紫香楽宮跡(前編)
関西ドライブ旅の最終目的地へ向かって国道307号を彦根方面へひたすら走ります。今回のドライブ旅で是非訪れたかった場所は甲賀(こうか)市信楽(しがらき)町にある紫香楽宮(しがらきのみや)跡。旧都巡りも好きな私はこれまでに、板蓋宮(いたぶきのみや)を始めとする飛鳥京に始まり、日本初の条坊(碁盤の目のような都市計画)を採用した中国風都城の藤原京、平城京、難波京、恭仁京、長岡京を訪れた記事を当ブログに掲載しています。そして京都と東京については何度も記事を書いていますから、今回の紫香楽宮跡の探訪で長かった旧都巡りは終了します。なお厳密に言えば仁徳天皇の皇居である高津宮(たかつみや)・淳仁天皇の保良宮(ほらのみや)・天智天皇の大津宮(近江宮)もありますが、いずれも所在地が確定していないため探訪の対象外にしました。
旅の目的はこれくらいにして本題に入ります。聖武天皇が遷都した紫香楽宮は甲賀寺跡にあったと長年信じられていましたが、1970年頃に遺物が偶然見つかった約2km北にある甲賀市信楽町の田んぼの中にその宮殿(宮町遺跡)があったことが判明しました。1980年頃に始まった発掘調査で万葉歌木簡などが出土しています。ちなみに紫香楽宮については木津川ドライブ・平城遷都・眩人の各記事でも触れています。
信楽町は焼き物(信楽焼)とお茶(朝宮茶)で有名です。なかでも狸の置物は全国的に知られています。信楽駅近くに観光協会(伝統産業会館)があるようなので立ち寄りました。紫香楽宮跡の場所を確認するためです。そして観光案内所で「信楽 MAP&豆知識」と題したハンディな観光地図を貰(もら)うことができました。
そのMAPに従い国道307号で北東に走りました。5km余り先にある紫香楽宮跡の案内板に従って牧東(まきひがし)交差点を左折、県道53号に入りました。砂利道を木立の中へ300mほど進むと左手に「紫香楽宮跡」の大きな石碑が見えました。
左手にある駐車スペース脇に紫香楽宮跡(甲賀寺跡)の案内看板が立っています。
その隣に遺物展示室へのルート図が並んでいますが、残念なことに「平日のみ開館」と説明されています。
コンクリートのスロープが整備された参道を歩きました。
その先に石段が続きます。
石段を上ると中門跡の広場で、前方に小さな社(やしろ)が見えました。
紫香楽宮です。ここに甲賀寺(こうがじ)があった当時は、東大寺に先駆けて大仏の建立が計画され、巨大な伽藍(がらん、寺院の建物)が立ち並んでいたそうです。
参考資料によると、300あまりの礎石(そせき)が残るなど遺構の保全状態は良好で、礎石の配列から東大寺の伽藍配置と同様の建物配置を持つ寺院跡とみられるようです。社の周辺にその礎石が点在しているのが見えますので、礎石図と復元図の説明を参考に、左手から時計回りに探索することにしました。
金堂跡
経楼跡
僧坊跡
講堂跡
僧坊跡
塔院跡
塔院中門跡
夜来(やらい)の雨で下草(したくさ)が濡(ぬ)れていたため立ち入るのを遠慮しましたが、一番奥には食堂(じきどう、僧が食事をする場所)跡と小子房(しょうしぼう、従者の居住空間)跡の礎石もあったようです。社の前に戻って参道の石段を下りました。
(続く)
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