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2009年5月 8日 (金)

江戸史跡散策: 日本橋界隈(前編)

日本橋に出かけた折、日本橋室町、日本橋本町、日本橋小舟町(こぶなちょう)から日本橋小伝馬町まで史跡を求めて散策しました。出発地はもちろん日本橋川に架かる日本橋です。各写真のタイトルをクリックするとその場所を地図上で確認できます。

[日本橋に関するブログ記事] 東京の地名 江戸町奉行所 日本橋高島屋

 

2009_04230005 日本橋魚河岸跡  

徳川家康の江戸入府後、摂津から漁民が佃島に移り住んで漁業を営みました。幕府への上納が仕事でしたが、残った鮮魚を一般に販売するようになったのが日本橋魚河岸の始まりだそうです。龍宮城の住人である魚がすべてこの魚河岸に集まったようであったことから乙姫の像が乙姫広場に飾られています。 

 

2009_04230098 2016年東京オリンピック    

オリンピックの誘致に成功するとこの首都高速道路は撤去されるのでしょうか?

 

前回の東京オリンピックからもう45年の歳月が経ったのですね。ついこの前の出来事のように思い出されます。 

 

 

 

2009_04230087 日本橋を語る数字 

三越の向かい側、日本橋室町東プロジェクト用地のフェンスに日本橋の歴史が簡潔に説明されています。未来のことも書かれているのは意気込みの表れでしょうか。 

 

 

  

 

2009_04230104 コレド日本橋  

1662年(寛文2年)に近江商人の初代木村彦太郎(父は京の材木商、母方が近江の材木商)が日本橋へ進出して小間物店「白木屋」を創業、越後屋(現在の三越)や大丸とともに江戸三大呉服店のひとつとなりました。1903年(明治36年)に日本最初の洋風デパートとなった白木屋は関東大震災など幾多の困難に遭遇して1967年(昭和42年)には東急百貨店日本橋店となります。

 

2009_04230107業績不振に陥ったため1999年(平成11年)に白木屋以来336年の歴史に幕を閉じました。白木屋は昭和7年(1932年)の大火と昭和30年頃の乗っ取り事件で有名になりました。後者をモデルにした小説「乗っ取り」(城山三郎著)を読んだことがあります。今は跡地に曲面がユニークなコレド日本橋(日本橋一丁目ビルディング、地上20階、2004年オープン)が聳えています。  

 

2009_04230108 日本橋高島屋  

1831年(天保2年)に京都で古着・木綿商(屋号「たかしまや」)として創業。1933年(昭和8年)に日本橋店を開店。2006年(平成18年)に東京都の「歴史的建造物」に認定されたことに続き、開店から七十六年がたつ建物が百貨店として初めて重要文化財に指定されることが決定しました。手前はお茶と海苔の老舗「山本山」本店です。

 

2009_04230003 榮太樓總本舗(えいたろうそうほんぽ) 

屋台で金鍔(きんつば)を売っていた井筒屋を改め、1857年に日本橋西河岸に榮太樓として創業された菓子商で、金鍔(きんつば)、甘名納糖(あまななっとう)、榮太樓飴(あめ)、玉だれなどを販売しました。現在も創業地に本社を構えています。生菓子、焼菓子、あんみつなども人気があります。

 
2009_04230008 奈良まほろば館(番外編)  

名前の通りに奈良県のアンテナショップです。マスコットの「せんとくん」と現在上野の東京国立博物館で展示中の国宝「阿修羅像」の大きな写真が目を惹きました。来年(2010年)が平城遷都1300年記念で盛り上がっているこのショップは他県のショップのような物産販売だけでなく奈良の歴史と観光案内のイベントが中心のようです。

 

2009_04230009 日本銀行本店本館  

大判・小判を管理していた江戸時代の金座跡に明治29年(1896年)に建てられました。本館(旧館)の建物は明治時代の貴重な本格的洋風石造り建築として国の重要文化財に指定されています。 

 

 

 

 

2009_04230088 三井本館 

三井住友銀行や中央三井信託銀行が入るこのビルは旧三井財閥の本拠(直系企業を収容する建物)でした。関東大震災で被害を受け昭和4年(1929年)に建て替えられました。平成10年(1998年)にオフィスビルとしては初めて国の重要文化財に指定されています。7階には三井記念美術館が平成17年(2005年)に開館しています。

 

2009_04230072 日本橋三井タワー 

三井本館のデザインを受け継ぎ、日本橋地区の再開発で、平成17年(2005年)に竣工した地上39階、地下4階のランドマークタワーです。大半がオフィス用ですが高層階(30-38階)にマンダリンオリエンタル東京(ホテル)、1階と2階の一部に千疋屋総本店、地下1階はレストランとショップが入居しています。 

 

2009_04230013 千疋(せんびき)屋総本店

天保5年(1834年)創業の高級果物店です。武蔵の国埼玉郡千疋の郷(現在の埼玉県越谷市千疋)出身の初代弁蔵が江戸の葺屋町(現在の日本橋人形町)に果物と野菜類を商う店を創業、慶応3年(1867年)に日本橋本町(室町)に移転しました。日本橋の再開発にともない日本橋三井タワーに日本橋本店をオープンしました。(続く)

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