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2011年3月18日 (金)

旧中山道のドライブ旅 竹中半兵衛の里

桃配山を過ぎると1kmほどで国道21号は不破郡垂井町(ふわぐんたるいちょう)に入りました。新日守交差点を左折して関ヶ原バイパスに入り、野上北交差点を右折、県道53号と県道257号を北上して豊かな田園地帯が広がる道で岩手小学校を目指します。竹中氏陣屋跡(竹中半兵衛公陣屋跡)を訪れるためです。
 
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岩手(いわで)地区に入ると「竹中半兵衛重治(はんべえしげはる)公のふる里」の標柱があります。
 
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竹中半兵衛公陣屋跡には白壁の櫓門(やぐらもん)と石垣や濠(ほり)などの一部が残っています。陣屋の敷地だったと思われる場所は保育園と小学校になっていました。
 
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櫓門の前には鎧兜姿(よろいかぶとすがた)の竹中半兵衛像があります。フラッシュが効かず表情が写っていないのは残念です。
 
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竹中半兵衛の略歴をWikipediaなどの資料を参考にして紹介します。半兵衛は戦国時代の武将として有名ですがその名は通称で、本名は竹中重治(しげはる)、美濃国を支配した斎藤道三(どうさん)の家臣で美濃国大野郡大御堂城(おおみどうじょう、岐阜県揖斐郡大野町)城主であった竹中重元(しげちか、しげもと)の子として生まれました。

道三の隠居後、重元は不破郡岩手の地を支配して菩提山城(ぼだいさんじょう)を築きました。父重元の死去により重治は家督(かとく)を相続、菩提山城主となって美濃国主の斎藤義龍(よしたつ、道三の長男)に仕え、斎藤義龍が死去するとその後を継いだ斎藤龍興(たつおき、義龍の子)に仕えますが、龍興は若年で凡庸だったために織田氏の侵攻を防ぐことが困難となります。 

その状況でも斎藤勢は重治の戦術によって織田勢に勝利しましたが、龍興は酒色に溺れて政務を顧(かえり)みようとしないため、十数名と少ない手勢で龍興の居城稲葉城(後の岐阜城)を乗っ取りました。織田信長は重治の稲葉山城奪取を知ると城を譲り渡すように要求しましたが、重治はこれを拒絶し、自ら稲葉山城を龍興に返還して斎藤家を去ります。その後は北近江の戦国大名であった浅井長政(あざいながまさ)の客分(きゃくぶん)となりますが約1年で旧領の不破郡岩手へ帰って隠居します。
 
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織田信長の侵攻により斎藤氏が滅亡すると織田信長は竹中重治を家臣に登用したいと考え、美濃攻めで頭角を現していた木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)に勧誘を命じ、秀吉は「三顧の礼」で重治を誘いました。竹中重治はこの時に秀吉の天性の才能を見抜いて秀吉の家臣となることを了承したとされますが、織田信長の直臣として登用に応じたという見方が有力のようです。 

織田信長が浅井・朝倉に対立すると対浅井の調略活動で活躍しました。後に秀吉の与力へと転じ、今孔明と呼ばれた軍師として同じく軍師であった黒田孝高(黒田官兵衛)とともに「二兵衛」と並び称されました。竹中重治は豊臣秀吉に従って中国遠征に参加しますが播磨三木城(兵庫県三木市)の包囲中に胸の病で倒れました。秀吉は重治の病状を心配して京都で療養させましたが、重治はすでに自らの死期を悟り、武士ならば戦場で死にたいと秀吉に懇願して陣中で613日に死去しました。享年36

以下は余談です。官兵衛の子である黒田長政は官兵衛が荒木村重に捕まった折に半兵衛の策で命を救われると、成長して秀吉に仕え、徳川時代に入ると福岡藩主となりました。その恩義に感謝して黒田家の家紋として竹中家の家紋を採用しています。

訪れた陣屋跡には竹中氏縁の品を公開する菁莪(せいが)記念館がありますが、閉館時間が近いので立ち寄らず、北方の禅幢寺(ぜんどうじ)にある竹中半兵衛の墓を訪れることにしました。
 
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本堂の左手奥にある墓地に秀吉が建立した半兵衛の墓がありました。思ったよりも質素です。半兵衛の墓所は最後の陣地となった兵庫県三木市平井山にもあるそうです。
 
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菩提山城(別名岩手城)跡には竪堀(たてぼり)や堀切と思われる跡が残されているそうですが、足元が悪そうですから菩提山(標高402m)へ登ることは諦(あきら)めました。写真の左手に写っているのは菁莪記念館です。(続く)
 
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