログで紹介したデュークエイセスの歌「女ひとり」では、1番の大原三千院に続いて、栂ノ尾高山寺が2番に登場します。ちなみに3番は右京区嵯峨大沢町にある空海縁の大覚寺(旧嵯峨御所)です。

   

<同行者のコメント> この二つのお寺は車のなかで待機していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 1日 (土)

空海の風景@京都: 神護寺(じんごじ)

九条通りを西に向い、西大路通りを上がり、西大路五条を経由、五条天神川で国道162号(天神川通り)に入りました。宇多野(うたの)を過ぎると国道162号は周山街道となって北西へと進路を変えて高雄に向かいます。周山街道は今年3月大原を訪れた時に走った若狭街道や険しい山をほぼ最短で抜ける針畑越え(鞍馬街道)とともに「鯖街道」と呼ばれる若狭へ至る道でした。また周山の名前は中国の古い国「周」に因んで明智光秀が命名した周山城(現在の京北周山町にあった山城)に由来するそうです。

  

2008_10260115 宇多野から4kmほど北西に走り、嵐山・高雄パークウエイの入口とヘアピンカーブを過ぎたところから、清滝川に沿う脇道に入りました。神護寺(じんごじ、元高尾山寺)が愛宕山系の高雄山の中腹にありました。高野山真言宗の別格本山です。

 

有料駐車場に車を停めて朱塗りの高雄橋を渡ると参道の長い石段が続きます。高雄茶屋と硯石亭が参道脇に並んでいました。

 

2008_10260055 2008_10260057 2008_102600592008_10260061   

参道の石段を約400段上りきると楼門(仁王門)です。源頼朝が再興の援助をしたこともあって鎌倉の寺と同じ雰囲気が漂います。
 
2008_102600622008_10260063_22008_10260069_22008_102600662008_102601082008_10260109 

本坊正面の平唐門(右下の写真)、宝蔵、和気公霊廟と鐘楼、明王堂が続きます。

 

2008_102600702008_102600712008_10260073 2008_10260074 

重要文化財の大師堂は細川忠興が寄進したと伝えられます。五大堂と毘沙門堂(旧金堂)を抜けると金堂へ向かう幅の広い石段が続きます。奥の多宝塔は昭和に入って再建されたもので五大虚空菩薩像が安置されているそうです。ちなみに大半の建物は応仁の乱以降の安土桃山時代から江戸時代初期にかけて再建されたもののようです。
 

2008_10260089 2008_10260090

 

高尾山寺は和気清麻呂(わけのきよまろ)の私寺でしたが、大同元年(806年)に唐留学から戻った空海(弘法大師)が弘仁天皇から賜った高野山の総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)に移るまで約14年間この寺の住職として滞在しています。最澄をはじめ多くの僧に灌頂(かんじょう、密教の秘教を伝授すること)を行いました。この経緯は徳島から戻って私が読んだ司馬遼太郎著「空海の風景」に詳しく書かれていいます。

 

2008_102600782008_10260082

 

神護寺には高雄曼荼羅(両部曼荼羅)、平安初期の最高傑作とされる薬師如来、五大虚空蔵菩薩など真言密教に関する国宝や重要文化財が多数安置されています。国宝は薬師如来立像(京都国立博物館)、五大虚空菩薩坐像、両部曼荼羅、釈迦如来画像、源頼朝画像、梵鐘など9点があります。寺宝は毎年5月初めに公開されるようです。

 

2008_10260083 2008_10260088 

一番奥にある地蔵院の庭から錦雲渓(きんうんけい)が一望できます。ここから素焼きの皿を投げる「かわらけ投げ」は厄除けとしてこの寺の名物になっています。

 

2008_10260081 2008_10260102   

なお高尾山寺が神護寺と名が変わった経緯は河内国にあったとされる同じく和気氏の私寺である真願寺を合併したことに因ります。平安京造営の責任者であった和気清麻呂の墓は霊廟脇の小道を入った高雄山の山頂に近い場所にありました。途中で若い僧侶と擦れ違い挨拶を交わしましたがほかに参る人影もなく寂しい場所でした。

 

2008_10260091 2008_10260097 

参道の途中にある高雄茶屋まで戻って昼食です。私はいつも通りに鰊(にしん)そばを、同行者は季節に相応しい紅葉うどんを注文しました。厨房では翌日からメニューに加わる紅葉の天婦羅の準備が進んでいました。

 

2008_10260110 2008_10260111

 

<同行者のコメント> 長い石段でした。足を痛めてからはそれをかばうような歩き方がクセになってしまいました。階段の上りはまだいいのですが下りは大変。でもお皿を投げる場所から見た景色がとてもきれいでした。そのあと旦那さまはひとりでお墓を見に行ってしまいました。今にも雨が降ってきそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »