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2011年8月に作成された記事

2011年8月29日 (月)

汐留ラーメン

先週木曜日、テレビのバラエティ番組を観ていた同居者が「これ食べてみたい!」と大声を出しました。そして「何処で食べられるのか調べて」と言うのです。日本テレビのバラエティ番組「スッキリ!!」の商品開発部コーナーで企画された汐留ラーメンの新メニューで、汐留の日本テレビタワー内にある店で8月末までの期間付き・一日25食限定で提供されていることが分かりました。今年5月に吉祥寺の新宿麺屋「海神」へ出かけて以来、ラーメン小僧がすっかりお株を奪われて、わが家ではラーメン娘が主導権を握ったようです。

その翌日、新橋駅汐留口から地下通路を歩いてゆりかもめの汐留駅方面に向かいました。汐留の再開発地「シオサイト」の入口です。汐留シティセンター(ビル)への入口を過ぎて右手に折れると日本テレビタワー(日本テレビ放送網本社ビル)の前に出ました。イベントが行われる「ゼロスタ広場」では何やら撮影が行われています。情報通の同行者に聞くと、昼の番組「ヒルナンデス!」に登場するピンク色の猫リポーター「フェルナンデスくん」なのだそうです。

汐留ラーメンの開店時間(午前11時)が15分後に迫っていますから、道草をせずに「汐留ラーメン」の店へ向かうと、見た目には地上階なのに地下2階と表示されるショップ「日テレ屋」へ入る右手前に10数人の行列が出来ていました。
 
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汐留ラーメンは一日200食限定ですから開店前に並ぶ必要はないのですが、同行者が食べたいと言う新メニュー「スッキリ冷やし汐からめラーメン」(850円)は一日25食限定なのです。5分前には店員がこの新メニューを希望する人をカウンター(数取器、別名度数計)で確認し、「丁寧(ていねい)に作るため時間が掛かるので他のメニューも同様に待ってもらいます!」と細かい(?)説明を忘れません。
 
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へそ曲がりの私は、人気メニューへ飛び付きたくありませんから、「梅鶏塩留(うめとりしおどめ)ラーメン」(890円)にすることに。2005年に加えられた長寿命メニューは塩味の鶏ガラスープと「汐留」を掛けたネーミングなのでしょう。
 
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午前11時ちょうどにドアが開けられ、入口脇の券売機で食券を購入すると、左手カウンター席の奥から順に案内されました。大人数のグループは半個室のテーブル席を割り当てられたようです。
 
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選んだメニューに関係なくカウンター席の奥から順に配膳され始めましたから、長時間待たされてもヤキモキすることはありません。開店してちょうど10分(着席して6-7分)で同行者の前にハマグリのスープが入った容器、次いで冷し麺ととろろ風の食材(実はじゃがいも)が配膳されました。そして私の「梅鶏塩留ラーメン」が続きます。
 
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「梅鶏塩留ラーメン」は固めの茹(ゆ)で加減のストレート細麺に天然配合飼料で育てられた地養鶏(じようどり)の皮付きチャーシュー・半熟卵の半分・シナチク・大きめの海苔(のり)をトッピングしたものです。鶏風味のスープは油が多めで若者向けの味付けですが、私の舌にもそれほど違和感はなく、ほのかな梅の香りが感じられ美味しく食べました。動物系と魚介系をミックスしたスープと中太麺を組み合わせる汐留ラーメンの中で異色であるこのメニューは価格がやや高めですがほぼ期待通りです。
 
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同行者が選んだ新メニューの麺(タイラ貝をトッピング)を試食させてもらうと、ネギ油でコーティングされていて独特の風味ですが、つけ汁(ハマグリのスープ)を絡(から)ませるとマイルドな味になりました。好みによってはニンニン・ショウガ・トーバンジャンで味を調節すると良いでしょう。大きな蓮華(れんげ)に載(の)せられたものの正体を同行者に訊(たず)ねると、「フランス料理のビシソワーズみたい」と訳の分からないことを言います。「それは何?」とさらに聞くと、「ジャガイモのポタージュのことよ」とさり気ない説明が続きました。
 
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「ふーん」と頷(うなず)きながらジャガイモのペーストを味見すると頼りない食感のトロロのようでした。つけ汁とジャガイモのペーストを組み合わせるのは、鰻(うなぎ)料理の「ひつまぶし」と似た発想で、3種類の食べ方(味)を楽しめる趣向(しゅこう)でした。さらにサイドメニューの豚炙(あぶ)りチーズご飯(150円)をスープに加えれば4種類に出来るのです。

同行者は汐留ラーメンに満足気(まんぞくげ)、日テレ屋とアンパンマンテラスに入って、チビスケくんとチビエちゃんたちへの土産(みやげ)に「となりのトトロ」の小物を買っています。今回、日本テレビを訪れたことで、東京の主要テレビ局(TBSテレビテレビ朝日フジテレビ)のショップ巡(めぐ)りは完了しました。

<同行者のコメント> 珍しいことに旦那様が私の希望をすぐかなえてくれました。とても暑い一日でしたが、ハマグリのスープがおいしいラーメンを食べられた上にかわいい土産物も買えて良かったです。

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2011年8月26日 (金)

八景島シーパラダイス AQUAMUSEUM(後編)

「海の動物たちのショー」の開演時間が迫っていましたので急いで4階に上がりました。ZONE6「海のみなもと・川の生きもの」をパス、横殴(よこなぐ)りの雨が吹き込むアクアスタジアムに向うと開演直前の観客席は既に超満員。
 
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雨が小降りになったからか、隣のアクアライドⅡで急流の川下りを楽しむ若者たちが見えます。赤いクレーンがある遠方の工場は住友重機械工業の横須賀製作所ですから、その右手には日産自動車の追浜(おっぱま)工場があるはずです。
 
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「ウェルカム ジンベエー」ショーが始まりました。2匹(ひき)の巨大なジンベエザメ「八兵衛(はちべえ)と七海(ななみ)」が登場してゆっくり泳ぎます。調教者の乗るボートと競争(並泳)してジンベエサメの出番はフィニッシュ。次いでセイウチ2頭が上手(かみて)から登場、それをジンベエーが出迎えます。
 
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セクシーアイドルのセイウチが色っぽいポーズを取ります。
 
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アシカ・ショーのあとはメインイベントのイルカ・ショーでシロイルカが2頭登場。
 
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調教者と一緒に円を描いて泳ぎます。
 
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そしてイルカのロデオ
 
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いよいよメインイベント、イルカのスピード&ジャンプ。まずは宙返りでウオーミングアップを。
 
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天井から吊(つ)るされた赤いボールへ同時にタッチ(キス)、右から2匹目がちょっとだけセッカチでした。
 
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すべてのショーが終わりましたが相変わらずの空模様。先ほど雨宿りしたベイマーケット&レストランプラザの後方にはシーパラダイスタワーとサーフコースターが見えます。さらに遠方の小山は金沢八景の「野島夕照(のじませきしょう)」や「平潟落雁(ひらがたのらくがん」などに近い野島公園です。
 
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こちらの水槽ではシロイルカが顔を出しています。
 
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出口付近のピラニアが多数泳ぐ大きな水槽がありました。「手を入れないで下さい」と注意書きが!
 
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雨が相変わらず降っていますからプレジャーランドで遊ぶことは無理のようです。コチビちゃんはメリーゴーランドとピーターパンを期待、身長が120cmを超えたオチビちゃんはサーフコースター・バイキング・アクアライドⅡ・スプラッシュートのどれに乗ろうかと迷っていましたが、二人とも「また来たい」と意外にもハイテンション。
 
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帰路の首都高速で土砂降りに遭遇、晴れ男の神通力はついに消え失せたようです。

<同行者のコメント> 生憎の天気になりました。乗り物に乗れなかったオチビちゃんとコチビちゃんはだんだん退屈になったようです。チビスケくんは「抱っこ!」とお父さんに甘え、チビエちゃんはほとんど寝ていました。子供たちがもう少し大きくなると思いっきり楽しめるのでしょう。今回一番楽しんだのは私だったかもしれません。□

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2011年8月25日 (木)

八景島シーパラダイス AQUAMUSEUM(前編)

大粒の雨つぶに打たれながらAQUAMUSEUMアクアミュージアム)へ移動する途中、その最上階の「アクアスタジアム」に観客の姿が見えました。
 
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左手のセンターハウス後方にブルーフォールが聳(そび)えています。雨が降っても動いているのでしょうか?
 
