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2009年1月に作成された記事

2009年1月31日 (土)

テレビドラマ「疑惑」(松本清張原作)

松本清張さんの社会派ミステリー短編小説「疑惑」をテレビで観ました。テレビ朝日が、開局50周年を記念し、「松本清張生誕100年企画」として124日に放送したドラマです。「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」などに比べると知名度が高くはないものの松本清張さんらしい骨太の短編小説です。以前に映画化されていますが今回のテレビドラマ化でも豪華なキャスティングと映画を思わせる画面作りで記念番組らしく重厚な作品になりました。主演の田村正和さんと沢口靖子さの華やかさに加えて、津川雅彦さん、小林稔侍さん、渡辺いっけいさん、笹野高史さん、室井滋さんなどの演技派俳優がドラマに厚みを持たせています。 

なかでも悪女役を熱演した沢口さんが光りました。その悪女を弁護する国選弁護人役の田村正和さんと悪女を追及する新聞記者を演じる室井滋さんがトライアングルの構図となってドラマは展開します。田村さんと室井さんはそれぞれの持ち味が良く出ていました。その他の登場人物も松本清張さんの小説の常として絶妙の人物設定と心の綾(あや)が小説の発刊から30年近く経った現在でもリアルに感じられます。弁護士の地道な調査とそれに基づく怜悧(れいり)な推理は他の推理作家の小説と一味違います。

1982年の映画化では主演が桃井かおりさんと岩下志麻さん(女弁護士役)でした。桃井かおりさんはこの映画に主演したことで悪女のイメージが定着したと言われます。また松本清張さん自身が映画の脚本を担当して弁護士を女性に変えたことが興味深く、こちらも観てみたくなりました。

今回のドラマには原作と違う設定が幾つかありました。原作では舞台が富山(ドラマでは金沢)、保険金は3億円(ドラマでは8億円)、新聞記者は男性でした。これらは枝葉です。実はもうひとつ大きな変更点がありました。裁判以降の展開が原作に描かれたものではなく、原作にない弁護士自身の抱える心の傷が癒されることを暗示するシーンに置き換えられたことです。その変更によって、本当の主役(ここではあえて特定しません)が徐々に追い詰められて行く松本清張さん一流の深遠なストーリー展開と結末がすっかり消し去られたのです。つまり感傷的なエンディングとしたことはテレビドラマの限界かもしれませんが、100ページ余りの短編小説が提起した「疑惑」が生み出す底知れぬ恐怖が失われてしまったことは清張ファンとして実に残念です。

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2009年1月24日 (土)

城南島(じょうなんじま)海浜公園と久松温泉

1月とは信じられない穏やかな天気に誘われて近場のドライブに出掛けました。天気予報は4月上旬の桜が咲く頃の陽気だと伝えています。行く先は羽田空港の北に隣接する埋立地(人口島)にある「城南島海浜公園」です。環状七号線から東京湾野鳥公園の脇を抜け、城南野鳥橋を渡って城南島に入りました。直進すると臨海トンネルで東隣の人工島へ向かいますがその手前を左手に入ってさらに右折しました。

城南島は1979年に命名された大田区の地名です。近くに大井埠頭(ふとう)があるため倉庫やコンテナー置き場が並ぶだけの殺風景な島ですが、その東側にある逆L字型をした城南島海浜公園は一部マニアには良く知られる場所です。羽田空港に離着陸する飛行機ウォッチングのベストポイントなのです。有料駐車場が2箇所あります。

2駐車場に車を停めました。第2キャンプ場を横切って北側の護岸に出ました。左手にレインボーブリッジや東京タワーが望めます。前方の埋立地越しには以前訪れたことがある葛西臨海公園の大観覧車が小さく見えました。第2キャンプ場の先にはスケボー広場とドッグランがあります。

 

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東端のコーナーを曲がって「つばさ浜」に沿って一直線に伸びるボードウォークを歩きました。ここが飛行機ウォッチングのベストポイントです。

   

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羽田空港はすぐ目の前、そして空港の左後方には東京湾アクアラインの「風の塔」(左下の写真)が小さな鳥籠のように見えます。ベンチに座って日向ぼっこをする人、機体の裏を見せて急上昇する飛行機を見上げる人、カメラでその飛行機を追う人など様々。

 

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上空を通過する飛行機を撮影した写真を拡大して紹介します。良く見るといろんな形があることが分かります。

 

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日帰り温泉は同じ大田区の池上にある「久松温泉」です。環七を春日橋まで戻って池上通りに入りました。池上駅交差点を過ぎた交差点で右折すれば到着です。駐車場には3-4台分のスペースしかありませんが幸運なことに1台分の空きがありました。コンクリート造りの白い建物の1階にある銭湯です。朝の10時から夜の12時まで長時間営業(料金は450円)をしています。ロビーはレトロがかった洋風の設(しつら)えがユニークです。余裕を持って配置された脱衣所から天井の高い開放的な浴場に入りました。

 

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ベージュ色を基調に黄緑色を浴槽と洗い場に配したモダンな色使いです。壁に画かれた斜めの直線と、反対側の壁にはめ込まれた錆びた鉄板のオブジェが印象的です。右側の洗い場と並んで左側に浴槽が4つありました。手前の2つは白湯風呂と同ジャグジーで、奥にある2つが温泉浴槽です。小さめの浴槽は熱めに、大き目の浴槽はやや熱めの温度(温度計が43-44度を表示)に、調節されていました。熱めの湯が好きな私にはやや熱めの湯がぴったりでした。温泉は色の濃い黒湯で、泉質は炭酸水素ナトリウムとメタ珪酸で温泉に該当するアルカリ性冷鉱泉です。

