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2012年9月に作成された記事

2012年9月30日 (日)

ダンスバトル

最近はダンスの人気が復活して何度目かのダンスブームになっています。戦後を振り返ると、進駐軍(駐留米軍の古い呼称)が持ち込んだアメリカ文化を象徴するジルバやフォックストロットなどのカジュアルなダンスに始まって、タンゴやワルツなどの社交ダンス(ソーシャルダンス)、そしてフォークダンスなど様々な種類のダンスが次々にブームとなりました。

私が大学生だった時代にはダンパ(ダンスパーティ)が全盛でした。歌の世界では終戦直後の昭和23年に林伊佐緒(いさお)さんが歌ってヒットした「ダンスパーティの夜」がありました。♪赤いドレスがよくにあう 君と初めて 会ったのは ダンスパーティの 夜だった♪の歌詞が今でも記憶に残っています。そして高校生の頃はフォークダンスでした。舟木一夫さんのヒット曲「高校三年生」で♪フォークダンスの手をとれば甘く匂うよ 黒髪が♪の歌詞を懐かしく思い出します。社会人になった当初も自由が丘などに通いましたが・・・。

時代が20年ほど経過すると映画「ブレイクダンス」(1984年)がブレイクダンスの人気を一気に高めました。若者達がストリートダンスの一種であるブレイクダンスで古いスタイルのダンスに挑戦する話です。そして、その前年の映画「フラッシュダンス」(1983年)ではダンサーを夢見る溶接工(ジェニファー・ビールスが演じた)が踊るブレイクダンスとアイリーン・キャラが歌った主題曲が世界中で人気を集めました。

さらに遡(さかのぼ)ると、ジョン・トラボルタが主演し、ビージーズThe Bee Gees)が主題歌を歌った映画「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)の大ヒットはストリートダンスの一種であるディスコダンス(ブレイクダンス、レゲエ、ヒップホップなど)を世界中に広めました。詳細には触れませんが、音楽界のスーパースターであるマイケル・ジャクソンも現在のダンスに大きな影響を与えました。

バブル経済の最中にあった1980年代の日本ではディスコ(フランス語のディスコティック)あるいはクラブが社会現象になりました。バブル崩壊後の1990年代前半、ジュリアナ東京に代表されるディスコでボディコンの若い女性たちが派手な扇子を振りながらお立ち台で乱舞してブームはピークを迎えましたが、風俗化したため長続きせず、1994年にジュリアナ東京はファンに惜しまれながら閉店しました。

そして2000年代に入るとTRF SAMさんやDA PUMP KENZOさんなどのスター・ダンサーが登場し、アメリカで活躍するケント・モリ(森健人)さんが注目され、メンバー数を14人へと倍増させたダンス&ボーカルユニットEXILE(エグザイル)の人気もあり、ダンスバトルは街角からテレビ番組(日本テレビ系列のスター☆ドラフト会議、TBSテレビ系列のAsian Ace、テレビ東京系列のDanceTVなど)にも広がりました。

長いイントロが終ってやっと本編です。大阪訪問の目的を済ませたところで予定外でしたが、滞在を伸ばしてオチビちゃんのスケジュールにも付き合うことになりました。数ヶ月前から通い始めたダンス教室での練習です。何ごとにも積極的なコチビちゃんも参加しているそうで、同行者とともに夕方から始まる教室へ同行しました。まずはウオーミングアップを兼ねたストレッチ運動です。
 
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衣装と立ち姿は予想以上に決まっています。
 
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二人が習っているのはヒップホップダンス
 
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先生から直接指導を受けるオチビちゃん
 
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一汗かいたところで短い休憩が入りました。
 
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拳骨(げんこつ)を振り上げた同行者がオチビちゃんに鉄拳制裁(てっけんせいさい)!? 実は、飲み込みが遅いオチビちゃんに振り付けを教えているのです。
 
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練習が再開されました。カメラに気が付いたコチビちゃんは「撮影しないで!」と言っているようです。
 
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コチビちゃんは先生の近くで熱心に取り組んでいます。
 
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先生の説明にもしっかり耳を傾けます。
 
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前列右端の先生に遠い場所に陣取ったオチビちゃんは自信がなさそうで視線を落としています。「もしもし、足が反対ですよ!」
 
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そうこうしている間に調子が出てきたようです。その時、ベビーダンサーも練習に参加! お母さんの手が制止しようと・・。(ここから先はiPhone 4Sで撮影)
 
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うつ伏(ぶ)せのポーズはヨガに似ていますが、この姿勢(しせい)から起き上がるのはかなりきつい動きです。
 
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ターン(回転)が苦手(にがて)だったオチビちゃんは、「最後には出来たね!」と先生に褒(ほ)められて、とても嬉(うれ)しそうでした。

<同行者のコメント> ダンスは出来ないと言っていた旦那さまが若い頃にはダンスパーティに通っていたことを今回はじめて聞きました。それはさておき、子供の頃からダンスを練習できるオチビちゃんとコチビちゃんがうらやましいです。これからもずっと続けてくださいね。

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2012年9月28日 (金)

幼稚園の参観日

大阪へ着いた翌日にコチビちゃんの幼稚園へ出掛けました。一週間前に帰宅する時にコチビちゃんから幼稚園の参観日にも来て欲しいとせがまれたのです。

午前10時を過ぎるとコチビちゃんが予定通りに教室から出て来ました。クラスの名前を事前に確認していたことと、他の女の子より髪の毛が少し長いコチビちゃんは容易に見つけられます。
 
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園児たちが整列して園長先生の話を神妙に聞いています。
 
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ズームアップしてコチビちゃんを撮影
 
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約15分後にはクラス毎に教室へ戻ります。
 
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5分ほど遅れて教室に入ると黒板に大きく「けいろうさんかん」と書かれていました。敬老の日(9月の第3月曜日)に近いこのタイミングに設定されたのでしょう。私は珍しい催しだと思って調べると、大阪に限らず敬老参観日あるいは祖父母参観日のある幼稚園が全国的にかなりありました。しかし、チビスケくんが今春から通園し始めた幼稚園にはない行事です。ちなみに、「94か」は9月4日を意味するようです。
 