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人影がほとんど無くなったチケット売り場前を通過してアクアミュージアムの入口を入りました。エントランス水槽で泳ぐ鮮やかな黄色のキイロハギが出迎えてくれます。
 
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「ホエールシャーク・ビューポイント」の看板下を通過、アクアホールで開催中のワンピースイベントに立ち寄りました。チビスケくんはお父さんにダッコしてもらっています。
 
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正面の水槽(すいそう)で巨大なジンベエザメが悠然(ゆうぜん)と泳ぎ回ります。
 
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水が濁っているため、すぐ近くまで来ないとはっきり見えません。
 
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ZONE1「海に帰ってきた動物たち」にハイイロアザラシとアラスカラッコが、ZONE2「氷の海の人気もの」の主役はホッキョクグマが子供たちの注目を浴びてています。
 
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そしてオオサマペンギン
 
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巨大なセイウチも
 
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ZONE3「群れと輝きのさかなたち」ではマイワシの大群と様々な魚たちの乱舞が圧巻です。
 
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アクアチューブで3階へ上がる途中にもマイワシの大群が
 
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ZONE4「海の生きものたちのくらし」でミズクラゲの大群が妖(あや)しく揺(ゆ)れ動きます。中央の大きな水槽ではハンマーヘッド・シャーク(シュモクザメ)が横に広がった頭を誇示(こじ)するように泳いでいました。両端には目と鼻が付いているそうですが、その形からまるで安定翼のようにも見えます。
 
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ZONE5「美しい海の花たち」で砂から身体を出したニシキアナゴとチンアナゴはユニークです。その先でカクレクマノミを見た子供たちが「ニモ! ニモ!」と歓声を上げていました。
 
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この記事で紹介したのは展示されている動物たちのほんの一部です。その他の動物については関連のhp(各ZONEの紹介)を参照してください。(続く)

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2011年8月24日 (水)

八景島シーパラダイス ドルフィン ファンタジー

オチビちゃんとチビエちゃんは「ふれあいラグーン」の売店で買った簡単なカッパを羽織り、コチビちゃん・チビスケくん・大人達は持参した傘で雨に備えることで何とかずぶ濡れにならず、ベイマートD棟に近い「ドルフィン ファンタジー」の会場へ入りました。
 
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イルカや色とりどりの魚たちがイルカ水槽(すいそう)を泳ぎ回る様子を透明なアーチ越しに見上げることが出来ます。(館内はフラッシュ撮影禁止)
 
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この2頭はバンドウイルカの親子のようです。
 
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マイワシの群(む)れもイルカたちに負けていません。
 
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潜水服を着た係員が水槽を清掃しています。
 
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名前も知らない魚が多数泳ぎ回っています。手当たり次第に撮影しました。
 
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(続く)

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2011年8月23日 (火)

八景島シーパラダイス Bay Market

次のエリアへ向かいました。海上まで迫(せ)り出した巨大なサーフコースターを見ながら歩いていると、強い風とともに雨が降り始めました。
 
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Bay Market(ベイマーケット)レストランプラザAに逃げ込んで雨宿りすることに。
 
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雨足が写真に写るほど強くなりました。
 
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12時を過ぎていますからアミューズメントフードコート&カフェのCLASSIC(クラシック)で昼食を摂(と)りながら雨があがるのを待つことにしました。
 
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オムライスが好きなオチビちゃんは迷わず不思議な名前の「海賊王に!!おれはなる!!!」
 
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コチビちゃんは「ストロベリー&ホイップ」
 
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私は定番の「厚切りベーコンと半熟卵のカルボナーラ」
 
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チビスケくんは大好きな「ポテトチップス」
 
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そのお母さんは「シーフードのトマトクリームパスタ」
 
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お父さんも「ストロベリー&ホイップ」を注文。米亜欧がミックスした不思議な取合せですが、皆で分け合って楽しく食べました。
 
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レストランから外に出るとまだ雨が降り続いています。
 
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ベイマーケットBショッピングモールCDを抜けました。
 
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B棟とC棟の間にある池「ペリカンひろば」でフラミンゴやペリカン達が雨に打たれて寒そうにじっとしています。
 
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ここで蘊蓄(うんちく)をひとつ。八景(はっけい)とは優れた風景を8つ選ぶ中国発祥の考えです。日本では歌川広重(安藤広重)の描いた近江八景が有名ですが、武蔵国倉城郡金沢村(現在の横浜市金沢区)付近においても平潟・野島・内川などの美しい入江の景観(けいかん)が江戸時代初期に「金沢八景」と呼ばれるようになりました。しかし、江戸時代後期になると干拓などでその景観が失われ始めて、金沢八景は駅名と広重の浮世絵に残るだけになりました。ちなみに、八景島は横浜市が造成して生まれた人口島で、1993年に西武鉄道グループがシーパラダイスを開園して現在に至っています。(続く)

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2011年8月22日 (月)

八景島シーパラダイス ふれあいラグーン

首都高速と国道357号で横浜市金沢区にある八景島シーパラダイスを目指しました。チビスケくんのお父さんとお母さんから誘われたオチビちゃんとコチビちゃんも一緒、3家族で合計9名のグループ構成です。実は別々に八景島へ行くことを計画していたのです。誘導された駐車場1日1000円)一番離れていますから、八景島へ渡る「マリンゲート」まで約400mも歩く必要がありました。船が下を通れるように橋桁(はしげた)が高くなっています。写真では手前の橋桁(はしげた)の影になっていますが、八景島桟橋(さんばし)の左手に「ペリー艦隊停泊地」記念碑があります。ちなみに、記念碑の左手方向(八景島の北東海上)にペリー艦隊が停泊したのだそうです。
 
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エスカレーターに乗って長いマリンゲートを渡ります。
 
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幅の広い下り階段に出ると丸い屋根のセンターハウスと四角錐(しかくすい)の屋根が目立つAQUAMUSEUM(アクアミュージアム)に出ました。
 
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アクアミュージアム1階のチケット売り場には長い行列が出来ています。
 
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チケットには様々な種類があるため窓口では係員とのやり取りで時間がかなり掛かります。グリーンカーテンは見た目に涼しそうですが、風の通りが悪いので赤ちゃんのチビエちゃんは暑そう。オチビちゃんが扇子で扇(あお)いでくれました。
 
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乗り物を楽しみにしているオチビちゃんとコチビちゃん、そして添乗員(付き添い)役を引き受けた同居者はワンデーパス、その他はアクアリゾーツパス(水族館3施設パス)を購入しました。
 
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ベイサイドに伸びるボードウォークを歩きました。雲が日差しを弱めてくれますから直射日光による暑さの心配は無用ですが、午後から天気が崩れるとの予報が出ていますから屋外を先に回ることにして、「ふれあいラグーン」へ行くことにしたのです。
 
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エントランスのウエルカムポートで楽しみ方のビデオ説明を受けて巨大な水槽に向いました。「ホエールオーシャン」ではイルカとクジラが水中を泳ぐ様子が見えます。水が濁っていてはっきり見えないのはちょっと残念です。
 
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手を洗ったあとは時々水面に浮上するコビレゴンドウクジラやバンドウイルカに手で触ることもできます。混雑していますから子供たちは見るだけになりました。
 
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隣の水槽にはシロイルカもいますがなかなか水面から顔を出してくれません。
 
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水槽の海側にあるミストシャワーは冷たい強風に吹かれて、涼しいと言うよりは肌寒(はだざむ)いくらいです。
 
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「ふれあいラグーン」の池「サカナリーフ」ではヒトデやナマコなど海の小動物に触れることができます。
 
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イルカ・ショーが始まるようですが先を急ぐことにしました。
 
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(続く)

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2011年8月19日 (金)

