« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月に作成された記事

2010年8月29日 (日)

鶯谷探訪二題

日暮里駅からJR山手線で一駅の鶯谷(うぐいす)駅で下車しました。1kmほどの距離ですから普通ならば歩くところですがこの日も猛暑ですから熱中症にならないよう注意しました。小さな改札口があるだけの南口を出て上野公園と根岸一丁目を結ぶ陸橋を言問通り方面へ向います。ちなみに鶯谷は駅名だけで住所表示は根岸です。鶯谷の名の由来は寛永寺の住職が京から鶯を取り寄せてこの地に放ったことで鶯の名所となったことによると伝えられます。

2010_08190053 陸橋を半分ほど下りると映画「Shall we dance?」(1996年公開)の舞台のモデルになった「ダンスホール新世紀」(ワールド会館3階)がありました。映画の撮影には練馬区の江古田ストアハウス岸川ダンス教室)、川崎市とどろきアリーナ(ダンス大会)、大阪の元ダンスホール「ワールド」(お別れダンスパーティー)などが使われたようです。

2010_08190055 何の不自由もないはずなのに満たされないサラリーマンの主人公が、電車の中からダンス教室の窓辺で物憂げに佇(たたず)む女性の美しさの虜(とりこ)になり、社交ダンスを習い始めるイントロに続いて、周防(すお)正行監督らしい魅力的なストーリー展開が印象に残る映画でした。2004年にアメリカで同じタイトルでリメイクされています。

2010_08190061 陸橋を下り切ると言問通り(都道319号)に行き当たります。鶯谷駅下交差点を右手に進むと鬼子母神のある入谷から浅草(蛇骨湯観音温泉仲見世西浅草)の方面へと続き、左手に行けば鶯谷駅北口から上野公園谷根千へ至ります。今日は左手へ歩きながら、笑福亭鶴光さんの歌「うぐいすだにミュージックホール」を思い出しました。 

2010_08190063 鶯谷駅前交差点を右折して尾竹橋通り(都道313号)に入りました。この辺りには横断歩道がありませんから横断歩道橋を利用します。 
 
 
 

2010_08190064 横断歩道橋を下りた尾久橋通り(都道58号)との交差点の角がこの日の飲み会の会場である豆腐料理の老舗「笹乃雪」(元禄年間開業)です。店の看板に「豆富料理」とあるのは「腐」の字を嫌った9代目当主が名付けたとのこと。 
 

2010_08190067 店の前には正岡子規真筆の句碑と立て札がありました。「水無月や根岸凉しき篠の雪」「蕣(あさがお)に朝商ひす篠の雪」の句が鏡のように磨かれた石面に刻まれています。
 
 

2010_08190066 飲み会までまだ時間がありますので左手の尾久橋通りを竹台高校前交差点まで歩き、左手の路地に入りました。左手に「ねぎし三平堂」があります。先代の林家三平さんの想い出の品々を展示した施設で、毎月第3土曜日に落語会が開催されているようです。残念ながらこの日は休館日でした。

2010_08190069 笹乃雪に戻りました。創業三百十五年の老舗ですが和風モダンの店舗は気楽に入ることができます。
 
 
 
 

2010_08190075 相席の部屋に案内されました。根岸ゆかりの文人・墨客の書や絵画等が何点か展示してあります。
 
 
 
 

2010_08190079 そのなかで一際目を引いた書は書道・歌道の師範でもあった有栖川熾仁(ありすがわたるひと)親王が書かれた「萬変主敬」。皇女和宮と婚約したのちに公武合体策の一環として和宮は将軍徳川家茂に嫁ぎ、親王は征東軍大総督として江戸を開城しました。中山道では和宮の仮泊所跡を、芝の増上寺では和宮の墓所を紹介しています。

2010_08190074生ビールで乾杯していると初音御膳(3500円)が配膳され始めました。小付け、生盛膾(白酢あえ)、冷奴で スタート。 
 
 
 

2010_08190085 次いであんかけ豆富(2椀)、胡麻豆富、絹揚、雲水(湯葉巻き・豆腐蒸し)、季節の一品。あんかけ豆腐が2椀で出される由来を聞きました。上野の宮様(上野山輪王寺座主であった能久親王、後の北白川宮)がその美味しさにお替りをされ、次回からは2椀で出すように言われたことがあったそうです。店の名前もこの宮様に縁があるそうです。

2010_08190095 うずみ豆富(豆富茶漬け)はご飯のなかに豆腐が埋まるように入っていることからその名が付けられた京料理。デザートまで豆腐尽くしで見た目にも涼やかな夏向きの料理でした。料理の詳細は関連ブログ記事を参照してください。 
 

2010_08190099 元禄四年(約三百十五年前)に京より江戸に移った笹乃雪の初代玉屋忠兵衛が絹ごし豆富を発明したとホームページに説明されています。
 
 
 

2010_08190110参考情報ですが笹乃雪のすぐ近くに正岡子規の根岸子規庵もあるようです。鶯谷駅は北口も山手線と京浜東北線の駅舎として小さなものでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月27日 (金)

日暮里駅探訪

8月の下旬に入っても熱波は一向に収まる様子はありません。今週はじめに開催された定例のゴルフコンペでは熱中症対策に留意したことが奏効したのか前半はほとんど失敗がなくハーフで今年のベストスコアが出ました。これは行けそうだと後半もペースを維持しようとしましたが、先月と同様にエンスト気味となって、大幅なスコアダウンに・・。悲惨な結果を覚悟しましたが、前半の貯金に助けられ、望外の3位に入賞できたのです。しかし嬉しさも半分、やはり涼しい秋風が待ち遠しく感じられます。

このゴルフコンペに先立つ先週後半に日暮里駅周辺の散策に出かけました。日暮里駅はJR東日本、京成電鉄、東京都交通局の駅で乗り入れている電車も多種多彩ですから、以前から訪れたいと思っていました。なんと言っても最大の目当ては1ヶ月前の7月17日に開通した成田スカイアクセス(成田空港線)の新型車両です。

2010_08190003 JR山手線で直接日暮里駅へ向うのも面白くありませんから、営団地下鉄千代田線を利用して西日暮里駅を経由することにしました。昨秋、谷根千散策の終着点にした駅です。空中回廊で結ばれた東京都交通局の日暮里・舎人(とねり)ライナーの西日暮里駅から一駅の日暮里駅に向かいます。

2010_08190008 よく利用する「ゆりかもめ」と同じ案内軌条式鉄道(あんないきじょうしきてつどう)の新交通システムです。車輪の代わりにゴムタイヤが付いた電車です。わずか600mほどで急カーブを曲がって高架駅の日暮里駅に到着。JR東日本と京成電鉄のホームと直角に位置して、東急の大井町駅と似た配置です。2階と3階に改札口がありました。

2010_08190011 東口の駅前広場に降り立つと太田道灌の像がありました。道灌の騎馬姿を見るのは始めてですが、これまで川越市役所前と有楽町の国際東京フォーラム(ガラス棟)で太田道灌の立像を見ています。また伊勢原市では太田道灌の墓(首塚)を尋ねたことがあります。
 

2009_02190002 こちらの写真が国際東京フォーラム(ガラス棟)にある太田道灌の像です。もともとは旧都庁前にあったものを都庁の西新宿移転にともなってこの場所に移設されたそうです。 
 
 

2010_08190012 江戸時代から続く老舗「羽二重団子」の日暮里駅前店も見かけました。羽二重団子は着物の羽二重のような光沢・粘り・シコシコした歯ざわりが特徴で、夏目漱石や正岡子規など明治の文人達もその作品に登場させています。本店は300mほど南東の京成線沿いにあります。日暮里の地名の由来は「谷根千と坂道」の記事で説明しています。

2010_08190017 次いで京成電鉄のプラットフォームへ向かいました。3階構造で1階が上りのプラットフォーム、2階がコンコース、3階が下りのプラットフォームです。南口改札口から迷わず3階へ向かうと京成スカイライナー乗り場の入口で検札を受けましたが、JR新幹線の改札口と同様で、入場券でも問題なく入場できます。

2010_08190021 成田スカイアクセスを走る新しいスカイライナーは2番線プラットフォームを利用しています。そしてシティライナー(旧スカイライナー)も同じプラットフォームに発着しているようです。ちなみに上野駅行きの上りは1階の0番線です。 
 

2010_08190023 反対側の1番線プラットフォームには上野駅始発の京成本線の電車が次々と停車します。
 
 
 
 

2010_08190024 発車時刻の数分前に新しいスカイライナーが入って来ました。
 
 
 
 

2010_08190025 スカイライナー専用車両の2代目AE形は初代に比べると先頭部がシャープな印象です。
 
 
 
 

2010_08190030 同じ車両が通勤特急のモーニングライナーとイブニングライナーにも使われているようです。乗客が全員乗車したことを車掌さんが確認しましたから間もなく出発でしょう。  
 
 

2010_08190031 新型スカイライナーの発車を見送りました。40分後には成田空港の第2ビル駅に到着するのです。ちなみに所要時間は時間帯によって異なり、最短36分、最長は45分と大きな差があります。(8月27日現在)   
 
 

2010_08190033 最後はJR東日本です。日暮里駅には山手線、京浜東北線、常磐線の電車が停車しますが東北本線(複々線)は通過します。常磐線では取手駅までの直流区間で各駅停車に使われる緑のラインが入ったE233系と交直流区間を走行可能な中距離電車および快速電車のE531系が走っていました。

