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2010年12月に作成された記事

2010年12月31日 (金)

川崎大師参拝

2010年は今日がいよいよ大晦日(おおみそか)。今年もいろんな場所へ出かけました。主立った旅先を振り返ると、1月は埼玉比企城館跡群富士山周辺、2月は早春の伊豆下田、3月は栃木小江戸小京都南房総、4月は坂東、5月は八ヶ岳周辺、6月は湘南近江湖西7月は河内木津川日本ロマンチック街道、8月は富士登山、9月は環七横浜平城京、10月は京都北摂、11月は富士箱根甲州街道早川渓谷などですが、いずれも期待通りに楽しむことができました。

旅行以外にも嬉(うれ)しいことがありました。12月中旬 チビスケくんに妹のチビエちゃんが誕生。そして22日には例年通りオチビちゃんとコチビちゃんの家族が遊びに来てくれ、さらにチビスケくんの家族もわが家に滞在してくれたことで、10日間ほどの間 わが家が約10名の大家族になりました。同居者と2人だけで暮らす狭い家はその大家族にとって窮屈(きゅうくつ)だったと思いますが、子どもたちはみな元気で、家中が戦場のような毎日でした。

その喧騒(けんそう)もオチビちゃんとコチビちゃん一家が昨日帰宅、そしてチビスケくんとチビエちゃん一家も今日の昼過ぎに引っ越しが終わった真新しい家へ移り住みましたので、これまでの賑(にぎ)やかさが嘘のように静けさがわが家に戻りました。これから除夜の鐘と新年のカウントダウンを同居者と二人で迎えるだけです。

さて本題です。昨日はオチビちゃんとコチビちゃん一家を東京駅で見送ったあと、山手線と京浜急行電鉄を利用して年末恒例の川崎大師参拝に出かけました。
 
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車で駆けつけたチビスケくんとそのお父さんも現地で合流、3家族(計6名)がそれぞれお護摩をお願いしました。
 
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これまで毎年のように家族が増え続けたことで、もし全員が参加できれば、来年は4家族(計12名)で参拝できることが今から楽しみです。
 
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お護摩を頂いたあとは大山門前の「そば膳はやま」で年越し蕎麦をいただきます。私は鴨南ばんそば、同行者は天せいろそば、チビスケくんはお父さんや同行者からそれぞれ力うどんと蕎麦を分けてもらって大満足。根っからの麺好きなのです。
 
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はやまを出るやいなや同居者は隣の寺子屋本舗で「ぬれせんべい」と「ぬれおかき」を買っています。前から心づもりしていたようです。仲見世を鳥居方面へ戻りながら名物の「くず餅」や「咳止め飴」なども求めました。
 
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私は来年の干支である「うさぎの飾り物」を高橋太一商店で買うことも忘れません。
 
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<同行者のコメンント> 最近は帰省しなくなった代わりに、オチビちゃん・コチビちゃん・チビスケくんたちがわが家へ遊びに来てくれることがとても楽しみです。そして今回からチビエちゃんも加わって楽しさがいっそう増えたように感じます。昨日は東京駅が大変な混雑、新幹線のホームはどこに並んだらよいのか分からないくらいでした。そして川崎大師ではこの一年の無事を感謝しました。

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2010年12月26日 (日)

ラーメン小僧の西蒲田探索

ラーメン小僧の都心探索」の続編として、最近所用で出かけることが多い西蒲田のラーメン店を3軒紹介します。 

2010_12030044 一番目は蒲田駅西口前の徳福蒲田店、まだ食べたことがない徳島ラーメンの名前に惹かれました。徳島に近い和歌山ラーメンや四国遍路で食べた肱川ラーメンと食べ比べをすべく、どんなラーメンか期待が膨らみます。店内の客席はカウンター(13席)と4人卓が2つ(8席)の構成。 

2010_10300009 厨房は奥まった場所にあるため入り口に近いカウンター席からは見えません。中華そば、肉玉そば、みそラーメン、つけ麺、ご飯物、単品料理など多彩なメニューから標準のメニューと思われる徳島中華そば(680円)を選んで食券を購入しました。
 