カランから黒湯の冷たい源泉を加えることで加温された湯の温度を調節することが出来ます。熱めの浴槽にも入ってみましたがあまりの熱さに長居はできませんでした。45-46度はあるようです。地元の人はどうかと思いましたがこの浴槽に入る人は見かけません。ちなみに温泉浴槽を利用したあとに身体を拭くとタオルが黒く染まりますから、石鹸、シャンプーと一緒に、ナイロン製のタオルを持参するとよいでしょう。

洗い場の奥にあるミストサウナ(銭湯料金に含まれる)の熱さが半端ではありません。大理石のベンチには何とか座れましたが床から強烈な熱気が足元に上がって来ます。

浴室から屋外に出ると露天の休憩所がありました。温泉の熱さで熱(ほて)った身体に小春日和の風が心地よく感じます。空を見上げるとアマチュア無線の大きなアンテナが屋上に聳(そび)えているのが見えました。この銭湯では、「黒湯」「露天休憩所」「ミストサウナ」の3つを適当な順番に巡ると楽しいでしょう。

2階には銭湯込みの料金1,000円で利用できる宴会場(休憩所)があるようです。まだ日が高いのに階上からカラオケの歌声が聞こえました。

 

<同行者のコメント> 飛行機を下から見上げるのは初めて。胴体が翼の前に長く伸びた飛行機が面白かったです。温泉では黒湯だけに入りました。常連の人がみなさん口をそろえたように「温度計が壊れているわね」と言いながら浴槽に入ってきます。繰り返し言われても私は「そうですね」としか答えられません。湯上りにはアイスクリームにしようかとちょっと迷いましたがやはりコーヒー牛乳を選んでしまいました。

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2009年1月19日 (月)

記録を残しましょう(続)

<またもや大失敗>

しかしこの方法にも落とし穴がありました。昨年12月、四国の遍路旅から帰宅した時に外付けハードディスクの電源を入れるとアラームが点滅し始めました。ミラーリングが正常に機能しないことを示すアラームのようです。そしてパソコンからアクセスが出来ないのです。2台目の外付けハードディスクを外したり、電源の再投入をしたり、取り扱い説明書を読みながら、あれこれ試してみましたが一向に解決しません。

思い切って管理者の設定を出荷時の状態に戻してみました。アラームは消えて外付けハードディスクをパソコンが認識するようになりましたが、アクセスのためのユーザー名とパスワードを聞いてくるのです。そんなものを設定した覚えはありません。それではと2台目のハードディスクをUSBインターフェースでパソコンに直接接続してみましたがパソコンが認識してくれないのです。

ついにギブアップしてパソコン・ショップにハードディスクを持ち込みました。修理担当者が診断してくれたところ、アクセス設定の変更はメーカー以外に出来ない、2台目のハードディスクがWindowsではないOSでフォーマットされているためにショップでは対応できないとの説明でした。帰宅後に取り扱い説明書の修理欄を読んでさらに打ちのめされました。メーカーが修理する場合には「検査の際に内部のデータをすべて消去する」「データの修復は行わない」と書かれているのです。

若い頃に勉強した信頼度を向上させる手法の知識を忘れていました。私が行ったミラーリングでは期待するほど信頼度が改善されないのです。つまり「並列接続や芋づる接続の構成」ではパソコンとのアクセス部の信頼度が支配的になりますから、2台目に直接アクセスできなければ改善効果がほとんどなかったのです。

<発想転換の薦め>

日常生活で必要とする情報はあちこちに点在する細切(こまぎ)れの情報を集めてパソコンのデータとして再現しましたが、5万枚はゆうに超えていた写真情報はすべて外付けハードディスクに入れて集中管理していましたから、開かずの金庫に入った状態になってしまいました。パソコン本体にはディスク容量の制約から最近の約1万枚を保存しているだけです。もっと古いアナログ写真はスキャナーでデジタル化して記録したCD-Rが手元にあります。子供たちが独立する時に手渡したCD-Rのコピーです。そしてもう一箇所、写真データを大量に保存している場所がありました。画素数(情報量)を減らした形ですが5,000枚近くが当ブログ「ココログ」に保管されています。

今回、2度目の大トラブルに遭遇したことで、中途半端な方法では情報を確実に保存することが出来ないことを思い知らされました。もっと高度な方法で情報を保存すべきではないかと考えました。しかしそれを実行するのも大変そうで気が進みません。そしてやっと気付きました。確実な保管方法を追求するのが徒労(とろう)ではないかと。むしろ曖昧(あいまい)な方法(集中させない)で情報を置いておく方が良さそうです。整理しない冗長(じょうちょう)な情報として、乱雑に集積された紙情報として、多くの人で同じ情報を分かち合うなど、アナログ的な保管方法が意外に有効かもしれないと思ったのです。そして写真ファイルなど変更する機会がほとんどない情報(アーカイブ情報)はCD/DVDディスクにバックアップを取るだけで十分でした。

<記録と記憶の違い>

ブログはどうでしょう。ブログは情報発信の手段であるとともに情報を保管する有効な手段であることが判りました。それを印刷物にすればさらに有効かもしれません。私が利用している「ココログ」ではブログ記事を印刷製本してくれるサービスがあるようです。ちょっと興味が沸きました。

しかし情報を保存する最良な方法があることに思い至りました。それは人の記憶です。これ以上の保存方法はなさそうです。つまり個人にとって情報を記録・保管することが最終目的ではありません。日々の生活にどうしても必要な情報(大部分はテキストデータ)は量が限られます。大半の写真情報は過去の出来事を振り返る時に役立ちますが、思い出に残っていないかさして重要でない写真を保管することは余り意味がないと言えそうです。それに写真自身は思い出ではありません。そして大切な思い出をパソコンでは記録できないとも思うのです。