2010_08190034 常磐線は北千住駅-取手駅間が複々線になっています。 
 
 
 
 

2010_08190040 東北本線は東北新幹線を建設するために日暮里駅のプラットフォームは取り壊されて複々線の線路があるだけです。このため5番から8番が欠番となっています。
 
 
 

2010_08190039 ちなみに東北新幹線も同様に上野駅始発でしたが、東京駅に乗り入れるため東北本線の線路を転用して東京駅始発の現在の形になりました。そして東北本線の盛岡駅と八戸駅の間は第3セクター会社で経営されています。東北新幹線も東北本線と同様に日暮里駅を通過します。 

2010_08190050 そしてお馴染みの山手線。品川駅から渋谷駅と新宿駅を経由して田端駅までの路線名ですが、運行上は東海道本線の東京駅-品川駅と東北本線の東京駅-田端駅の区間を利用して山手線として環状運転をしています。戦後は「やまて」線と呼ばれていましたが、1971年に戦前と同じ読み方の「やまのて」線に戻りました。

2010_08190043 京浜東北線の名前の由来は東京駅-大宮間が東北本線、東京駅-横浜駅間は東海道本線の一部であることによるようです。ちなみに横浜駅-大船駅間は根岸線です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月23日 (月)

自己流高速ドライブテクニック 定速走行

「高速ドライブテクニック」の記事もいよいよ最終回を迎えます。「定速走行」がテクニックなのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこれこそがドライブテクニックの真髄(しんずい)だと思っています。つまりこれまでに説明したすべてのテクニックを総合することによって一定速度でのドライブが可能なのです。高速ドライブテクニックのまとめとしてお読み下さい。

一定の速度で運転する目的を説明するにはその逆の運転方法の欠点を説明する方が分かり易いかもしれません。速度を絶えず変更しながら運転すると、まず運転する人に疲れが溜(たま)まるだけでなく、時にはイライラがつのることもあります。そしてガソリンの消費量も増えて燃費を悪化させる不経済な運転方法でもあるのです。定速走行をすればスピードメーターを時々確認することになり居眠り防止に役立つかもしれませんが、何と言っても最大の効用は同乗者が快適でいられることでしょう。

2008_03110016 定速走行を妨げる要因を考えてみます。その一番目には先を急ごうとする気持ちが挙げられるでしょう。「兎(うさぎ)は亀(かめ)を追い越せない」のパラドックスのようですが、ダッシュと減速を繰り返す「兎走行」ではそれほど平均速度が上がりません。その理由は先行する車との車間距離が近づくたびに速度がダウンせざるを得ないからです。

2008_03110018 つまり車間距離を確保することも定速走行のポイントです。前を走る車の速度が一時的に低下してもアクセル操作で微調整するだけで済みます。そして急加速することもありませんから平均燃費も改善されます。逆に車間距離が小さいとブレーキを頻繁(ひんぱん)に使うことになって加速(速度回復)操作が増えて燃費はさらに悪化します。

2008_03110019急加速して追い越しをすると、定速走行を妨げるとともに燃費を悪化させますから、無理な追い越しは極力避けることが望ましいのです。レーン取りの項で説明したように数台前までの車の動向を把握していればアクセルによる加速と減速の回数が減らせますし、ブレーキの使用はほぼ不要になります。

2008_12060147もう1つの要因は運転者の技量の問題で、これも定速走行を妨げます。平坦に見える高速道路も微妙なアップ・ダウンがありますから、それに応じてタイミングよくアクセルを微調整しないと速度が変化してしまいます。つまりこの微調整がうまく出来ない人は、ハンドル操作と同様、車速が変動する波状運転に陥(おちい)りやすいのです。

2008_05210001定速走行において私がよく利用するのは高速バスや安定な走行をする乗用車です。先導車として利用すると疲れが少なくて快適であり、道路のアップ・ダウンによるスピードの変化も教えてくれるので便利です。高速バスなどの大型車は風除けになってくれて燃費も改善しますが、車間距離を詰め過ぎると追突のリスクがありますから注意が必要でしょう。

2008_05210003雨天や強風など気象条件が悪い場合には低めの定速走行が不可欠です。特に強雨の場合は視界がききませんから、車間距離をやや短めにして控えめのスピードで走行すると、先を走る車がナビゲーターとなってくれて安心。それに路肩に停止する車のバックライトと見誤る危険も回避できます。すみやかに最寄りのPAなどに避難しましょう。

2008_05210008定速走行モード(クルーズコントロール機能)付の車を運転している方にはこれまで説明したことは無用なテクニックと思われたかもしれません。確かにクルーズコントロール機能を使うと簡単に一定速度で走行できますし、アクセルを踏み続ける必要がないことから長距離運転では右足の疲労を軽減できる効用もあります。

2008_05210009 1960年頃にアメリカで開発されたこの機能は、20年前にアメリカで乗っていたGM製の車にすでに付いていましたが、16年を過ぎたわが家の愛車にはないためこの手抜き運転(?)はできません。しかし一定速度で数時間も走ることのあるアメリカで有用な機能も日本では解除・再設定の回数が多くなって逆にわずらわしいかもしれません。

注釈;クルーズコントロールはエンジンのスロットルバルブを制御する仕組みで、専用スイッチを一旦セットすれば通常40-50km/hから100km/hの速度を車自身が保ってくれます。車速の設定は専用のつまみで行うのが普通です。アクセルで100km/h以上に加速してもアクセルを戻せばその前の定速走行(あるいは設定可能な上限速度)に戻りますが、ブレーキを踏むとこの機能は自動的にオフとなります。前の車との距離を計測するレーダーを搭載していない車では車間距離を運転者が判断してこの機能をスイッチまたはブレーキ操作でオフ(または減速設定)にする必要があります。再び定速走行をする場合はレジューム・スイッチをオンにすれば元の速度に設定されます。

2008_05210011 「高速ドライブテクニック」の記事を終えるに当たって最後に運転環境の急激な変化を指摘したいと思います。高速道路を出て一般道に入る時には感覚だけではなくスピードメーターで速度が適切であるかを確認する習慣を付けましょう。速度超過になっていることが意外に多いものです。一般道の速度に慣れるまで注意する必要があります。

2009_11010020私の45年に亘る運転経験から思いつくまま高速運転のテクニックと心構えを紹介しました。少しはお役に立てたでしょうか。私が運転免許証を取得したのは名神高速道が全線開通した頃で、東名高速道路や中央自動車道はまだ開通しておらず、日本では高速道路が特別な存在でした。ですから高速教習はもちろんありませんでした。 

国土交通省のhpによると高速道路の総延長が2008年4月1日現在で7500kmを越えたそうです。約120万kmもあるすべての道路のわずか0.6%を占めるだけですが、ほぼ全国を網羅した高速道路により移動先までの時間距離が縮まって、ずい分便利になったと実感しています。 

これからも高速道路のドライブを、今の愛車をいたわりながら、たっぷり楽しみたいと思います。 注釈;掲載した写真はこれまでに高速道路で撮影したものです。□

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月22日 (日)

自己流高速ドライブテクニック レーン取り

ここからは高速ドライブテクニックの応用編として、高速道路で適切にレーン取りをする(車線を選ぶ)方法を紹介します。通行量が少ないとして(あるいは予算不足のため)片側一車線(対面通行区間)で建設された高速道路ではレーン取りの必要はありませんが、片側に2車線あるいは3車線がある高速道路では車線を適切に選択して運転することが望ましいのです。

注釈;本題に入る前にこれまでドライブしたことのある片側一車線の高速道路をいくつか紹介します。まず開通した当時の中央高速道路、四国の徳島自動車道・高松自動車道(鳴戸IC-高松東IC間の大半)・松山自動車道(一部)、阪和自動車道(有田IC以南)、京都縦貫自動車道(園部IC以北)、中部横断自動車道(双葉JCT以南)、圏央道(首都圏中央連絡自動車道、つくば中央IC-稲敷IC間)、上信越自動車道(一部)、東海北陸自動車道(白鳥IC以北)など。注)拡幅工事中の区間もある

2008_12060017さて「適切に選択」とはどう言う意味でしょうか。車線の違い、つまり走行車線と追越車線の機能を正しく理解して運転することです。走行車線は名称の通りに走行するための車線であり、追越車線は自分よりも遅い速度で走行する車を追い越すために使用する車線です。当たり前のことですが意外に守られていません。

2008_12060152時には中央分離帯に近い追越車線だけをマイペースで走行する車も見かけることがあります。それは追越車線が、ICSAPAでの車の出入りの影響を受けない、ノロノロ運転の車がいない、と考えているのかも知れません。しかし追越し操作が完了したら速やかに、左寄りの走行車線に戻りましょう。

2008_12060155 ここでレーン取りの秘訣を紹介します。以前の記事でも少し触れましたが、渋滞が始まりそうになった時は出来るだけ左側の車線(できれば左端の走行車線)を選びましょう。スピードが相対的に速くて車の台数が多い中央分離帯寄りの追越車線は他の車線よりも渋滞が早く始まることが多いのです。

2008_12090018 渋滞が始まると中央分離帯寄りのレーンへ移る車が増えますが、ドライバーの心理として理解できるものの、逆効果であることが多いのです。逆に車の速度が比較的に遅くて走行する車の台数が少ない走行車線では渋滞が発生するタイミングが意外と遅いのです。 
 

