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2010年2月27日 (土)

悪人列伝(その2): 藤原薬子

中臣鎌足にはじまる藤原氏にはその子である不比等(ふひと)の四子から興(おこ)った藤原四家(南家、北家、式家、京家)があるが、そのうち式家が奈良朝末から急激に勢いを得たのは考謙上皇(称徳天皇)のあとを継いだ光仁天皇(白壁王)を推した藤原百川(ももかわ)の存在に因(よ)ります。著者はこの章で藤原百川の辣腕家(らつわんか)振りを詳しく述べるとともに藤原薬子(くすこ)がその兄清成の孫娘であることを家系図で紹介。光仁天皇の子、桓武(かんむ)天皇の遷都にも触れて、薬子の父である藤原種継が長岡を視察後に造営使に任命されて新都を造営中に暗殺される経緯を説明。桓武天皇の弟である早良(さわら)親王が遊幸(遊行)を好む桓武から任された政務を種継に批判されたことを恨んだとする説を紹介、筆者は桓武と相良の反目に藤原氏と大伴・佐伯氏など古い豪族との権力闘争にあると見る。これにより早良親王は淡路へ流される途中に河内で絶命、大伴氏一族も処罰されます。長岡京が造営なかばで平安京に再遷都された理由は不明としながらも、和気清麻呂が密かに献言したとの記録を引用、相良の怨霊(おんりょう)に対する恐れが強かったことによるとの説を筆者は支持。なお桓武天皇は相良親王に崇道(すどう)天皇を追称しています。

薬子(くすこ)が登場するのもやはり後半になってから。桓武天皇の子、安殿親王(あてしんのう)の妃である帯子(たらしこ、百川の娘)が病死したのちに同じ式家の中納言藤原縄主(ただぬし)と結婚した薬子は長女が選ばれて安殿に仕える宮女として東宮御所入したことで自分も宮女として仕える。詳しい記録が失われているとして薬子の年齢を詮索(せんさく)、32あるいは33歳と見た。薬子は娘のご亭主的立場にある9歳ほど歳下の安殿親王(皇太子)と通じ、これを知った桓武天皇に東宮御所を追い出された。その間に中納言で東宮大夫(とうぐうだいぶ、東宮御所長官)であった藤原葛野麻呂とも男女の関係となっている。桓武天皇は葛野麻呂を太宰大弐(だざいのだいに、次官)として九州へ去らせたあとに薬子の夫である縄主を八年間も東宮大夫の任に当たらせた。安殿が皇位について平城(へいぜい)天皇として即位するとすぐ薬子を宮中に入れている。平城天皇は薬子が死ぬまでの5年間縄主を大宰大弐として九州に留め置いた。筆者はこれを薬子が平城を説得したものとみる。遣唐使の任を全うした葛野麻呂は従三位に叙せられ、桓武の死後は東宮大夫に返り咲いていたが、1年後には地方政治を観察する観察使任じられたことを平城天皇の嫉妬かもしれないと解釈。

薬子の父、種継(正三位中納言)が太政大臣を追贈されたのも薬子の計らいとみる。病気がちになった平城天皇は嵯峨天皇への譲位を決意、退位して平城(奈良)へ移って宮殿を造営する。しかし嵯峨天皇が政策を見直すとこれに反発して上皇の詔(みことのり)を出す。上皇の命令を受けて都を平城(奈良)に戻そうと動く一方で嵯峨朝廷は壬申の乱に習ったのか東国を固めた上で乱暴な振る舞いが目に余った薬子の兄仲成(なかなり)を捕えて、薬子の罪も非難する詔を発布した。さらに坂上田村麻呂を大納言に昇任させて武(軍事力)を固めた。平城上皇と薬子は奈良にいる部下を引き連れて東国へ向おうとしたが田村麻呂が宇治と山崎の両橋および淀を固めたため平城の宮に戻る。平城上皇は髪をおろし、薬子は毒を仰いで死んだ。この事変のために最も栄えていた式家は急速に衰えて、これまであまり権勢があったとは言えない北家の隆盛時代が到来、その流れは現代にまで五摂家(ごせっけ)として続くことになる。

美貌は女の天与の財産であるが美人薄命と言うようにその人の運命の起伏が大きい。古来女性で悪人と伝えられる者で美貌でなかった者はないと著者は言う。美貌は他の能力と違って人間の最も弱いところに訴えることによって力となるものであるから、美人で政治上の最高位に上った人が古来よく言われないのは世の東西を問わないとする。女の悪人たる資格は美貌だけではなくすぐれた才気と旺盛な権勢欲の三つ、これらを兼備した女性は大抵の場合悪人となる。薬子はこの資質を持っていたと言えるが、その運命を決定的にしたのは彼女が平城に逢ったこと、不運な出逢いであったとする。「ぼくはあわれむべきか、にくむべきか、自らよくわからないのである」と筆者は結んでいる。

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