ここまで考えて気持ちが楽になりました。身の回りで不要になった情報を一旦消去してみるのも良いかもしれません。そうすれば思い出が鮮明に蘇(よみがえ)ってくるだろうと理屈では割り切ってみても、わが家の「デジタル情報金庫」がもう開けられないのかと思うとやはり残念です。気長に対応を考えることにします。□

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2009年1月18日 (日)

記録を残しましょう

当ブログを立ち上げてから33ヶ月、投稿記事も500件になろうとしています。四国八十八箇所巡りの記事を書く間にひとつの考えが私の中に生まれていました。三箇日に尋ねてくれた家族の一員にこのブログをしばらく休止するつもりである旨を話すと、「どうして? 続ければ!」と軽くいなされてしまいました。ブログを始めた頃にくらべると記事が重くなったことが気になっていました。i-phoneでアクセスしてくれる別の家族は「画像ファイルが多過ぎて携帯には重過ぎるよね!」と言います。

ブログの書き方を模索していた私は、軽い乗りのブログ「竹輪会(chikuwakai」を昨年の夏に立ち上げていました。仲間たちと飲み歩いた居酒屋などから面白いと思った店舗を紹介することがテーマです。数枚の写真を厳選して月1回程度のペースでアップしています。興味のある方は上記のブログ名をクリックして下さい。

新しいブログの経験を生かし、当ブログの派生版として、もうひとつのブログを今週初めに立ち上げました。旅先で興味を惹かれたものを取り上げる「これって、何!」です。このブログをどのように展開するかは記事を書きながら考えたいと思います。ブログ名をクリックすると同様にサイトへ飛べます。

さて当ブログですが、記事のボリュームと投稿ペースを抑えて続けることにしました。導入部が長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。

<デジタル的な記録方法>

当ブログにアクセスされた方はお気付きと思いますが、私は「記録マニア」です。旅先で目に入ったものを手当たり次第に撮影したりメモを取ります。そして帰宅後にこれらを整理しながら事前に考えたシナリオにそって記事を書いています。3年前にも似たタイトルの記事「旅の思い出を残しましょう」で紹介したように、写真はデジタル・フォーマットで記録媒体に書き込んでいつでも取り出せるように管理しています。パソコンはそのためのツールとしてとても便利ですが、デジタル記録には意外な弱点があることを思い知らされることになりました。

CD/DVDディスクはポピュラーな記録媒体(メディア)ですが、その寿命は数年から10数年と言われています。素材のプラスチックが変質するだけでなく、情報の書き込みはレーザー光でプラスチック基盤の光反射率を変化させて行うため、太陽光など強い光に長時間さらされると読み出せなくなることがあります。CD/DVDディスクが普及する前に使われた録音テープやコンピュータ用磁気テープも同様の弱点がありました。外部の強力な磁力にさらされると磁気情報が消えてしまうことがあったのです。テープ自身も繰り返し使うと、磁気面が傷んだり、テープ自体がワカメのように伸びて使えなくなるのです。

パソコン、携帯電話、携帯音楽プレーヤーなど最近の電子機器には小型ハードディスクあるいは半導体メモリー(SDカードなどのフラッシュメモリ他)が記録媒体として使われています。ハードディスクは円盤が高速回転する機構を持っていますからショックを与えると故障することがあり、長時間使用するとヘッドや回転軸など可動部が劣化するため寿命に限りがあります。一方、半導体メモリはショックに強いのですが強力な外部電界や放射線に弱いのです。

これら記憶媒体の弱点は様々な方法で補うことができます。寿命が限られる素材を使う記録媒体では寿命に至る前に新しい記録媒体へ情報を移し変えることで保存期間を延ばすことができます。ハードディスクや半導体メモリの場合は記録媒体を二重化あるいは三重化することで情報を失うリスクを軽減させることが業務用で行われています。RAID(レイド)と呼ばれる方法でディスクアレーの一種です。

<永久保存は可能?>

コニカミノルタの「百年プリント」でなくても保存方法さえ良ければ、何十年も前の写真がほとんど劣化しない状態でアルバムに残っています。長期保存の代表格として墨で書かれた手書き文書は、百年どころか数百年から1000年以上前のものが良好な状態で保存されている例は珍しくありません。デジタルデータも上述したような対策を取れば永久に保存できるでしょうか。残念ながらそうとは言えません。

保存のために必要な技術や技術者が失われるか、再生するために必要な製品が市場から消えてしまうことがネックになるからです。例えば、8ミリ映画フィルムやビデオレコーダーのベータ方式などは10年~20年後に再生する装置を入手できなくなりました。MDプレーヤーもMP3プレーヤーに押されて急速に姿を消しつつあります。アナログ・レコードの場合は、熱烈なファンが居たため、現在でもレコード・プレーヤーやレコード針を新規に購入できますが、これは例外と言えるでしょう。

数年前のことです。パソコン内蔵の大容量ハードディスクが故障して痛い目にあったことがありました。その後は安全を期して、どのパソコンからもアクセスできる(LANインターフェースの)外付けハードディスにバックアップを取り、さらに進んで外付けハードディスクを二重化しました。2つのハードディスに記録する情報を絶えず同一にするミラーリング機能を持たせたのです。これでどちらか1台が故障しても最新の情報がもう1台に残っていますから安心です。故障した方を交換あるいは修理すれば良いのです。(続く)

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2009年1月11日 (日)

高野山へ御礼参り

大阪から高野山へ行くには近畿自動車と和阪自動車道で和歌山を経由するのが一般的ですが今回は最短距離の一般道を選びました。近畿自動車道に並行する府道2号(中環)を藤井寺市まで走り、国道170号(外環)と国道371号(高野街道)を経由して紀見トンネルを抜ければ、和歌山県に入ります。紀ノ川沿いの橋本市まで坂道を下った先はルートに2つの選択肢があります。そのまま国道371号を走るコースと国道370号に入るコースです。帰路に371号へと周遊することにして国道370に入りました。