2010_10300002 見た目の印象はスープの色が濃いことです。豚骨・鶏ガラ・野菜・醤油など作ったというスープは味も濃いめで脂分が強めに感じられます。麺はやや平べったい中太麺。トッピングはモヤシ・メンマ・青ネギに加えて札幌バターラーメン風のコーンが珍しい。
 

食べ進むと麺とスープが良く合っているようでいつの間にか甘辛い味がほどよく麺にからんでいました。豚バラ肉の薄切りは焼き豚のような風味があってやや固め。とろけるように柔らかい煮豚のチャーシューとは違って存在感があって良い。私好みの味ではありませんが珍しい徳島ラーメンは食べて見る価値がありました。

あとで調べてみると徳福は海老名(閉店)、保土ヶ谷、アクアシティお台場、そしてこの蒲田(今年4月開店)など東京・神奈川に何店か出店していますが、最近徳島市に本店を逆進出の形で開店したそうです。また徳島ラーメンはご飯と組み合わせたラーメンライスの食べ方が普通のようですから濃い目の味付けはそのためかも知れません。

2010_12030061 2店目は蒲田駅西口から真西に向かうバス通りを300mほど歩いた場所にあるZoot(ズート)。ラーメン店とは思えないユニークな外観と店名が印象的な、味玉を売りにしているラーメン店です。つけ麺の幟(のぼり)があることでラーメン店と確認できました。
 

2010_12030055 11時30分の開店と同時に入店しました。リズミカルな音楽 が流れる店内は落ち着いた雰囲気で好感が持てます。L字型のカウンターに9席あるだけでゆったりしており、通路スペースを確保した壁際には順番待ち客用のベンチが置かれています。
 

2010_12030058 味玉つけめんが人気メニューのようですが私の好きな塩ラーメンを選びました。入口脇に券売機があります。10分ほどで配膳された塩ラーメンは見た目には焼き海苔(岩海苔?)が目立つマイルドな印象通りに味もまろやか。チャーシューも柔らかめ。中太のストレート麺と濃い目のスープの組み合わせは若者向けのようです。

塩ラーメンの場合はスープを飲むことにしている私ですが今回は断念。あっさりした味を期待していたためこってりしたレモン風味に意外感がありました。厨房がカウンターに向いた対面式。気さくな感じの若いマスターとの会話が弾みました。

2010_12240054 3店目はらーめん旭屋蒲田店です。蒲田駅西口を東急改札口側に出てJRの線路沿いに50mほど歩いたファミリーマートとマクドナルドの間を右手に入った場所にあります。駅近くに道案内を兼ねて置かれていたものと同じ店先の立て看板には20食限定のとろ肉ラーメンや豚骨塩ラーメンなど数種類が写真付きで表示されています。

2010_12240055入口脇に貼られた「学生限定麺大盛り無料サービス」の貼り紙を見ながら入った店内は、外からも様子が分かるように、細長いスペースにカウンター(約10席)と4人用テーブル(3卓)が並んでいます。手ぶれのためにピンボケ写真になったことをお詫びします。 
 

2010_12240057 注文したのは一番人気と書かれた塩ラーメン。味玉が半分、ナルト(鳴門巻き)の薄切り、メンマ、青ネギ、小梅などがトッピングされています。どうして小梅なのでしょう。脂が浮く塩豚骨スープはZoot以上に濃厚、みじん切りしたニンニクが効いているようです。3枚トッピングされた厚めのチャーシューはとろける系の柔らかさ。

細めのストレート麺は固めでラーメンそのものはインパクトのあるものでしたが、私の気のせいか店員の無愛想さを感じました。

参考までに西蒲田のラーメン店情報を書きます。東急蒲田駅の下にあった濱壱(はまいち)は駅の耐震工事のため閉店しましたが、姉妹店の濱ちゃんは少し蓮田駅寄りの東急駅前通り(通称バーボン通り)で営業しています。400円からと超低価格が売り。その斜向かいには上弦の月蒲田店もありますが夜だけ(午後6時から)の営業なのは残念、飲み屋街のラーメン店だからでしょう。JR蒲田駅西口から北西方向へ歩いたところに喜多方ラーメンの坂内小法師(ばんないこぼし)西蒲田店があります。当ブログではその有楽町店を紹介しています。
 
