伊勢原市の古墳群 下谷戸縄文遺跡と松山古墳
納車された車の試運転を数日間行い、その挙動をほぼ確認した上で、ドライブ旅を再開することにしました。準備作業としてドライブ中に欠かせないBGM曲を私の好きなCDから500曲余りHDDカーナビに読み込ませました。これで準備万端ですが、何ごとにも慎重な私は最初のドライブ先として近場の神奈川県伊勢原市を選びました。伊勢原市と言えば、何度も登った大山や本堂の大改修が始まった日向薬師がある神奈川県の中央部にある都市です。「神奈川県の地名の由来」で紹介したように「昔、伊勢の人が住み着いて奉った伊勢原神明社(現在は伊勢原大神宮)が地名の由来」とされます。最近は渋田川の芝桜やあやめ園も有名です。
大山から流出した土砂が堆積した扇状地には古代から人が住み、平安時代末期には藤原北家の一族である糟屋(かすや)氏が荘園を営んで以来、現在も農業が主な産業で運輸流通業が盛んな隣接する厚木市の影響で厚木の名を冠した運輸業者の支店や営業所も多いようです。同様に、上記の「地名の由来」で紹介しましたが、厚木ナイロンは東隣の海老名市に本社があり、厚木基地は綾瀬市と大和市にまたがっています。余談はここまでにしましょう。
走り慣れた国道246号(矢倉沢往環、大山道)を南西方向に走りました。交通量が多いため大和市・座間市・厚木市で自然渋滞が定常的に発生することを除けば片側2車線の快適な道路です。しかし東名高速道路と交差する森ノ里入口交差点から先は片側1車線と道幅が狭くなり、小田急の愛甲石田駅前付近で厚木市から伊勢原市に入りました。
国道246号を走る時にいつも目印にしている伊勢原警察署前を通過して工業団地交差点を右折、さらに東名高速道路の下を潜った三ノ宮交差点の次の交差点で案内標識に従って左折、比々多神社(ひびたじんじゃ)に向いました。

藁(わら)で作られた土俵の俵のようなループを説明された作法通りに8の字を描いて2度潜(くぐ)りました。ちなみに比々多神社は相模国三宮であることから「三ノ宮」の地名の由来になりました。三ノ宮付近は神奈川県でも一番の古墳密集地帯で、昭和の初めには360基を超える古墳があったそうです。

拝殿に参拝したあと、左手の宝物殿に3台ある神輿(みこし)をガラス越しに眺めていると、年配の男性がその神輿について説明して下さいました。中央の立派な神輿(神田明神にも似たものがある)は他の名刹にもあるものだが、右側の簡素な神輿は非常に珍しいものであるとのこと。

社殿についても伊勢神宮から式年遷宮(しきねんせんぐう)時に移設されたものではないかと解説が続きました。

「社殿後方に遺跡があるそうですが」と尋ねると、その男性は地元の人ではないようで、一緒に探してくださいました。社殿の裏手には石製の祠(ほこら)が並んでいましたが、これも珍しいものだそうです。

その先に小高くなった場所がありますので登ってみると、予想通りに市指定史跡(昭和44年指定)である下谷戸縄文遺跡環状列石(しもやとじょうもんいせきかんじょうれっせき)と敷石住居跡が見つかりました。東名高速道路の工事で発掘された三ノ宮3号墳の石室が比々多神社の境内に移設されたと説明されています。

比々多神社の右隣に三宮郷土博物館がありますので立ち寄りました。比々多神社の宮司さんが設立したこの博物館には「金銅装圭頭大刀」や「金銅製杏葉と雲珠」などの出土品を含めて約2000点の神社に伝わる資料を保存展示しています。私が注目した大刀は埼玉古墳(さきたまこふん)で見た太刀よりも痛みが進んでいるように見えました。残念ながら館内は写真撮影ができません。

100m余り西側にある恵泉女学園園芸短大のキャンパスに「らちめん(埒免)古墳」があると聞いて立ち寄りましたが、この日は週末のため正門が閉まっています。気勢を削がれた私は日を改めて出直すことにしました。

数日後(平日)の早朝に再び比々多神社を訪れて古墳巡りの幸運を祈念(きねん)しました。

神社脇を曲がりくねりながら北へ向かうバス通りを次の古墳を求めてゆっくり走りました。事前に入手した情報では長嶋酒店を過ぎた左手にあるはずですが、それらしきものは見当たりませんので歩いて探すことにしました。通りかかった地元の方に尋(たず)ねても、神社に古墳があることはご存知でしたが、私が探している松山古墳の所在は分らないとの返事でした。車でさらに走ると400mほど先に伯母様村観音と伯母様バス停があります。伯母様(おばさま)とは変わった名称ですが、観音様の横にある石碑にその由来が説明されていました。

少し行き過ぎたようですから200mほど引き返すと小高い丘の上に木立が見えました。ここで私の鈍感なアンテナがやっと目標を捉(とら)えたようです。そして松山古墳からの見晴らしが素晴らしいと書かれた記事を思い出しました。

道端に車を停めて北西方向に伸びる細い坂道を歩いて登りました。古墳に間違いなさそうですが、念のためすぐ近くで農作業をするご夫婦に尋ねてみると、松山古墳かどうかは知らないが古墳を探して多くの人が奥の方に入って行くようだと教えて下さいました。

松山古墳は径が約34m、高さ6mあったと推定される円墳でしたが、現在は径19m、高さ5mに小さくなっています。横に回り込むと円墳の姿が分かりました。

相模で一番美しい古墳と言われると記事で読んだように丘陵(きゅうりょう)の端にあるため、360度の眺望(ちょうぼう)があり、伊勢原市と平塚市の町並み(すぐ下の写真)やその先の相模灘と湘南平(2番目の写真の右側)が望めました。

教えてもらった登り口らしき場所から何とか頂点に上がりましたが、木々が繁茂して視界はまったくありません。落葉する冬には視界が良くなるのかもしれません。

わずかに視界のある後方に大山が聳(そび)える様子は長野県富士見町にある井戸尻遺跡と似た雰囲気があります。

(続く)
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