2008_12090027 私は追越車線のノロノロ運転を横目に見ながら走行車線をスムーズに走る心地よい経験を良くします。「何だ、そんなことか!」と思った人も実践するとその有効性を実感できるでしょう。
 
 

2010_04160002 渋滞が解消し始めた場合は、そのまま走行車線を走っても良いのですが、全体の流れに乗りながら追越車線へ移りましょう。車線変更に必要な車間距離が意外と簡単に見つけられるはずです。と言うのは渋滞の先頭(?)では追越車線を走行する車のスピードが速いことが多いので、渋滞は追越車線から解消するのが普通です。

2010_04160003 しかし決して急な車線変更をしないようにしましょう。あなたよりも高速で追越車線を走行する車に追突される危険性があるからです。渋滞時には車の速度差が意外に大きいことに留意しましょう。高速で走行している後続車に譲るのがマナーですし、自己防衛策にもなるからです。
 

2010_04160005 もうひとつ秘訣があります。レーン取りをスムーズにするためには前方を走る車をよく観察することです。直前の車はもちろんですが、その2-3台前の車を他の車線も含めて絶えずチェックするのです。
 
 

2008_03110013 つまり自分が走行するレーンだけではなく、すべての車線の様子を見ることで、波動のようにダイナミックに変化する車の流れを把握することが出来ます。この波動が読めれば自然に最適なレーン取りが分かるのです。こうすることで「マーフィーの法則」の罠(何でこうなるの、自分だけ!)に落ちずにすみます。

これは余談です。以上述べたレーン取りの例外として、私は自分の好きな運転スタイルと異なる車、すなわち理解できない運転方法で走る車に近づくことは意識的に避けています。やたらとブレーキを多用する車、前方の車を煽(あお)るように接近する車、スピードが一定しない車、ハンドル操作の不安定な車、そしてユニークなナンバーを付けた車などがその対象です。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月21日 (土)

自己流高速ドライブテクニック ブレーキ操作

2008_12060013高速道路での急ブレーキは厳禁です。スリップして前方の車に追突する恐れがあるだけでなく、時には車体のバランスを失ってスピンや横転することにもなりかねません。急ブレーキをかける原因はいろいろありますが2つのカテゴリーに分類されると思います。 
 

2008_12060014一つ目のカテゴリーは、他の車が突然車線を変更して自分の前に割り込んで来た時、あるはICやSA・PAの加速レーンから車が無理に本線へ進入した時の危険回避などの外因によるものは止むを得ませんが、その危険性をいつも予期しながらドライブすべきでしょう。
 

2008_12060015_2そして2つ目のカテゴリーは運転者自身に原因がある場合です。無理な追い越しでスピードを出しすぎて追い越し車線を走行する前の車に追突しそうになる、あるいは車間距離を詰め過ぎたことでブレーキを頻繁に使う、前の車がブレーキを軽く掛けたことで慌(あわ)てて急ブレーキを踏む状況などが考えられます。これらはよく見かける危険な運転の例です。

高速道路に限りませんが、減速の基本はエンジンブレーキを用いることです。アクセスを緩(ゆる)めることとギアダウンの操作を併用して減速するようにして、ブレーキは停止するため、あるいは急な割り込みなど予期しない危険を回避する時にだけ使いましょう。

参考情報です。首都圏の高速道路には急な坂はそれほどありませんが、少し足を伸ばした東名高速道路の牧ノ原SAの前後、関越自動車道の赤城IC-水上IC間、同土樽PA-湯沢IC間、上信越自動車道の碓井軽井沢IC周辺、名神高速道路の伊吹PA-養老SA間、同関が原IC周辺、中央高速道路の笹子トンネル-釈迦堂PA間、同須玉IC-長坂IC間、同小仏トンネルや談合坂トンネル周辺などが記憶に残っています。そして高速道路ではありませんが、富士山の須走口新五合目駐車場から下りるふじあざみライン(県道150号)は下半分が一直線の長くて急な下り坂でした。

2008_03110011上記の急ブレーキと違う使い方は渋滞時の危険回避策としての短いブレ-キング(軽く踏む)の繰り返しです。ハザードランプを使っても良いのですがブレーキランプを点滅させて後続車に渋滞の存在を示すことは自己防衛につながります。そして渋滞の最後尾に差し掛かる前からエンジンブレーキを使って減速すればさらに有効だと思います。 

2008_03110014ブレ-キングはガソリンの無駄使いであると心得ましょう。ガソリンのエネルギーを車体の運動エネルギーに変えたあと、ブレーキを踏むことで、それを捨てることになるからです。つまりブレーキを踏むたびにガソリンタンクからガソリンを外へ捨てているようなものなのです。 
 

2008_03110017加えてブレーキペダルを頻繁に踏むとブレーキシューやブレーキパッドが磨耗して寿命を縮めますが、それだけではなく連続して使い過ぎるとブレーキドラムやブレーキディスクを加熱させてベーパーロック現象を引き起こし、いざと言う時にブレーキの利きが悪くなってしまう恐れもあるのです。 

ちょっと細かい話になりますが、渋滞で何分も動かない場合にはドライブ(D)レンジに入れたままでブレーキを踏み続けると、トルクコンバータに過度な負荷が掛かりますから、セレクトレバーをパーキング(P)またはニュートラル(N)にシフトして待機すると良いでしょう。 

2008_12060156サイドブレーキ(補助ブレーキ)についても少し触れます。オートマチック車を駐停車させる時にはシフトレバーをパーキング(P)に必ず入れますから、サイドブレーキは不要ではないかと考える人がいるかも知れません。あるいはエンジンを掛けたままドライブ()で一時停止する時に役立つのではとの考えもあるかも知れません。

2010_03160369いずれも正しくはありません。サイドブレーキは車を動かなくさせるのが目的ではなく、あくまでも補助ブレーキとしてシフトレバーをPに入れたた上で利用する、あるいは急な上り坂で発進する時に車が後退しないようにするために使うものです。ブレーキペダルとアクセルペダルを同時に操作できる上級者には不要かもしれませんが・・。

余談です。40年以上も前のことですが踏み切りの手前でフットブレーキが利(き)かないことに気付いてパニックに陥(おちい)りそうになったことがあります。後で自動車屋に調べてもらうとプレーキ系統の油圧パイプが損傷して油が漏れていたのです。スピードを出していなかったことと電車が踏み切りに差し掛かっていなかったことは正に幸運、サイドブレーキを思いきっリ引いたことで、踏み切りへ突入する直前で車が止まってくれました。クワバラクワバラ!!

2010_04160021つまりブレーキは車を止めるための機能と心得て、減速はエンジンブレーキで行うのが望ましいのですが、エンジンブレーキだけで減速することは意外に難しいのです。そして、スピードの出し過ぎ、ギアの選択が良くない、車間距離が不十分、などを犯すことで安全運転が損(そこ)なわれてブレーキを頻繁(ひんぱん)に使う必要が生じるのです

とは言っても、これまでに説明した3つの操作のうちではブレーキ操作(減速)が一番難しいため、上述したすべての項目を直ちに実行することは困難でしょう。実行しやすい減速テクニックから一つずつ習得されることをお勧(すす)めします。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年8月20日 (金)

自己流高速ドライブテクニック ハンドル操作

高速道路での急ハンドルは、命に係わる危険な操作ですから、絶対にしてはいけない操作です。ハンドルを両手でしっかりと(しかし力は入れ過ぎないで)握りましょう。ハンドル(ステアリング)はゴルフクラブと同じで、強く握りすぎると手を機敏に動かし難(に)くなりますし、ハンドルを片手で操作すると方向性が不安定になって危険です。高速道路上に落ちている障害物を踏んだり、突然タイヤがバースト(破裂)した時に、ハンドルを取られることが無いとは言えませんから、必ず両手でハンドルの両側をホールドしましょう。

2008_12060009高速道路でのハンドル操作は、一般道とは異なり、左右にほんの少し回転(車線変更時でも10時から2時の範囲)させるだけです。これ以上回転させると車が大きく揺れるか、最悪時には車体のスピン(回転)に繋(つな)がり兼ねません。車線を変更する時もゆっくりハンドルを回転させて、緩(ゆる)やかに戻しましょう。

2008_12060012 つまり走行車線をそのまま走行する時にはハンドルをほとんど操作する必要はないのです。例え道路がカーブしていてもほんのわずかハンドルを操作するだけで路面が車をカーブに沿ってガイドしてくれます。
 
 

2008_12060014 その仕掛けは路面の傾きとクロソイド曲線(緩和曲線の一種)に従ったカーブにあります。路面の傾きは競輪場のバンク(傾斜面)やインディー・カーレースのオーバル(周回)コースほどではありませんが、速度とカーブの強さに応じた傾斜が付けられていて、この傾斜に応じて車の進路が変わるのです。

2008_12060018 クロソイド曲線と言うと難しく聞こえますが、道路のカーブが最初は緩やかで、徐々に大きく曲がって行きます。そしてカーブの出口ではこの逆になります。もう少し直感的な説明をすると、高速道路のカーブではハンドルを少しずつ(一定の速さで)回転させると車の進路がクロソイド曲線をピッタリなぞることができます。

クロソイド曲線はドイツのアウトバーンで100年近く前に採用されたドライバーにとって優しいカーブであるとともに遠心力が小さくて安全・快適に運転することができる素晴らしい特性を備えています。高速道路はもちろん、鉄道にも採用されているそうです。