さらに国道480に入って曲がりくねった急な山道を上ると高野山に到着します。大変な人出です。金剛峯寺(こんごうぶじ)の駐車場が満車なのは昼時だからかもしれません。20分ほど待ってやっと空いた一番端の狭い場所に何とか駐車できました。

駐車場から道路を横断してなだらかな石段を上った山門を入ると総本山金剛峯寺の境内です。門をくぐると右手に鐘楼が見え、木陰に雪が積もっていました。大玄関前を過ぎた一般参詣入口から金剛峯寺に入りました。

 

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納経場で朱印をいただいたあとは堂内を見学させていただきます。蟠龍庭(ばんりゅうてい)などを見たあと新別殿の大広間でお茶をいただきながら弘法大師の御影、曼荼羅(まんだら)、阿弥陀聖衆来迎図を拝見させていただきました。真然廟(しんぜんびょう)にも少し離れた場所から参拝しました。真然大徳は高野山第二世座主で、弘法大師の甥にあたる人です。見学路の最後に見た台所の様子が珍しいです。退出する時に大玄関から入られる高僧をお見掛けしました。

 

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奥の院に向かいました。弘法大師さまが入定されている聖地です。駐車場に車を停めて一の橋から中の橋へと参道を歩きました。

 

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諸大名の墓石や記念碑、有名企業の墓石が参道の両側に並んでいます。なかには「しろあり やすらかにねむれ」と書かれた慰霊碑(日本しろあり対策協議会)などユニークなものが目を惹きました。

 

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2kmと長い参道の奥は聖地で御廟橋の先は撮影禁止になっています。弘法大師御廟に参拝したあとは納経所で納経帳の最初のページに御朱印をいただきました。「満願成就おめでとうございます」の言葉をお坊さんから掛けていただくと実感が湧いてきました。奥の院ではカラー印刷された御影もいただきました。

   

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2時半になりました。まだ時間がありそうですから国道371号で大阪方面へ戻るのではなく高野山龍神スカイラインに入りました。スカイラインを快調に走ると高度が上がって1000mを越えます。

 

2008_12090130国道371号(龍神街道)と合流すると見晴が良い場所が続きますが、山陰に入ると残雪が目立つようになります。道一面が真っ白の場所もありますからブレーキを使わないようにアクセルだけで慎重に運転しました。

 

白口峰(1110m)・笹ノ茶屋峠と護摩壇上山を抜けて60kmほど南下するとちょうど1時間で龍神温泉に到着しました。熊野古道を訪れた時に立ち寄りたいと思った美人の湯で知られた温泉です。同行者も喜んでくれると思ったのです。

 

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温泉隋道の手前から日高川沿いの旧道に入った場所です。吊り橋の脇を抜けた辺りに温泉旅館が数件並んでいました。役の行者が発見して弘法大師が開湯されたと伝えられるこの龍神温泉は1300年の歴史があるそうです。

 

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日帰り温泉は「龍神温泉元湯」です。利用料金は600円。階段を降りた場所に男湯がありました。内湯には浴槽が2つ、露天風呂は岩風呂です。泉質はナトリウム炭酸水素塩泉です。時間の関係でしょう、入浴客がほとんどなくてゆっくり湯を楽しみました。龍神温泉は群馬県の川中温泉と島根県の湯の川温泉とともに「日本三美人の湯」のひとつに数えられます。

   

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4時半になりました。道路が凍結するかも知れませんので急いで国道371号を和歌山市方面に向かいます。山峡の温泉がある十津川や熊野古道の中辺路への分岐点を過ぎて、国道424号に入り、さらに切目川沿いの国道425号を快調に走りました。道幅は広くありませんが通行量が少ないのが良いです。県道27号と県道28号を経て阪和自動車道の南部(みなべ)ICに到着しました。紀ノ川SAまで約70kmを一気に走ったあと休憩をかねてレストランで夕食です。私は鯛茶漬け、同行者はまぐろ丼を注文しました。まぐろ丼は茶付けとしても食べられます。いずれも美味しく食べました。

 

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あと100km余りで大阪の吹田JCTです。このまま走り続ければ真夜中には帰宅できますが、やはり無理は避けて大阪でもう一泊することにします。

今回のドライブ遍路の総走行距離は約3,250km(カーナビのTPでは3,165km)でした。移動平均速度は54.5km、平均燃費は満タン法でリッター当り14.5kmとまずまずの結果が得られました。そのうち高知県から愛媛県にかけての山道が多い区間は燃費が11.8kmと低下しましたが、高速走行の東名と名神高速道路の区間は15.2kmと満足できるエコドライブになりました。

 

<同行者のコメント> 高野山の奥の院へ向かう道が下り坂なのが不思議でした。四国のお寺では奥の院が険しい山の上にあったからです。それから会社のお墓が参道ぞいに並んでいることにもびっくりしました。龍神温泉へ向かう山道は雪が積もっていてとても怖かったですよ。でもそのあとに美人の湯に入ることができて良かったです。

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2009年1月 8日 (木)

四国遍路: 香川県編(完)

長尾寺を出発して県道3号を南下すれば88番大窪寺(おおくぼじ)までおよそ17kmです。交通量は少なくても前方を大型トラックがブロックしています。それほど遅いスピードではありませんが確実に時間が経過して行きます。前山ダム脇を通過すると前山峠に差し掛かります。長い坂をほぼ下りきった多和のT字路を左折して国道377号に入れば大窪寺までおよそ6kmを残すだけになりました。しかし日陰に雪が積もっていることが気に掛かかります。大窪トンネルの手前を左手の道に入れば大窪寺に到着です。