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駅前ロータリーの北側には豚骨屋台らーめん「福の軒」、JRの線路沿いに日本工学院へ向かう途中には「虎鉄」(近藤勇の愛刀が名前の由来)、坂内小法師の少し先にはラーメンの寶龍(ほうりゅう)蒲田店、そして蒲田駅西口から少し離れますが東急多摩川線の蓮沼駅近くにはユニークなラーメンが食べられる「凛蒲田店」など20数店のラーメン店が西蒲田で凌ぎを削っているようです。

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2010年12月19日 (日)

三軒茶屋 栄通り商店街

東急田園都市線の三軒茶屋駅を下車しました。三茶(さんちゃ)の愛称で呼ばれる三軒茶屋の地名は玉川通り(国道246号)と世田谷通り(都道3号)の分岐点、すなわち旧大山街道(矢倉沢往還)と登戸道の追分け付近に三軒の茶屋があったことに由来します。正式な地名となったのは昭和に入ってからだそうです。この三軒茶屋から下北沢方面に伸びる茶沢通り(世田谷区道)を以前のブログ記事で紹介しています。

2010_12080154 これらの主要街道沿いに商店街が伸びる形で、ランドマークとなっているオフィスビル「キャロットタワー」周辺の三和会アーケード街・すずらん通り商店街・ゆうらく街・エコー仲見世商店街と玉川通り沿いの商栄会商店街などが一体となって世田谷区最大の繁華街を構成しています。 

2010_12080152 今回紹介する栄通り商店街は三軒茶屋駅南口を出て玉川通りを南西方向へ100mほど歩いた場所から下馬方面に伸びる長さが300mほどの商店街です。ラーメン屋無双(元は幻というラーメン屋)の角から左手の脇道に入ると三軒茶屋と別の街に来たのかと思わせるユニークな店が多数立ち並んでいました。

2010_12080065 イタリア料理店グッチーナが会場に選ばれた定例の飲み会までまだ時間がありますので、ゆるやかにカーブするこの商店街をのんびり散策してみました。
 
 
 

2010_12080070 フロムダスク・ティルドーン(炙ABURIは焼き鳥の店ですが奇妙な店名と店構えが気になります。フロムダスク・テイルドーンはアメリカ映画のFrom Dusk Till Dawnのことかも知れません。
 
 

2010_12080069(あぶり)はもちろん焼き鳥のこと。南洋風のレリーフ的装飾と中世騎士の甲冑姿(かっちゅうすがた)が何ともアンバランスで面白い。
 
 
 

2010_12080074 もつ焼きのエビスさんの看板には「国民皆食健康第一」の文字があり、赤い提灯にはホッピーと書かれて、終戦直後の雰囲気が漂っています。
 
 
 

2010_12080108 「やってます」の看板もストレートな表現で下町風。ちなみに近くの三宿など世田谷区を中心に10店舗ほど展開しているようです。
 
 
 

2010_12080076 七輪が積み重ねられているのはホルモン料理の「肉人」(にくんちゅ)。
 
 
 
 

2010_12080077 今夏にオープンした下北沢に次ぐ2号店のようです。
 
 
 
 
 

2010_12080079 変則的な交差点に面して一際インパクトのある看板がありました。1980年代にJAGATARAというアングラ音楽グループのヴォーカルで活躍した江戸アケミさんの言葉を大胆に表現したレコードショップFujiyamaです。シャッターが閉まった店先のロッカーはまるで耳なし芳一のように文字で埋め尽くされています。 

2010_12080087 燻製料理の店「燻製家Nube」は旬の食材を燻製・真空調理をしたスローフードを提供するカフェです。
 
 
 
 

2010_12080096 落ち着いた店構えとさり気なく置かれたサンタクロースが好印象です。
 
 
 
 

2010_12080092 地鶏炭火串焼「チンタラ」は以前下北沢にあったそうです。 
 
 
 
 