注釈; クロソイド曲線は曲線長と半径が反比例する曲線です。これを想像するのは難しいのですが幾何学的には意外と簡単に説明できます。一端を固定したひもの先に鉛筆を結び付け、鉛筆を一定の速さで回転させながら(ひもを巻き取りながら)、固定した点を中心に回転させた時に鉛筆が描く軌跡がクロソイド曲線なのです。興味のある方は試してみると面白いでしょう。ちなみに巻貝の渦はクロソイド曲線になっているそうです。

2009_11010018追い越しをする時、車線を鋭角的に変更して追い越し車線に入る(あるいは走行車線に戻る)ドライバーを時々見かけますがこれはいけません。ましてや並走する車の鼻先をかすめてその前に割り込むことはマナー違反です。その運転者が自分は運転が上手いと錯覚しているようであれば、これはもう最悪であるだけではなく、運転の基本に無知であることを自認する行為です。 

高速道路で意外に難しいのは直線走行です。ハンドルを真ん中に維持すれば車は真っ直ぐ走るはずと思いがちですが、実際はそうならないのです。直線区間でも路面には微妙な傾斜がある(一般に外側が低くなっている)ことと、車ごとに固有の癖(タイヤの取り付け角度やパワステの挙動)もありますから、路面の傾きとハンドルの癖を考慮しながら絶えず微調整をする必要があります。

2008_03110012走行車線をフラフラしながら走る車をよく見かけますが、その運転者はハンドルの微調整が上手く行えていないのです。居眠りや上の空での運転はもってのほかですが、運転テクニックに関する原因もいくつか指摘できます。 そのひとつがタイミング遅れによるハンドルの切りすぎで、たえずハンドルを左右に切り続ける不安定な運転方法です。 

2010_04160004 もうひとつの原因は運転者の視点が良くないこと、つまり車に近い場所(例えば白線)を目標にして運転していることが考えられます。直線走行する時の視線は絶えず40-50メートル先の走行レーン(車線)の中央に置くのが良いと思います。これを意識すれば車間距離を詰め過ぎない効用もあります。 

2010_04160020 逆に近い場所の白線を見ていると、その白線に近付き過ぎるかあるいはフラフラ運転になりやすく、その極端な例は鋸(のこぎり)の歯のようにギザギザの軌跡を描く危険な運転です。 注釈; 自動制御理論で説明すると、フィードバック回路に時間遅延があるために生じる振動状態(あるいは発振状態)です。

2009_06220253つまり適当な車間距離を空けて先行する車の辺りに視点を置いて運転すれば真っ直ぐ走る ことができます。このことは、ボーリングではスパットを狙い、ゴルフのパッティングをする時にはスパット代わりの目印(ボールマークの修復跡など)を自分で設定することと同じだと言えば、理解していただけると思います。(続く)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年8月19日 (木)

自己流高速ドライブテクニック アクセル操作

高速道路を安全に走行するにはアクセル操作を円滑に行うことが不可欠です。そして信号機がほとんどない高速道路では急加速する必要は基本的にありません。ICやSAから加速車線に入るまで徐々に加速して40km/hに達し、本線上の後続車の状況を見ながら加速車線で80km/h前後の速度に上げればスムーズに本線へ合流できます。

2008_01130002 その時に必要なことは本線を走行する車の前に出ようと急加速しないこと。本線上の車と自分の車の間合い(距離)と速度差を見て安全であることを確認しながらゆっくり本線へと進路を変えましょう。運転の教則本にも書いてあることです。車間距離がうまく確保できない場合には速度を少し落としてやり過ごすことも必要です。

2008_05210010 とは言っても効果的に速度を上げる方法を知っておくことは安全運転に役立ちます。そのためにはエンジンの特性をよく理解することが必要です。アクセルを目一杯踏み込めば確かにエンジンの回転は上がるのですが、ガソリンを必要以上に消費するだけで、迅速に加速する有効な方法ではありません

2008_12060004急加速することによって、車体の慣性抵抗が大きくなるだけでなく、エンジンの効率も低下しますから、ゆっくりとアクセスを踏み込むほうが加速し易いのです。
 
 
 

ここでその理屈を解説します。アクセスを踏み込んでガソリンを大量にエンジンに送り込めば、そのエネルギーが動力(推進力)となって急加速できるはずですが、回転数が上がり過ぎるとエンジン内の摩擦抵抗と発熱が多くなってエネルギーのロスが増えるため、消費したガソリンが有効な動力エネルギーとなる割合が低下するからです。ガソリンのエネルギーが100%動力に変われれば急加速しても燃費は変わらないはずですが、実際は約15%しか動力エネルギーにならないと言われます。

2008_12060005 どうすれば良いのでしょうか。前回説明したエンジンのトルク特性を理解してトルクの高い回転数領域を活用すると良いのです。2000ccクラスの車ではおおむね2000回転/分から5000回転/分の間でしょう。それよりも低くても、あるいは逆に高くても十分なトルクが得られません。 

2008_12060006 つまり、効率的に加速するためには、アクセルを強く踏み込むのではなく、最適なギアを選びましょう。あまりアクセルを強く踏み込むとガソリンと空気との混合気が一時的に薄くなって失火(点火しないこと)や息つき(一瞬エンジンの回転が落ちる現象)で加速できない状態に陥(おちい)ることもあります。

2008_12060010高速道路では通常OD(オーバードライブ)モードを使用しますが本線に入る時はODを一時解除するとトルクがアップします。パワーモード選択機能が付いている車ではエコモードからパワーモードへ一時的に切り替えたり、自信のある人はキックダウン(アクセルを踏み込む操作)で一段低いギアに切り換えても良いと思います   

そしてエコドライブを優先する方はレーシングカーのようにレッドゾーンの高回転まで引っ張らない方が得策です。もしあなたの車にタコメーター(回転速度計)が無くてエンジンの回転数が確認できない場合には速度計でおおよその目安を付けることも出来ます。車によって異なりますが、ODモードで時速100kmがおよそ2000回転、3速で時速80kmが3000回転と言うところでしょうか

2007_11200252本線に入って定速走行に移ったあとはODあるいはエコモードに戻してガソリンの消費を節約するのは勿論です。高速道路の本線でも見た目以上に急な上り坂が続くことがあります。そんな時には上に述べた方法を応用することができます。繰り返しますが、一所懸命アクセルを踏み込むのは得策ではありません。 

2009_11010019効果的な加速方法はODを外す(あるいはパワーモードをオン)操作と緩(ゆる)やかにアクセルペダルを踏み込む操作を組み合わせるとスムーズに加速(速度低下を避けることが)できます
 
 

2009_11010021 エコ運転を目指すにはアクセルの踏み具合を一定にすると燃費を向上できますが、走行する車が多い上り坂では速度が低下して渋滞を引き起こすトリガーとなり兼ねませんから、出来るだけ一定の速度を保つようにアクセルとギアモード(ODを外すかパワーモードに切り替え)を使って微調整するのが良いマナーだと思います。 

車によって機能の名称や性能が異なりますが、あなたの車に合った効果的(かつエコ)な加速方法を試してみることをお勧(すす)めします。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月18日 (水)

自己流高速ドライブテクニック

お盆の時期には連日高速道路の渋滞情報が報じられましたが、大方の予想に反して昨年よりも渋滞の回数と距離が大幅に減少したそうです。今年は最大1000円に割引きされるサービスが土曜・日曜だけに限定されたことが返ってトラフィックの分散につながったとの分析も紹介されています。私は猛暑と渋滞を避けるために遠出を控え、富士山登山のブログ記事を書き終えたあとは、家族と一緒に近くの寺にある両親の墓参りをするだけの静かな日々を過ごしています。そしてテレビで連日伝えられる高速道路の渋滞映像を見ていると高速道路のドライブテクニックについて書いてみたくなりました
 

運転テクニックを説明する前に最近の自動車動向に触れたいと思います。
 

2008_01130025当ブログではこれまでに自動車が変わる」「有明散策」「車はタイヤで走るのです」「電気自動車元年」「CEATEC Japan 2008」「カーナビ再考」で自動車の技術動向を書き、「箱根の湿性花園」「プリウスのドライブ体験」「りんかい線と有明・青海散策」「中山道木曽街道」などでは気になった自動車を紹介しています。 

2010_0121evfoe0049 上記の記事に書いたように日本だけでなく世界中でハイブリッド車と電気自動車(EV)に注目が集まっています。動力源にエンジンからモーターへのシフトが見られるのは、電気がエコ(CO2排出量が少なく燃料費が安い)であるだけでなく、電気をエネルギー源(燃料電池を含む)とするモーターは自動車に適した動力特性を持っているからです。

2010_0121evfoe0079 低速回転時にトルク(回転力)が大きい直流モーターはエンジンよりも加速が容易であり、回転速度が上がるとトルクはだんだん小さくなりますが相対的な電気消費量も少なくなる特性を持ち合わせています。つまり力強い加速と良好な高速走行時燃費が得られるのです。 
 

2010_0121evfoe0091そして変速機構も簡単なもので良いことも優れた点です。ハイブリッド車のプリウスを運転した経験を当ブログで紹介していますが、電気自動車について私は残念ながらゴルフ場の電動カートを運転したことがあるだけです。   
 
 