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オチビちゃんが幼稚園児の時に、近畿地方に住むもう一組の祖父母の都合がつかず、私たちが参加したことがあるため参観者がするべき要領を覚えています。その時と同様に園児用の小さな椅子に腰掛けるとコチビちゃんがその前に座りました。
 
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大人も参加する言葉遊びの後に箱に入ったものが先生から園児に配られました。コチビちゃんから「ありがとう」の言葉と共に手渡された箱にはプレゼントの筆立てが入っています。表側にはお母さんと同行者の似顔絵が、裏側には私とおぼしき顔が描かれていました。
 
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事前に私たちが参加すると知っていたため私たちの似顔絵を描いたのでしょう。コチビちゃんと話しながら撮影したため、残念ながら筆立ての写真はいずれも後ピンになってしまいました。
 
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園児たちが整列して様々なリレー競技を始めると、教室内は大いに盛り上がりました。コチビちゃんの赤い髪留めが目立ちます。
 
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最後に先生の話を聞いて参観日の式次第はすべて終わりです。
 
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コチビちゃんと一緒に外へ出ると急に雨が降り始めました。なかなか止みそうにもありませんので、小降りになったタイミングを見計らって近くの回転寿司店に避難して、少し早めの昼食を楽しみました。

<同行者のコメント> コチビちゃんは年長さんですから幼稚園の参観日はこれが最後です。今回、楽しい思い出がまたひとつ増えました。

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2012年9月27日 (木)

またもや大阪へ(後編)

鈴鹿トンネルに入ります。新名神高速道路では最長のトンネルで下り線の長さは3938m(上り線4010m)です。
 
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滋賀県甲賀市の土山(つちやま)SAに到着。わずかながら青空が覗いています。
 
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上下線のSAが集約された構造は東名高速道路の浜名湖SAと同じです。センター棟とトイレ棟が長い通路(下の写真)で結ばれていることも特徴となっています。
 
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こちらは新東名高速道路のSA/PAでよく見かける遊歩道です。今人気のドッグランではありませんが、犬用の足洗い・水のみ場がありますから、犬と一緒に散歩することが出来そうです。
 
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甲南PA(甲南出口)が近づくと、雨雲が去って前方に青空が広がり始めました。
 
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そして秋の青空が戻って来ました。
 
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栗東(りっとう)市に入ります。阪神高速と近畿自動車道で渋滞があるようです。
 
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金勝山(きんしょうざん)トンネルの手前にある近江大鳥橋(おうみおおどりばし)は2羽の鶴が背中合わせで天に向かって飛ぶ姿を模した主塔のデザインに特徴があります。このエクストラドーズド橋(主塔と外ケーブルで橋桁を支える構造のプレストレス・コンクリート橋)は2006年度の土木学会田中賞を受賞していますが、そのユニークなデザインは好みが分かれると思います。ちなみに、右端に緑に白い筋が入ったラバーポールが並んでいるスペースは将来の3車線化に備えるためのようです。
 
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京滋バイパスに入ります。前方の山並みは滋賀県(大津市)と京都府(京都市)との境界にある千頭岳(せんずだけ、標高600m)のようです。
 
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山間に伸びる京滋バイパスの先には滋賀県と京都府を分ける山(分水嶺)が見えます。おそらく岩間山(標高443m)でしょう。京滋バイパスはそれを避けて左方向へと大きくカーブします。
 
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京都府宇治市に入って長い宇治トンネル(下り4313m)の下り坂を下りると宇治東ICに差し掛かります。
 
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8月14日に京滋バイパスで車が水没する事故が発生したのはこの辺りのようです。京阪宇治線、JR奈良線、府道7号の下を次々に潜(くぐ)ります。このニュースを聞いた時には水没事故が発生しそうな場所を思いつけませんでしたが、現場に来てみるとその理由(窪地的な構造)が分かりました。ちなみに、大津市側でも内畑トンネルの上り線に土砂が流れ込んで車が動けなくなったそうです。
 
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「ヘリ横断わき見注意」の標識があります。私はもう見慣れましたが、最初にこの標識を見た時は驚きました。左手(南側)に長岡京市のJPD清水が運営するJPD京都ヘリポート(2010年運用開始)があり、京滋バイパスの高架に近い高さで飛行することもあるのでしょう。京都の遊覧飛行が楽しめるようです。ここから久御山(くみやま)JCTにかけて上り坂になっています。
 
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久御山JCTを左折して第2京阪自動車道に入ります。
 
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田園地帯にある久御山(くみやま)の地名を不思議に思って調べると、1954年(昭和29年)に久世(くぜ)郡の佐山村と御牧(みまき)村が合併する際に久世郡・御牧村・佐山村から1文字ずつ採(と)って久御山町としたそうです。
 
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木津川を渡って久御山町と同様に田園風景が広がる八幡(やわた)市を抜けると京田辺市の丘陵地帯が控(ひか)え、さらに大阪府枚方(ひらかた)市に入ります。第2京阪自動車道の上空はすっかり青空です。
 
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(終)

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2012年9月26日 (水)

またもや大阪へ(前編)

関西へのドライブ旅から戻ったばかりですが、気が付けば一週間後に再び新東名高速道路を西へ向っていました。今回も当然「七つ立ち」で、薄暗い新東名高速道路を順調に走るうちに、空が明るくなったのは遠州森町PAです。
 
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地上にはまだ日光が注(そそ)いでいませんが、上空まで成長した雲に朝日が反射して、夏の名残(なごり)が感じられます。
 
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西の空には満月が浮かんでいました。
 
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ひっそりとした店舗が徐々に開店準備を始めた午前6時前に出発です。早朝の涼しい空気の感触だけではなく、雲もすっかり秋の装(よそお)いに変わっています。
 
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今回は浜松SAを通過します。
 
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朝靄(あさもや)が幻想的な雰囲気を醸(かも)し出しています。
 
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浜松いなさJCTに差し掛かりました。前方に見えるのは愛知県との県境付近にある大森山(標高514m)と城山(標高657m)と思われます。
 