2010_12080093 焼酎のボトルを使った看板とクリスマスのために置かれたキャンドルが気に入りました。チンタラとはだらだらあるいはゆっくり行う様子を表わす言葉です。
 
 
 

2010_12080102 立派なマンションのように見えたのは渡辺歯科、奥歯を意匠した看板にWDCの文字があります。女性歯科医さん(Women Dentist Club)のことかと思いましたがWatanabe Dental Clinicのアブリビエーション(略字)のようです。
 
 

2010_12080113 くし焼き頌(しょう)の幟(のぼり)には「ぼっけぇ旨い!」とあります。岡山弁でものすごく美味しいという意味でした。 
 
 
 

2010_12080115 ワイン食堂イナセヤ魚KITCHINは魚料理を中心とするダイニングバーです。
 
 
 
 

2010_12080116 Jazz Inn Uncle Tom は食事ができるジャズバー。下北沢のJAZZ喫茶マサコを思いだしました。飲み会が始まる時刻が近づきましたので会場のグッチーナへ向かうことにします。

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2010年12月 8日 (水)

汐留エリアのビル街

「新旧の新橋駅を探訪」の続編として汐留エリアの高層ビルを紹介します。汐留(しおどめ)は江戸時代に埋め立てられて武家屋敷街だったものを前回の記事で触れたように明治時代に入ると日本初の鉄道駅となり、東海道本線が開通すると貨物専用の汐留駅になりました。そして最近のことですが2004年(平成16年)には旧国鉄(現JR)の貨物駅跡地が再開発されて高層ビルが林立する新副都心の一つとなったのです。

2010_11210094 汐留の地名は江戸城の外堀に東京湾から海水が浸入するのを防ぐための施設、つまり掘割として造られた汐留川は土橋で堀止(ほりど)まりのため潮汐(ちょうせき)の干満が外堀には通じていなかったことに由来するようです。 
 

私が汐留の地名を最初に知ったのは今から50年ほど前のことです。中学の技術家庭科か社会科で鉄道小荷物(チッキ)について学んだ時に「汐留駅留め」の表示を見た記憶があります。今風にいえばコンビニで宅配荷物を受け取るように自分の住所ではなく鉄道駅で鉄道小荷物を受け取るシステムがあったのです。昭和時代末期に鉄道小荷物サービスは終了、現在は集配付のサービスとして存続しているようです。

2010_11210048 新橋駅烏森口(からすもりぐち)からゆりかもめ新橋駅の下に伸びる地下道で汐留方面へ進むとシオサイトB街区とC街区に入ります。
 
 
 

2010_11210075 左手にある汐留シティセンター(地上43階、高さ215m)は曲面を大胆に取り入れたケビン・ローシュ氏のデザインによるオフィスビルで、ANAや富士通の本社が入る高層ビルの下層階には60店舗ほどの商業施設も収容されています。
 

2010_11210076 その隣はパナソニック電工東京本社ビル(高さ120m)で汐留ミュージアムとパナソニックリビングショウルーム東京などがあります。
 
 
 

2010_11210088 汐留川が埋め立てられて造られた海岸通りの汐先橋交差点から電通本社ビル(地上48階、高さ210m)と劇団四季の劇場「海」などが入る複合施設の汐留アネックスビルの横を抜けてシオサイトA街区に入りました。
 
 

2010_11210092 高層ビルが林立するなかをゆりかもめの高架線が大きくカーブする汐留北交差点に面してロイヤルパーク汐留タワー(地上38階、172mて)がそびえています。ホテル ロイヤルパーク汐留タワーと資生堂汐留オフィスなどが入居しています。右手後方は汐留シティセンターとパナソニック電工東京本社ビル。

2010_11210089 横断歩道橋の長い階段を上がると左手にゆりかもめ(東京臨海新交通臨海線)の汐留駅が見えます。その右手はトッパン・フォームズ本社ビル、その左後方は西街区にあるJRA(日本中央競馬会)のウインズ汐留です。 
 
 

2010_11210095 正面には共同通信本社とパークホテル東京が入居する三角形の汐留メディアタワー(E街区、高さ173m)、そのユニークな壁面が迫ります。
 
 
 

