旧東海道ドライブ旅(静岡県中西部 その12): 見附宿
旧東海道(県道253号)は川井交差点で旧国道1号(県道413号)に吸収されました。小さな川を木原松橋で渡ったところで旧東海道にしたがって右手に入ると木原松橋の標識がありました。
200mほど進んだ左手に木原一里塚があり、さらに100mほど先の右手に許禰神社(こねじんじゃ)がありました。関が原合戦に向かう徳川家康が戦勝祈願をしたあと腰掛けて休息したと伝えられる「徳川家康公腰掛石」と樹齢300年以上とされる御神木の楠(くすのき)の巨木があります。神社の北側にある木原畷(なわて)の古戦場は徳川家康が武田信玄に大敗を喫する三方ヶ原合戦の発端となる小競り合いが行われた場所であると説明されていました。畷とはたんぼ道あるいは真っ直ぐで長い道のことです。
100mほど先の右手に木原の標識がありました。袋井宿宿境まで十七町(約1.9km)、次の見附宿(みつけじゅく)宿境まで一里二町(約4.1km)と表示されています。
県道413号に合流して三ヶ野橋を渡りました。旧東海道は国道1号を離れて少し南側のルートを取りますが、そのまま国道1号を走りました。
旧東海道が国道1号に左後方から合流すると、すぐ右手へと反れて行きますので、それに従いました。富士見町東交差点のすぐ手前です。300m余り走ると三叉路の角に富士見町の秋葉石灯籠(常夜燈)が立っているのが見えました。大正4年に建てられたものであることが説明されています。直進して急な坂を下りたところに愛宕山(あたごやま、愛宕神社)の石段が続いていました。
ここが東海道五十三次で28番目の遠州見附宿の東木戸跡で旧東海道に木戸跡の看板が、見附宿場通りには木戸風のモニュメントが立っていました。西から江戸へ旅する旅人がはじめて富士山を目にしたのが近くの高台からであったことから見附宿の名が付けられたそうです。すぐ東に富士見町の地名があることから頷(うなづ)けます。
見附宿場通りを西に走って中川橋を渡り、県道86号と交差して、次の県道44号を左折しました。交差点近くに旧御朱印屋敷冷酒清兵衛邸が見えます。右手に西木戸跡の標識と木戸風モニュメントが東木戸と同様にありました。本陣跡、問屋場跡、高札場跡など肝心なものを見過ごしたようです。街中では藤枝宿でしたように徒歩で巡(めぐ)るべきでした。
左手の府八幡宮の前に車を停めました。県道58号の反対側に遠江(とおとうみ)国分寺跡があるはずですが表通りからは見えません。JR磐田駅に向かうこの県道はジュビロードと呼ばれているそうです。もちろん地元のサッカーチーム「ジュビロ磐田」にちなんだもので、歩道に選手の足型や手型が多数あるそうです。ブライトタウン磐田駅前店の角を右折しました。
なだらかな坂道を上ると600mほど先の大きな施設の前に中泉の標識が立っていました。西北西へ一直線に伸びる道が次第に混み始めました。夕方が近いのです。
宮之一色一里塚(63番目)を探しながら運転しましたが少し行過ぎてしまいました。見つけた標識は後方を指しています。宮之一色バス停付近にあるだろうと当て推量したのが失敗でした。ひとつ手前のバス停「下万能」近くの「AGスクエア」前にあったようです。注意力が散漫になったのかもしれません。今回のドライブ旅のゴールは間近ですから気を引き締めることにしました。
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