2007_05140243 一方、内燃機関であるエンジンは中速回転時にトルクが大きく、低速回転(<1000回転/分)あるいは高速回転(わが家の車では約5000回転以上)の時にはトルクが小さくなる、なだらかな山形(やまなり)の特性を持っています。ですから効率よく加速するためにはトルクの大きな中速回転領域を使う必要があるのです

Dscf0026_5_2 一定の速度で高速走行するときは、それほどトルクを必要としませんから、ギアを切り換えてエンジンを低速回転で動かせば燃費が良くなります。つまりガソリンエンジン車はアクセルだけでなく、変速機のギア比を選びながら運転するのが良いのです
 

2007_11120130この運転方法を実践した効用か、わが家の車は16年間以上をほとんど故障らしい故障もせずに走ってくれ、総走行距離が14万kmに近づいています。2年9ヶ月前に10万kmを越えてからは、むしろ走行距離が増えて年間1万4000kmのペースでドライブしています。ちなみに私のモットーは「余裕を持ってゆったり運転すること」なのです。

                                ☆

さて本題です。従来のガソリンエンジン車を中心に高速道路を安全で経済的にドライブする秘訣を私の約45年に亘る運転経験に基づいて紹介したいと思います。具体的には運転操作を「アクセル」「ハンドル」「ブレーキ」「車線(レーン)取り」「定速走行」に分けて解説しますから、きっと皆さんの参考になることがあると思います「良く知っているよ」とおっしゃる方も確認のために読んでいただければ幸いです。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年8月14日 (土)

富士山登山 ご来光とダイナミックな雲海に感動

2010_08100156 久須志神社周辺の「富士山銀座」は深夜とは思えない混雑振りです。ラーメンなどを美味しそうに食べる人、土産物屋をのぞく人、あるいはご来光を待ちながら休憩する人がいます。私も椅子に腰掛けたいところですが渋谷のスクランブル交差点を横断するように人波をかき分けて歩きました。大日岳(朝日岳、標高3750m)へ向うためです。

ご来光を撮影するベストスポットを確保しなければなりません。ちなみに大日岳の名前は仏教に係わるものとして朝日岳に改名されましたが一般的には大日岳の名のままで呼ばれています。剣ヶ峰を除く7つの峰も同様に2つの名称があります。

強い風が山頂を吹き抜けて、それまで感じなかった寒さが身に沁みはじめましたのでウンドブレーカーを重ね着しました。大日岳の滑りやすい砂礫の急坂を登るとすでに先客が思いおもいの場所に陣取っているのが見えます。テラスのような場所の奥にちょうど良いスペースを見つけました。ここなら強風を避けることができるとともに他の人が身近を通過する心配もありません。

午前4時2分にデジカメの点検を兼ねて薄明るくなった地平線を撮影してみました。長く伸びた薄明るい光の帯びの真ん中あたりにご来光が見られるだろうと大雑把な予測をして三脚を設置します。ご来光までまだ1時間近くあるために腰を下ろしていると段々冷たさが体に伝わってきます。使い捨てカイロを腰に貼ったり、襟首にタオルを巻きつけ、口と鼻のタオルで覆いました。もちろん軍手ははめたままです。

カメラの方向を微調整するために試し撮りをすると、湿度が高いためにレンズが曇って、写真がぼやけたことが分かります。レンズ用クロスを取り出して拭くためには軍手を脱がなければなりません。写真は鮮明になりましたが指先がかじかんでしまい、手をポケットに入れて暖めることの繰り返しです。午前4時半を過ぎると水平線がかなり明るくなり、青い空が少しずつ広がります。

不気味な形をした黒雲が日の出を妨げているようです。薄い雲は強風に吹き流されますが巨大な黒雲は少し形を変えるだけで要塞(ようさい)のように動きません。4時50分を過ぎると太陽の気配が黒雲の端に感じられます。本格的に撮影を開始しました。白い雲海が台風の襲来を示す海原のようにダイナミックにうねるのを見るのははじめての経験です。

ここからは撮影時間だけを付記した写真を紹介します。

2010_08100177 4時52分
 
 
 
 
 

2010_08100183 4時59分
 
 
 
 
 

2010_08100190 5時3分
 
 
 
 
 

2010_08100195 5時6分
 
 
 
 
 

2010_08100199 5時8分
 
 
 
 
 

2010_08100204 5時10分
 
 
 
 
 

2010_08100207 5時11分
 
 
 
 
 

2010_08100211 5時12分
 
 
 
 
 

2010_08100221 ご来光を見終わったようでお鉢巡りに向い人がいます。
 
 
 
 
 

2010_08100233 私の撮影場所はお鉢巡りの順路に沿った崖の上で下を通る人の気配は感じられませんが、吉田口下山道(須走口下山道と共用)を下山する人たちが良く見える場所です。 
 
 

2010_08100230 火口には万年雪が見られます。昨年一昨年よりもずっと広い範囲が白く見えます。 
 
 
 
 

2010_08100222 吉田口山頂(富士山銀座)付近はご来光見物で今年も大変な混雑です。
 
 
 
 

2010_08100234 富士山銀座方面へ戻って山小屋で貰った弁当を食べたあとに重ね着を抜いて下山の身支度をします。午前7時に下山を開始。体調は悪くありませんが、これまでの失敗を繰り返さないように、狭い歩幅でゆっくり歩きます。
 
 

2010_08100236 吉田口と須走口の分岐点は相変わらず間違える登山者が多いためか毎年標識が改善されて、今年はプラカードのようなものを示す管理人さんも居ました。ここまでに2-3箇所分岐点がありましたから始めて富士山に登った人にはこのように徹底した案内が必要でしょう。
 

吉田口下山道に入っても無理をせずゆっくり歩きます。八合目辺りに差し掛かると霧雨が降り始めて、やがて大粒の雨が降り始めました。前日に登った時と同じです。相変わらず混雑する七合目の公衆トイレを過ぎるとジグザグの下山道は直線的になりますが相変わらずの急勾配が続きます。シェルターを2つ通過する頃には昨年と同様に膝(ひざ)が痛くなり始めました。こんなはずではありません。

2010_08100238 膝を上げ下ろししたり屈伸したりすると少し楽になりますが、少し歩くとまた痛みを感じます。少しでも急勾配を軽減するためにジグザグ歩きに切り換えました。そして何とか六合目に到着すれば下りはもう直ぐ終わりだと自らに言い聞かせます。泉ヶ滝から先はなだらかな登りになりましたからもう大丈夫です。

2010_08100239 午前10時50分に五合目ゲートへ到着した頃には小降りになっていました。五合目の広場には下山した人とこれから登山する人でごった返しています。下山名簿をチェックすれば富士登山は終了です。下山道の風景は昨年のブログ記事を参照してください。
 

今回大量に撮影したご来光の写真から選んだ38枚をスライドショー形式でご覧いただけるようにしました。「サイドバー」の一番下に追加したブログパーツ(PIXIE)の画面をクリックすると大きな画面でスライドショーが始まります。(全画面表示がお薦め)

登山後の日帰り温泉は昨年と同じ「野天風呂天水」でしたから説明は省略します。□

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月13日 (金)

富士山登山 登頂へ!

夕食の後にまた寝ようとするものの目が冴(さ)えてなかなか寝付くことができません。 そこでそれまでの顛末(てんまつ)をブログ記事の原稿として書くことにしましたが、それも1時間も掛からずに終ってしまい、もう一度山小屋の外に出てみました。すでに暗くなった夜空から相変わらず雨が落ちて来ます。

早朝、自宅を出る前に観たテレビ・ニュースはフィリピン沖で台風4号が発生して、沖縄から西日本が徐々に影響を受けるだろうと報じていたことを思い出しました。やはり明日になれば天候が快方に向うことは望み薄かもしれないと山小屋の寝場所に戻って横になりました。

朝は登山道を上るのか下るのか、何時に起きようか、などを考えていると、さらに目が冴えて手持ち無沙汰(ぶさた)になってしまいます。1時間ほど前にも確認しているのですが、無意味であることを承知でまた山小屋の外に出て雨の様子を見ることにしました。雨の強さを確認しようと空を見上げると何と星がいくつも輝いているのです。

2010_08100076_3 私の念力が半日遅れで通じたようですが信心深い私の願いを神仏が叶(かな)えて下さったのだと思うことにしました。私が「晴れ男」であることもこれで明らかです。荷造りをし直して30分後の午後9時に七合目トモエ館を出発。山小屋を出る時に囲炉裏(いろり)で登山靴を乾かしている若い女性のグループを見かけました。

本八合目まで登るか? それとも頂上を目指すか? 結論を急がず兎に角少しでも上を目指すことにしました。これまでに2度経験している登山道ですが、いずれも昼間に歩いた区間ですから、夜の登山道は勝手が違います。記憶を辿(たど)るのではなく、ヘッドライトに照らされる登山道を針穴から覗(のぞ)くように確認しながら慎重にコース取りをして歩きました。下る時の体力を温存しておかなければなりません。

見覚(みおぼ)えのある山小屋をいくつも通過してひたすら本八合目トモエ館を目指します。これまでより星空がきれいに見えるのは先ほどまで降っていた雨のお陰でしょう。手持ちで何枚か撮影してみましたが私のデジカメでは残念ながら星が写りませんでした。通過した山小屋や標識の写真と通過時刻を以下に紹介します。
 