2010_11210097 横断歩道橋の上は品川西新宿と似たぺデストリアンデッキ(歩行者回廊)となって長く伸びています。
 
 
 
 

2010_11210100 日本テレビの本社ビルである日本テレビタワー(日テレタワー、高さ192m)、細長い建物の四隅に配したメガトラス(鉄骨構造物)が印象的。そのガラス窓に映るのは隣接するロイヤルパーク汐留タワーです。 
 
 

2010_11210099 大きな機械仕掛けの時計が動きはじめると人だかりができました。巨大な時計はどこかで見たような気がして調べてみると宮崎駿氏がデザインした「日テレ大時計」でした。三鷹の森ジブリ美術館にある守り神(ロボット兵)やアニメ映画「風の谷にナウシカ」「ハウルの動く城」などの雰囲気に溢れています。 

2010_11210102 ぺデストリアンデッキを右手に折れるとゆりかもめの新橋駅方面へと続いているようです。
 
 
 
 

2010_11210091 ここが今回の最終目的地である汐留タワービル。ザ ロイヤルパークホテル東京汐留内(24階)にあるレストランへ向かいました。定例となっている同級生たちとの昼食会に参加するためです。
 
 
 

2010_11210113 浜離宮恩賜庭園汐留川築地市場隅田川月島方面などが展望できる新スタイルの中華料理店「シェンロングランデ(Xenlon Grand)」でコースメニューを味わいながら旧友たちとの会話を楽しみました。

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2010年12月 6日 (月)

新旧の新橋駅を探訪

一昨日の12月4日に東北新幹線が新青森駅まで延長されたことが報道番組で大きく取り上げられました。来年3月には九州新幹線が全線開通すると、新青森駅から鹿児島中央駅まで新幹線が利用できるようになります。新大阪駅‐鹿児島中央駅(最速3時間45分)、東京駅‐新大阪駅(最速2時間25分)、東京駅‐新青森駅(最速3時間10分、来年3月に導入されるはやぶさ)を合計すると9時間20分、乗り換え時間を考慮しても10時間程度で青森から鹿児島へ移動できることになるはずです。

今回の記事は新幹線ではなく日本で鉄道が発祥した新橋駅界隈を探索します。しかし新橋駅といってもJR・東京メトロ・都営地下鉄・ゆりかもめの4つの新橋駅が現存しますが、廃止された新橋駅がほかに2つありました。東京メトロ銀座線が現在のように浅草‐渋谷間を結ぶようになる前は浅草‐新橋間(日本最初の地下鉄である旧東京地下鉄道)と渋谷‐新橋間(東京高速鉄道)のそれぞれに新橋駅がありましたが、1939年(昭和14年)の9月に相互乗り入れするようになって後者の新橋駅(西新橋方面)が廃止されたのです。幻の新橋駅と呼ばれますがほぼ当時のまま保存されているようです。したがって「新旧の新橋駅」にはいろいろな意味があります。

2010_11210035新橋駅はJR東日本の駅として東海道本線・山手線・京浜東北線・横須賀線の電車が停車するとともに、地下鉄の銀座線・浅草線の新橋駅と東京臨海新交通臨海線ゆりかもめの始発駅である新橋駅(高架駅)が隣接しています。そして1日当たりの乗車人員は40万人強と都内で指折りの主要駅なのです。

2010_11210019 乗降口は日比谷口、烏森口(からすもりぐち)、銀座口、汐留口(しおどめぐち)の4つがあります。名称は行き先を示していて明快です。駅前広場のある日比谷口が顔の役割を果たして来ましたが、最近は大型再開発が進んだ汐留口(地下)の存在が大きくなっているようです。
 

2010_11210026 山手線新橋駅の日比谷口を出て新橋古本まつりの会場を冷やかしてみました。
 
 
 
 

2010_11210022 駅前広場のシンボルである蒸気機関車(C11)の巨体が目を惹きます。 
 
 
 

 