たまがわ縁日

大阪からオチビちゃんとコチビちゃんが遊びに来てくれました。二人と一緒に遊びに行先をいくつか考えたうち、先(ま)ずは「たまがわ夏祭り」の一環として玉川高島屋本館屋上フォレストガーデンで開催されている「たまがわ縁日」へ出掛けました。この日(8月16日)が開催期間の最終日でしたから滑り込みセーフです。
 
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最も暑い時間帯を避けたつもりでしたが、本館屋上階のエレベーターホールから出た屋上庭園では直射日光が強烈に肌を指します。そして縁日(えんにち)会場は元気な子供たちと付き添いの大人達で溢(あふ)れていました。
 
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暑さを避けるためか木道が整備されています
 
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それほど広くない会場の中心にはミニ櫓(やぐら)が設置され、それを取り囲むように縁日の屋台が並んでいます。射的(しゃてき)・輪投げ・ヨーヨー釣り・駄菓子(だがし)店・お面売り場など多彩です。
 
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二人は急ぎ足で一番奥にあるヨーヨー釣り場へ。昨年はわが家に遊びに来ていて楽しんだ町内盆踊りのヨーヨー釣りですが、今年は間に合いませんでしたから、二人は今年始めてのヨーヨー釣りに意気込んでいます。
 
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釣果(ちょうか)は残念ながらおまけの1個だけ・・。
 
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次いで隣の射的場。ここでも参加賞のお菓子を貰いました。
 
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昭和時代の茶の間を演出した輪投げ場ではコチビちゃんが商品を一つだけゲット。
 
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ミニ櫓の上に置かれた大太鼓(おおだいこ)にも二人とも挑戦、小学生になったオチビちゃんは力強くリズミカルに大太鼓を叩(たた)きます。コチビちゃんも負けていませんが、女の子ですから優しい叩き方です。
 
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小さなおもちゃが中に入っている氷を子供たちが融(と)かして取ろうと一所懸命(いっしょけんめい)です。なかにはキーホルダーを取り出して鍵で穴を開けようとする本気を出す大人も・・・。
 
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係の人が氷をひっくり返してくれました。上部におもちゃが無くなったためです。反対側にはおもちゃがいっぱいありますが、最初から穴を開けなければならないため大変です。
 
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手だけが冷たくなった二人の顔は玉の汗ですから、カキ氷を求めて駄菓子店に入りました。そこにはありませんでしたが、南館の屋上に売り場があると教えてもらい、涼(すず)し気(げ)な通路を渡りました。
 
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カキ氷売り場には長い行列が出来て、店内の席も空き待ちの状態で混雑しています。テイクアウトして木陰のベンチに移動しました。日差しが弱められるだけかなり涼しく感じます。
 
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植物のアーケードを抜けてエレベーターホールへ戻りました。二人はたっぷり楽しんでくれたようです。
 
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<同行者のコメント> この夏で一番暑い日だったようです。二人に付いて回ったためとても疲れました。カキ氷を二人にお裾分けしてもらっただけで水分を補給するのを忘れてしまい、帰宅した時には熱中症になってしまいました。

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2011年8月17日 (水)

そう思った症候群

人間は然(さ)したる理由もなく何かを思い込むことがあります。そして、それが間違いだったと気付かされると、「だって、その時はそう思った」と言い訳をします。どうしてそう思ってしまったのでしょうか? 「この前もそうだったから」「そう考えた方が分かり易いから、あるいは気が楽だから」「当たり前のことに思えたから」など安易な理由から、「一度言い出してしまったから今更引っ込みがつかない」など様々かも知れません。これは個人だけでなく集団においてもよくあることです。信念と区別しにくい頑固(がんこ)な考え方なのです。「原子力発電所の安全神話崩壊」や「20年前のバブル経済や土地神話の崩壊」などがその良い例と言えるでしょう。

2011_08140014_2 このような「思い込み」は「先入観」「固定観念」「ひとり善(よ)がり」などと言い換えることも出来ます。「仮説に基づく真実の検証」「事実と真実の違い」「真実は必ず一つであるはず」などの難しいテーマにはここでは触れませんが、その代わりにもう少し分かり易い(乱暴な)見方を説明します。例えば、「思い込み」の激しい人には他人の話を聞かない人が多いと言えそうです。つまり、「他人に厳しく自分には甘い人」は他人の言動のすべてを自分の考え(実は「思い込み」)に基づいて都合よく解釈するのではないでしょうか。自分が一番賢いと思っている人もやはり「思い込み」が激しい傾向にあるようです。どんな賢い人にも(少なくてもある分野においては)その人以上に優れた人物が周(まわ)りに一人くらいは居るはずです。

「思い込み」を無くすためにはどうすればよいでしょうか。まず自分の「思い込み」を認めることだと思います。「誰かが悪い」「自分には出来ない」「自分は間違っていない」「自分には責任がない」などの考えの中に例外(そんなこともあるかもしれない)の可能性を認めるのです。そして、その例外で自分の考えを少し変えてみるのです。この時、考えるだけでなく行動することが大事です。行動することで考えがさらに柔軟になります。このプロセスを何度も繰(く)り返すうちに「思い込み」から少しずつ逃(のが)れることが可能になると思います。いつまでも「思い込み」に囚(とら)われていると、「不満が不満を生み」「失望は際限なく広がる」のです。

つまり、極端に「思い込み」の激しい人は専門家のカウンセリングを受ける必要があるかも知れませんが、それほどでもない人は自分自身で努力すれば徐々に克服出来るのではないかと思います。

2011_08140007 「何とか症候群」と言う言葉があります。症候群(しょうこうぐん)とは複数の症候(肉体的・精神的な異常)が出る病気のことです。医学的にみて精神の病気、あるいは脳内にある感情の中枢である扁桃体(へんとうたい)の異常が「思い込み」の原因になる場合があるそうですが、そうした病気とは言えない軽度の「思い込み」を発症する神経症を、「そう思った症候群」と勝手に名付けました。

身近な症候群をもう一つ紹介します。それは「携帯電話症候群」、つまり携帯電話依存症(携帯電話中毒)、携帯電話を一時(ひととき)も離せない神経症を取り上げます。確かに携帯電話は便利な道具ですが、同時に様々な弊害(へいがい)も生み出すのです。携帯電話が発する電磁波の脳細胞に与える影響は20年以上も前から論議されています。その結論はまだ出ていませんが、現在の携帯電話はより小型化されたことで脳に限りなく接近して長時間使われますから、大型の携帯電話を使い通話時間も短かった時代よりもリクスは高いと考えられます。

そして使い方においても、本来の目的である連絡手段の役割が、いつの間にか相手と少しでも長く接触していたい、つまり繋(つな)がっていたい、と長電話をする人が目立ちます。歩きながら通話する人や、なかには自転車に乗りながら・自動車を運転しながら通話している人もいます。前者は傍迷惑(はためいわく)になることがあり、後者は違法な行為です。込(こ)み入った用件なら立ち止まって(停車して)話せば良いと思います。もし急な連絡であれば手短(てみじか)に済ませる方が良いでしょう。特に電車など人が集まる場所では携帯電話による着信音や声高の会話が周囲の人に迷惑ですし、心臓用のペースメーカーを使っている人にとっては迷惑どころではありません。まさに「携帯電話中毒」と言うのが相応(ふさわ)しいでしょう。

2011_08140017 若い世代に多いようですが、通話ではなく料金の安い携帯メールを使って連絡する人をよく見かけます。「今どこに居る」「今何している」など軽い問い掛けをして、自分の言いたいことを直接伝えるのではなく、先ず相手の状況から入るのです。「相手に断る負担を掛けない」あるいは「断られて自分が傷つかない」配慮のようで、対人関係を拗(こじ)らせない知恵だと思います。しかし、携帯メールで対人関係を適度な距離に保つだけでなく、直接会って(面と向かって)話すことも必要ではないかと終戦直後に生まれた私はつい思ってしまいます。

これは差し出口ですが、携帯電話の使い方(考え方)を変えることをお薦(すす)めします。携帯電話は着信専用と割り切って、発信(特に通話)は緊急時だけに限定する(そして着信チェックはほどほどにする)ととても気持が楽になりますよ。

