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2011年9月 6日 (火)

テレビ放送は必要ですか?

地上波アナログテレビ放送が7月下旬に終了して1カ月余りが経過しました。以前のブログ記事に書いたように、わが家ではケーブルテレビのパススルー(現在はデジアナ変換)機能を利用して地デジ放送を今もアナログ放送として視聴していますから、テレビ放送の環境は実質的に何の変化もありません。ですが私個人は、東日本大震災以降、調べものをしながらラジオ放送を聴く「ながら族」に復帰しましたから、地上波テレビ放送を観る機会は少なくなっています。その理由は、観る必要性(興味)が薄れただけでなく、不愉快に感じる番組が益々増えたように感じるからなのです。

当ブログではテレビ番組について何度も記事を書いています。子供の頃に観たアメリカのテレビドラマテレビ番組雑感光クラブ事件テレビドラマ「疑惑」テレビドラマ「落日燃ゆ」テレビドラマ「白洲次郎」、ドラマ以外にも「ちあきなおみ」・「作曲家杉本眞人」・「懐かしのスウィング・ジャズ」・「復活の年 2010-2011年 大晦日編」・「復活の年 2010-2011年 三箇日編」などの音楽番組についてです。もともとテレビ好きな私はドラマと音楽番組が特に好きですから、自(おの)ずとそうなったようです。

2006_10300103 しかし、最近のテレビ放送ではドラマ番組が少なくなりました。そして、これまでもその傾向はあったのですが、判で押したような画一的な娯楽番組やステレオタイプなワイドショー番組が目に付く様になったと思います。原発事故関連の報道・韓国ドラマとバラエティ番組の氾濫(はんらん)・人気お笑いタレントの不祥事の扱い(大きさと擁護発言)には目を覆(おお)いたくなります。かく言う私も一度韓国ドラマ「チャングムの誓い」にはまったことがありますからその魅力は十分承知していますが・・。それはさておき、ワイドショーで原発事故や政治について専門家あるいは評論家と称する人達の憶測発言や個人的な感想を聞くのはもう沢山です。

この地上波と違い衛星放送(BSデジタル放送)は今もよく見ています。映画が大好きな私はWOWOWで放送される映画を楽しみにしていますが、いつの間にか同居者にチャンネル権を奪われてしまいました。「CSI 科学捜査班」「霊能者アリソン・デュボア」「コールドケース」などアメリカの連続テレビドラマにハマっているようで、BSジャパンの「ファッション通信」とともに、欠かさず観ている(あるいは録画している)のです。衛星放送は現在、NHKの2チャンネルを初めとして全部で12チャンネルが放送されています。以前は衛星ラジオ放送もありましたが2006年に全ての衛星ラジオ放送は廃止されました。しかし、地上波アナログテレビ放送と同様に廃止された衛星アナログ放送の跡地(空きチャンネル)などを利用して、今年10月と来年3月には計18チャンネルが追加され、衛星ラジオ局(1局)も復活するようですから楽しみにしています。

衛星放送以外にも、わが家では利用していませんが、光テレビ(NTTぷらら)・Gyao!USEN)などのインターネットテレビも様々な放送を行っていますし、変り種としては映画・ビデオ・音楽・写真などのビデオストリーミングを行うApple TVがあります。そして地上波アナログ放送の空地を利用するマルチメディア放送(mmbi)も来年には開始されるようで、まさに百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相を呈しています。

2009_08040144 とは言っても、このように多様化しつつあるテレビ放送は、コンテンツを提供する手段の多様化(発展)であって、コンテンツ自身の質向上や多様化(双方向性・多チャンネル化・他メディアとの連携など)はそれほど進んでいません。なかでも民放の地デジ放送は、唯一画質が改善されたことを除けば、旧態依然(きゅうたいいぜん)としているように思われます。その設立母体となった新聞社の経営が購読者の新聞離れと広告収入の減少で苦しくなっていることとは地デジ放送の将来を暗示しているのかも知れません。事実、テレビ放送の広告収入は経済の停滞で減少、多角経営によって広告以外の収入が4割に迫っているキーテレビ局もあるようです。つまり従来のマスコミはいずれも凋落(ちょうらく)傾向にあると言えるでしょう。

実は、この経営環境の悪化がテレビ番組の劣化を招く主因になっているようです。上記したように猟奇事件・芸能スキャンダル・政治ネタなどを司会者がしたり顔(または深刻な表情)で興味本位あるいは恣意的(しいてき)に(つまり週刊誌や夕刊紙のように)リードするワイドショー番組・軽薄なトークのバレエティ番組・そして韓国ドラマの氾濫(はんらん)が分かりやすいでしょう。いずれも低予算でそこそこの視聴率が得られるからです。そして、時間と予算の掛かるドラマ番組や地味なドキュメンタリー番組を制作する余裕がテレビ局には無くなっているようです。

しかし、その経営方針がテレビ離れを加速していることは皮肉です。番組の質低下による視聴者の減少(時間・人数)に加えて、原発事故への対応に追われる大口スポンサーであった東京電力の降板やテロップを間違えて流した地方テレビ局への批判はもちろん、視聴者がテレビ局だけでなく番組スポンサーの姿勢にも厳しい目を持ち始めたことがスポンサーに影響し始めているようです。これらが負のスパイラル(悪環境の連鎖)を構成しています。最早、目先の利益を優先させて少々のことに目をつむる姿勢は許されないと考えるべきです。硬い表現をすれば、民間企業で当たり前になったコンプライアンス(法令遵守)の徹底がテレビ局にも不可欠になったのです。