駐車場へ向かう坂道が凍っているようですから慎重に上ります。駐車場には雪が積もっていました。車から降りるときに路面の氷で滑りそうです。親切な方が滑りにくい場所を教えて下さいました。

 

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仁王門の前に八十八番結願(けちがん)所と書かれた石柱があります。

 

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石段を上がって仁王門を入ると広い境内の一段高い場所に本堂が建ち、その右手に阿弥陀堂があります。本尊は薬師如来です。左手の少し離れた場所に大師堂が建っていました。駐車場に近い場所です。無事に遍路を終えたことに感謝して本堂と大師堂で経を唱えました。結願したお遍路さんが金剛杖や菅笠を大師堂に納めるようです。

 

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納経を終えて時計を見ると5時まであと20分を残すだけになっていました。結願したあと遍路をはじめた発願寺、私の場合は1番霊山寺(りょうぜんじ)、に報告する習慣があるようですが省略させていただきます。

 

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四国遍路を1月に始めた時には「区切り打ち」で八十八箇所を4回に分けて巡拝する計画でしたが、3回目を予定した初秋に同行者が足を痛めたため、今回は2回分の四十四箇所を一度に巡拝する強行軍になってしまいました。立ち寄る予定であった温泉は宿泊地以外ですべてキャンセルせざるを得なかったのが残念です。

国道377号を引き返して国道193号に入って塩江(しおのえ)温泉に向かいました。結願を祝って行基温泉に立ち寄ることにしたのです。名前に惹かれました。「道の駅しおのえ」に併設された施設(町営浴場)ですが真新しい建物はまるで時代劇のセットのように見えます。2000年にオープンした日帰り温泉です。

   

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香東川に架かる橋で対岸に渡って真っ暗な駐車場からほんのり灯りが灯る通路を歩きました。行基温泉の入口に辿りついた時に、道の駅の駐車場に車を停めても専用の歩道橋「行基橋」(右上の写真)でアクセスできることに気付きました。入浴料金は420円と格安です。ロビーに続く休憩所には囲炉裏が切られています。奈良時代に塩江温泉を掘り当てた行基大僧正にちなんで名付けられたことが説明されていました。

 

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脱衣場を抜けると檜風呂の大浴場と露天岩風呂があります。泉質はアルカリ性低張性鉱泉です。露天風呂と言っても開放感はありませんが十五夜の月が見えました。露天エリアへ出るドアの右手にある階段を降りると低温サウナ(60度)があります。

 

2008_12090016 国道377号を戻って東かがわ市へ抜けるのが帰路の最短コースですが、すぐ先から屋島へ抜ける県道30号をこの日のチャレンジドライブ・コースに選びました。ほとんど人家の無い山道の夜間ドライブは思いのほか手応えがあり、約10kmの山道で擦れ違った車はわずか1台です。峠を越えると高松市の夜景がきれいに見えました。この日(126日)は神戸淡路鳴戸自動車道を経由して大坂までドライブ、そこで一両日休息をとったあと、和歌山県の高野山に参拝して結願の御礼参りをすることにしました。

 

2008_12090027明石海峡大橋を渡り終えた時に神戸の市街地に立ち寄ることを思い立ちました。舞子トンネルを抜けた垂水ICを出て県道488号で海岸まで走ると国道2号に行き当たりました。須磨に向かう区間では国道2号の幅員が狭くなることが意外です。須磨海浜公園を通り過ぎると高速道路が頭上に迫ってきました。阪神高速3号神戸線です。道幅が広くなって快適ですが車の数も増えました。

   

メリケン波止場前交差点から渋滞が始まりました。元町から三宮にかけて開催されている「神戸ルミナリエ」(124-15日)によるものでした。歩道も人で溢れています。予定になかったルート変更は失敗かと思い始めましたが渋滞はすぐ先の京橋交差点で解消しました。同時に国道2号は高速道路から離れて単調な道に戻りました。武庫川を過ぎるとほどなく淀川を渡ります。梅田の繁華街に入った梅田新道交差点で案内標識が国道1号に変わりました。ここが国道1号(延長された東海道)の終点かつ国道2号(山陽道を踏襲)の起点です。

 

<同行者のコメント> 四国のお遍路旅は大変でした。旦那さまの満足そうな顔を見ていてもっと大変なことに気づきました。私には納経帳がないのです。そう言えばご夫婦のお遍路さんはひとりずつ納経帳に朱印をもらっていました。「あんなに苦労したのに・・・」と言うと、「これは二人分だよ」と旦那さまは涼しい顔です。□

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2009年1月 7日 (水)

四国遍路: 香川県編(その4)

80国分寺(こくぶんじ)は県道33号でJR予讃(よさん)線沿いに6km余り走った国分(こくぶ)駅近くです。ちょうど12時に到着、山門前の細長い駐車場に車を停めました。

 

2008_12060640山門を入って長い松並木の参道を進むと両側に石仏が並び、金堂跡の礎石も点在しています。堀に架かる石橋を渡ると正面が入母屋造りの本堂でした。本尊は行基菩薩が刻んだと伝えられる十一面千手観世音菩薩です。本堂は国の重要文化財に指定されています。不動明王や仏足石を過ぎた右手の土塀の中に二重塔の形をした大師堂がありました。

 

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ここまでは前夜に自動車ラリーの要領で配分した時間通りに巡拝できました。しかしこの先は遍路区間がだんだん長くなりますからさらに気を引き締めることにします。81白峯寺(しろみねじ)は国分寺のほぼ真北の白峯山にありますがドライブ遍路は国道11号に入って坂出市方面へと大きく迂回します。上氏部(かみうずせ)交差点で国道11号は左に折れますが、案内標識に従って直進して、右折すると雄山(おんやま)と雌山の脇を抜けてつづら折りの道は白峯山に登って行きます。

