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2011年5月13日 (金)

三鷹散策とみたか温泉「新鷹の湯」(中)

三鷹通り(都道121号)を南下、宇宙航空研究開発機構が角にある交差点で東八道路(とうはちどうろ、都道14号)へ右折して約2km西進したコインパーキング(タイムズ・マロンテラス駐車場)に駐車しました。次の目的地までまだ数百mもあるのですが来訪者用の駐車場がないのです。

すぐ近くの天文台北交差点で交番を見ながら左折、緩やかに下る道を歩きました。約600m先に大きな施設への入り口がありました。
 
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国立天文台(NAOJ)の三鷹キャンパス(通称は三鷹天文台)です。
 
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山梨県の野辺山にある電波天文台も同じ組織の施設です。
 
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江戸時代後期に造られた幕府天文方の浅草天文台が起源。明治時代になって本郷の東京大学構内に学生の実測用に天文台が作られ、明治21年(1888年)に港区麻布に東京天文台が作られました。その後、大正13年(1924年)に、天文台は三鷹へ移転。 昭和63年(1988年)、東京天文台は水沢の緯度観測所などと一緒になり、国立天文台となりました。さらに国立天文台は文部省、文部科学省の管轄を経て平成16年(2004年)41日より法人化し、大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台となりました。(国立天文台のhpから引用)

守衛所で入館手続きをしてガイドブックと参観者用ワッペンを貰いました。ガイドブックの地図に従って参観者用のコースだけを歩くように案内されました。
 
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広大な施設な木立に覆われて歴史のある大学キャンパスを思わせます。私の好きな松本清張氏の小説「波の塔」にも三鷹の風景のひとつとして登場していますが、施設内を訪れるのは今回が始めてです。実はこの小説の冒頭シーンに使われたと思われる諏訪湖近くの諏訪湖近くの遺跡、調布市の深大寺、嵐に遭(あ)って主人公たちが難儀(なんぎ)する山梨県身延(みのぶ)の下部温泉富士山の樹海なども訪れた様子を当ブログで紹介しています。
 
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最初に見学した第一赤道儀室(国登録有形文化財)は国立天文台三鷹に現存する最も古い施設(1921年建設)です。
 
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その右奥にある小山は天文台構内遺跡でした。武蔵野台地の辺縁部に位置する7世紀頃のものと推定されるこの遺跡は全国的にも珍しい上円下方墳(基部の一辺が30m弱)や横穴式石室など旧石器時代・縄文時代・古墳時代、そして近世に至るまでの複合遺跡であることが発掘調査で分かったそうです。
 
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ドーム内に設置された望遠鏡(ドイツのカール・ツアイス社製)は太陽観測用の口径20cm屈折赤道儀(せきどうぎ、天体を自動的に追尾できる望遠鏡用架台)です。60年間にわたり太陽黒点のスケッチが行われたと説明されています。
 
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一直線に伸びる太陽系ウォーキングを歩きました。太陽と水星から海王星まで8つの惑星のパネル説明が並んでいます。実際の距離を140億分の1に縮めてあるそうです。
 
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案内標識に従って途中で左に折れました。折れ曲がった道の奥にレンガ建ての塔が見えます。
 
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太陽塔望遠鏡(通称アインシュタイン塔、国登録有形文化財)です。1930年に建設されたこの施設は塔全体が望遠鏡の筒(つつ)の役割を果(は)たしているそうです。高さ18.6mの塔内部は吹き抜けになっており、屋上のドームから入った光はシーロスタット(カール・ツアイス社製の2枚の平面鏡)によって垂直に取り込まれ、固定された望遠鏡で収束(しゅうそく)され、半地下にあるプリズムと回折格子(かいせつこうし)で虹色の光の帯(スペクトル)に分けて観測されるそうです。フーッ、何と複雑な説明!
 
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太陽系ウォーキングの行き止まりは巨大な天文台歴史館(旧大赤道儀室)です。高さが19.5m、ドーム直径が15mあるとのこと。
 
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その右手前にある近代的な建物に4D2Uドームシアターと表示されています。第2・第4土曜日にだけ開館(事前申し込みが必要)されるとも。四次元デジタル宇宙シアターの名前がありますからプラネタリウムのようなものかもしれません。
 
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旧図書館の角を通過します。
 
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折れ曲がった見学路を更に奥へと進むと子午儀資料館があります。子午儀(しごぎ)とは天体の子午線(注釈;地球を南北に取り巻く経線)の通過時刻を測定する装置です。
 
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建物の中には望遠鏡のようなものがいくつも置かれていました。
 
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ここまでに見た観測設備は大正時代から昭和時代初期(1920-1930年頃)に製作されたもので、すべて西欧から輸入されたものでした。当時は科学技術の先進国から購入せざるを得なかったのでしょう。今昔(こんじゃく)の感があります。(続く)

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