写真は私の「思い込み」の副産物としてベランダで育った風船かずらとゴウヤの実です。風船かずらの実は色付き(枯れ)始めて紙風船のような袋の内部に種が育っており、まだ小さいゴウヤの実が大きく成長することもこれからの楽しみです。

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2011年8月15日 (月)

伊豆へのドライブ旅 復路ドライブ

青空が広がったようですから往路と同じルートをそのまま戻ることにして県道59号を上りました。
 
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金山バス停から川の対岸に美しい棚田が見えました。
 
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修善寺駅行と持越温泉行のバス(中伊豆東海バスが運行)は日に各々(おのおの)3本ずつ! つまり修善寺駅発のバスはこの先の持越温泉が終点なのです。
 
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仁科峠に戻りましたが、期待に反して相変わらず霧が深く、高みからの視界はまったく期待できそうにありません。頂上付近の大きな岩が見えたかとと思えば、次の瞬間には何も見えなくなってしまいます。
 
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2011_08040256
 
諦(あきら)めて引き返すことにしました。ここは西天城高原道路(正確に言えば県道59号)の景勝の地、富士山が見えないことは残念です。
 
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西天城高原道路に入る風早峠(かざはやとうげ)からぼんやりとですが駿河湾(するがわん)が見えました。
 
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それでも少しは視界が良くなったようで路面の様子がはっきり確認出来ます。
 
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かなり遠くの山も見えています。
 
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往(ゆ)きにも抜けた棚場山(たなばやま)トンネルです。
 
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西天城高原道路の終点に差し掛かりました。
 
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高度が高い達磨山(だるまやま)周辺ではやはり視界がほとんどありません。
 
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霧が再び薄れて来ました。
 
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戸田峠まで順調に走りました。左は戸田方面、右は修善寺方面です。ここでは朝と同様に薄らと霧が立ち込めています。
 
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戸田峠を修善寺方面へ下ると視界は良好になりました。
 
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伊豆国際カントリークラブ(ゴルフ場)をS字カーブで横切ります。
 
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三島市と沼津市の渋滞を抜けて国道246号に入りました。どの山にも登れず物足りなさが残るため、久しぶりにこの国道を走ってみたくなったのです。裾野(すその)市御宿(みしゅく)付近では上空に晴れ間も覗(のぞ)いていますが、箱根の外輪山に掛かる黒い雲が少し不気味です。
 
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そして危惧(きぐ)した通り、御殿場(ごてんば)市を抜けて小山町に差し掛かると、激しい土砂降(どしゃぶ)りに遭遇(そうぐう)しました。思い切って早めに西伊豆の山を離れたことが良かったようです。東名高速道路の下を潜(くぐ)った鶴巻温泉入口付近で薄暮(はくぼ)が迫って来ました。
 
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今回のドライブ旅では、走行距離337.2km、平均速度27km、燃費23.6km/ℓとまずますの結果でした。

<同行者のコメント> 車が新しくなったから山道はもう走らないだろうと思っていましたが、1カ月点検を待ちかねたように伊豆の山を走り回りました。手始めの山中城跡の駐車場で「ちょっと見てくる」と言い残して車を離れた旦那さまは1時間余りも行方不明に。そのあと、伊豆の山道に入りましたのでまた山登りかと心配しましたが、行く先々で山が霧に包まれて、登山できないのが残念そうでした。日帰り温泉で利用を断られたのは会津の温泉に次いで2度目です。とても素敵な温泉のようですから、是非もう一度来たいと思いました。でも今度は予約を忘れないで下さいね。
 

追記: デジカメの後日談

撮像素子にゴミが付着した問題はこの最終原稿を書き終えるまでに一応解決しました。何とか自分でゴミを取る方法が無いかとデジカメと「睨(にら)めっこ」。レンズ用のブロアーを一眼レフの様に内部へ入れられれば良いのですが、私のデジカメはレンズが取り外せませんから無理です。本体を振ってみたらゴミが落ちることもあるかもしれないと試しましたが、ほとんど効果がありません。ここで気づきました。最近のデジタル一眼レフカメラでは、感光素子のホコリを除去するために、撮像素子あるいはその前のフィルターを振動させるゴミ除去機能があるのです。

そこでメガネなどの洗浄に使う超音波洗浄機を試してみることにしました。とは言っても、カメラを直接洗浄する訳ではなく、湯煎(ゆせん)と同じ手法でカメラに超音波振動を与えるのです。駄目元(だめもと)とこの暴挙(ぼうきょ)に出ましたが、運良くその効果が出て黒い影はほとんど気にならないレベルになりました。万一再発したとしても、解決策(対処療法)がありますからもう安心です。私が気に入って何万枚も撮影してきたこのカメラが世代交代するのはもう少し先のようです。□

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2011年8月14日 (日)

伊豆へのドライブ旅 吉奈温泉東府や

行き当った国道414号(下田街道)を左折、修善寺方面へ2km弱戻って、案内標識に従い吉奈(よしな)入口交差点を左折しました。稲が青々と美しい田園風景を見ながら約1kmで広い臨時駐車場に到着。
 
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臨時駐車場ですから正規の駐車場が目的地に近い場所にあるはずですが、人気があるため駐車場はおそらく一杯だろうと思い、ここから歩くことにしました。
 
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今回の日帰り温泉に選んだ東府屋旅館を探しながら200mほど歩きました。郵便局を過ぎた所に真新しい建物があり、「吉奈温泉東府や」と表示されています。どうやら名前が変わったようです。

吉奈温泉は行基菩薩が奈良時代(724年)に発見したと伝えられる伊豆最古の湯で、徳川家康の側室「お万の方」が入湯に訪れた「子宝の湯」として有名になったそうです。ちなみに、東府屋の名前は家康の拠点だった駿府城の東にある館であることから名付けられたようです。

本館と思(おぼ)しき建物(実際は玄関棟)に入りました。カウンターらしきものが見当たりませんので売店の女店員さんに尋(たず)ねると、「日帰り温泉だけのサービスはやっていません」との返事がありました。「食事(点心懐石)とセットになったご昼食プラン(4800円と6200円)があります」とのことで、さらに質問すると、何と!「前日までに予約する必要がある」と説明されました。
 
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私は1年以上前の資料(日帰り温泉だけは料金1000円)を見たようです。後で調べると東府屋旅館は昨年5月に経営破綻して、R&Mリゾート社が営業権を買収、昨年11月に宿泊棟がリニューアル・オープン、そして今年4月下旬に「東府や ResortSpaIzu」としてグランド・オープン(3万6千坪の敷地内にある全施設が利用可能になる)していたのです。R&Mリゾート社は新潟県にある赤倉観光ホテルの経営を継承した運営会社で、その親会社はアメリカやカナダで寿しチェーンを約2,800店舗展開するAFC社でした。沼津市出身の経営者が一代で気づき上げた企業グループです。

湯ケ島温泉まで戻って湯道で見掛けた共同浴場「河鹿(かじか)の湯」に変更するのも気が進みません。「足湯テラス」の表示に誘われて西館脇の細い坂道を上りました。
 
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吉奈川の渓流沿いに出るとプールのようなもの(水盤)が見えました。道路から川縁(かわべり)へ下りてみると、ここが足湯テラスの「東府やベーカリー&カフェ」。
 
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私は「アスパラ&生ハムセット」(930円)から心変わりして「グリルホットドッグセット」(880円)を、同行者は「トリプルブレッドセット」(880円)を注文しました。
 
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料理が出来るまで約30分掛かるとのこと!? 強い日差しと照り返しを避けるため、テラスに用意された日傘を差して足湯を楽しみました。
 
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低めの温度が心地よい。大湯源泉(吉奈1号)が使われているとすれば泉質はアルカリ性単純温泉(ph 8.94)。ちなみに、吉奈温泉には大湯源泉の他にも30年ほど前に掘られた2つの源泉「花沢の湯」「煤垣の湯」があるようです。
 
