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2012年5月20日 (日)

御穂神社と御神木「羽衣の松」

東名高速道路に入って直ぐの清水ICを出ました。寄り道をすることにして、久しぶりの三保の松原へ向いました。国道1号に出て、さらに国道150号で南下、県道199号(三保街道)で清水港を回りこむように走りました。そして静岡銀行三保支店の少し先で案内標識に従い右手の路地に入って左折すると御穂(みほ、美保とも表記される)神社の前に出ました。清水ICから10kmほどの距離です。本殿は国の重要文化財に指定されています。ちなみに、この地方が昔は廬原国(いおはらのくに)と呼ばれていたことから御廬(みいほ)と読まれ、さらには御穂(みほ)になったそうです。
 
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別名が三保大明神(みほだいみょうじん)で、古く(8世紀以前)から国土開発と海の神様として崇(あが)められるとともに天女が舞い降りた「羽衣伝説」縁(ゆかり)の社として名高い」と説明されています。ちなみに主神は大国主命(おおくにぬしのみこと、『日本書紀』では大已貴神(おおあなむちのかみ))とその后(きさき)である三穂津姫(みほつひめ)です。記紀神話の影響で大国主命ではなくその子の事代主神(ことしろぬし)を祀るとする説が生まれたようです。

鳥居の前から道路を挟んで松並木の間を長い木道(長さ約400mの参道)が海岸へと続いています。「名勝三保松原」の石柱脇に「神の道」と表示されていました。
 
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松並木に沿った車道を走ると松原観光センターに出ました。人の気配がほとんどない駐車場に車を止めて羽衣公園へ向う途中にある三保半島の観光案内図でこれから立ち寄る場所を確認。
 
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何気なく見た右手後方に銅像らしきものを見掛けて近づいてみると「漁夫白龍(はくりょう) 」の像でした。羽衣伝説に天女(てんにょ)とともに登場する漁師で、両手で羽衣(はごろも)を抱(かか)えていますが、ちょっとモダン過ぎるように思いました。別の案内看板に謡曲「羽衣」の説明があり、漁師の名は伯梁と表記されています。
 
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私は松本清張氏の長編推理小説「Dの複合」を思い出します。売れない作家が雑誌社に頼まれて日本の民俗説話(浦島伝説や羽衣伝説など)に縁(ゆかり)の地を訪ねる話ですが、羽衣伝説でこの「三保の松原」も登場します。他に滋賀県長浜市の余呉湖(よごこ)・京都府京丹後市・鳥取県東伯郡湯梨浜町なども登場したと思います。ちなみに浦島伝説では京都府宮津市伊根町の宇良神社(浦嶋神社)や長野県上松町の「寝覚の床」などでした。

坂道を上りきるとオブジェと見紛(みまご)うような松が絡(から)み合って立ち並んでいました。
 
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名勝「三保の松原」の案内図です。以前訪れたのは何時(いつ)のことだったかを思い出せません。多分自分の車を買った直後(40年余り前)のことでしょう。
 
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日本の能楽「羽衣」に傾倒したフランスのバレリーナであるエレーヌ・ジュグラリスの功績を称(たた)えて1952年に建てられた「エレーヌの碑」(羽衣の碑)です。憧れの三保の松原を見ること亡くなった彼女の遺言に従って遺髪が碑の下に埋葬されているそうです。左手の石碑には彼女の夫であるマルセル・ジュグラリスの名が見えます。この碑を見ても昔の記憶が蘇(よみがえ)らないのは残念です。
 
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これが御穂神社の御神木「羽衣の松」です。と言っても2010年(平成22年)10月に世代交代した「新・羽衣の松」なのです。
 
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こちらが先代の「羽衣の松」です。かなり衰弱している様子が見て取れました。
 
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その脇に御穂神社の離宮・羽車神社が鎮座(ちんざ)していました。羽車(はぐるま)は祭神の乗り物を指(さ)します。、御穂神社の祭神である大国主命と三穂津姫命が出雲国(いずものくに、現在の島根県)から羽衣の松を憑依(よりしろ、神聖な標識)に降臨(こうりん)され、羽車神社を経(へ)て、松並木(神の道)を通って御穂神社へ鎮座されたと伝えられます。願い事を書いた石が山のように積まれていました。
 
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羽衣海岸の砂浜を波打ち際まで歩くと、空にすっかり溶け込んだような駿河湾に観光釣り船と思われる小舟が多数浮かんでいるのが見えます。
 
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振り返ると「三保の松原」を背景に「先代の羽衣の松」と「羽車神社」が見えました。
 
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「三保の松原」の北方向
 
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同じく南方向
 
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松原の中に戻ると「新三景之碑」がありました。1915年(大正4年)に選ばれた新日本三景は、北海道の大沼(アイヌ語で大きな湖を意味するポロトーを意訳した名称)と大分県中津市の耶馬溪(やばけい)、そして三保の松原の3つの名勝地を指します。ちなみに日本三景は宮城県宮城郡松島町の松島・京都府宮津市の天橋立・広島県廿日市市の宮島です。
 
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鎌ヶ崎遊歩道は「松林の道」と「海の道」の2手に分かれます。いずれでも絶景ポイントの鎌ヶ崎(鎌ヶ先の表記もあり)へ行けるようですが、この日は富士山を見ることが出来そうもありませんから、ここで引き返すことにしました。
 
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富士山ビューポイントの案内看板の写真で我慢(がまん)することに。
 
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駐車場の奥に石碑があります。近付(ちかづ)いてみると「天女の池」(羽車稲荷御神池)跡でした。昔は清水を湛(たた)えた池があったそうですが、砂丘が後退したことで埋(う)もれてしまったことが説明されていました。
 
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(続く)

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