2009_08040145 違法行為などはもっての外ですが、モラルに反する発言や行為・反社会的な勢力との関係などの廃除をテレビ局が社員・下請け・取引先に対して主体的に行うことが必須です。「他社のことで知らなかった」との言い訳や、「自分たちは被害者だ」との強弁(きょうべん)はもう通じません。心ある優良企業なら取引先を含めてコンプライアンスの徹底を図ることは常識なのです。多くの大手スポンサーが金の掛かるテレビ広告の効果に疑問を感じ始めて、ネット広告やツイッター・SNS・自前の動画配信を積極的に活用し始めたことで、スポンサーのテレビ離れが加速するかもしれません。

余談ですが、新聞やテレビ放送だけでなく盤石だと思われた有力産業が、消費者の期待に応えられなくなると、経営の悪化や事業の縮小を余儀なくされる事象は枚挙(まいきょ)にいとまがありません。分りやすい例は、かなり前からデパート業界で起こっていることであり、最近は出版業界(週刊誌・単行本)や教育産業(特に大学)が深刻な状況に陥っているようです。つまり旧来の主要産業が斜陽産業化して存在意義さえ問われるのです。マスコミと比較して外国との競争に直面している製造業(繊維・家電・雑貨などの分野)は中国製などの輸入製品(製造委託)が当たり前になっていますが、韓流ドラマに依存するテレビ放送業界も海外に番組制作をアウトソーシング(外部委託)し始めていると言えるかも知れません。
 
                                 ☆ 

以上、長々とマスコミの状況を考察しましたが、それでは本題の「テレビ放送は必要ですか?」に移りましょう。テレビ放送はニュースや娯楽番組を低コストで提供してくれる映像メディアであることは間違いありません。NHKには受信料を支払っていますが、民放はタダで観られると思い込んでいる人が多いでしょう。しかし、そのコストは見えない(気付かない)だけで、あなたが購入する商品に宣伝広告費としてしっかり上乗せされています。この半世紀で定着したこの仕組みも、スポンサーである企業がテレビ離れを起こしはじめたことで、大きく変わろうとしています。

2009_08040148 先に述べたように収入が減少することで放送(制作)される番組の内容と質はどんどん劣化しているのです。評論家の大宅壮一氏がテレビ放送が始まった1957年の直後に「一億総白痴化」させる存在であると看破(かんぱ)しています。半世紀前のこの指摘が今も生きているようで、番組の質の低下に合わせてテレビ漬けになっている視聴者の知的水準(自分で判断する能力)が低下するのは自明ではないでしょうか。雑知識だけは豊富になるかも知れませんが・・。

実は、テレビ番組を観ることであなたの貴重な時間が奪われているのです。貴重な時間を費(つい)やして見る価値がある番組はどれほど多く存在するでしょうか。新聞をまったく読まない(購読しない)人は以前珍しかったのですが、最近はかなり増えているようです。それと同じことがテレビ放送に起こったとしても不思議ではありません。今年3月の「東日本大震災」と7月の「地デジ化完了」がテレビ離れを加速したとの見方がありますから、それほど遠くない先にはっきり見えてくることでしょう。

テレビを観ることは、喫煙や飲酒と同様に、習慣化するとなかなか止められないようです。つまり植木等さんの「スーダラ節」(1961年)のように『分かっちゃいるけど止められない!』の状態です。思い切ってテレビ受像機の電源スイッチを切ってみましょう。全く観ないと「情報が入らない」「寂しい」「間が持たない」と思う方は定時ニュースの時間だけ電源スイッチを入れることにしたらどうでしょうか。テレビニュースに関心が無い方は興味を持った映画やドラマ(テレビ放送あるいはDVD視聴)に限っても良いでしょう。そうすれば、スポンサーの意向(期待)に応えようとテレビ放送局の番組がひょっとすると改善されるかもしれません。それでもまだダメ(方針転換できない)ならテレビ放送に明るい未来は期待出来ないと思います

そしてテレビの電源を切ることで浮いた時間を活用しましょう。趣味・勉強・散歩・スポーツ・読書など何でも良いのです。禁煙した時と同様に、しばらくはテレビが気になるかもしれませんが、最初の行動が大事です。1カ月もすれば「自分にとってテレビが必要かどうか」「どんな番組が不可欠な存在であるか」が見えてくるでしょう。自分の時間と心を占領するテレビから自らを開放して、多くのテレビ番組から発信される不信・不満・暴言・誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)・暴露情報に振り回されるのを止める良いチャンスだと思います。この記事を書いていて、孔子の論語にある「仁」(思いやり)の教え、『非禮勿視 非禮勿聴 非禮勿言 非禮勿動』を思い出しました。

写真は上から日光東照宮新厩舎の三猿、旧東海道白須賀宿庚申堂の三猿と四猿

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コメント

そうか、もう君はいないのか。を読んで以来、城山三郎氏の本を読むようになり、「落日燃ゆ」も読みました。城山三郎氏の著作は、「男子の本懐」や「官僚たちの夏」など傑作が多いですが、この作品は代表作と感じるほど面白かったです。

投稿: 短時間睡眠法に挑戦中 | 2013年5月 2日 (木) 20時02分

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