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蝉時雨(せみしぐれ) が煩(うるさ)いほどです。木陰に見えるのは「大正館芳泉」のようです。今は対岸にある百日紅(さるすべり)の花が最盛ですが、それが写(うつ)る水盤(すいばん)と長い足湯を囲むように見事な藤棚(ふじだな)と桜の古木(こぼく)もありますから、秋の紅葉や雪見など四季の風景が楽しめそうです。
 
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時計で測ったように30分後に相次いで料理が出来上がったと伝えられ、セルフサービスですから、同行者が足湯まで運んでくれました。ホットドッグは通常の倍くらいの大きさがあり、味付けが私好みで、アメリカ生活を思い出しながら美味しく食べました。
 
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同行者が変わった味だとスープを味見させてくれました。ビーフスープのようですが、確かにかなり濃い目の(スパイシーな)味付けです。
 
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緑の橋」(み登里の橋)を渡ると石段の先に「霞(かす)みの滝」があります。
 
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右手の山道を指す「富士見平」の標識もありますが、この日は視界が悪いことを嫌(いや)というほど思い知らされていますから立ち寄りを断念、本館方向へ歩きました。
 
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「芳泉の庭」と「唐人お吉館」(左手の蔵)
 
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下田に居たお吉(きち)さんが病を得て吉奈温泉の東府屋へ湯治(とうじ)に来たことが説明されています。
 
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「大正館 芳泉」
 
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「懐石茶や水音」は吉奈川の芳泉橋を渡った本館脇にある茅葺(かやぶ)き屋根を復元した建物です。
 
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(続く)

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2011年8月13日 (土)

伊豆へのドライブ旅 西天城高原道路

船原峠(土肥峠)を直進して西天城高原道路(県道411号)に入ると仁科峠(にしなとうげ)まで9kmと表示されています。西伊豆スカイラインの延長と言ってもよいこの道路(延長8.1km)は県道411号で仁科峠の手前(県道59号に行き当る地点)まで続いています。直線が多いこの新しい道路は西伊豆スカイラインとは違う魅力があります。最初から一般の県道として建設されましたから展望台などはありません。
 
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国道136号を越える橋にはスラローム族が付けたと思われるタイヤ痕(こん)がくっきり残っています。
 
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ほぼ直線的に坂を上る西天城高原道路は切通(きりどお)しへと入って行きます。鹿のシルエットが描かれた「動物注意」の案内標識は西伊豆スカイラインではほとんど見掛けなかったものです。
 
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こちらは猪(いのしし)とリスのようです。再(ふたた)び霧が出始めました。
 
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棚場山(たなばやま)トンネル(長さ452m)を抜けると尾根伝いにアップダウンする快適な道が続きます。
 
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周囲が明るくなると西天城高原道路は一転して下り坂になりました。路面には滑り止めのスリットが刻(きざ)まれています。
 
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県道59号(伊東西伊豆線)に行き当たる風早峠(かざはやとうげ)が西天城道路の終点ですが、県道59号に入って仁科峠を目指しました。再び上り坂になって霧の中へと突入して行きます。
 
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折り返し地点に予定していた仁科峠に到着しましたが、濃霧のために周囲の様子はまったく見えません。撮影した写真の右上など数カ所に黒っぽく見える部分があるのはデジカメの撮像素子(CCD)にゴミが付着したためです。
 
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この原稿を書きながら確認しました。暗い場所で絞りが開放されるとより目立ち、普段はオフにしているデジタル・ズームを使うと外側へ移動しますから、ゴミに間違いなさそうですが、ゴミが入った原因は思い当たりません。強(し)いて言えば、一昨年の夏に登った富士山頂で、このカメラが三脚ごと強風に煽(あお)られて転倒したことがありました。2段構成のレンズ筒が途中で折れ曲がり、レンズカバーも低温時に動作しにくくなるトラブルです。この時にゴミが入ったのかも知れません。それとも、今年6月初旬に尾瀬登山で富士見峠越えをした時に雪の中に落としたことが・・。

原因はさておき、私のデジカメは一眼レフではありませんから自分でゴミを取ることができません。メーカーのhpで確認すると、修理には約1万円掛かるとのことで、どうするか逡巡(しゅんじゅん)しています。と言う訳ですから、今回の写真が見苦しいことは何卒(なにとぞ)ご容赦(ようしゃ)下さい。

駐車場から岩場まで登る予定でしたが霧が峠を吹き抜けて行きます。
 
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頂上付近が薄ら見えることもありますが、次の瞬間には霧の中に消えてしまう、この繰り返しなのです。
 
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一先(ひとま)ず下山することにしました。
 
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県道59号を少し戻って西天城高原道路と交差する地点を右折して湯ケ島に向かって下り始めると500mほどで天城放牧場の前に出ました。西天城高原道路が建設される契機になった場所です。平成11年(1999年)に全国植樹祭が伊豆市湯ケ島で開催されましたが、2年前の1997年に悪路である県道59号の迂回路(うかいろ)として完成。この新しい道路を利用して天皇陛下が西天城高原の「森づくり会場」へ行幸(ぎょうこう)されたそうです。
 
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この経緯があるため天城放牧場の入口を過ぎると、これまでの快適な道路とは異なり、急に狭く曲がりくねった山道になりますから、中級者以上に適したドライブコースです。
 
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車の通行が少ないので多分大丈夫だろうと思いながら気持ちよくワインディングロードを走りましたが、やはり対向車に出会ってしまい、道を下る私の車はすれ違(ちが)える場所まで後退する必要がありました。
 
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里山(さとやま)まで下りるとセンターラインのある通常の道になり、天城の山々が前方に見えてきました。
 
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湯ケ島の温泉街(湯道)に入って狩野川に架かる歴史を感じさせる橋を渡ると、左手には川端康成氏が「伊豆の踊り子」を執筆(しっぴつ)し、映画化される際にはロケ地にもなった湯本館があります。
 
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(続く)

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2011年8月12日 (金)

伊豆へのドライブ旅 西伊豆スカイライン(後編)

霧が晴れるのを待つことにして車に戻り、久しぶりに携行したアマチュア無線機の電源を入れました。今回持参した3台のハンディー・トランシーバー(送受信機)はいずれもスタンダード・ブランド(旧日本マランツ社製、八重洲無線に買収されてバーテックススタンダード社となる)で、写真の右からC501(144/430MHz帯デュアルバンダー 出力0.3ワット弱)・C420(430MHz帯専用 出力2-4.5ワット)・C411(430MHz帯専用 出力3ワット)です。これらは15-25年前に購入したものですが、物持ちがいい(大事に扱う)私ですから、いずれも正常に動作してくれます。
 
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伊豆スカイラインに近いJP2YDH(439.34MHz 伊豆市菅引入)とJP2YFI(439.50MHz 伊豆市冷川)のレピーター局が強力に受信できました。直線距離は約15kmですが障害物がないため、1ワット以下の出力でも十分アクセスが出来るのです。

霧は相変わらず濃いままで薄れそうにありませんから、少し先の戸田駐車場(標高880m)まで対向車に注意しながら走りました。
 
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駐車場脇から伸びる登山道を登れば15分程度で達磨山(だるまやま、標高982m)に登頂できるはずです。
 
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その登山口まで行ってみましたが、ほとんど視界がありませんので、今回は登るのを断念しました。山頂付近は低いササが茂っているだけで360度の展望があり、富士山や駿河湾、天城山など伊豆半島の北部周辺を見渡すことができることで、アマチュア無線局が移動運用するベストスポットの一つなのです。またの機会に頂上から電波を出したいと思います。
 
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反対方向の登山道は伽藍山(がらんざん、標高868m)へ向かっています。
 
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笹原駐車場は砂利が敷かれた広場でした。平和寺本山への入口にもなっています。
 
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さらに走ると高度が下がったためか視界が開けて来ました。
 
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土肥駐車場(標高800m)からは駿河湾(するがわん)が見下ろせます。
 
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眼下に見える家並は土肥(とい)温泉の北部地区でしょう。写真の左端は以前宿泊したことがある土肥大和館(といやまとかん)の辺(あた)りです。
 
