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2010年5月19日 (水)

八ヶ岳周辺の清水と古代遺跡(10) 金生遺跡・井戸尻遺跡

真っ赤に塗られたアーチ構造の東沢大橋を渡って県道11号を南に走りました。アーチ橋の後方に見えるのは権現岳(標高2715m)とその左の三ツ頭(みつがしら、標高2580m)、右端にわずかに写っているのは牛首山(標高2320m)と八ヶ岳最高峰の赤岳(標高2899m)のようです。

 

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天女山(てんにょさん)入口交差点を左折して県道28号で小海線(八ヶ岳高原線)甲斐(かい)大泉駅を目指します。道路脇に別荘地の看板が目立ちます。

棚畑遺跡と同様、訪問先に追加した金生(きんせい)遺跡の場所を確認するために立ち寄ったのです。期待通りに駅前広場に大泉高原の大きな案内地図看板がありました。地図の左下、駅からかなり離れた場所に金生遺跡を見つけました。谷戸城跡のすぐ南のようです。案内地図に従い県道28号で若林交差点を右折、県道606号を谷戸まで約2km西進した十字路を左折、町道(逸見神社通り)を1kmほど南下して目印の逸見神社まで難なく走りました。あと少しのはずです。谷戸城通りを探せば良いだろうと適当に選んだ左手の農道に入ってみました。

気が付くと矢戸城跡に行き当たりました。私の山勘(やまかん)が当たって正に谷戸城通りだったのですが、遺跡は丘や小山にあるだろうとの先入観で農道の十字路を左手の小山に注目して反対方向へ曲がってしまったのです。

 

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金生遺跡は谷戸城跡の南にあるはずであると600mほど南に走ると狭い農道の先に金生遺跡(国指定史跡)を見つけました。甲斐駒ケ岳が見える比較的平らな田園地帯でした。縄文時代には田園ではなかったはずですから潅木林(かんぼくりん)だったのでしょう。遺跡の入口にはオブジェが左右に建てられています。発掘されたシンボル的な形状をした石棒を模(かたど)ったもののようです。

 

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竪穴(たてあな)式住居が3棟再現されていました。

 

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尖石遺跡にあったものと少し構造が違うのでよく見ると、円錐(えんすい)型の屋根の下に円筒形の部分があり、しかもそこが粘土か何かで白く塗られています。調べてみると通常の竪穴式住居は伏屋式(ふせやしき)で、金生遺跡に再現されているのは壁立式(かべだちしき)と呼ばれるそうです。壁立式は拠点集落の大形住居や首長居館などに採用された権威を示す形式で伏屋式とともに弥生・古墳の両時代に築造されたと考えられるそうです。アフリカなどの住居と似ていて何かエキゾチックな感じさえします。

 

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住居跡38軒、配石遺構5基、集石遺構3基、石組み遺構16基など豊富な遺物が発見されましたが、発掘時に住居跡に「掘り込み」や「周堤」が見られなかったことから壁立式で再現されたそうです。

 

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右手奥の小屋に祭祀(さいし)遺構がありました。縄文晩期終末(2300年ほど前)のもので、発掘調査された時の姿でレプリカによる復元展示がしてあります。ちなみに気になった金生の名称は大泉町谷戸の字名でした。

 

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谷戸の十字路まで戻って県道608号をさらに西進して中央自動車道を潜(くぐ)り、JA梨北小淵沢支所前交差点で県道17号(七里岩ライン)に合流してさらに小淵沢(こぶちざわ)方面に走ると駒ケ岳など南アルプス北端の山々が前方に見えてきました。

 

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富士見町に入った最初の三差路にある井戸尻遺跡の案内に従って右折すると農道のアップダウンが続きました。2km余り走ると右手の傾斜地にある井戸尻遺跡に再現された竪穴式住居が見えますので駐車スペースと思われる場所に車を停めました。

 

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国指定史跡である井戸尻遺跡(井戸尻史跡公園)へ向う農道には車での進入を遠慮するよう注意書された立て看板があります。それほどの距離ではありませんから緩(ゆる)やかな坂道を歩いて登りました。標識から見て12号住居跡まであったようです。井戸尻考古館のhpによると出土品から推定して縄文時代中期にはすでに農耕(雑穀栽培)が行われていたそうです。ちなみに母沢(はあさわ)川から中央自動車道に近い鹿の沢までのおよそ2.5㎞の範囲には井戸尻の他にも曽利(そり)・藤内・九兵衛尾根・居平・唐渡宮・向原などの遺跡があって井戸尻遺跡群と総称されています。

 

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来た方向を振り返ると白州町の雨乞岳(標高2037m)などで山麓部は隠されていますが、南アルプス(赤石山脈)の北部にある頂(いただき)が尖がった駒ケ岳(標高2967mとその左後方の鳳凰三山(地蔵ヶ岳、観音ヶ岳、薬師ヶ岳)の残雪が輝いています。縄文人も同じ景色を眺めていたのでしょう。

 

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反対方向には八ヶ岳連峰南端の編笠山(標高2524m)と雲に覆われた権現岳(標高2715m)の頂上付近が手前の小山越しに見えました。(続く)

 

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