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浜松いなさICを通過します。行く手の山は同じく県境の富幕山(標高563m)あるいはそれに連(つら)なる山々でしょう。
 
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三ケ日JCTで東名高速道路に入るといつものように車の通行量が急増しましたので運転に集中することにしました。レーン幅が暫定的に狭くなった区間を乗り切った40km余り先の豊田JCTでは磁力に引き付けられるように左車線に寄ります。伊勢湾岸自動車道路に入って10分足らず(約11km)走行すれば大きな観覧車が目印の刈谷ハイウェイオアシスに到着。予定した午前7時に10分ほどの余裕が出たのは東名高速道路が順調だったことに因(よ)ります。
 
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朝食は「ザ・めしや」(定食屋)でと決めています。
 
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陳列棚(ちんれつだな)の料理に目が行ってします私は心積もりしていた「きしめん」(430円)を忘れずに注文しました。その他、同行者が手に取った冷奴(120円)、温泉玉子(100円)、たこ酢(150円)、お新香(無料サービス)は締(し)めて800円とデフレ価格(お徳用)なのが嬉(うれ)しく、もちろん味は申し分ありません。
 
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四日市JCTで伊勢湾自動車道から東名阪自動車道に入ると、いつものことですが四日市IC付近で渋滞が発生しましたが、何とか凌(しの)いで亀山JCTの長いランプウェーから新名神高速道路(厳密には亀山連絡路)に入りました。現在は新名神高速道路の一部のように見えますが、東名と新東名を結ぶ清水連絡路やいなさ(引佐)連絡路(現在は新東名の一部として機能)と同様の連絡路なのです。近い将来(2018年度開通予定)には新東名は亀山西JCT(予定)と四日市北JCTの間が延伸されて、四日市JCTで伊勢湾岸自動車道に直接つながるようです。

甲賀土山18kmの案内標識の前方の空は黒い雲に覆(おお)われています。
 
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ゴルフ場脇に差し掛かりました。ゴルフボール除(よ)けのトンネルが目印(めじるし)です。「フォア」の叫(さけ)び声が聞こえてきそう! 
 
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安坂山(あさかやま)トンネルの手前でフロントガラスに雨粒が付き始めました。
 
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安坂山トンネルを抜けるとすっかり雨模様に。亀山西JCTはこの辺(あた)りに建設されるようです。
 
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(続く)

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2012年9月22日 (土)

アイフォーン用特選ガジェット

昨日、アイフォーン5(iPhone 5)の販売が日本を含む世界の9カ国(地域)で開始されました。報道によると予約受付が始まった9月14日だけでも200万台の申込みがあったそうです。これは爆発的な人気を博したアイフォーン4S(iPhone 4S)の2倍のペース。アイフォーン4Sを所有する人は買い換えるか否か悩ましいところですが、買い増しであれば何も悩むことはないでしょう。私はiPhone 4Sの完成度の高さに今も満足しており、昨日発売されたiPhone 5を別個の製品と捉(とら)えています。

とは言っても慎重居士(しんちょうこじ)である私は新製品の発売直後に購入しないポリシーを守っていますから、少なくても数ヶ月間は待つつもりです。今週のニュース報道はiPhone 5に新しく採用された内部反射を抑えて視認性を向上したインセル方式のディスプレイ(サイズも4インチに拡大)とより高速化されたプロセッサ(A6チップ)が部品メーカーからの供給数量が計画を下回っている模様と推測しています。そしてiPhone 5にプリインストールされるiOS 6は地図の完成度が低いと指摘されていますから、これらの問題が解決してから購入するのが得策だと思います。

余談ですが、iPhone 5は最新高速通信方式のLTE(Long Term Evolution)に対応するだけでなく、ライバルのKDDI(au)に対する「後出しじゃんけん」でテザリング機能を来年1月15日から有償サポートとすると急遽発表しました。テザリングとはアメリカ市場ではアイフォーン向けにも提供されているWiFiルーター機能で、通信インターフェースとしてWiFiしか持たない端末でも親機(例えばLTEの契約したiPhone 5)を経由して携帯回線を利用することができます。これにより従来は端末毎に必要であった携帯電話の回線契約が親機だけで良くなるのです。

携帯電話網の輻輳(ふくそう、混雑のこと)を懸念する日本の携帯電話事業者がiPhoneに元々具備されたテザリング機能を禁止していましたが、電波を効率的に利用できるLTEの導入で携帯事業者各社が解禁に踏み切ったようです。ちなみに、LTEサービスの導入で約1年先行したNTTドコモは今夏に発売したスマートフォン向けに有償で提供しています。

やっと本題です。私はiPhone 5を買う時期は「近いうち」(今年の流行語)と言うことしておいて、今回はiPhone 4S用に購入したガジェット(目新しい小物)を紹介します。それはiPhone 4/4S用ワンセグチューナーです。価格ドットコムの情報によると、昨年9月に発売された時は価格が12,800円でしたが、今年に入って下がり続けて、8月には平均で約6,700円と半額(最安値は約3,500円)になり、9月に入ると最安値は何と980円と激安に! 100円ショップで買い物をするつもりで注文すると数日後に宅配便で自宅に届きました。送料と代引き手数料を加えても2,000円以下なのです。

2012_09200007ロジテック社の製品(形式:LDT-1Si41WH)はガジェットらしいパッケージで、iPhone 4/4Sの紙製ダミーがチープ感を演出しています。 
 
 
 

2012_09200004 裏側を見ると韓国製と表示されていました。
 
 
 
 
 

2012_09200011 プラスチック製のパッケージには本体とUSBコード、そして裏表1枚の取り扱い説明書が入っていました。本体の色はiPhone 4/4Sと同様にホワイトとブラックの2種類がありますが、私はもちろん自分のiPhone 4Sに合わせてホワイトを選択しました。
 

2012_09200025 i Phone用保護用ケースにしか見えない薄さですが、下部だけはやや厚みがあり、iPhoneと接続するドックコネクタと立派なヒートシンク(放熱板)が目立ちます。
 
 
 