2010_08100077_2 鎌岩館(かまいわかん) 午後9時17分
 
 
 
 
 

2010_08100078_2 富士一館 午後9時27分
 
 
 
 
 

2010_08100085_2 鳥居荘(2900m) 午後9時45分
 
 
 
 
 

2010_08100092_2 東洋館 午後10時2分
 
 
 
 
 

2010_08100103_2 太子館(海抜3100M) 午後10時46分
ここから八合目です。 
 
 
 
 

2010_08100106_2 蓬莱館(ほうらいかん) 午後11時00分
 
 
 
 
 

2010_08100108_2 麓(ふもと)を見やると町の明かりが雲に反射して見え、ずいぶん高い地点に達したことが実感できます。
 
 
 
 

2010_08100120_2 白雲荘(3200m) 午後11時41分
 
 
 
 
 

2010_08100124_2 元祖室(3250m) 午前0時2分
 
 
 
 
 

2010_08100128_2 登山道のロープが張ってある先には暗闇しかなく、「足元注意」の看板が所どころに設置してありますから、自然に反対側の石垣沿いを歩くことになります。 
 
 
 

2010_08100131_2 本八合目(3350m) 午前0時40分
 
 
 
 
 

2010_08100132_2 富士山ホテル 午前0時41分
昨年仮眠した山小屋です。 
 
 
 
 

2010_08100136_3 本八合目トモエ館 午前0時52分

一昨年に仮眠をとった山小屋です。ここでトイレ休憩と飲み物の補充を行いました。15分ほど休憩したあとの午前1時8分に出発、8合5勺(しゃく)へ向って岩場から砂礫(されき)に変わった登山道を登ります。 
 

2010_08100138_2 8合5勺(3450m) 午前1時26分
 
 
 
 
 

2010_08100139_2 御来光館 同上
 
 
 
 
 

2010_08100148_2 九合目(3600m) 午前2時23分
 
 
 
 
 

2010_08100153_2 頂上直前の鳥居 午前3時8分
 
 
 
 
 

2010_08100154_2 富士山 吉田口頂上の石碑 午前3時10分
ご来光の時間まで1時間半以上の余裕を持って登頂できました。山頂に立ってみると七合目で仮眠しながら雨宿りしたことは良い判断だったようです。
 
   

30分ほど時間を戻します。山頂に近づく頃からヘッドライトの光を霧雨が横切るようになりました。天候の悪化が気になりましたが天空には星が見えますから一安心。九合目の岩場は八合目や本八合目の山小屋で仮眠した登山グループが続々と合流するので徐々に渋滞が始まりました。一歩先んじた私は急ぐ必要はありませんから、左側の登坂レーン(ゆっくり登る登山者向け)を選んで、ペースの速いグループに道を譲りました。昨年はこの岩場でピッチを上げ過ぎたために下山に難儀したからです。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月12日 (木)

富士山登山 七合目で登頂を断念か?

2010_08100040_2 六合目を午後1時頃に出発しました。五合目を出発してから1時間30分も経過しています。距離が約2kmの比較的平坦なこの区間は休憩時間を除いて所要時間が40分ほどのはずですから、六合目でのトイレ休憩が約30分と長くなったことが影響しました。
 

2010_08100042 雨しずくがレインコートと帽子のつばからしたたり落ち始めました。
 
 
 
 

2010_08100043 まもなく雨がレインコートのフードを叩(たた)く感触が分かるほどの強雨となりました。
 
 
 
 

2010_08100044 少しでも楽なように段差の大きい階段を避けて登山道の両端をジグザグと歩くので登るペースはさらに遅くなります。 
 
 
 

2010_08100045 空が少し明るくなったように感じられますので天気が回復することを念じながら黙々と登ります。
 
 
 
 

2010_08100049 前方に山小屋らしきものがかすかに見えてきました。これは良い兆(きざ)しだとつづら折れの登山道を登ります。 
 
 
 

2010_08100050 七合目で最初の山小屋「花小屋」の少し手前でそれまでの砂礫(されき)から岩場へと登山道が変わりました。
 
 
 
 

2010_08100051 振り返ると長い人の列がどこまでも続いているようです。
 
 
 
 
 

2010_08100053 花小屋の脇に標高2700mの標識がありました。吉田ルートの五合目は2305mで、まだ400m弱しか高度を上げていません。
 
 
 

2010_08100054 小休止した花小屋の先も岩場が続きますので長い人の列が山頂方向へ伸びています。
 
 
 
 

2010_08100055 富士山頂まで3.8kmと表示された岩場はかなりの難所ですから軍手をはめた両手も使って慎重に登ります。
 
 
 
 

2010_08100056 七合目で2番目の山小屋「日の出館」の混雑をやっと抜けて折れ曲がった石段の登山道を一気に上がると「七合目トモエ館」が見えてきました。午後2時半を回ったところです。距離が1.5kmで所要時間が約60分(休憩時間を除く)の区間は約1時間30分を要しました。
 

2010_08100057ここで雨宿りを兼ねた長い休憩が入りました。七号目より上ではもっと強い雨が降っており、岩場を含む3-4時間の長丁場が続くと説明がありました。しかも予定通りに本八合目トモエ館まで登っても天気次第では山頂まで行けないかもしれないと駄目押しの言葉が続きました。
 

折角ここまで登ったにも係わらず楽しみにしていたご来光を拝む可能性はどんどん低下して行くようです。一昨年 は七合目から本八合目まで霧雨のような雨が降っただけであり、昨年は雨の心配はまったくなく、2年続けてご来光の写真を撮影できました。七合目から上の登山道はよく覚えていますから、頑張れば雨天でも登れそうにも思えますが、濡れた足元がちょっと寒い・・・。

登山ガイドの一言「七合目で宿泊したい人は申し出てください」で私の気力は一気に萎(な)えてしまいました。もし明日になって天気が回復すれば頂上は無理としても八合目まで登って、もし運がよければご来光も見られるのではと虫のよい考えが浮かぶともう駄目です。寝百姓ならぬ寝登山者になってしまいました。

2010_08100058 夕食時間の5時まで何もすることがなく、濡れた衣服を着替えて荷物を整理した後は1時間ほど昼寝です。
 
 
 
 

2010_08100067 夕食の呼び出しがあって階下に降ります。テーブルに並べられていたハンバーグ・カレーはトモエ館で定番の夕食です。その横に置かれた紙包みは翌日の弁当でした。
 
 
 

2010_08100064 時に外へ出てみると相変わらず雨が降り続いています。
 
 
 
 
 

2010_08100068 山小屋脇の岩場を登る人達を見ながら先に本八合目を目指した人達に思いを馳(は)せました。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月11日 (水)

富士山登山 雨の中の出発

午前3時頃に目覚めると雨音らしきものが聞こえます。慌(あわ)てて外を見ると外灯の明かりで強い雨が降っているのが見えました。メールをチェックすると旅行会社から予定通りに登山ツアーを開催する旨の連絡が入っています。念のために富士山の天気予報をチェックすると曇り時々小雨と出ています。現地へ行ってみないことには判断ができないのでリュックサックの最終確認をしました。

2010_08100003 自宅を出る頃には先ほどより小降りにはなりましたが相変わらず雨が降っています。都営地下鉄大江戸線の都庁前駅で下車、旅行会社のカウンターがある新宿住友ビルへ向います。受付開始までにまだ時間がありますから西新宿のビル街の風景を見ようと新宿住友ビルの外にでてみました。ビル街でもやはり小雨が降っています。

2010_08100004 新宿住友ビル入口前の広場で雨に濡れながら都庁を眺める猫の像に気付きました。私はこれまでよく知りませんでしたが「江戸のいいたま(善玉) 玉ちゃん」は「知る人ぞ知る」の猫だそうです。太田道灌の命を救った猫であるとの碑文と作者が流政之氏(ながれまさゆき、世界的に活躍する彫刻家)であることが彫られています。

猫が持つ玉を手で撫(な)でると良いことがあるとされるようですが雨のため写真撮影だけにしました。後になってこの行為を悔(く)やむことになるとは夢にも思わず・・・。

2010_08100008 午前7時過ぎに受付開始、そして7時半頃には近くのバス乗り場へと誘導されました。例によってあれこれ説明を受けた後、7時45分頃に出発。
 

 
 

2010_08100009 平日のためか首都高速道路と中央自動車道も下りの流れはスムーズ、山梨県に入って談合坂SAでトイレ休憩となる頃には雨雲が薄れて雨もほとんど止んだようです。やはり晴れ男の神通力だと(心の中で)したり顔。
 
 

2010_08100014 富士急ハイランド近くを通過するときには富士山の稜線(りょうせん)が雲の切れ間から少しだけですが覗(のぞ)いています。
 
 
 

2010_08100017 富士スバルラインのゲートには8月6日から17日まで自家用車などの通行が規制されていると表示されていました。ちなみにバスとタクシーや軽車両である自転車は通行できます。快調に富士スバルライン(富士山有料道路)を上るにつれて雲が近づいて、三合目を過ぎる頃にはガスがかかりはじめ、自転車に乗る人達を追い越します。 

2010_08100018 大沢休憩所を通過すると四合目(海抜2045m)。五合目まで6kmの標識を過ぎると完全に雲の中に入りました。時々明るくなったり、ガスが薄れたりしながら五合目入口(奥庭入口)を通過。五合目まで2000mの標識があると富士山の稜線がまた見え始めました。太陽が雲越しに薄っすら見えます。

