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2010年3月 4日 (木)

栃木の小江戸(その1): 蔵の街から謙信平へ

土砂降りの東北自動車道を走りました。利根川を渡って館林ICと佐野藤岡ICを過ぎた栃木ICで県道32号へと右折して3kmほど走れば栃木市の中心部に差し掛かります。栃木市は県の名前と同じですが栃木県の県庁所在地は宇都宮市。明治初期の廃藩置県で出来た栃木県と宇都宮県が合併した当初は県庁が栃木町(現在の栃木市)に置かれましたが後に宇都宮へ移されたそうです。ちなみに栃木町は下野国(しもつけのくに)の国府が置かれていた場所で栃木の地名は栃の木に由来するとされます。

歴史のある栃木市の市街地には江戸時代から明治時代にかけて巴波川(うずまがわ)が水運に利用されたことで蔵や商家が多く残っており「蔵の街」として知られます。日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)の宿場町として盛えた商都で「小江戸」の別名を持っています。

蔵の街第1駐車場に到着したのは午前7時半と早朝のため電線が地中化されてすっきりした目抜き通り(県道3号と県道11号)には車や人の影は疎(まば)らです。

 

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観光施設が開くのは午前9時以降ですから雨が降りしきるなか近くの神明宮に参拝することにしました。下野(しもつけ)国総鎮守のこの神社は地元で「栃木のお伊勢さま」と呼ばれているようです。帰宅後に神明宮のhpで確認すると、応永10年(1403)に栃木城内神明宿(現神田町)で創建されたと伝えられるようで、栃木の地名はこの神明宮の屋根ぐしの千木(ちぎ)から出たとも言われていると説明されています。

 

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巴波川に向いました。幸来橋の袂(たもと)にある塚田歴史伝説館には「木材回漕問屋」と表示されています。案内書きによると塚田家は江戸後期から巴波川の舟運で栄えた豪商で川沿いに黒塀と白壁土蔵が120mに及んでいるそうです。その脇に「舟のりば」の看板がありますから舟遊びができるのでしょう。

 

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川沿いを散策したいところですがまだ雨が降り続いていますので、時間調整を兼ねて次の目的地を先に訪れることにして車を走らせました。幸来橋の先で県道75号から県道269号(太平山公園線)へと左折すればあとは一本道です。

国学院大学の付属校前から急な坂道になりました。右手の細い道にそれて曲がりくねった道を走って「見晴台」と「太平山(おおひらさん)神社」の案内表示を過ぎると大平山の謙信平(けんしんだいら)に関東平野の展望が広がるはずですが・・・。念のために三層の展望台に昇ってみましたが五里霧中、ここでは「広さ五里にもわたる深い霧の中に居ること」(広辞苑)とする本来の意味です。案内板には関東平定をめぐって北条氏康(うじやす)と争った上杉謙信が近くの大中寺住職虎渓和尚の斡旋で和議に応じたことと太平山に登って関東平野の広さに目を見張ったという故事が謙信平の地名の由来と説明されています。ちなみに晴れていれば見える地域は3月29日から栃木市になる大平町とその西隣の岩舟町、南隣の藤岡町(同じく栃木市と合併予定)の先は利根川、さらに埼玉県や茨城県へと続き、筑波山はもちろんのこと富士山まで望めるはずです。 注釈)大平町と太平山はなぜか字が異なります。

 

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栃木市出身である山本有三氏の文学碑を見て回っていると道路を挟んで展望台の反対側にある数件の土産物屋で開店準備がはじまったようです。最初に店が開いた日の出屋さんで名物の「三色だんご」を求めました。車に戻って冷え切った身体に一息付かせながらさっぱりした甘みがほどよい団子を食べました。

 

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焼鳥や卵焼きも太平山(謙信平)の名物のようです。(続く)

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