2012_09200014本体の外形寸法(幅×奥行き×高さ)は60×13×125mmでiPhone 558.67.6123.8 mmと奥行き(厚さ)は違いますが幅と高さはほとんど同じです。そして重量は約57gとiPhone 4S140/iPhone 5112gの半分程度。

   
 

2012_09200042 生来(せいらい)せっかちな私は早速(さっそく)、アプリケーションの「らくデジ!」をインストールしたiPhone 4Sを本体にはめ込んで、本体右上の小さなスライドスイッチを上方向に押すと、自動的にアプリケーションソフトが起動しました。
 

2012_09200033 表示されたメニューのチャンネル検索にすかさずタッチすると、「本体の接続が解除されました」の警告が表示されてしまいました。そこでメニューのバッテリー残量にタッチするとiPhone 4Sはたっぷりですが、本体(らくデジ!)の方は赤い細帯状態で残量がほとんどないことを示しています。 

2012_09200022 添付された簡単な取り扱い説明書を見ると、最初に内蔵されたリチウム電池を充電するように指示されていました。デジカメと同様に初期充電が必要であることを粗忽(そこつ)なことに失念していました。USBコードで本体をAC電源アダプターに接続すると、下部右端の赤いLEDランプが点灯して充電中であることを表示! 

2012_09200052初回の充電のためかLEDランプが消えるまで数時間を要しました。iPhone 4Sを本体に装着して電源スイッチをオン、バッテリー残量はいずれもOKのようですから、チャンネル検索にタッチすると地域を選択することを促(うなが)されました。   
 

2012_09200036 地域を指定して検索を押すとスキャンし始めます。
 
 
 
 
 

2012_09200037 そして10秒余りで放送局名が表示されました。
 
 
 
 
 

2012_09200044チャンネルを選択しましたが一向(いっこう)にテレビ画面が写りません。やはり室内で受信するのは・・。その時、私の頭の中でチャイムが鳴って、取り扱い説明書にロッドアンテナの名称が書かれていたことを思い出しました。本体上部の左端に見つけて引き出すと受信出来ました。 (上の写真2枚は撮影の都合でアンテナが出ています)

2012_09200046 携帯電話と同様に電波の強度を表示する機能も付いていることに気付きました。ただし、チャンネル切替えには数秒掛かって、気持ち良いザッピング(迅速なチャンネル切り替え)は出来ませんが、フルセグのテレビでも2秒ほどを要しますから許容すべき長さでしょう。
   

2012_09200047自室や出先で地デジを楽しむことが出来る携帯性と多彩な機能(チューナーを使用しない時には外付けバッテリー、視聴しているワンセグ放送を録画、画面キャプチャー、字幕のON/OFF/音声多重切り替え/画面回転のON/OFF/同ホールドなど)が付いていて十分満足できる製品ですが、一つだけ気になることがあります。

iPhone 4Sを本体に入れたまま充電すると本体の下部が異常に高温になるのです。感覚で言えば50度くらいかもしれません。本体に似つかわしくないほど立派なヒートシンクが付いているのはこの対策なのかもしれません。テレビを視聴する時はもちろん、本体単体を充電する時の温度上昇はそれほどでもなく、本体経由でiPhone 4Sを充電する時にだけ温度上昇が激しいのです。

そんな枝葉末節(しようまっせつ)に捉(とら)われた私でしたが、ふとあることに気付きました。iPhoneに無粋(ぶすい)な外付け機器を装着することは、「蛇足」(だそく)と言うよりも、「邪道」(じゃどう)だったことです。お粗末(そまつ)の一席!

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2012年9月20日 (木)

西国街道巡り(最終回) 西宮神社と鳴尾浜温泉「熊野の郷」

阪急神戸線のガードから先は一方通行です。
 
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止むを得ず一本東側の道に迂回(うかい)して幅の狭いガードを潜(くぐ)ります。
 
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JR山陽本線のガードを潜った東川交差点に侵入禁止の道路標識(規制標識)を見つけて、左折するか右折するか一瞬迷いましたが、川の東側に細い道を見つけて直進しました。阪神電鉄本線のガードを潜ったところで川の対岸にある小さな公園に目が留まり右折してしましたが、与古道(よこみち)公園には取り立てて言うほどものが見つかりませんのでそのまま西進しました。
 
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次の信号を左折、200mほど先で本町へ右折して西国街道に戻るつもりでしたが、車列に流されて国道43号の石在町(いしざいちょう)交差点へ押し出されてしまい、戎前(えびすまえ)交差点を右折しました。ちなみに「戎前」とは全国のえびす神社の総本社で「えべっさん」で知られる西宮神社の前のことです。
 
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豊臣秀頼が寄進したと伝えられる表大門(別名赤門、国指定の重要文化財)を通過、駐車場を探していると西宮神社を一周することになり、国道43号に面した南門から駐車場に入りました。
 
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西宮神社の周囲に廻(めぐ)らされた全長247mの大練塀(おおねりべい)は国指定重要有形文化財だそうです。熱田神宮の信長塀と京都・蓮華王院(三十三間堂)の太閤(たいこう)塀(重要文化財)とともに三大練塀と呼ばれます。
 
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鮮やかな朱に彩られた拝殿です。西国街道のドライブ旅を無事に終えられたことを感謝しました。
 
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南門と駐車場の間には南宮神社がありました。同じ西宮市内の由緒ある廣田(ひろた)神社南方の摂社(せっしゃ)を意味するようです。ちなみに西宮の名は、昔この地域の中心であった成尾などの西にある宮、あるいは京都から見て西にある宮など諸説があって定説はないそうです。
 
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表門(赤門)から真っ直ぐ伸びる本町は、本陣・脇本陣、継立所・札場・宿などがあって賑(にぎ)わっていた(今は普通の商店街)そうです。画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くようで心残りですが、日がだいぶ傾いて来ましたので、西国街道をすべて走破したご褒美(ほうび)である温泉に向いました。東へ向かって阪神高速3号神戸線の西宮ICと阪神甲子園球場の脇を通過しました。甲子園球場は2010年に行われた大改修で見違えるほど綺麗な外観に変わっています。