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北西方向には富士市から静岡市清水区までの海岸線が薄らですが見えました。
 
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南方には西伊豆の山々が続きます。
 
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西伊豆スカイライン(延長約10.8km)終点の船原峠(別名土肥峠)で県道411号(西天城高原線)に行き当たりました。伊豆市土肥町土肥と同じく修善寺町上船原の境界にあるため2つの名前があります。
 
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直進方向だけでなく、左折する方向も411号と表示されていることが私には奇異(きい)に感じられました。立体交差する国道136号の名前が表示されているとばかり思っていたからです。しかし、その理由はすぐ分かりました。県道411号は国道136号と交差する約400m先まで伸びていたのです。(続く)

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2011年8月11日 (木)

伊豆へのドライブ旅 西伊豆スカイライン(前編)

国道1号を一気に下ると前方に三島の町並が迫り、鷲頭山(わしずやま、黄色い標識の左側)など沼津アルプスの後方には大瀬崎から真城山(578m)にかけて山並みが一望できました。金冠山(標高816m)や達磨山(だるまやま、標高982m)の山頂付近が雲に覆(おお)われているのがちょっと気に掛かります。
 
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三島市の南二日町IC(立体交差)で国道136号にそれて、いつも渋滞する道を大仁(おおひと)まで走りました。狩野川大橋を渡った最初の交差点でカーナビの指示に従って右折しました。修善寺に入ると遠回りで、かつ渋滞が待っていそうなので素直に同意したのです。クランク形に折れ曲がると細い道は山間に入って行きます。
 
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T字路を右折、季節の花々が楽しめる「虹の郷」の前を通過しました。
 
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伊豆国際カントリークラブを横切ると、県道18号と合流して達磨山高原レストハウスが右手に見掛けました。視界が良さそうなので立ち寄ることに。
 
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内浦三津から沼津アルプス、そして沼津港と千本松原まで沼津市の海岸線を望むことができました。しかし雲が下がって来たため箱根山はもちろん、愛鷹山や富士山は雲に隠れています。
 
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快晴であればこんな景色が見られるようです。
 
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駐車場の脇にある達磨大師(だるまだいし)らしき像が気になって近づくと、「交通安全達磨の像」と表示されています。達磨大師は中国禅宗(ぜんしゅう)の開祖(かいそ)とされている人物で、インドのある王国の王子として生まれたのはお釈迦様と同様の生い立ちです。布教のために訪れた中国の少林寺で壁に向かって9年間も坐禅(ざぜん)を組んだとの伝説があります。そして達磨大師が座禅する様子を模(も)した縁起物(えんぎもの)のダルマが作られたそうです。
 
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県道18号は緩やかにカーブしながら上って行きます。
 
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ほどなく戸田(へた)峠に差し掛かりました。直進すれば西伊豆の戸田(沼津市)に至りますが、今回の旅の目的はおよそ10年ぶりに西伊豆スカイラインをドライブすることです。ちなみに戸田峠の愛称は霧香峠(むこうとうげ)です。
 
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西伊豆スカイラインは伊豆半島の東側にある伊豆スカイラインと同様に静岡県道路公社が建設した有料道路でしたが、1998年に静岡県に譲渡され、2004年に県道127号(西浦戸田線)と併合されて県道127号(西浦船山高原線)になり、無料開放されました。戸田峠から船山峠まで西伊豆の稜線(りょうせん)上を約11km伸びていますからドライブだけでなく素晴らしい展望も楽しめる穴場なのです。

バス停(写真中央)の奥にある戸田峠駐車場に車を停めて富士山の展望所として有名な金冠山(きんかんやま、816m)へ登る予定でしたが、生憎(あいにく)と靄(もや)に包まれているため次の達磨山にだけ登ることにして出発しました。
 
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西伊豆スカイライの上り坂に差し掛かると靄(もや)が路面まで広がり始めました。
 
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まさに濃霧と呼ぶのが相応(ふさわ)しいほどになって視界はほとんどありません。
 
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戸田峠と達磨山を尾根伝いに結ぶ登山道と接しました。
 
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霧の中のドライブを2km余り楽しむ(苦労する?)と達磨山(982m)の下に出たとカーナビが指し示しています。急カーブ直前の路肩にかなり広いスペース(砂利が敷かれている)がありますので霧が晴れるのを待つことにしました。同行者が何か黒いものが飛んでいると言うので車の外に出てみると、小雨混じりの強風が吹いています。確かに黒いものが幾(いく)つも草の間で風に吹かれながら舞(ま)っていました。
 
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さらに近づくとそれは蝶でした。あとで調べるとクロヒカゲ(ジャノメチョウ科)やヒメジャノメ(同)に似ています。
 
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近くでうずくまっているのは蜂のようです。その時、風の音にかき消されそうな鳥の鳴き声が聴こえました。風が弱いタイミングを見計(みはか)らって録音しましたが最後の部分で耳障(みみざわ)りな風切り音(かざきりおん)が入ってしまいました。
 
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(続く)

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2011年8月10日 (水)

伊豆へのドライブ旅 山中城跡(後編)

国道1号の信号がある横断歩道を渡って山中城の中心部へ向かいます。こちらにも山中城について説明する同じ案内板が立っていました。案内図の方は出丸にあったものよりも文字が大きくて読み易い(にぎやかな印象)です。
 
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「三の丸堀」に沿って長い坂を上りました。中央に縦(たて)の畝(うね)を設けて二重の堀になっています。堀が真っ直ぐ伸びている様子を振り返って撮影しました。
 
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ちなみにこの場合の「丸」は江戸時代に一般的となった主要曲輪(本丸・二の丸・三の丸など)のことです。余段ですが「丸」はその他にも、男子の名前(牛若丸など)、刀の名前、船の名前(氷川丸など)にも使われた言葉で、公家などが使った古い一人称の麻呂(まろ)および和気清麻呂(わけのきよまろ)や藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)など人名の最後に(接尾辞として)使われた麻呂(まろ)から転じた言葉とされます。

意外な場所に大きな「田尻の池」がありました。山中城の溜池(ためいけ)だったと思われます。池の畔(ほと)りで写真撮影をする年配の方を見掛けました。カメラのアングルは池の水面を向いているようです。何かを待っている様子ですから、対象は池に咲く睡蓮(すいれん)ではなくて鳥かも知れません。少し高い場所にもう一つ小さな池がありますが、こちらは飲料水に使われた「箱井戸跡」(湧き水)で、溢れた水が土手の下を通って「田尻の池」に流れ出す仕組みになっていました。
 
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「西の丸跡」へ向かう急な坂を上ります。
 
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土橋(どばし)は曲輪(くるわ)の虎口(ここう、入口)前の通路だと説明されています。
 
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「西の丸跡」と「西櫓跡」の間にある西の丸畝堀(うねぼり)では大きな木が切り倒されていました。正面の高みが「西櫓跡」(にしやぐらあと)です。
 
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西の丸跡」はかなり広い場所です。発掘時に建物の遺構(いこう)は発見されなかったことから、大きな建物は無かったと考えられると説明されています。
 
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「西の丸跡」の奥にある一段高い「西の丸見張り台跡」(標高約580m)からは愛鷹山(標高1187m)が正面に見えました。写真には写っていませんが、見張り台跡の下には升目(ますめ)のような障子堀(しょうじぼり)があります。
 
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堀の反対側にある「西櫓跡」では発掘時に3mx2.6mの柱穴跡が見つかったことで、掘立柱(ほったてばしら)の小屋があったと推定されるそうです。ちなみに、掘立柱とは礎石(そせき、土台石)を使わないで掘った穴に直接立てた柱です。もともと掘立小屋(ほったてごや、掘建小屋)は地面をそのまま床としたり高床(たかゆか)にすることが多かったのですが、現在は粗末(そまつ)な家を指す言葉になりました。
 
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「田尻の池」脇まで戻って「二の丸跡」を目指します。
 
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急な坂が続きます。そしてこの坂を登りきった場所の左手に「二の丸橋」がありました。わざわざ「田尻の池」まで下りなくても「元西櫓」を経由して「西の丸」へ直線的に行くことができたのです。
 
