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2012年6月25日 (月)

テレビドラマ「波の塔」を観る

松本清張氏の長編小説「波の塔」がテレビドラマ化されて6月23日にテレビ朝日で「松本清張没後20年特別企画」として放送されました。映画化やテレビドラマ化されるのはこれで何度目でしょうか。今回は沢村一樹(いっき)さんが新任検事の小野木喬夫(たかお)役、羽田(はだ)美智子さんが被疑者の妻である結城頼子(ゆうきよりこ)役で共演すると知り、前回(5年半前)のテレビドラマより期待しながら観ました。しかし導入部から原作とはかけ離れたドラマ設定が続きました。
 

2010_05060067 時代設定は原作と同じ昭和30年代の高度経済成長期ですが、青木ヶ原の樹海で小野木が汚職事件につながる疑いがあった殺人事件を捜査中に頼子と出会った(原作では都内で観劇中)こと、高級官僚の娘である田沢輪香子(りかこ)が京都の寺(原作では上諏訪に近い古代遺跡)で小野木と偶然出会ったことなど、原作から変更した必然性が私には理解できません。(写真は茅野市の尖石遺跡)
 

2010_11210340 そして序盤の展開を端折(はしょ)り過ぎたため、松本清張氏一流のストーリー展開の緻密(ちみち)さが感じられません。深大寺のシーンになって軌道に乗ったかと思いましたが中盤の展開もやはり慌(あわただ)しいもので、三鷹多摩川縁を訪れるシーンはカットされていました。一方、身延山に近い下部温泉の旅館で台風に遭遇するシーンは妙にリアルに演出されたため、二人が現実から逃避して心の安らぎを求めるかのように各地を旅する原作のモチーフが希薄化されてしまいました。(下部温泉の下流にある身延橋と身延駅付近を富士川対岸から望む)
 

2007_06280031 終盤では父を守ろうとする輸香子が二人の関係を父と親しい新聞記者に告げるのも原作には無いことです。原作では、結城の弁護士がドラマでもあったように検察側へ直接圧力を掛けただけで、輪香子は別の意味で存在感を示しています。また頼子が検察の取調室に居るシーンでは、小野木がプレゼントしたペンダントを付けているのは安易な演出であり、彼女が夫の行状(ぎょうじょう)を詳しく説明する下りや、それに対する小野木の態度も不自然でした。(小野木と頼子が出会った場所は建て替えられる前のこちらです)
 

2010_11210254 配役では沢村一樹さんは適役です。魅力的な女優の羽田美智子さんも頼子役に相応(ふさわ)しいと言いたいところですが、それにはちょっと存在感があり過ぎる(樹海の日陰だけに生育するギンリョウソウが似合わない)ように思われました。そして原作のラストシーンのように小野木が東京駅で頼子を待つこともなく、新宿駅から山梨県の青木ヶ原樹海へ向った頼子を小野木が探すことにしたため、ひとり自殺することで自らの運命を成就(じょうじゅ)させようとした頼子の揺れ動く心が視聴者によく伝わらなかったようです。冒頭から原作にないギンリョウソウ(銀竜草)を登場させたことも同様です。(本栖湖越しに見た青木ヶ原と富士山)

 
2007_11240012これらの演出は50年後の現代人に理解させるための苦肉の策かもしれませんが、「どこへも行けない道ってあるのね。道があるからどこかいけるかと思ったけど」と多摩川縁で頼子が呟(つぶや)いた言葉がないことも物足りません。頼子の夫で政治ブローカー、結城庸雄(ゆうきつねお)役の鹿賀丈史(かがたけし)さんの好演が印象に残りました。強面(こわおもて)で不気味な人格だけでなく、蔑(ないがし)ろにしながら実は愛している妻の心が自分から離れて行く状況に「海千山千」の悪人がうろたえるシーンは良かったと思います。(二子玉川駅近くの兵庫島)

 
今回のドラマはそれなりに時代考証もしっかりしていて製作者の意気込みが感じられましたが、松本清張氏らしく「波の搭」と象徴的な題名(他にも「砂の器」「ゼロの焦点」「Dの複合」「霧の旗」など)を付けた同氏の考えに十分迫ったとは思われず、ストーリー展開をナレーションで説明する手法にテレビドラマの限界を感じたのです。やはり松本清張氏の40年以上に亘(わた)る呪縛(じゅばく)から私はもはや逃れられないようです。興味を持たれた方は原作をお読みになることを是非お薦めします。

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コメント

コメントをありがとうございます。原作本をお読みになったことで私の「思い込み」記事をある程度はご理解いただけたかもしれません。当時(52年前)の女性週刊誌向けに最適な恋愛小説だったようです。これも私見ですが、連載された翌年のテレビドラマ化で頼子役を演じた池内淳子さんや松本清張氏がファンだったと伝えられる新珠三千代さんが原作のイメージに近いと密かに思っています。

投稿: onsen-man | 2012年7月 3日 (火) 12時24分

ドラマ化されるのに読んでなかったので単行本を買って一気に読みました。なかなか「事件」が起きないので、これは推理小説ではなくて恋愛小説かな、と思いながら読み続けて、次第に引き込まれました。女性週刊誌に連載時には「頼子を死なせないで」という声が殺到したのではないでしょうか。あなたの記事を読んで、TVドラマを見損ねて幸いだった、と思いました。読み終わって「頼子(のような)女(ひと)に会ってみたい」という気持ちが強く残っている自分に苦笑しています。女優さんでもピッタリの人はいないように思います(それこそ好みでしょうが)。銀座か京橋方面の呉服屋さんあたりで見つかるかも(笑)

投稿: 豊田 榮次 | 2012年7月 3日 (火) 11時45分

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