 

2008_12060641 尾根に出るとそこは絶景のビューポイントでした。瀬戸大橋とそのPAがある与島を含む塩飽諸島(しわくしょとう)、そして対岸の児島方面がはっきりと望めます。ところで香川県坂出市の与島を予島と誤記する例をよく見かけます。これは隣接する伊予(愛媛県)の影響でしょうか。

白峯寺の山門を入って参道を左に折れると正面に崇徳天皇の御陵「頓証寺殿(とんしょうじでん)」があります。勅額門(ちょくがくもん)の手前から右手にある石段を上ると正面に本堂、その右に大師堂がありました。本尊は千手観世音菩薩です。

 

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2008_12060649駐車場に戻る途中に青空が覗(のぞ)く空から白いものが落ちてきました。カメラで捉(とら)えられるほど大粒の雪です。

尾根伝いの道を快調に走りました。五色台(青峰、赤峰、白峰、黒峰、黄峰)への分岐点を直進して8kmほど走って坂を少し下ると82番青峰山根香寺(ねごろじ)への入口がありました。弘法大師がこの地で感得された金剛界曼荼羅の五智如来にちなんで五つの峰が名付けられたそうです。ちなみに東京の五色不動(目黒、目白、目赤、目青、目黄)も同じ密教の流れを汲んでいます。駐車場に車を停めて山門を入りました。一旦石段を下りたあとに改めて長い石段を上る参道はユニークです。

 

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石段をさらに上ると本堂があります。左手の入口から万体観音堂を抜けて右手に出る回廊形式になっていました。寺派は天台単立(天台系宗派のひとつ)で、本尊は千手観世音菩薩です。本堂前に桃色の冬桜が咲いていました。この根香寺は紅葉の名所とされます。石段脇になぜか「役(えん)の行者」像がありました。

 

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さらに坂道を下ると屋島の全景が見えてきました。一気に下りて高松市内へと走り、下笠居のT字路を右折、香東川の手前でさらに右折して一宮に向かいます。高松自動車道を過ぎた中間町の交差点で案内標識に従って左折しました。県道12号で香東大橋を渡った2つ目の信号を右折すると小川沿いに83一宮寺(いちのみやじ)の駐車場があります。100mほど東に歩く必要があります。本堂脇から境内に入りました。本堂は山門から伸びる参道の正面にあり、大師堂はその右手です。本尊は聖観世音菩薩。

 

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84屋島寺から86志度寺まではすでに巡拝していますから長かった八十八箇所遍路もあと2箇所を残すだけになりました。午後3時を少し過ぎています。

2008_12060660次の87長尾寺は志度寺の先ですから、高松市街へは戻らずそのまま県道12号を東進し、十川西町で県道10号に入ると6kmほどで高松琴平電鉄長尾線長尾駅近くにある長尾寺に到着しました。駐車場は境内にあります。仁王門から入った広い境内は正面に本堂、右手に大師堂などが並んでいます。納経を済ませるともう4時近くになっていました。県道でのノロノロ運転が影響して、約14kmを走行するのに35分も掛かり、さらに20分ほどロスしたようです。余裕時間として配分した1時間のうち30分ほどを消費しました。(続く)
 
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2009年1月 6日 (火)

四国遍路: 香川県編(その3)

次の76金倉寺(こんぞうじ)は国道319号を使えば約4kmの距離、JR土讃線金蔵寺(こんぞうじ)駅の近くにあります。宗派は八十八箇所で数少ない天台宗です。大きな山門を入ると正面の小高い場所に向拝(こうはい、屋根の一部が前方にせり出した拝礼場所)のある入母屋造りの本堂があり、大師堂、観音堂などが並んでいます。大師堂には弘法大師とともに地元出身の智証(ちしょう)大師が祀(まつ)られているそうです。本尊の薬師如来は智証(高僧円珍)の作と伝えられます。円珍は弘法大師の血縁で同じく唐に留学しています。この寺は乃木希典(まれすけ、乃木大将)に縁(ゆかり)の寺としても知られるそうです。本堂に大きな数珠(じゅず)回しがありました。

 

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余談です。金倉寺の近くを流れる金倉川(かなくらがわ)の上流をせき止めて弘法大師が造られたのが満濃池です。実際は既存の溜池を改修されたようです。この日本最大の灌漑用溜池は金倉寺から10km余りの距離にあります。

77道隆寺(どうりゅうじ)は瀬戸内海に面した多度津町(たどつちょう)にあります。県道33号でJR予讃線多度津駅前を通過して陸橋を超えた右手です。路地を入った所に駐車場がありました。街中とは思えない広大な境内に仁王門から入ると金堂(本堂)、その右手には大師堂、その他にも多宝塔、地蔵堂、観音堂などが立ち並んでいます。本尊は薬師如来です。

 

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県道21号で丸亀市に入ると右手の市役所の先に丸亀城が見えます。水を湛(たた)えた堀の外側を一周してみました。

 

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土器川(どきがわ)の蓬莱(ほうらい)橋を渡ると宇多津町(うたづちょう)です。昨夜宿泊したホテルの近くを通過、右手に入って複雑な路地を進みました。急な坂道を上って山門を入ると78郷照寺(ごうしょうじ)の駐車場です。鐘楼脇からの見晴しが良く宇多津町の町並みが見下ろせます。

 

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30段ほどの石段を上ると正面に二層屋根の本堂、本堂脇の石段を上った所に大師堂、その横には鐘楼(しょうろう)があります。その脇から瀬戸大橋が間近に望めました。

 