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「二の丸跡」(北条丸跡)は緩(ゆる)やかな傾斜地です。
 
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堀に架(か)かる小さな橋(本丸西橋)を渡った「本丸跡」は思いのほか狭い空間でした。
 
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「本丸跡」と「北の丸跡」を結ぶ架橋「本丸北橋」も「二の丸橋」と同様に復元されたものです。
 
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北の丸跡」は「天守櫓跡」に次いで山中城で2番目の高地(標高583m)にある面積が1920㎡と広い曲輪です。
 
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「天守櫓跡」(てんしゅやぐらあと)は小山の頂上(標高586m)にありました。
 
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矢立(やだて)の杉・弾薬庫・兵糧庫を経て坂道を下りると駒形諏訪神社です。
 
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参道を歩いて国道1号に出ました。日本橋から108kmの地点で駐車場へは国道の狭い歩道を約400mも歩く必要がありました。参考情報ですが、国道を歩かないためには「二の丸」と「田尻の池」を経由して戻る必要があります。
 
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山中城跡は、400年以上の歳月で遺構がほとんど失われていますが、城域全体の発掘調査と丁寧な復元工事のお陰で、山城の構造(曲輪の縄張り)を視角的に確認することができる魅力的な場所でした。城オタクはもちろん、誰もが散策を楽しめる場所としてお薦(すす)めします。(続く)

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2011年8月 9日 (火)

伊豆へのドライブ旅 山中城跡(前編)

久しぶりに伊豆へドライブすることにしました。例によって車の少ない早朝に出発、東名高速道路から小田原厚木道路に入り、7月下旬恒久的に無料開放された箱根新道の坂道を一気に上ると箱根峠ICで国道1号線に出ました。さらに上った箱根峠(標高846m)には伊豆スカイラインと芦ノ湖スカイラインへの分岐点がありますが、今回は国道1号で直進します。
 
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箱根エコパーキングで最初の休憩を取りました。
 
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国道1号は大きく左カーブしながら下って行きます。
 
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三島の町並みが見えて来ました。
 
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国道1号は曲がりくねりながら徐々に高度を下げて行きますが、箱根峠から5kmほど走ったところに山中城跡の大きな案内板が目に入りました。予定にはなかったのですが、思わず左側の小さな駐車場に乗り入れていました。私は臨機応変(りんきおうへん)、つまり衝動的で気まぐれなのです。
 
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今から約40年前に自分の車をはじめて買って沼津へドライブした時に山中城跡の駐車場に立ち寄った記憶はありますが、城跡を歩いた記憶は残っていません。当時は城址に興味が無かったからでしょう。

国道の反対側(上り車線側)には本丸跡や二の丸跡など中心部があるようですが、先ず左手の箱根旧街道(復元区間)を横切って岱崎出丸(だいさきでまる)跡へ向いました。ちなみに出丸とは本城から張り出した形で築かれた小城を意味します。
 
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旧街道脇に「山中新田 山中城跡」の観光用道標が立っています。
 
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緩(ゆる)やかな上り坂が続きます。
 
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左手横方向には箱根の山々(富士箱根ランドと湯河原峠方面)が間近に見えます。
 
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山中城跡案内図の隣にある案内板には、この城は小田原に本城があった北条氏の西方防衛拠点でしたが、豊臣秀吉の圧倒的な大軍の前にわずか半日で落城したと伝えられると書かれています。当ブログでは「石垣山一夜城」と「のうぼうの城」(忍城、おしじょう)の記事で紹介済みですから今回は触れないことにします。
 
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岱崎出丸の御馬場跡に寄り道することにしました。御馬場跡は史跡山中城阯の石碑が立つ広場でした。岱崎出丸で最大の曲輪(くるわ)だと説明されています。ちなみに地名をとった岱崎出丸(だいさきでまる)は標高547-557m、面積2万400㎡におよぶ2段構築の広大な曲輪(くるわ、周囲を土や石などで築き巡らしてある城の区画)だったそうです。
 
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岱崎出丸の最先端部に位置する「すり鉢曲輪」は中央部を凹(へこ)ませたすり鉢型(すりばちがた、料理用のボウルに似る)の珍しい曲輪です。
 
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一段高い「すり鉢曲輪見張り台」からは愛鷹山・三島・沼津方面が見渡せました。その場にあった説明によると眼下に見えるのは田方(たがた)平野でした。愛鷹山(標高1187m)・箱根山・丹那山地(玄岳など)に囲まれた沖積平野(ちゅうせきへいや、土砂が積み重なって出来た平野)で、三島市・沼津市・伊豆の国市・清水町・函南町(かんなみちょう)などを含むエリアです。
 
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斜面の下を覗(のぞ)くと予想以上の急傾斜でした。
 
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出丸御馬場跡(奥の高み)の方向を振り返った写真です。
 
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すり鉢曲輪の左手は武者溜(むしゃだま)り跡と伝えられる広場です。それにしてはちょっと狭いなと思いながら、奥まで歩いて見ましたが何もありませんでした。
 
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(続く)

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2011年8月 3日 (水)

ステレオタイプを考える

東日本大震災の直後、福島第一原子力発電所から漏れた放射性ヨウ素が甲状腺に蓄積されることを防ぐためにはヨードチンキ(消毒薬)あるいはイソジンガーグル(うがい薬)を飲むと効果があるとする風説(ふうせつ)が流布(るふ)されました。チェルノブイリ原子力発電所の事故後に取られた防護策を誤って理解(内服薬と外用薬を混同)したものでした。類似の風評に「米のとぎ汁乳酸菌」もありました。乳酸菌が体内の放射性物質を排出するとして、飲んだり・点眼したりする人が続出したのです。しかし、これも効果が無いだけでなく、雑菌が感染して眼球の炎症や下痢を起こしたそうです。乳酸菌は体に良いとの思い込みが背景にあったのでしょう。
 

2011_08030022風説が広がるのは自然災害や大事故などで異常事態が発生した時、家族(なかでも乳幼児)の健康被害を心配する親が、住民を守る責務のある国や地方自治体がタームリーに情報を発信しない(あるいは曖昧な情報に留める)ことで、藁(わら)にもすがる思いで効果があるとする方法に飛びついてしまうことが背景にあるようです。最近はメール・ブログ・ツイッターなど手軽な情報発信手段が普及したことで、自分が信じた(思い込んだ)情報を善意で友人・知人へ発信すると、その人達が別の友人・知人に転送することで、風評がこれまでの口コミとは比較にならないほどの速さで拡がりました。皮肉なことに善意が害毒をまき散らす構図が見て取れます
 

マスコミは視聴者の不安を煽(あお)る傾向がある一方、自分たちの利害関係者を慮(おもんばか)って危険性への視聴者の関心を逸(そ)らそうとしたことも風評の拡大に影響したようです。大震災のあと1カ月近くに亘(わた)って朝から晩(ばん)まで原子力専門家と称する人達を番組に登場させて不確かな(その多くは被爆の影響を過小評価する)情報を垂(た)れ流した「マッチポンプ的な報道」もこの一例でしょう。
 

人はなぜこのような都市伝説(現代の迷信)を信じるのでしょうか。後になって冷静に考えれば容易にそれが馬鹿らしい考えだと分かるのですが、不安心理が強いことで判断能力が低下して自己防衛本能からさらに「疑心暗鬼」(疑いが強くて何でもないことを不安に感じる)状態に陥(おちい)るからだと考えられます。原子力発電の作られた安全神話もこの不安を大きくしました。つまり「原子力発電は安全でなければいけない」がいつのまにか「原子力発電は安全である」に変質した都市伝説の嘘が白日の下(もと)に曝(さら)されています。前置きが長くなりましたが、風説ほど悪影響を与えることは少ないのですが、風説と類似する「ステレオタイプの考え方」を今回のテーマに取り上げます。
 