2010_08100020 吉田口五合目に到着した時に天気が回復して晴れ間が見えた昨年と似た天気の変化のようです。
 
 
 
 

2010_08100022休憩所はこれまでと同じ富士急雲上閣、雑踏のような混雑はいつも通りです。
 
 
 
   

2010_08100023昼食に名物の「吉田のうどん」を食べました。山梨名物のほうとうの一種で、馬肉・キャベツ・油揚げ・天かすが入ったうどんは太くてもちもちした食感に特徴があります。
 
 
 
 

2010_08100027

正午12時20分頃五合目の標識近くに集合、あれこれ注意事項を聞きました。五合目を出発した12時30分頃には、空が晴れるどころか、また小雨が降り始めました。
 
 

 
 

2010_08100028 昨年一昨年は青空を見上げながらの出発だったのとは随分勝手が違います。
 
 
 
 

2010_08100030 ほぼ平らな登山道には大きな水溜りも出来ています。
 
 
 
 
 

2010_08100032 再びガスが出て前方の視界が急に悪くなりました。
 
 
 
 
 

2010_08100033 須走ルートへ続く道との分岐点を通過、上り坂になった登山道は石畳が続くので雨が降っていても歩行には支障がありませんが、滑って足をとられないように歩幅を狭くします。
 
 

2010_08100038一旦薄れたガスがまたかかって前方を歩く人達が見え難(にく)くなりました。 
 
 
 
 

2010_08100039 六合目に到着すると視界が開けるはずですが、残念なことに今回は下界がまったく見えません。雲の中にすっぽり入ったようです。トイレ休憩の間も雨は降り止まず、むしろ雨足が強くなったようです。トイレを利用する人がいつもより多いため休憩時間もおのずから長くなってしまいました。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月 8日 (日)

東京都水の科学館

2010_080620100238 東京都水の科学館へオチビちゃん・コチビちゃんと一緒に出かけました。江東区有明にある都水道局が運営する施設で、今年の6月1日にリニューアル・オープンしています。有明と青海を散策した時に施設の外観を写真で紹介していますが内部を見学するのははじめてです
 

2010_080620100250ゆりかもめ(東京臨海新交通臨海線)の国際展示場正門駅から徒歩約10分、「夢の大橋」の手前を右折した所にあります
 
 
 

昔はあまり評判の良くなかった東京都の水道ですが新しい浄化設備で造られる「東京水」は美味しいと評判。都庁本庁舎の売店などでペットボトルに詰められた「東京水」が売られているそうです。高度浄水処理ができる最新浄化設備がある金町浄水場や朝霧浄水場などから供給される水道水も同じ品質なのです。当ブログの「矢切の渡し」の記事で東京水を紹介しています。ただし古い配水管やマンションの貯水タンクを経由する分だけ品質が落ちるかもしれません。最近は水道の水圧も以前よりアップされていますから低層マンションでは屋上の貯水タンクは不要な場合が多いそうです。

2010_080620100289 館内の配色は清水をイメージしたのか青色や白色を生かされています。最初に二人が駆け寄ったのは入口に近い水遊びが出来るコーナーです。
 
 
 

2010_080620100255 カラフルなおもちゃが浮いている水槽の周りに子供達が群がっていました。
 
 

 
 

2010_080620100260 巨大な水鉄砲で的を落とす射的遊びではコツをつかんだオチビちゃんが的に水を当てて大喜び。
 
 
 
 

2010_080620100262 映画が上映されるとアナウンスがありましたので3階へ移動しました。鑑賞には1階の受付で整理券をもらう必要があります。「アクア・トリップ(水の旅)」は観る人が雨となって降って来た「水つぶ」になって、森から川を下り、ダムを超え、浄水場を通って、家庭の蛇口に水道水として届くまでを体感できるように演出されています。

2010_080620100265前方・左右・天井の4面がスクリーンとなって見る人が映像に包み込まれるような 迫力がありました。3D(立体)映像でなくても上手く演出されているため、ダムから放水された水(観客)が落下するシーンではオチビちゃんは怖いと言って目を手で塞いでいます。約15分の上映時間はあっという間ですが大人も十分に楽しめました。 

同じ3階にある「アクア・フォレスト」では森を探検しながら水の冒険を体験することができます。二人は「水玉クイズ」に参加、全問正解できたことと記念撮影の写真に写った自分達の姿に大喜びです。

2010_080620100288_2 2階へ下りると「アクアラボ」です。美味しい水の作り方や水の性質を実験しながら学べます
 
 
 
 

2010_080620100280手押しポンプで水槽内に空気の泡を送り込むと浮きが段々沈んで行く様子をオチビちゃんはゲームとして楽しんでいます
 
 
 

2010_080620100283 コチビちゃんも負けてはいません。
 
 
 
 
 

2010_080620100277 水が入った小さなガラス容器に丸いガラス容器をかぶせて容器内の空気を抜いて行きます。水が沸騰して泡立ったあとは氷になる様子が目の前で見られるのは大人でも驚きです。水の中の空気が抜けて行くことで熱が奪われ、常温でも氷結するのだと説明されて大人も納得???
 

2010_080620100287 ボタンのようなものを押すと円柱のガラス容器内に空気の輪ができます。
 
 
 
 

2010_080620100275 この原理が煙の輪を作る方法と同じだと説明されていますが・・・。
 
 
 
 

2010_080620100286 「アクアラボ」で一番大掛かりで楽しいのは巨大なシャボン玉を作る設備です。中央に立って周囲を取巻くフレームに結ばれたロープを引っ張ると自分の周囲に巨大な6角形のシャボン幕が出来るのです。最初は薄いシャボンの膜を認識できなかったオチビちゃんですが指先で触ると一瞬でシャボンの幕が消えるのを確認して大はしゃぎです。

2010_080620100292 1階まで下りて吹き抜けを見上げると不思議な空間がありました。
 
 
 
 

2010_080620100293 ちょうど12時になりましたので国際展示場正門駅前のTFTビルにあるレストラン街で昼食です。大人たちは讃岐うどんを選びましたがマクドナルドのマークをすばやく見つけたオチビちゃんとコチビちゃんは「マックがいい!」と譲りません。水の科学館とマックのハンバーガーで二人は大満足のようです。

2010_080620100306 二人が滞在した2週間はあっという間に過ぎて行きます。その間にチビスケくんもわが家に遊びに来てくれて盆踊りに大勢で参加。二人は水遊びの最後として流れるプールにも出掛けた後、ご機嫌で大阪へ帰って行きました。そして300余枚の写真と楽しい思い出を残してくれました。
 

<同行者のコメント> わが家へ遊びに来てくれたチビスケくんはお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に遊べて大はしゃぎでした。でも二人が帰ってしまうとチビスケくんだけじゃなく私も寂しいです。来月に入って少し涼しくなったら、また二人に会いに行こうかしら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月 7日 (土)

ジャブジャブ池

7月下旬、幼稚園が夏休みに入ったオチビちゃんとコチビちゃんが大阪からわが家へ遊びに来てくれました。外出したあとには風呂場で水遊びを楽しんでいましたが、やはりアウトドアでの水遊びの方が楽しそうですから、さっそく近くのジャブジャブ池に出かけました。

2010_080620100077 手作り感にあふれたワイルドな遊び場はウォーター・スライダーのあるジャブジャブ池の他にも工作小屋、焚き火や土遊びエリア、サイクリングロード、地下トンネルなど多彩です。しかし大人の管理者の姿はどこにも見られません。子供達が自主的に管理運営する仕組みで大人は裏方に徹しているようです。

2010_080620100115 ジャブジャブ池から水を汲み上げるポンプから太いホースが外れても子供達が手馴れた様子ではめ直しています。一度では上手く行かなくてもあれこれ工夫をして下に戻しました。そのホースから出る水をスラーダーに流し込むのも子供の役目でした。
 

2010_080620100108真夏なのにウチワで扇ぎながら焚き火を楽しむ男の子も居ますが、やはりジャブジャブ池が一番人気です。前身ずぶ濡れになりながらウォータースライドから土色に濁った池に勢いよく飛び込んでいます。2-3歳の小さな女の子もお兄ちゃんとお姉ちゃんに負けまいと階段を登って行きます。 

すっかり水遊びに夢中になったオチビちゃんとコチビちゃんを連れて別のジャブジャブ池に出掛けました。ジャブジャブ池があるのは都立公園でも戸山公園(新宿区戸山)、林試の森公園(品川区小山台)、浮間公園(板橋区舟渡)、尾久の原公園(荒川区東尾久)、猿江恩賜公園(江東区住吉)、亀戸中央公園(江東区亀戸)、木場公園(江東区木場)、舎人公園(足立区舎人公園)など数え切れません。

この日に選んだ場所は、わが家の比較的近場で、流れるジャブジャブ池がある府中の森公園(府中市浅間町)です。甲州街道で府中市に入って東府中駅近くを右折した航空自衛隊の西隣にあります。午前10時半を少し過ぎていましたがまだ駐車場は半分ぐらい埋まったところでどの車も木陰を選んで停められています。

2010_080620100122 広い園内で最初に向ったのは花の広場にある大きな噴水の脇を抜けた南端の日本庭園です。池の中を鯉がのんびり泳ぎまわっています。この池はもちろんジャブジャブ池ではありません。鯉を眺めるのに飽きた2人は遊び場に行こうと催促しています。
 