実は甲子園球場には50年前の高校野球で母校の応援に来たことがあるのです。その時は蔦(つた)がからまる古色蒼然(こしょくそうぜん)とした外観と高く聳(そび)えるアルプススタンド、そして1回戦に勝って大興奮したことを今も覚えています。

武庫川(むこがわ)交差点を右折して到着したのは海岸に近い鳴尾浜(なるおはま)温泉「熊野の里」。西宮市には数少ない天然温泉です。兵庫県で「熊野」とは変だと思い調べると、和歌山県新宮市の土木建設機械の会社が経営していることが命名の理由のようで、神戸市三田(さんだ)市と三重県松坂市にも同じ名前の温泉施設がありました。
 
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一階の受付で平日利用料850円(会員750円)を支払いました。奥には岩盤浴などの施設があるようですが、さっそく浴室がある2階へ上がりました。
 
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2階の左手にはレストランが2つ並び、右手はエステとボディケア、そしてその奥が浴室になっています。この日は男湯が和風風呂で、女湯がバリ風風呂でした。時計は6時を少し回っています。当初の計画では午後4時の予定だったのですが・・。なぜか「予定は未定であって決定ではない」(高校時代の恩師の口癖)を思い出しました。
 
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脱衣所は平凡ですが清潔感があります。熊野の郷のお風呂は地下1000mから湧き出る44度の天然温泉(泉質は弱アルカリ性)で、お湯はぬめり感は強くありませんが肌触りが心地良く、西国街道の長旅の疲れを癒(いや)してくれました。内風呂と露天風呂の様子は関連のhpを参照してください。
 
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こちらは1階にある休憩室(仮眠室)。畳が敷かれた部屋の奥に置かれたブラウン管テレビはデジアナ変換された画面が写っています。しばしアナログの雰囲気に包まれて休憩しました。
 
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外に出ると日はとっぷり暮れています。先ほど通過した西宮ICから名神高速道路に入りました。道幅が狭いことと運転が荒い運転手が多いため慎重に走行することに・・。。20km余り先の吹田(すいた)JCTから道幅は片側3車線に広がりますが、中国自動車からの車が合流しますから車の量も急増したため、流れに上手く乗るように気をつけました。大山崎JCTで京滋バイパスに入れば車の量が少なくなり、しかも走りなれた道ですからマイペースで走行できます。

途中の休憩はいつも立ち寄る伊勢湾岸自動車道の刈谷ハイウェイオアシス。しかし間の悪いことに、ちょうどレストラン街が一斉に閉店したところでした。
 
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まだ開いていた売店で買った餡饅(あんまん)と肉饅(にくまん)を頬張(ほおば)りながら東名に入って、何とか丑三つ時(うしみつどき)前に帰宅できました。ちなみに、今回の総走行距離は約1000km、平均燃費は23.9km/ℓ。燃費は往きの貯金を西国街道巡りと帰路の時間優先運転モードで取り崩したようです。

<同行者のコメント> 本当に長い街道巡りの旅でした。同じところを何度も往き来するから時間が掛かるのですよ。西宮神社の駐車場で「着いた」と言われた時はもう夕方、温泉は良かったのですが、その後のドライブがとても長く、しかも夕食がお預けでした。街道巡りはもうこれきりにしてくださいね。

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2012年9月19日 (水)

西国街道巡り(その7) 尼崎市から西宮市へ

尼崎(あまがさき)市に入った西昆陽交差点で右折し損なったため、そのまま国道171号を走り、武庫川に架かる甲武橋(こうぶばし)を渡りました。六甲山が少し近づいたようです。
 
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武庫川の対岸は西宮市。西詰めの交差点を右折して武庫川堤防上の道を北上します。甲武橋がかかる前は「髭の渡し」と呼ばれる渡しが甲武橋の少し上流の堰堤付近にあったそうです。9年前に尼崎市側の河川敷にコスモス畑が整備されたようです。
 
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堰堤脇にある報徳学園高校(野球の強豪校)を回りこむようにその西側の道に出て、南南西の方角へ進んで山陽新幹線の高架を潜ったすぐ先を道なりに右カーブしました。そこからは案内標識に従って複雑なコースを辿(たど)りました。
 
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西国街道はさらに水路沿いの道へと左折しますが、道幅が狭いので、ここは無理をしないで中津濱線へと迂回しました。
 
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この辺りの西国街道の様子を簡潔に説明されています。
 
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門戸厄神(東光寺)1kmの案内標識がある複雑な交差点を横切って西国街道は斜め前方へと続いていますが、ここでは右折出来そうにもありません。
 
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少し先の路地に入って何とか西国街道に入りました。路地としか見えない西国街道脇の大きな木を撮影しました。
 
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西国街道は水路と並行してほぼ真っ直ぐのびています。
 
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阪急今津線門戸厄神(もんどやくじん)駅脇の踏み切りを渡ります。弘法大師が開基したと伝えられる門戸厄神東光寺に立ち寄りたいと考えていましたが、スケジュールが押していますから、今回は諦(あきら)めることにしました。
 
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喜びも束の間で今津線と並行する県道337号と交差した先は再び一方通行で進入できません。写真は県道337号。
 
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県道337号から右折して路地に入ってみましたが、この先の西国街道はずっと一方通行のようで、門戸厄神駅付近まで押し戻されてしまいました。
 
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県道337号から国道171号に出て西宮市甲風園の横断歩道橋を通過します。
 
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河原町の西宮中央運動公園の中は西国街道が消失していますから深追いはせず、国道171号からJR西宮駅方面へ左折しました。
 
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西国街道巡りのゴールはもう目と鼻の先です。
 
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(続く)

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2012年9月18日 (火)

西国街道巡り(その6) 伊丹市南西部

手作り感が溢れる木製の常夜灯には「西国街道 美しい大鹿村街道」とあります。
 
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西国街道は閑静(かんせい)な住宅街の中を続きます。そして前方に一際(ひときわ)瀟洒(しょうしゃ)な建物が見えて来ました。
 
