晴れた日にはGMが見える
4ヶ月前の当ブログで「お金は大事」をテーマに記事を書きましたが今回は「製造業」がテーマです。(長文をご容赦ください)
日本経済は4ヶ月前よりさらに悪化して、金融危機の震源地であるアメリカ以上に株価がバブル崩壊後の最安値7162円を割り込み、GDP(国内総生産)もマイナス12.7%(年率換算)と大きく落ち込んでいます。震源地のアメリカでは投資会社が全滅したことに続いてビッグスリー(大手自動車会社)の破綻可能性が取りざたされています。なかでも最大手のGM(ゼネラルモーターズ)社の危機が昨年末に政府から財政支援を受けたにも係わらず現実のものとなりつつあるようです。
自動車に興味を持つ私はGMの動向に大きな関心を持つとともに感慨にふけりながら見守っています。実はアメリカに住んでいた時にはGM製のフルサイズカー(5リッター)に乗っていました。もちろん家族用の車は信頼性の高い日本メーカーの車(2.6リッター)でしたが・・・。
巨大化から凋落へ
エクセレントカンパニー(超優良企業)の代名詞でもあったGMは100年前の1908年にミシガン州で設立されました。ビュイック、オールズモービル、キャディラック、ポンティアック、シボレーを次々と買収して巨大化することでハイエンドからローエンドまでをカバーする自動車会社となり、限られた車種だけを売る老舗(しにせ)企業のフォードを追い抜いて、1920年代には世界一の自動車メーカーとなりました。
戦後は海外展開(ドイツのオペル、スウェーデンのサーブ、オーストラリアのホールデン、日本のスズキなどへの投資)を積極的に行ったことでアメリカ最大規模の企業に成長しました。規模の拡大と製品の多様化で成長したGMは業態転換(リストラクチャリング)には伝統的に保守的でした。
それでも1970年代にオイルショックが起こると小型車にも力を入れましたが品質問題などが災いして成功しませんでした。そして1990年代の好景気が大型車やSUV(スポーツ多目的車)の需要を拡大させて多大の利益をもたらしたため、旧来の路線へと後退することになり、市場シェアは確実に低下傾向が続きました。
注)写真はテキサス州にあるキャディラック・ランチです。1974年に作られたアートなのだそうですが私には墓場のように見えました。1997年に新しい場所に移動したようです。
最近の問題点
今世紀に入ると自動車の燃費と環境対策が重要視されるようになりましたが、またしても対応が遅れ、値引きや販売店への販売促進費で売上を維持しようとする「蛸足(たこあし)」的な営業戦略を採(と)ったことで企業の体力(良好であった財務体質)を急速に失うことになります。
労務面でも長期雇用と手厚い福利厚生施策(医療費や退職金など)がGMの重荷となっていました。GMのこの考えは、古き良きアメリカ企業に共通するもので、戦後の日本企業が手本とした企業モデルでもあることが日本では意外と知られていません。すなわち親子三代が続けて同じ企業に勤めることも珍しくなかったのです。このような終身雇用(長期雇用)と企業一家の考え方はアメリカ発のものであって、決して日本的なものではないのです。
戦前の日本における大企業を見れば分かりますが、少数の正規社員(エリート)と大多数の臨時社員・非正規社員(臨時工、季節工)などで構成されていました。日本人の過半数(昭和に入ってもまだ約50%)が農業に従事していた時代では、農閑期だけ会社に勤めるか、あるいは農繁期に会社を休むことがこれら非正規社員にとって一般的だったようです。
30年以上前の指摘
GMに話を戻します。1970年代に最年少で重役となったものの社内抗争に敗れて退社したジョン・デロリアン氏へのインタビューをまとめた著書「晴れた日にはGMが見える」が当時注目されました。その内容は巨大化し過ぎて疲弊した組織の現状、組織内だけに向いた考え方、外部からの意見や忠告に耳を貸さない、内部抗争に明け暮れるなど、大企業病の内幕が書かれています。この本は暴露記事的なものであり、デロリアン氏の人間性とともに、その評価は分かれます。そのほかにもGMについて著名な社会・経営学者ピーター・ドラッガーや社会運動家のラルフ・ネーダーなどが助言や告発を行いました。しかし外部の意見や忠告に耳を貸そうとしないGMが変わることはありませんでした。 (注釈)書名はマンハッタンに聳(そび)える本社ビルのことです
かたくなまでに古き良きアメリカを守り続けたGMも一昨年に発生したサブプライムローン問題(自動車ローンにも波及)とそれによる景気悪化(需要減)によって追い詰められているのです。昨年末に続いて政府からさらなる融資を受けるためには抜本的な再建計画を提出しなければなりませんが、まだ債権者や労働組合との折衝が合意には至っておらず予断を許しません。つまり3月末までに再建計画をまとめられるかどうかがGMが生き残るための鍵ですが、あと30日余りのカウントダウンの先にはGMの破綻とそれに続く再建のシナリオが待つことが現実味を帯びてきました。
もう一つの老舗巨大企業