2010_11210027 左手のニュー新橋ビルの特徴ある壁面は漁網やセーターの網目を連想させます。行き交う人たちはほとんどが背広姿のサラリーマン風で、通称「お父さんの町」と呼ばれる新橋の雰囲気そのものです。日が暮れて暗くなれば飲み屋街のにぎわいに変わるのでしょう。
 

2010_11210033 ニュー新橋ビルを見ながら烏森口へ向かいました。同ビルの裏手にある烏森神社に近い乗降口は手狭な印象です。 
 
 
 

2010_11210043 烏森口から新橋駅構内に入ると反対側の汐留口へ出ました。
 
 
 
 

2010_11210036 その先はゆりかもめの新橋駅(高架)へ上る階段があります。
 
 
 
 

2010_11210046 地下へ下りる階段の先は都営地下鉄新橋駅です。
 
 
 
 
 

2010_11210049 こちらは10年近く前から再開発が始まった汐留地区(汐留シオサイト)への入り口ででもあり、斬新な色使いをした広い回廊がビル街へと続いています。以前は仕事の関係でしばしば訪れていました
 
 

2010_11210055 引き返して銀座寄りへ向かうとJR新橋駅で唯一地下にある汐留口があります。
 
 
 
 

2010_11210040 汐留の高層ビル街を紹介するのは後回しにして、新橋駅の銀座口へ向かいます。駅舎の中央辺りに鉄道唱歌の碑と車輪のモニュメントが並んで置かれていました。
 
 
 

2010_11210057 銀座口は名前の通り銀座方面へ行くのに便利です。当ブログでは銀座の柳をテーマに銀座通りを紹介しています。 
 
 
 

2010_11210066 今回は銀座には立ち寄らずに外堀通りで新橋交差点を通り過ぎて昭和通に入りました。右手に汐留シオサイトのパナソニック電工東京本社ビルと汐留シティセンターが見えてきました。
 
 

これら2つのビルに囲まれるように小さな建物があります。鉄道歴史展示室は最初の新橋駅(新橋停車場)を元の場所にほぼ忠実に再現した建物です。つまり日本で最初の鉄道が新橋から横浜(桜木町)まで建設された時の始発駅です。そしてそれが神戸まで延長されて東海道本線となってもその地位は変わりませんでした。

2010_11210070 明治33年(1900年)に発行された鉄道唱歌東海道篇(新橋駅-神戸駅)の1番で「汽笛一声新橋を離れてはやわが汽車は離れたり・・・」と歌われています。しかし大正元年(1914年)に東海道本線が東京駅まで延長されて新しい起点になると、新橋駅は貨物駅の汐留駅となり、烏森駅が現在の新橋駅に改称されたのです。

2010_11210072 復元された旧新橋駅舎を汐留シティセンターへ向かって回り込むように歩くとクリスマスイルミネーション用に蒸気機関車と客車のオブジェ「走れ!ファンタジア号」(虹色のプラットフォーム)の横に線路止めも復元されていました。   
 

2010_11210080 外堀通りへ戻って蓬莱橋(ほうらいばし)交差点の横断歩道橋で海岸通り(都道316号、汐留川の跡)を南へ歩きます。日本郵便銀座支店の前に電信用碍子(がいし)の電気試験が行われた工部省電信寮碍子試験所跡の石碑を見つけました。
 

電話回線用や鉄道通信用の電信柱で横方向へ伸びた腕木に碍子が多数取り付けられた様子が熊手あるいはハエタタキのようであったことと、碍子で固定された電線に雀がたくさんとまっていた50年前の風景(伊東四朗さんの電線音頭の世界)を思い出しました。すこしマニアックな話になりますが、JR東海の身延線芦川駅付近や東海道本線真鶴駅‐湯河原駅間のみかん畑に碍子が付いた鉄道通信(裸線)用電信柱が残っているようですから、昔の電信柱を見たい方は出かけてみたらいかがでしょう。

2010_11210082 その先を左手に入る路地に踏切の遮断機を見つけました。東京市場線(汐留駅から分岐して築地市場と結んだ貨物支線)が海岸通りを横切る時に使われていたもので、この路地が線路跡地のようです。そのまま築地まで歩いてみたいところですが時間切れが近づいたようです。

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