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兵庫県の「人間サイズのまちづくり賞」を受賞したモダンな和風建築である大鹿交流センターの前には大鹿の真新しい石碑がありました。大鹿村(現伊丹市大鹿)の中ほどに一里塚があり、村の西には伊丹から中山・有馬へ向う街道が通っており、酒造りが盛んであったことが詳しく説明されています。
 
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古い道標は表面の風化が激しく、しかも光線の具合が良くないため写真では読み難いのですが、大鹿東口の新しい道標で説明されていた昔の道標のようです。四面に「すぐ京、すぐ中山有馬、すぐ西宮、すぐ大阪」と書いてあります。ちなみに「すぐ」とは「真っすぐ」を意味するそうです。
 
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「大鹿の旧地名(明治の中頃)」の説明看板には坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)に由来する大鹿の地名の由来が説明されています。
 
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保養所の雰囲気がある立派な建物の前に三菱電機労働組合北伊丹支部が寄贈した西国街道の詳細な地図が街道脇に立っていました。
 
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京都府に接する大阪府島本町から兵庫県西宮市までの西国街道が分かり易く表示されています。上下(南北)が逆になっているのは南向きに設置された地図と西国街道との位置関係に配慮したからでしょう。
 
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西国街道とは関係ありませんが、30年以上前に尼崎市(JR福知山線塚口駅前)にある三菱電機伊丹製作所を仕事で訪れたことを思い出しました。尼崎市に在(あ)りながら伊丹製作所と呼ばれていることが今でも不思議です。

伊丹警察署前を通過した稲野小学校前にある古い道標に「すぐ中山小濱」「すぐ西之宮」「すぐ京都」「すぐ尼ヶ崎大坂」と彫られています。横の歌碑「芦のやのこやのわたりに 日は暮れぬ いづち行くらむ 駒にまかせて」を詠(よ)んだ能因法師(のういん)法師のことを調べると平安時代中期の僧侶で歌人としても知られる人でした。
 
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小さな公園の前に立つ長勢橋(ちょうぜいばし)の新しい道標です。昆陽寺が1km先に迫りました。この場所は元治元年(1864年)に起こった蛤御門(はまぐりごもん)の変(禁門の変とも呼ばれる)で幕府軍(京都守護職であった会津藩主松平容保の兵)に敗走した長州勢がここで踏み留まって戦ったと伝えられます。
 
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西国街道の昆陽(こや)宿跡を探しているうちに昆陽寺の山門に到着してしました。国道171号への合流に気を取られたために見過ごしたようですが、後で確認するとラウンドワンと住友電工の施設の裏手(この辺り)に案内板があったようです。
 
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昆陽寺は行基大僧正が創立した畿内49院の一つで、行基の作と伝えられる薬師如来が本尊であるため本堂は薬師堂とも呼ばれます。左後方に少し写るのは行基堂。
 
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本堂の裏手には四国八十八ヶ所霊場石仏と西国三十三ヶ所霊場石仏あります。
 
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第八十番国分寺
 
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第八十四番屋島寺
 
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第八十五番八栗寺
 
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第八十六番志渡寺
 
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昆陽寺から約1.5km北北東にある昆陽池は行基が指導して造成された大規模な農業用溜池(ためいけ)です。ちなみに現在の池は後年になって拡張されたもので、日本列島を模した人工島があるそうです。(続く)

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2012年9月17日 (月)

西国街道巡り(その5) 池田市から伊丹市へ

中休みが長めになってしまいました。それでは西国街道巡りのドライブ旅に戻ります。箕面線の踏み切りを渡って本線に入った国道171号を西進し、住吉交差点から亀の森の交差点から西国街道を逆に辿りました。

西国街道を逆方向に辿(たど)ったのは正光寺に立ち寄りたかったのです。中納言石と夜泣き石があると聞いたからですが、徒歩で探しても正光寺の入口を見つけられませんでした。カーナビの表示で見当をつけていましたから簡単に見つかるだろうと高をくくってナビ機能があるiPhone 4Sを携行しなかったのが失敗でした。私の勘ピューターは西国街道の度重なる「一方通行地獄」によってオーバーヒートを起してしまったようです。

亀の森の交差点まで引き返しましたが、無情にも西国街道はここにも侵入禁止の標識があるため、すぐ近くのある亀之森住吉神社に参拝して心を静めることにしました。
 
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ちなみに全国各地にある住吉神社は住吉三神である底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)を祀(まつ)っています。これらの神は海の神あるいは航海の神とされます。そして地名の亀の森は、このあたりが海であった昔に、小島だったと伝えられることに因(よ)るようです。

境内で神武天皇遥拝(ようはい)の碑を見つけました。
 
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神武天皇は東征時に行宮を各地で創設したと伝えられますから、ここもその一つかもしれません。神武東征とは神武天皇が日向を出発して、宇沙(大分県宇佐市)、岡田宮(北九州市)、阿岐国(広島県)の多祁理宮(たけりのみや)、吉備国(岡山県)の高島宮を経て辿(たど)り着いた浪速国(なにわのくに)の白肩津(しらかたのつ、現在の東大阪市)で大和豪族の抵抗に遭(あ)ったため、紀伊国(和歌山県)の熊野へと迂回して、ヤタガラス(八咫烏)の案内で入った大和を征服したとする古事記や日本書紀に書かれた神話です。

熊野権現(熊野三山に祀られる十二所権現)を祀る駒の森十二社にも立ち寄る予定でしたが、日が傾いて来ましたので通過することにして、国道171号の新開橋(しんかいばし)交差点に差し掛かりました。
 
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当ブログでは新宿中央公園内にある熊野十二社に参拝したことを紹介しています。西国街道はここから南西へと下がりますが猪名川(いながわ)に掛かる橋がありませんので、国道171号をそのまま進んで兵庫県伊丹(いたみ)市に入ると、猪名川の軍行橋に差し掛かりました。明治時代末期に陸軍の演習のために架けられたことから付けられた名前のようです。
 
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見晴らしの良い橋の上から六甲山の山並みが良く見えます。
 
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軍行橋を渡り終えた交差点から堤防上の道へと左折して南下した萱野1丁目交差点で西国街道は右手に分かれました。

