仁徳天皇陵と堺の百舌鳥古墳群(前編)
阪神高速15号堺線を快調に走って終点の堺出口から堺市役所へ向いました。南海高野線東堺駅に近い市役所の21階にある展望ロビーが最初の目的地です。堺市周辺地域はもちろん、大阪市から生駒山まで360度を展望することが出来ます。21時までオープンしていますから夜景のスポットとしても人気があるようです。そして入場が無料(駐車場は有料)であることも嬉しいです。今回展望ロビーを訪れた目的は高所から仁徳天皇陵など堺市の百舌鳥(もず)古墳群を俯瞰(ふかん)するためです。
期待に違(たが)わず南方向の眼下に巨大な仁徳陵古墳の全貌を手に取るように見ることができました。その後方にニンザイ古墳、御廟山(ごびょうやま)古墳、いたすけ古墳、右手後方に履中(りちゅう)古墳まではっきり確認できます。堺市には4世紀後半から5世紀後半に造られた古墳が47基残っていますが、この一帯には100基を越える古墳があったそうです。(堺市のhp)
展望ロビーを回遊すると北東方向にツインビル(複合施設ベルマージュ堺)と生駒山を背にした反正陵(はんぜいりょう)古墳、真北には阪神高速15号堺線と府道30号の先に大阪市の中心部が確認できました。
(注釈)展望ロビーでは古墳としての名称を用いて説明されていますが、以下の文中では宮内庁が天皇陵とする場合にはその表現を用います。
駐車場を出て俯瞰した古墳群を巡(めぐ)ることにしました。ツインタワービルを目印にしながら、堺東駅前を通過して北花田口交差点を右折しようとしましたが、南海高野線を越える陸橋に入れませんので行過ぎました。高速道路沿いに回りこんで陸橋を越えると田出井町西交差点の先に方違(ほうちがい)神社が右手に見えます。境内の駐車場に車を停めさせていただきました。崇神(すじん)天皇の勅願で創建されたと伝えられ、摂津・河内・和泉の境に位置するため古来より方災除けの神として信仰されてきたと説明されています。平安時代は熊野詣での通過地点であったとも。境内に神功(じんぐう)皇后御馬繋松之碑が立っていました。ちなみに堺の地名は三国の境に由来するそうです。神社の所在も北三国ヶ丘町でした。
境内を斜めに横切る道を歩きました。反正天皇陵(田出井山古墳)と敷地を接しています。綺麗に整備された歩道で陵を一周してみることにします。小さな天王古墳と鈴山古墳が続きますがいずれも陪塚(ばいづか、主人の墓に従う従者の墓)と考えられると説明されています。反正天皇陵の正面に出ました。宮内庁の案内板には反正天皇百舌鳥耳原北陵(もずのみみはらのきたのみさぎ)と表示されています。反正天皇は仁徳天皇の第三皇子です。この陵にはかって二重濠のあったことが確認されているそうですが、規模が小さいため大きなニンザイ古墳を反正天皇陵とする説もあるようです。
住宅地に取り囲まれている陵を一周して方違神社に戻りました。神社の前を通るのは長尾街道、日本書紀にも記述された堺(難波)から飛鳥に至る古い街道だったそうです。田出井町交差点を右折して府道2号から国道310号に入りました。左手に仁徳天皇陵が見えてきました。信号のある交差点を左折すると目の前が丸保山古墳でした。
仁徳天皇陵の濠にそって進むと学校らしき施設に出ました。良く整備された遊歩道が濠にそって続きますが車は入れません。徒歩で辿(たど)ってみようかと考えているとその施設(府立だいせん聴覚高等支援学校)の方が車は一方通行で陵の周辺は進めないと教えて下さいました。「実はここに車を停めて徒歩で行きたいのです」とも言えませんので教えられた道順で国道310号(中央環状線)へ戻り、その反対側にある陪塚永山に足を伸ばしました。濠が釣堀になっていることに驚かされました。
国道310号と府道30号(一条通)から府道197号(御陵通)へと大きく迂回すると前方に仁徳天皇百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)が見えました。道路の反対側は大仙公園です。陵の正面に駐車場があることを見つけました。数台ほどの狭いスペースですが幸運でした。
写真を撮り始めるとボランティアガイドの方が声を掛けて下さいました。車のナンバープレートを見たようで「遠くから大変ですね」の労いの言葉のあと、資料を使って丁寧に説明してくださいました。私のなけなしの知識と奈良の古墳群や高槻の継体天皇陵を巡(めぐ)ったを話しながら貴重な解説を聞くことができました。陵の周囲は車で辿(たど)れないのが残念と言うと短時間であればここに車を停めて歩いたらどうかと親切に薦めてくださいました。丁重にお礼を述べて車を発進させました。まだ先が長いのです。
下の写真は内濠(上段)と外濠(下段)です。ちなみに内濠を間近に見られるのは内堤が平らなこの拝所だけです。(続く)
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コメント
仁徳稜へは一度行きました、私の祖父の住まいが、古代に仲哀天皇が皇居とされた和歌山市新在家の徳勒津村で明治になつて得津村とされたと聞いて羽曳野にある天皇の御陵へは何度も再掲しました。西大寺の神功皇后稜へも行きました。天皇陵への関心は一般の場合と少し違いますが気持ちは同じです。
投稿: オオサカトクちゃん | 2009年9月22日 (火) 10時12分