GMとは違う方向を目指した老舗(しにせ)企業がありました。GMとともに古きアメリカ企業を代表するGE(ゼネラル・エレクトリック)社は、トーマス・エジソンの流れを汲む巨大電機企業でしたが、業態転換(リストラクチャリング)を積極的に進めたことで、今やコングロマリット(複合企業)と呼ぶ方が相応しい企業になっています。1980年に会長兼CEOに就任した異色の経営者ジャック・ウェルチが大胆に推進したこの業態転換(リストラクチャリング)は大きな成果を上げたことで世界の経営者から賞賛を浴びました。
しかし人材を維持するそれまでの業態転換とは異なり、大幅な人員削減をともなうもので、それ以降のリストラクチャリングは従業員の解雇によって企業を守ることを意味するようになりました。現在の日本でも「リストラ」といえば人員整理のことを指すのが一般的になっています。自伝「ジャック・ウェルチ わが経営」には業界で第1位あるいは第2位でない部門は再建・売却・閉鎖のいずれかを実行する戦略が詳説されています。また社員にもこの方針に対応できる資質と努力を求めました。この経営理念はGMと対極をなすものですが、いずれも企業至上主義の考えであることは共通しています。
ジャック・ウェルチが21年間の長きにわたって務めた会長兼CEOを2001年に退任したあともGEの路線は後継者によって継承されました。旧来のアメリカ的な経営から脱したGEは、現在の金融危機下においても、GMとは対照的に健在振り(2008年は売上1800億ドル、営業利益率10%強)を示しています。それでも金融部門のGEキャピタルなどの業績悪化によりGEの株価は過去5年間で最高値を付けた昨年11月の41ドル(史上最高値は2000年8月の58ドル)から現在は9ドルまで低下しています。
一方、GMの同じ期間の株価は2004年4月の最高値47ドル(史上最高値は2000年4月の93ドル)が現在は2ドルに低下したことに比べればGEへの評価はまだ高いと言えるかもしれません。両社の経営者達が導いた対照的なビジネス・スタイルは大変興味深く、これからも両社の動向に注目したいと思います。
他山の石
話を最初に戻しましょう。金融危機と経済危機(景気悪化)の震源地であるアメリカやその影響を最初に受けたEU(欧州)よりも日本においてGDPと株価がなぜ大きく低下したのでしょうか。今回のアメリカ発の金融危機はトリガー(引きがね)に過ぎず、2000年頃から日本の政府と産業界が推進してきた経済政策が主原因と考えられます。すなわち日本企業のグローバル競争力を強化することを至上目標として国内の人件費削減と前工程を中心に製造プロセスをコストの低い海外に展開したことです。
それに加えて国内の人件費を構造的に削減する非正規雇用の拡大が際限なく拡がり2008年には労働市場の35%(10代の若年層では約70%)にも達しました。このため大手企業が史上最高益を更新する一方で労働分配率(付加価値に対する人件費の割合)が大きく低下したことで国内需要(市場)は低迷が続きました。
そしてグローバル競争力を付けたはずの日本企業をアメリカ市場と欧州市場の需要急減が直撃しました。自動車や家電メーカーなど輸出企業が一番大きな影響を受けたことはこれを象徴するものです。すなわち外需バブルが崩壊したことで企業単位の最適化経営ではもはや対処できない環境変化に直面しているのです。このような視点に立つと、日本企業には関係のないと思われたGMの経営戦略(利益率の高い大型車とSUVへ過度に依存するビジネスモデル)が行き詰った構図が実は輸出依存の日本企業にも当てはまることが分かります。
新たな経済政策の必要性
しかし輸出(GDPの10-15%を占める)そのものが悪いのではありません。エネルギーを他国に依存する日本経済は輸出と輸入(合計するとGDPの20‐30%)なくしては立ち行きません。必要なことは富の公平な分配による国内市場(GDPの70‐80%)の再生です。もしこれを怠(おこた)ると、例えアメリカ政府の膨大な景気刺激策でアメリカ経済が回復(つまり日本からの輸出が回復)したとしても、今回実証された日本経済の構造的な脆弱性(ぜいじゃくせい)が解消されないことはもちろん、国内経済も改善されないのです。つまりアメリカの金融危機と景気悪化のために日本経済が損失を被(こうむ)ったとの被害者意識だけでは解決策を見出せないと思います。
1986年にグローバル化を意識して発表された「前川レポート」に端を発したと言われる現在の日本経済が抱える課題を総括する【晴れた日には日本が見える】によって新たな経済政策と雇用促進策を模索することが今の日本に必要ではないでしょうか。1990年代後半に始まり2000年代初頭に弾(はじ)けたアメリカにおける前回のバブル経済を自ら経験した筆者の独(ひと)り言でした。
(参考資料) 記事を書くに当たって以下の資料を参考にしました。
「晴れた日にはGMが見える」(1986年、J・パトリック・ライト著、新潮文庫)
「ジャック・ウェルチ わが経営」(2001年、ジャック・ウェルチ著、日本経済新聞社刊)
「世界最強の経営者 J・ウェルチの挑戦」(2001年、テレビ東京の特別番組から)
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