JR福知山線の踏切を渡ります。7年前に7kmほど南の尼崎駅に差し掛かった快速電車が脱線してマンションに激突する大事故が発生した路線です。
 
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清和源氏発祥の地とされる多田(ただ)神社川西市)へ向う多田街道との分岐点には「従是多田神社一里半」と表示された道標「辻の碑」が立っています。
 
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北園1丁目交差点で府道13号と交差すると急な坂に差し掛かりました。
 
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両側から木の枝が覆(おお)い被(かぶ)さる様から暗闇坂(くらやみざか)と名付けたいところですが正式名称は「伊丹坂」とごく平凡なものでした。次の目的地である昆陽寺(こんようじ、こやでら)まで3.1kmと表示されています。
 
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伊丹坂の頂上手前に「伝和泉式部の墓」の案内を見かけて立ち寄ることにしました。鋭角の脇道に入るのは大変です。
 
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住宅地の奥に小さなお堂に守られた墓石「五輪塔」がありました。
 
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その由来が詳しく説明されています。
 
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大鹿東口にある真新しい道標の右側には大きく西国街道と彫られています。
 
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(続く)

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2012年9月16日 (日)

久しぶりの秋葉原(後編)

万世橋方向にも老舗の家電量販店街が残っています。
 
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中央通りを渡る横断歩道の先には東京ラジオデパートなどの店舗が見えます。
 
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地下1階から3階まで電子部品と電子機器の店舗が入る東京ラジオデパート(1950年設立)には創業60年と表示されて歴史の長さが分かります。
 
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後先の説明になりますが、前編に登場した秋葉原ラジオ会館は1953年設立で、秋葉原ラジオセンターとともにもう直ぐ60年を迎えるようです。ここでプチ薀蓄。終戦直後に海外から復員した大勢の無線技術者達が秋葉原駅の高架下に集まってラジオの部品を売り始めたのが現在の秋葉原電気街の源流で、古い建物に「ラジオ」の名が付いているのはその名残(なご)りなのです。

内部は秋葉原ラジオセンターよりも整然とした印象があります。
 
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左前方にはアマチュア無線の殿堂とも言える存在の「ロケット」のアマチュア無線本館です。この10年ほど私は足が遠退(の)いていますが・・。
 
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右手にあるのは「エディオン秋葉原本店」で、ヤマダ電機に次いで売上が第2位の家電量販店です。しかし私にとってこの店は今も石丸電気本店のままであり、時間が2008年で止まっています。
 
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北へ伸びる脇道に入ってみました。チラシを配る若い女性が目立ちます。昔は中年のおじさんたちが「にいちゃん、安いテレビならあるよ!」と小声で話し掛けながら小さなチラシやメモ書きをそっと配っていたことに較べると隔世の感があります。
 
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何気なく覗(のぞ)いた店先に私の視線が釘付けになって、 「マジスカ?」と若者言葉が・・。
 
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ヤマダ電機グループ入りした老舗「ツクモ(九十九)パソコン本店Ⅱ」前でもギャルが元気よくビラを配っていました。左後方に少し写っている総武線の高架が秋葉原らしい雰囲気を醸(かも)し出しています。
 
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安売りで知られる「あきばおー」の店先には人波が押し寄せていました。
 
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こちらは「ツクモDOS/Vパソコン館」です。22年前に発表されたIBMOSであるDOS/Vの文字が懐かしい。
 
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ガラッと変わって、こちらの「AKIBAカルチャーZONE」(ラオックスの店舗跡)は秋葉原ラジオ会館が改築されることになったため、K-BOOKが建物を改装して入店しました。
 
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前方に不思議なものが見えます。「まんだらけ」とは?
 
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ショーウィンドウには何やら小物が並んでいます。
 
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龍の置物の奥には本が積まれています。
 
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実は漫画専門の古書店でした。
 
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AKIBAカルチャーZONEの方向を振り返ると、これまた不思議な景色があることに気付きました。
 
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天ぷら「三幸」です。住友不動産秋葉原ビルが日本通運本社ビル跡地に建てられた時に隣接の店舗とともにこの一角が買収されないで(逃れて)残ったのでしょう。
 
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ここにも「あきばおー」がありました。
 
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ソフマップは創業30年を迎える老舗パソコンショップですが、現在はビックカメラの子会社になっています。
 
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右手(中央通りの東側)を見ると、昨年の記事でも紹介した「AKB48劇場」が入るドン・キホーテ秋葉原店で、左手には真っ黒なツクモeXパソコン専門店のビルが少し写っています。
 
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そして末広町駅の直ぐ近くには知る人ぞ知るエレクトロニクス製品を扱う「若松通商」の本社ビルがありました。
 
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秋葉原電気街の探索に満足した私は末広町駅から地下鉄を利用してほぼ予定通りの時間に帰宅しました。

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2012年9月15日 (土)

久しぶりの秋葉原(前編)

お決まりのインターミッション(中間の休憩)です。昨日、所用で秋葉原に出掛けました。地下鉄銀座線の末広町駅から地上に出ると強烈な日差しがあるため、目的地であるJR秋葉原駅前のダイビルへと急ぎました。半日の予定であった所用が予定より早く済ませた(打ち切った)ため外へ出て秋葉原駅の方向を見ると、2010年(平成22年)11月に装いを新たにしたアトレ秋葉原1atre1と駅前広場が傾き始めた陽光に照らし出されていました。
 
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広場に下りて振り返るとダイビル(左手)とUDXビルがデッキで結ばれている様子が確認できます。
 
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左手の秋葉原駅プラットフォーム方向を見ると、以前からフードコートがあった1階のコンコースにはTokyo Food Barとしてリニューアアルオープンしています。向って左側がGundam Café”です。
 
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その隣がAKB48 Café & ShopGundamAKB48は秋葉原の東西横綱と言えるかもしれません。
 
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総武線に沿って延びるatre1(JR東日本グループ、旧アキハバラデパート)の先に見覚えのある建物が残っていました。
 
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ラジオセンターです。40年以上前と同じ建物には見覚えのある店名が並んでいます。変化・成長し続ける「世界の秋葉原」においても、その原点といえるラジオセンターの存在は永遠に不滅のようです。
 
