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2011年10月30日 (日)

旧東海道のドライブ旅 草津宿

旧東海道(県道116号)は草津川支流の金勝(こんぜ)川の堤防に行き当たりました。ここは旧東海道と中郡街道の分岐点で、旧東海道は右(西)に折れます。堤防の向こうに目川(めがわ)池があり、古い道標には東海道の文字が彫られています。
 
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旧東海道は金勝川の堤防ぞいに進み、左(南)に大きく曲がると茅葺きの民家があり、その先に目川一里塚の石碑がありました。江戸日本橋より118里の地点です。東海道一里塚がある目川は瓢箪(ひょうたん)が名産で「ひょうたんの里」と呼ばれているそうです。昔は瓢箪が旅人のお茶やお酒などを入れる容器として旅人の必需品であったことで農民が副業として瓢箪を栽培して、立場(たてば・街道の休憩所)などで売られたと思われます。ちなみに目川の地名は金勝川流域にあり集落との境目を指すことから起こったとされます。
 
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ほぼ一直線の旧東海道が続きます。
 
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立場茶屋であった目川田楽「古志ま(こじま)屋」跡です。「ここで提供された食事は地元産の食材を使った菜飯と田楽(でんがく)で独特の風味を有し東海道の名物となった」と説明されています。
 
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田楽茶屋とは立場の元伊勢屋と、この古志ま屋、京伊勢屋の三軒を言い、すべてが岡の地に店を構えた」と説明されています。ちなみに歌川(安藤)広重が「石部」として描いたのはこの目川の里です。
 
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栗東市の岡地区が地域事業として3年前に開業した田楽茶屋「ほっこり庵」は当時のレシピをもとに味噌田楽と菜飯の味を再現しているそうです。隣に見える「菊の水」も同じ経営のようです。
 
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旧東海道はこの先で右(西)方向にカーブして東海道新幹線のガードを潜りました。
 
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かつては草津宿南の矢橋道標近くにあった草津名物うばが餅を売る「うばがもちや」(姥が餅屋)は国道1号の国道大路交差点角に移転しているようですが、国道1号の大路三丁目交差点を直進して県道143号となって草津市の中心部へ入りました。旧東海道はこの交差点の手前で草津川沿いにそれて南岸へ渡り、草津宿の中心部へ入りますが、立ち寄り先を決めていましたのでそのまま進みました。 
 
小汐井(おしおい)神社は中山道第一の宮です。「おしおい」とは神事を行う前に海中(ここでは湖中)で身を清めたことを指す言葉だそうです。そして地名の草津は草深い地にあった港がその由来のようです。ちなみに、群馬県草津温泉の草津は強烈な硫黄臭のある温泉の湯を「臭(くさ)水(うず)」と呼んだものが後に変化したとの説があります。
 
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覚善寺の門前に東海道と中山道の追分道標が立っています。
 
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サカエマチ商店街の入口にあるタワー111の手前を左折するつもりでしたが、車は侵入出来ませんので、タワー111の外周を大きく迂回しました。
 
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草津川(天井川)下のトンネルも一方通行で車は侵入できません。寄り道をしたことは間違いだったようです。
 
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草津本陣はトンネルの先にあるとの案内標識が立っています
 
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草津川をどのルートで渡るか迷いましたが、東海道本線の上を通過して、野村運動公園グランドの手間を左折、再び東海道本線を潜って本四商店街の入口(草津宿交流館の近く)に出ました。
 
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車を停めて旧東海道を草津川のトンネル方面へ歩きました。
 
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先ず真新しい「くさつ夢本陣」(正式名称:草津市まちなか交流施設)を見かけました。
 
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そして少し先の右手にある草津市観光物産館脇本陣の脇にひっそりと立つ草津宿脇本陣の石柱を見つけました。
 
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50mほど先の左手に立派な草津宿本陣(国指定史跡)が見えました。田中七左衛門が勤めていたこの本陣職はほぼ昔の姿のまま残されていて、今は資料館として公開されています。もう一つの本陣は田中九蔵が務めたそうです。
 
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大きく迂回することを余儀なくされたトンネルは目と鼻の先です。トンネルの手前が東海道と中山道が分かれる草津追分で、高札場があった場所です。
 
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街道交流館にも立ち寄りました。
 
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さらに80mほど南に歩いた太田酒造(道灌蔵)の店先に「草津宿と政所(まんどころ)」の説明看板が立っていました。
 
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なぜ道灌蔵(どうかんぐら)なのかと思い同社のhpを開いてみると、江戸時代の初期に太田道灌(どうかん)の末流であった太田家は越前福井藩から草津に移って関守となり、明治時代初期に酒造りを始めたのだそうです。(続く)

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