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県道33号でJR予讃線と瀬戸中央自動車道の下を潜って6kmほど進んだJR予讃線八十場(やそば)駅の近くに79高照院(こうしょういん)があります。天皇寺(てんのうじ)とも呼ばれることが不思議でした。調べてみると、保元(ほうげん、ほげん)の乱に敗れて讃岐に流された崇徳(すとく)天皇が亡くなられた時にしばらくこの寺に柩(ひつぎ)が安置され、後に白峰山で荼毘(だび)に付されたことが由来と分かりました。

 

国道11号との立体交差付近で工事が行われているために踏切が渡れません。少し戻ったところにある狭い踏み切りを越えて何とか辿(たど)り付きました。参道を進み赤い三輪鳥居を入った正面が白峰宮の神殿です。その左手に高照寺の本堂と大師堂がありました。本尊は十一面観世音菩薩。さほど広くない境内は参拝者で溢れています。(続く)
 
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2009年1月 5日 (月)

四国遍路: 香川県編(その2)

最終日はいつもの朝より早めに出発しました。昨夜、ホテルの部屋で残りのスケジュールと距離を再度チェックしました。ここから先は札所の間隔が短い区間が多いので遅れを取り戻すことは不可能ではないとの結論です。そのためには、参拝は手順通りにして、移動時間の無駄を省くことが不可欠です。同行者との2人旅(大師様と同行三人)ですから、もしこの日に回れなくても、もう一泊すればよいので気楽です。

2008_1206057172曼荼羅寺(まんだらじ)は弥谷寺のすぐ近くです。国道11号を大池近くまで10kmほど戻りました。案内標識に従い2kmほどで曼荼羅寺の駐車場に到着しました。

駐車場は境内の裏手にあるため山門まで道路を歩きました。参道の石橋を渡ると正面に本堂があります。本尊は大日如来です。大師堂は左手です。境内には樹齢1200年以上で弘法大師のお手植えとも伝えられる不老の松があったそうですが、松くい虫の被害にあって現在はないそうです。バス遍路客が境内に到着しました。急いで納経を済ませ、駐車場への近道を抜けて次の73出釈迦寺(しゅしゃかじ)へ向かいました。

 

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400mほどの距離を曼荼羅寺から歩くバス遍路客が多いようです。参道脇の駐車場に車を停めました。我拝師山(がはいしさん、標高481m)の中腹ですから見晴が良く、瀬戸大橋が見えました。参道沿いには真新しい石碑や仏像が並んでいます。

 

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鐘楼門を入ると正面に本堂、右手に大師堂があります。本尊は釈迦如来です。境内が6つほどの溜池に囲まれているのは讃岐の霊場らしい風景です。さらに山道を1.8kmほど上ると山上に奥ノ院があるようです。

 

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74甲山寺(こうやまじ)も出釈迦寺から3km余り(歩き遍路は2.8km)の近さです。弘田川沿いの道を入ると甲山の山麓に真新しい白塀に囲まれた寺がありました。

 

2008_12060582 綺麗に舗装された広い駐車場と真新しい山門は今年になって落慶したものだそうです。以前は弘田川沿いに山門があったようです。駐車場脇の山門から入って左手の石段を上がったところに本堂がありました。本尊は薬師如来です。本堂の左手の石段をさらに上がると大師堂です。さらに左の岩窟には弘法大師が刻んだと伝えられる毘沙門天石像が安置されています。

 

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弘法大師が近くの満濃池(まんのういけ)の土木工事を完成させた時に朝廷から与えられた金の一部を使って堂が建立されたそうです。空海縁の場所である満濃池にぜひ立ち寄りたいところですが、これ以上の遅れは許されませんから断念しました。

同じ弘田川沿いにある75善通寺(誕生院)までわずか1.4kmの近さです。案内標識に従って入った有料駐車場(500円)は香色山(こうしきざん)と弘田川に挟まれた広い場所でした。善通寺は高野山・東寺とともに弘法大師三大霊場の一つです。石橋の済世橋(さいせいばし)を渡って御影堂(大師堂)を中心に多くの建物が林立する西院に入り、さらに仁王門から東院の伽藍(がらん)に入ります。

 

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善通寺のシンボルである五重塔と大楠(おおくす、樹齢1300年以上とされる県指定天然記念物)に見とれながら到着したのが金堂(本堂)です。本尊は薬師如来です。お参りしたあとに南大門(赤門)へも立ち寄りました。

 

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五百羅漢を見ながら西院へ戻り、御影堂にお参りしたあと納経をしました。境内があまりにも広大ですから迷いそうです。御影堂は弘法大師誕生の地で、それを構成する礼堂と中殿は大師の父である地方豪族の佐伯善通の館跡と伝えられます。つまり寺名は父の名をとって付けられたのです。また奥殿は母玉依御前(たまよりごぜん)の館跡だそうです。

 

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御影堂の隣の宝物館には一字一仏法華経(ほけきょう)や金銅の錫杖(しゃくじょう)が安置されているようです。錫杖は弘法大師が唐に留学した時に恵果阿闍梨(えかあじゃり)の灌頂(かんじょう、密教の正統な継承者とする儀式)を受け時に授けられたものです。司馬遼太郎の「空海の風景」にその時の様子が詳しく書かれています。先を急ぎましょう。(続く)

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2009年1月 4日 (日)

四国遍路: 香川県編(その1)

正月の三が日は例年通りに駅伝三昧でした。1日のニューイヤー駅伝は最終区間での白熱した接戦に声援を送り、2日と3日の箱根駅伝では区間新記録の続出と牛蒡(ごぼう)抜きの新記録に盛り上がりました。それでは本題に戻りましょう。四国八十八箇所の遍路旅がいよいよ終盤に入ります。

 

