旧東海道ドライブ旅(静岡県中西部 その7): 間の宿菊川
金谷駅近くまで戻って県道381号(島田金谷線)を「小夜の中山」方面に走ると諏訪原城跡の案内表示が左手の県道234号を指しています。立ち寄りたい気持ちで脇道に反れて駐車場に一旦車を停めましたが、広い城址巡りには時間がかかりそうですから先を急ぐことにします。
駐車場のすぐ先に先ほどの茶屋前から続く金谷坂石畳の下り口がありました。その石畳の道は自動車道を斜めに横切って(400mほど重なったあと)菊川坂を下って菊川へと続くのですが、ここで私は何を血迷ったのか、とんでもないことを思いつきました。
先ほど来た県道381号は国道1号のさらに北へと迂回しますから、もっと便利なルートを探そうとポータブル・ナビに「菊川宿」と入力したのです。検索がヒットしませんので「菊川」に変更すると南へ向かうルートを示しました。それに従って茶畑の中を走るといつまでたっても西へ向かって下りる横道がありません。
「お茶の郷」を見かけましたがカーナビはまだ南東を指しています。ついには国道473号に入って先月4日に開港したばかりの富士山静岡空港の入口交差点に差し掛かりました。地図帳をもう一度眺めて驚きました。旧東海道の「菊川宿」はJR東海道本線が通る菊川市にあるのではなく島田市にあったのです。もう少しでカーナビ迷子に陥って新空港見学ツアーになるところでした。
そう言えば菊川宿に向かう旅人は急な菊川坂を下りるはずです。先ほど通過した金谷坂の石畳の下り口に戻り、さらに400mほど進んだ交差点の反対側、菊川坂石畳の下り口横に車が通行できる急な坂道がありました。先ほどは見逃して通過していました! その坂道を慎重に下りて高麗橋を渡ると菊川の町並みに入ります。
間の宿(あいのしゅく)菊川は金谷宿と日坂宿の間にある休憩のための宿場で、宿泊は許されなかったそうです。さんぽ茶屋(菊川の里会館)には承久の変(1221年)で捕らえられ鎌倉へ送られる途中に中納言藤原宗行卿が詠んだ詩碑と同じく正中の変(約100年後)で鎌倉に送られた日野俊基の歌碑が並んでいました。
さんぽ茶屋の前から石畳の道が自動車道を横切って神社脇を山に向かって伸びているのが見えました。ここが菊川宿の西の外(はず)れです。いよいよ今回のドライブ旅のハイライトである「小夜の中山」が間近に迫りました。期待が高まります。
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