« 南房総の花と灯台(外房編Ⅳ) 鴨川から勝浦へ | トップページ | 南房総の花と灯台 東京ドイツ村 »

2010年4月 5日 (月)

南房総の花と灯台(外房編Ⅴ) 勝浦灯台と八幡岬

朝食を済ませると同行者は再度卓球の挑戦状を突きつけてきました。受けて立つことにした私は、昨夜に勘を取り戻していましたから、余裕で45分の試合を制して終了。

勝浦市内を抜けて八幡岬の「勝浦灯台」に向います。串浜大橋際で国道126号から市街地に入り、勝浦市役所脇を通り過ぎ、丘陵地帯の道に入りました。

官軍塚の表示が目に入りました。広い駐車場にある説明書きには「戊辰の役で函館の五稜郭に移って官軍に抵抗した旧幕府の海軍副総督の榎本武揚を鎮圧するために向った肥後藩の援軍が乗る船が暴風雨のため勝浦川津沖の岩礁地で難破。川津の住人が救助活動を行うも130名の犠牲者が出たことでこれを供養したのが官軍塚である」旨が書かれていました。官軍碑は小高い場所にあるようですから立ち寄るのは断念して、潮岬の紀伊大島樫野崎にあるトルコ軍艦遭難慰霊碑のことを思い出しながら、勝浦灯台を目指しました。

前方に海が見えてきました。灯台に入るゲート前に駐車。50mほど歩いた場所にあるフェンスで囲まれた八角形の灯台は大正6年に点灯された勝浦灯台で、塔高21.2mと中規模ですが、海面からは71mもある光達距離は約41kmとパワフルです。

 

2010_03160261 
2010_03160255   

 

灯台から海越しに八幡岬公園が見えます。

 

2010_03160252   

 

入り江を回りこむような弓形のコースに沿って走り、ランニングの練習をする人達を追い越しました。小さなトンネルを抜けると八幡岬公園の駐車場です。うぐいす(鶯)の鳴き声を聞きながら散策路を歩きました。

 

2010_03160279 
2010_03160275   

 

展望広場から先ほど立ち寄った勝浦灯台が見えます。

 

2010_03160271_2   

 

この八幡岬公園は勝浦城址で、駐車場が三の丸、売店が二の丸、展望広場が本丸址のようです。一番高い場所にある八幡神社へ続く石段脇に城址の碑がありました。

 

2010_03160268 
2010_03160269   

 

勝浦城主であった正木頼忠の娘が徳川家康の側室になった「お万の方」で、家康勢に攻められて城を明け渡す時にお万が布を使って崖を下りたことから「お万の布ざらし」と呼ばれたことが説明されていました。水戸光圀はお万の方の孫に当たることも。

 

2010_03160270   

 

勝浦湾の小島に赤い鳥居が目立ちました。宮島にある厳島神社の鳥居に似ています。

 

2010_03160266   

 

帰宅後に調べると平島の鳥居でした。勝浦市のhpによると勝浦大漁まつりで八幡神社の神輿(みこし)が勝浦港で舟に乗せられ平島を旋回する行事があるそうです。戦に破れ房総まで逃れた源頼朝が勝浦までやって来てこの島で一夜を過ごしたと言う伝説(史実ではない)も知りました。遠くに見える円筒形の施設は以前訪れたことがある勝浦海中展望塔です。今回の外房巡りはここまでにして再び内房へ向かいます。

 

2010_03160274   

 

<同行者のコメント> 灯台めぐりのあとはカラオケ三昧の旦那さまにはあきれてしまいます。そして卓球では「つい本気を出してしまった」と意地悪なことを、くやしいです。でも夕食で出された食器がエキゾチックで私は好きです。□

 

P.S. 人気テレビドラマ「水戸黄門」に24年間出演して来た由美かおるさんが来週から始まる第41部を最後に降板することが今日のニュースで報じられました。

|

« 南房総の花と灯台(外房編Ⅳ) 鴨川から勝浦へ | トップページ | 南房総の花と灯台 東京ドイツ村 »

ドライブ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 南房総の花と灯台(外房編Ⅴ) 勝浦灯台と八幡岬:

« 南房総の花と灯台(外房編Ⅳ) 鴨川から勝浦へ | トップページ | 南房総の花と灯台 東京ドイツ村 »