三角寺から国道192号に出ました。四国に入った時に通過した川之江JCTのすぐ近くを通過して徳島県三好市方面に走ります。三好市には景勝の大歩危・小歩危と日本三大奇矯に数える説もある祖谷(いや)の蔓橋(かずらばし)があります。次の66番雲辺寺へ行くには、香川県の観音寺市側からロープウェイを利用するか、仁王門まで上る徳島県側の山道にするかを決めかねていました。距離にはほとんど差がありません。

 

境目(さかいめ)トンネルで愛媛県から徳島県に入った池田町で案内標識を見た瞬間、反射的にハンドルを切っていました。インスピレーションに従ってロープウェイ山麓駅に向かうルートを選んだのです。道路が良く整備さた県道8号で香川県境の曼蛇(まんだ)トンネルを抜け、五郷ダム脇を通過、落合付近で案内標識に従って右折しました。

 

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風が冷たくなったのは高度が高くなったためでしょうか。標高260mの駐車場から讃岐平野と金刀比羅宮のある象頭山(ぞうずさん)、そして瀬戸内海がきれいに見えます。雲辺寺山の頂上まで続く紅葉が美しいので仁王門コースにすれば良かったかもしれないと思い返しながらロープウェイに乗車しました。山麓駅から山頂駅までの往復料金は2000円です。ゴンドラから眼下の美しい紅葉が楽しめました。雨はほぼ止んで視界が良くなった讃岐平野に点在する溜め池とその後方に瀬戸内海の展望が拡がります。ロープウェイを利用することにした直感がやはり正しかったと満足に思いました。

 

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標高916mの山頂駅を降りると強風が吹いています。帽子を飛ばされないようにと駅員さんが注意してくれました。駅舎のデジタル温度計が1度を表示しています。右手に見えたリフトは「スノーパーク雲辺寺」でした。ちなみに雲辺寺に参拝した12月6日はこのスキー場が15日にオープンする直前です。「四国でも雪が積もりますか?」と駅員さんに訪ねると、「普通は人口雪を使っています」との返事が返ってきました。駅舎を出てスキー場のリフトを見ながら歩くと白いものが舞っています。粉雪が降りはじめました。

 

香川県と徳島県の県境を跨ぎました。香川県1番とされる雲辺寺は徳島県にあるのです。「おむかえ大師像」の前を左手に進んで「四国高野」とも呼ばれる66番雲辺寺(うんぺんじ)の広大な境内を歩きました。五百羅漢が両側に並んでいます。

 

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石段を上ると大師堂でした。少し下がった所に仮本堂があります。お参りしたあとに大師堂まで引き返しました。本尊は弘法大師が刻まれたと伝えられる千手観世音菩薩です。納経を済ませたあとで仁王門に立ち寄っていないことに思いが至り、また引き返して納経堂の近くから坂道を下りました。参道に人影がないのは寒さのためにロープウェイを利用する遍路が仁王門まで足を伸ばさないからでしょう。
 
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先に山頂駅へ向かった同行者の後を小走りに追いました。折からの寒風と仁王門からの上り坂が重なって息が切れます。到着した時は発車時刻になっていましたが、同行者と駅員が私を待っていてくれました。

 

県道8号に戻って観音寺市街地へ向かいますが、67番大興寺から70番本山寺まではすでに巡拝していますから、次は隣の三豊(みとよ)市にある71弥谷寺(いやだにじ)です。弥谷寺はさぬき豊中ICと善通寺ICの中間ですから高速道路を利用しても時間の節約になりそうにありませんからそのまま国道11号を走りました。夕方近くになると自然渋滞が始まったようでノロノロ運転です。やっと鳥坂峠まで辿りついた時は4時半、弥谷寺まで約3kmですから何とか間に合いそうです。案内標識に従って坂道を上りました。弥谷山(標高382m)の中腹に弥谷寺があります。山麓の一般道沿いに駐車場がありましたが参道へ乗り入れました。100mほどで行き止まりになって先には目が眩(くら)むほど長い石段が続いています。

  

2008_12060566これではとても間に合いそうにないと諦(あきら)めかけた時に脇道から車が出てきました。駄目でもともととばかりにその脇道へ入ると駐車場のようなゲートがあり、500円玉を入れるとバーが上がります。 曲がりくねった道を500mほど一気に上ると駐車場がありました。後で調べると先ほどの石段は262段もあったそうです。急ぎ足で境内へ向かいましたがそこでまた仰天(ぎょうてん)です。暗闇に伸びる長い石段が再び控(ひか)えています。赤く塗られた手すりの助けを借りて上ると108段もありました。案内標識に従って右手の本堂へ向かうとまたまた石段が続きます。

 

2008_12060563 何度も踊り場を通過して本堂に着いた時にはすっかり暗くなっており、手元の「仏前勤行次第」の文字がよく見えません。本堂を撮影した写真はデジカメの感度が良いので明るく写っていますが、フラッシュを控えたために、手探りの暗さと石段を上ったあとの息切れで手振れ(ピンボケ)になってしまいました。息を整えながら何とか般若心経と真言を詠(よ)み終えて振り返ると眼下に三豊市の灯火(ともしび)がきれいです。本堂への石段は下りながら数えると約180段もありました。明かりが灯(とも)る大師堂へ上がる20段ほどの石段が長く感じられます。

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納経所を兼ねた大師堂で再び息を整えながら般若心経を詠み大師宝号を唱え終わると5時になりました。何度もパニックに陥りそうになりましたが、無事に納経できたことで汗だけでなく疲れもどっと押し寄せます。

 

この日は雨天にもかかわらず予定通りの数の寺を巡ることができましたがスケジュールの遅れはそのまま残っています。この日の宿泊地はここ三豊市ではなく、善通寺市と丸亀市の先、綾歌郡(あやうたぐん)宇多津町(うたづちょう)のホテルです。(続く)

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