「ステレオタイプ」とは社会学の用語で紋切(もんき)り型の態度のことを指します。語源となったステロタイプ(Stereotype)は印刷用の鉛版のことで、判で押したような(頑固な)態度や考え方なのです。つまり個人的な考えや判断ではなく周囲の人や社会の影響をそのまま(無批判に)受け入れた状態なのです。上述したように、情報化社会の現在はマスコミやインターネットの書き込み(ブログ・ツイッター・SNSなど)が大きな影響力を持っている一方で、自身にはさして深い考えがないため安易に信じてしまうことが多いのです。昔からある身近な例は、血液型あるいは体型と性格の関係や男女の資質差についての偏見(へんけん)があります。ちなみに、ステレオは「硬い」あるいは「立体」を意味しますが、オーディオの場合はもちろん後者です。
 

2011_08030030それではステレオタイプは悪いことなのでしょうか? 後になって騙(だま)されたと後悔することはあるかもしれませんが、一概に悪いとは言えません。あらゆることを自分が納得できるまで考えるのは至難の業(わざ)であるだけでなく、長い時間が掛かる上に疲れてしまいます。「そう言うこともあるのかもしれない」と聞き流しておけば心配事や悩み事も少なくなります。つまり動物としての自己防衛本能に適(かな)っているかも知れません。とは言っても、このような態度だけでは自分で考える機会が少なくなるため、「誰かに判断して欲しい・決めて欲しい・解決してほしい」など他人への依存心が高まると思われます。そして、それが満たされないと不満に感じることが多くなるでしょう。しかし、考え方を少し変えるだけでこの困った状況から脱することが出来るのです。
 

一般論だけでは分かり難(にく)いかも知れませんので、いくつかの事例でもう少し具体的に説明します。そのポイントは私の信念に関わることですが、「分かり易(やす)いことには嘘が隠されている」可能性があると言うことです。
 

事例の一つ目は刹那的(せつなてき)ブームへの便乗(びんじょう)です。最近の例はワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」をめぐる大騒ぎがあります。日本人全員が関連のテレビ番組に見入り、サーカー解説者のようになり、これまで一度も訪れたことのないサッカー場へ大挙して押しかけるのです。ちょっと前にはプロゴルファーの石川遼選手にも起こったフィーバー(熱狂)です。しかし、全員が俄(にわ)かファンになる必要はなく、世界の檜(ひのき)舞台で活躍した選手を自らのやり方で讃(たた)えれば良いと思うのです。
 

特にテレビ番組に出演するタレントやコメンテイター(解説者)、レポーターがこれらのスポーツ選手に下世話(げせわ)な質問をする様を熱心に見入ることは、テレビ放送の番組作りと同様に、選手に対して大変失礼ではないでしょうか。これもまたマスコミが視聴率を求めるあまり社会へ垂(た)れ流す害毒と言えるでしょう。国民栄誉賞(えいよしょう)による一過性のご褒美(ほうび)だけでなく、女子サッカーの振興に向けて何を行うかを政府はもちろん、マスコミや国民も考え・実行することこそが選手や関係者が期待する祝福なのではないでしょうか。
 

2011_08030002 次は省エネルギー。当ブログで紹介したようにわが家ではベランダにゴーヤと風船かずらのグリーンカーテンを育てています。大きな葉で夏の太陽光を遮(さえぎ)り、植栽(しょくさい)からの気化熱で周囲の温度を下げる効果を期待していたのです。伝統的な方法ですから間違いないはずです。水遣(みずや)りを欠かさなかったことでグリーンカーテンを支えるネットに葉が密集し始めて見た目にはカーテンらしくなったのですが、その効果はほとんど実感できません。ここで鈍(にぶ)い私もやっと気づきました。わが家のグリーンカーテンは同じベランダに置かれたエアコン室外機からの排熱に晒(さら)されていたのです。
 

これではグリーンカーテンに勝ち目がなく、葭簀(よしず)などの日除けと大差ありません。エアコンを止めてみればグリーンカーテンの効果を体感出来るかもしれませんが、熱中症になることは請(う)け合いです。これからはゴーヤの実を提供してくれるお得な日除けと割り切って水遣りを続けたいと思います。そしてグリーンカーテンの幅をエアコンの排熱の邪魔(じゃま)にならない範囲に留(とど)めるつもりです。さもないと、「二兎(にと)を追う者は一兎(いっと)をも得ず」(効果が帳消し)になり兼ねません。つまり、良いことでも組み合わせを誤ると「元の木阿弥(もくあみ)」(一旦良くなったものが元の状態に戻ること)になる失敗でした。
 

3つ目は、ちょっと理屈っぽくなりますが、最近エコ商品として大人気のLED電球です。白熱電球や電球型蛍光灯に比べて消費電力が少なく、しかも長寿命であることが注目されています。家電量販店では売り切れる商品もあるそうですが、慌(あわ)てて家中の白熱電球をLED電球と交換する必要があるのでしょうか? 家電メーカーから公表されているデータを参照してみると、最大の特長は4万時間と長寿命(白熱電球の約40倍・電球型蛍光灯の3-6倍)であることと、消費電力も白熱電球の約1/5(電球型蛍光灯の80-90%)と少ないようです。しかし家電メーカーのデータは1日当たり10時間点灯(10年間使用)した場合の比較を行ってLED電球の方が経済的としていることが多いので注意が必要です。もし、1日に1時間程度しか使わない場合(例えばトイレなど)は上記のシナリオは製品コストが100円以下(LED電球の約1/50以下)と極端に安い白熱電球が有利になります。
 

2011_08030035_2 寿命や消費電力の他にも注意すべき点があります。一般的に白熱電球の何ワット相当(現在はルーメンで表示)と説明されますが、それは真下における値(明るさ)を指していますから、横方向への発光が少ないLED電球は居間などの広い空間で使用すると暗く感じる(特に20‐30%ルーメン値が低い電球色タイプ)のです。つまり天井に埋め込まれたダウンライトや狭い範囲(120度程度)を照らす用途に適しています。最近は光を散乱させる仕組み(レンズ付き)や電球内にある複数個あるLEDの取り付け角度をミラーボールのようにしたタイプ(300度程度)も一部で販売され始めたようですが・・。また調光式照明器具には必ず対応できるLED電球を使うことが必須ですが、抵抗式やトランス式など古い調光式照明器具では調光器対応のLED電球でも使えないことがあります。そして、LED電球には白熱電球よりも寸法が長いものが多いため照明器具に取り付けられるかどうかを事前に確認する必要もあります。
 

最後にLED電球についての私見を述べます。白熱電球よりも寿命が大幅に長いことや点滅(てんめつ)による劣化が少ない特徴を活かした使い方はLED電球の独壇場(どくだんじょう)でしょう。しかし猜疑心(さいぎしん)の強い私は普及し始めたばかりのLED電球を大量に採用する(買い込む)ことは、寿命・消費電力・初期費用を総合的に考慮すると、得策ではないと考えるのです。最大の明るさもまだ十分ではなく、ダイニングなどで使う100Wの白熱電球(ボール電球)に相当する明るさの製品は電球型蛍光灯にはありますが、LED電球ではユニティ社製などほんの一部に限られます。ですから天井灯など交換することが困難なものから長寿命のLED電球や電球型蛍光灯に交換して、LED電球がさらに低価格になるのを待つのが良いと考えるのです。
注記; 電球型の他に蛍光灯型(棒状)
LEDもありますが、こちらも調光式と同様に電流を制御する方式の違いで使えない(焼損する恐れもある)タイプがあります。
 

2011_08030026従い、わが家でLED電球に変えたのは常時(長時間)点灯する照明だけで、残る場所にはほとんど電球型蛍光灯を使っています。唯一(ゆいいつ)の例外はトイレの白熱電球。上記した理由からLED電球へ交換することは無駄であり、電球型蛍光灯もほぼ瞬時に点灯しますが最大の明るさになるまでに時間が掛かりますから「レストルーム」には相応(ふさわ)しくないと思うからです。そして室内照明は、長々と書いた経済性の視点だけでなく、やはり照明器具としての機能や光の質(色)、そして何より雰囲気が大切ではないでしょうか。
 

写真は上から、おたふく紫陽花(あじさい、別名うず紫陽花)、ガウラの白い花、風船葛(かずら)の緑色の実、木槿(むくげ)の白い花、同じくピンクの花

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