2010_080620100149 武蔵野の森と大きな広場を抜けると遊具広場です。すぐ近くにジャブジャブ池に子供達が集まっていますから遊具広場ではほとんど並んで待つ必要がありません。目に入った遊具を次から次へとハシゴしながら遊び始めました。
 
 

2010_080620100151 正式な名称は知りませんが、2日前にマスターしたターザンのようにロープにつかまって滑り降りる遊びやボルダリング(フリークライミングの一種)もどきで登る滑り台、目の粗いネットを上り下りする遊具などは得意種目のようで何度も遊んでいます。 
 

2010_080620100170 ロープやチェーンに付けられた丸田を伝い歩きするうんてい(雲梯)の上下を逆にした遊具は上級者向けのようで手古摺(てこず)っています。
 
 
 

2010_080620100184 二人が汗まみれになった頃合を見計らってすぐ隣のジャブジャブ池に移動。
 
 
 
 

2010_080620100188 水着に着替えてさっそく流れる水の中へ入りました。
 
 
 
 
 

2010_080620100190 最初は頭や顔に水が掛かるのを気にしていた二人もだんだん慣れてくると水を掛け合ったり、川のように水が流れる細長い池を行ったり来たりしてハイテンションになっています。
 
 

2010_080620100199 気分転換に北端にあるもう一つのジャブジャブ池に移動しました。頭上からシャワーが流れ落ちるに趣向がありますが二人は遊び方が分からず様子を見ています。
 
 
 

2010_080620100201 白糸の滝に見立てたのか手で水切りをしたり、頭を手で覆って水のカーテンを通り抜けたり、小さな噴水の口を指で押さえて水芸のような遊びで互いに水を掛け合っています。
 
 

2010_080620100219 コチビちゃんは体操選手のように太いパイプの上に乗っかろうとしますが滑ってしまい瞬間技で終ったのは悔しそうでした
 
 
 

ちなみに府中の森公園には今回紹介した施設のほかにもテニスコート・府中市美術館・府中の森芸術劇場などもありました。

<同行者のコメント> やはり屋内よりも屋外の水遊びが大好きのようです。今回訪れた2ヶ所はそれぞれに特徴があって二人とも気に入ってくれました。おなかが空いた二人は焼きそばやホットドッグもペロリと平らげて大満足で帰宅しました。
次はどこに出掛けましょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年8月 4日 (水)

ノンフィクション「アンダーグラウンド」を読む

私が長編小説を閲読する村上春樹氏は小説以外にも米文学の翻訳や対談集などの著作を多数執筆しているが、今回読んだノンフィクション「アンダーグラウンド」(1997年1月)は1995年3月20日(日曜日と春分の日に挟まれた月曜日)の午前8時頃に都心の地下鉄駅で発生した「地下鉄サリン事件」が題材である。

巻頭の「はじめに」で村上氏がこの事件の被害者達へのインタビューを思い立った背景、インタビュー期間(1996年1月から同年12月まで)、インタビューの手法、および対象者の選び方を説明する。名前だけが判明している700人のうち140人余りと連絡が取れたが、取材に応じたのはその4割強の62人、一人当たり1時間半から2時間をかけたインタビューの内容(生まれ・暮らし・仕事などの個人的な背景を含む)を一人平均で400字詰め原稿用紙の20枚から30枚にまとめたと舞台裏を明かす。

2006_12150612150026 本文は霞ヶ関駅に乗り入れている千代田線、丸の内線(荻窪行き・池袋行き)、日比谷線(中目黒発・北千住発)の順で複数の証言者が同じ状況を語ることでショックと薬の影響で曖昧(あいまい)になった複数の被害者の記憶を総合化して読者が多面的に組み立てられるよう工夫されている。霞ヶ関駅という場所で早朝に事件が発生したことで被害者達の大半が都心に勤めるサラリーマンだが、性別や年齢に片寄りは少ない。

インタビューは個人的な情報のあとに、その日はどのような日であったか、そこで何を見て、何を体験して、何を感じたか、その事件からどのような苦痛を受けたかなどを聞いている。その結果は様々で、実害はほとんどなかったという人、不幸にも亡くなられてしまった人、今もリハビリ療養中の重症患者、あとになってPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に悩まされた(悩まされ続けている)という人などがいる。村上氏はそれらに重み付けすることはせず、数多くの被害者の姿をまんべんなく取り上げた。

3つの地下鉄路線に分かれた5人の男達が尖らせた傘の先を車内に置いた奇妙な液体の入ったビニールパックに突き立てて事件が発生する。最初の章は千代田線でサリン散布の実行犯である林郁夫と運転手役の新實智光について略歴、事件の顛末、被害状況(2人が死亡して231人が障害を受けた)を振り返ったあとに被害者達へのインタビューが始まる。

丸の内線(荻窪行き)では廣瀬健一と北村浩一が実行犯で、乗客の1人が亡くなり、358人が重軽傷を負った。丸の内線(池袋行き)では横山真人が散布実行犯で、外崎清隆が運転手役であった。死者は出なかったが200人が重軽傷を負った。日比谷線(中目黒発)では豊田享が実行者で高橋克也が運転手役、死者は1人であるが重軽傷社は532人と多かった。日比谷線(北千住発)では林泰男と杉本繁郎が散布実行犯、8人が死亡して何と2475人もの人が重軽傷を負った。

2009_05130146 インタビューを受けた人の中には事件の被害者ではなく被害者達を受け入れた病院の医師、オウム真理教団に一家3人が誘拐・殺害された坂本弁護士と司法修習で同期であった弁護士、松本サリン事件の調査を担当した大学病院長が含まれ、全編で777ページ(文庫本の場合)と膨大な記述の約9割をこれらのインタビューが占めている。

そして最後の約40ページに「目じるしのない悪魔」のタイトルを付けて村上氏が自らの言葉で1995年3月20日の朝に東京の地下鉄で何が起こったのか、日本人はどこへ行こうとしているのかについて述べている。村上氏が抱いた疑問は先に説明したインタビューの質門にマスメディアは答えていないことである。マスメディアにとっての地下鉄サリン事件は、正義と悪、正気と狂気、健常と奇形、の明白な対立であった。その正論に従って対立のコンセンサスを作り上げたが、事件が発生してから2年が経過した時点(本書の執筆時点)では「居心地の悪さ、後味の悪さ」を感じながら事件を過去のものと忘れ去ろうとしている。

村上氏は事件を起こした「あちら側」の論理とシステムだけではなく、同時に「こちら側」の論理とシステムに対しても徹底的に追求して分析する必要があるのではないかと指摘する。つまりオウム真理教を対岸から望遠鏡で眺めるだけではなく、こちら側に埋められているかもしれない謎を解明する鍵を見つける必要があるという。我われが直視するのを避け、意識的に、あるいは無意識的に現実というフェィズから排除し続けている、自分自身の内なる影の部分(アンダーグラウンド)ではないかと自問する。この説明で私が読みながら感じていた疑問も氷解、題名のアンダーグラウンドは事件現場となった地下鉄を意味するだけでなく、あちら側(ダークサイド)も意味していたのである。

上記の考えを説明するためにアメリカの連続小包爆弾犯人、ユナボマー(「大学とエアラインを対象とした爆破者」を省略した造語)が書いた文章を引用、「自分自身の価値を掲げて、自由な生き方をしたいと思っても、世間がなかなか許してくれない」と解説する。そしてオウム真理教も同様に「自立的パワープロセス対社会システム」という対立図式を個人の力と戦略で実行するのではなく、代理執行人としての麻原にそっくり全権委任するものであると看破する。

筆者注;ユナボマーの本名はセオドア・キャジンスキー、極めて優秀であったことで飛び級して16歳でハーバード大学に入学、同大学を卒業後にミシガン大学の大学院で数学の修士号と博士号を取得してUCBの助教授となるが2年で辞職、1978年から1995年までの17年間に何度も事件を起こして3人が死亡、29人以上が重軽傷を負った

そして村上氏はこの本を書こうと思ったもうひとつの大きな理由を「日本という国についてもっと深く知りたかった」と述べる。ヨーロッパとアメリカに長年住んだことで「故郷離脱」の意識であり、それが地下鉄サリン事件についての長期取材はそのための作業を展開させていく上でひとつの手立てなったという。

「圧倒的な暴力」として1995年の1月と3月に起こった阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件の2つの出来事は天災と人災の違いはあるが被害を受けた側からすると、それらの暴力の襲いかかり方の唐突さと理不尽さは不思議なくらい似通っているともいう。当日には関係者による個人レベルでの判断ミスが確かに発生したが、それよりも私たちの社会システムが用意していた危機管理の体制そのものが不十分なものであったこと、その結果として引き起こされた結果の実態が情報として一般に向けて十分に公開されていないという事実を指摘する。

最後に地下鉄サリン事件に興味を持った背景として地下(アンダーグラウンド)という場所の介在をあげる。村上氏が、小説のモチーフであり、舞台としてよく用いる井戸・地下道・洞穴・暗渠などに強く心をひきつけられると述懐(じゅっかい)して、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」と「ねじまき鳥クロニクル」を引用する。

写真は地下鉄霞ヶ関駅A2出入口(総務省前)と日比谷駅A9-2出入口付近から見る日比谷交差点

| | コメント (0) | トラックバック (2)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »