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2011年2月20日 (日)

奈良 興福寺と周辺の商店街

2月中旬の連休は降雪が予想されましたが予定された関西地方へのドライブ旅に出かけました。早朝に出発して東名を豊田JCTまで走り、伊勢湾岸道路の刈谷ハイウェイオアシスの駐車場で午前7時になるのを待っていると予報通りに雪が降り始めました。セントラルプラザで朝食を終えて横風の強い伊勢湾岸道路を無事に通過、東名阪に入ると相変わらずの渋滞があり、今回は雪が舞って視界の悪さが加わりました。新名神高速道路に入ると一面の雪景色、路面は黒く見えますが氷結しているようです。
 
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足元の悪い数日間は所用に専念、雪が溶けるのを待って奈良を訪れました。最初の目的地は興福寺(こうふくじ)です。到着した駐車場で告げられた料金(夕方5時まで)は1000円と高いのですが、昨秋の経験から他の駐車場は混雑していると思われますから、空きスペースの多いこの駐車場に決めました。
 
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目当ての国宝館を訪れる前に三条通りの坂道を下りました。半世紀前に修学旅行で訪れた記憶がある猿沢池の脇を通り、アーケードのある「もちいどの(餅飯殿)センター街」と「ひがしむき(東向)商店街」を過ぎ、「小西さくら通り商店街」との交差点に出ました。
 
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同行者は右手前方にある「ぜいたく豆本舗」の看板が架かる古い店舗が気になったようです。ちょっと覗(のぞ)いてから、「また寄れる?」と釘を刺します。
 
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人々が行き交う小西さくら通りに入りました。近鉄奈良駅前まで続くこの商店街は道幅が狭くてアーケードもありませんが石畳の両側に趣のある店が並んでいます。
 
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右手の路地が気になって入ってみました。
 
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その路地はすぐひがしむき商店街に行き当ります。この商店街は平城京の外京六坊大路の跡で、興福寺に配慮して道の西側だけに人家があったことで東向町という町名が付けられたのだそうです。
 
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この商店街で一際目立つのが奈良漬けの山崎屋本店です。
 
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商店街の一角で奈良大和路の仏像群が写真で説明されていました。
 
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三条通りのぜいたく豆本舗へ戻った同行者は気に入った菓子を竹製の買い物かごに詰め込んでいます。私は裏手にあるギャラリー「上(かみ)の蔵」を覗(のぞ)いて、大漁旗や幟(のぼり)を再利用して渋染めする「和布の服」についての説明を製作者から聞きながら、その作品群を興味深く見て回りました。残念なことに撮影は不可でした。
 
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三条通りを興福寺方面へ戻る途中、同行者はもちいどのセンター街入口にある中谷堂(なかたにどう)でよもぎ餅も買い求めました。この店にも目を付けていたようです。
 
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私は三条通りの反対側にある奈良県里程元標に興味を惹かれました。明治時代の奈良県内諸街道の起点で、昨年御高札場の前に復元されたそうです。ちなみに元の設置場所は道の反対側(コンビニの角)だったとのこと。
 
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その先に西国三十三所観音霊場第九番札所「南円堂」(重要文化財)への長い階段があります。藤原一門の繁栄を祈念するために藤原不比等(ふひと)が飛鳥京の厩坂寺(うまやさかでら)を移して建立した興福寺内にあるこの八角円堂も今回の旅の目的地の一つなのです。
 
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南円堂脇の売店で女性店員さんに「僧正(げんぼうそうじょう)の木彫像を拝観できますか?」と訊(き)くと、奥に下がって確認してくれ、現在は国宝館に展示されていると教えてくれました。玄昉は奈良時代の法相宗(ほっそうしゅう)の僧で義淵に師事、留学僧(るがくそう)として唐に学び、同じ時に留学生(るがくしょう)であった吉備真備(きびのまきび)と18年後に帰国。聖武天皇の母・藤原宮子の病を祈祷で回復させて出世、真備とともに橘諸兄(たちばなのもろえ)政権で隆盛を極めますが、藤原仲麻呂が勢力を持つと筑紫国(現在の福岡県)に左遷され、翌年にその地で没した人物。人格に問題があると批判された玄昉は後世に悪人とされた弓削道鏡と人物像が重なります。実は松本清張著「眩人」(げんじん)を読んで最近興味を持つようになった人物なのです。ちなみに当ブログでは弓削道鏡行基菩薩の記事で玄昉に触れています。
 
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法相宗大本山の興福寺では中金堂(ちゅうこんどう)の再建工事が進められています。写真は中門基壇(手前)、国宝の五重塔と同じく東金堂(とうこんどう)。
 
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リニューアルされて昨年3月に再公開された国宝館(入館料600円)はガラス越しではなくオープン展示で仏像群を間近で見られます。中央にある千手観音菩薩立像の周囲を一周した正面にある阿修羅像(あしゅらぞう)など八部衆の近くに展示された木像法相六祖坐像のなかに玄昉僧正木彫坐像がありました。出世欲の強かったと伝えられる玄昉僧正の木像(ひとりだけ合掌している)は痩(や)せて眉の下がった表情が弱々しい印象を与えます。松本清張氏は眩人の導入部で、当時の彫刻師が写実的であったからこの坐像は実物とかけ離れたものではないと考えてよいが、この貧相な小男がどこにあのようなエネルギーを持ち合わせていたのか不思議な気がすると述べています。

 
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国宝館では写真撮影が禁止されているため、三面六臂(さんめんろっぴ)の
阿修羅像をはじめとする多数の国宝や重要文化財などは興福寺のhpを参照してください。(続く)

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