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懐かしさに惹かれて左手の路地に入ってみました。昔とまったく変わらない通路の両側に小さな店が並んでいました。
 
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ショーケースに展示されている商品は変わっていますが・・。
 
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半田ごて(左の店)とテスター(回路計、右の店)は十年一日どころか、「半世紀一日」(造語)と言える超定番商品です。
 
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反対側へ抜けると秋葉原ラジオ会館が建て替え工事の真っ最中でした。
 
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以前はこちらが秋葉原駅電気街口の正面でしたが、北側エリアが再開発されたため、今はどちらが正面なのか分からなくなりました。
 
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向かい側の家電量販店前に行列が出来ています。何かの特売があるのかと思って説明書きを見ると、午後4時から予約受付が始まるアイフォーン5のために急遽設置された待合所?でした。今回もNTTドコモの名前はありません。アイフォーン4Sと2台持ちするNTTドコモのガラケイをそろそろ切り替える潮時(しおどき)かも・・。
 
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中央通方面を振り返ると昔のままの秋葉原電気街が残っていました。
 
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中央通との角にある「名代 富士そば」は2年前に開店した新しい店ですが、メイドさんの大きな看板に圧倒されて・・・。
 
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ラジオセンター内を先ほどとは反対側から撮影しました。コード類が店先に掛けられて展示される様子は昔とまったく同じ。40年以上前にタイムスリップしたようです。
 
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中央通りの東側だけで記事のページが一杯になってしまいましたので、この先は後編に回すことにします。写真は中央通りの北方向(上野方面)です。
 
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(続く)

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2012年9月14日 (金)

西国街道巡り(その4) 箕面市西部

国道171を走ると西国街道が左後方から合流しました。
 
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牧落(まきおち)交差点を過ぎた横断歩道橋の付近で西国街道は右手に分かれますが、車は右折ができそうにありませんので、止むを得ずしばらく直進して信号がある次の交差点から西国街道を分岐点まで戻ることにしました。写真は分岐点を振り返って撮影したもの。
 
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横断歩道橋の下で見つけた案内標識には牧落の高札場跡の表示があります。
 
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ここでUターンして西国街道を西方向へ走りました。
 
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牧落の旧札場と道標2基が箕面・大阪街道と交わる場所(右手前の角)にありました。写真では読み取り難いのですが、道標には「大阪天神四り半 道」と「はっとり天神 2り 道」と彫られています。前者は大阪天満宮のことで、後者は豊中市の服部天神宮のことだと思われます。
 
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右手奥に牧落八幡宮が見えます。
 
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百楽荘と彫られて石柱が脇道に立っていました。それらしき建物は見当たりません。帰宅してから調べると百楽荘とは大正時代に分譲された高級住宅地でした。
 
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大きな木の根元にある案内標識には西国街道の名とともに「瀬川・半町(はんじょ)立会駅所跡南西1.6km」とありました。瀬川宿の本陣があった場所のようです。
 
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こちらは一番通りの保護樹木です。
 
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阪急箕面線の踏み切り(牧落踏切道)を渡ります。急カーブするレールが傾斜しているため踏み切りは洗濯板のように凸凹しているため慎重に進みました。
 
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蓮如上人(れんにょしょうにん)御由緒地と表示された赤井山浄圓寺(じょうえんじ)
 
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箕面自動車学校の前に瀬川・判町立会駅所跡の案内看板が立っていました。残念ながら遺構は無いそうです。
 
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郡山宿と昆陽宿のほぼ中間点です。
 
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瀬川2丁目交差点を西方向へ直進、池田市との境界になっている西国街道を南下、阪急箕面線の踏み切りを渡って池田市の石橋阪大下交差点に出ました。
 
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と言いたいところですが簡単には辿(たど)り着けませんでした。踏切を渡ったところを西国街道の道筋に従って右手へ行きたいのですが一方通行で進めません。止むを得ず左折して国道171号に出ましたが、向いたい西ではなく東方向へ車列と共に流されてゆくのです。判町(はんじょ)交差点で何とか右折してUターンしましたが、瀬川交差点の先で右手に別れる西国街道には入れませんので国道171号で石橋阪大下交差点に辿り着いたのです。ちなみに石橋は地名で、阪大下は近くの丘に大阪大学豊中キャンパスがあることを意味します。

石橋阪大下交差点から南西方向に入る西国街道は一方通行で侵入できませんので、止むを得ず国道171号の高架下にある箕面線の踏み切りを渡りました。
 
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(続く)

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2012年9月13日 (木)

西国街道巡り(その3) 箕面市東部

路地にしか見えないこの道も正真正銘(しょうしんしょうめい)の西国街道なのです。
 
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この立派な石垣は箕面墓地公園のもの
 
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今宮交差点近くの右手に祖谷の観音菩薩碑がありました。祖谷(いや)と言えば平家の落人と蔓橋(かずらばし、蔓で作られた吊り橋)で有名な徳島県の山峡の地を指すと思われますが・・。
 
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西宿2丁目交差点で国道171号に吸収されるようです。
 
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しばらく国道171号を走りました。前方に高架橋が見えますから萱野(かやの)交差点でしょう。
 
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立体交差の萱野交差点から300mほど進んだ萱野西交差点を左折しました。
 
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もちろん萱野三平旧邸に立ち寄るためですが、「手づりうどん味の民芸箕面店」の看板を見かけて私の勘ピューターが久しぶりにその名称へ反応しましたので、先ずは腹ごしらえです。看板の案内に従って路地に入り、同点の広い駐車場に車を停めました。店の外観を撮影するために表通り(国道423号、新御堂筋線)側に出るとサイゼリアの隣でした。
 
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後で調べると日清食品グループのチェーン店で、関東地方を中心に約80店舗(東京22店舗、南関東23店舗、西日本9店舗など)を展開していました。実はわが家の近くにもあったことを帰宅後に知りました。灯台下(もと)暗し!?

うどんと長崎ちゃんぽんが好きな私は両方を味わおうと「民芸ちゃんぽんうどんランチ」(871円)を注文。濃厚な出汁(だし)に思った以上にボリューム感のあるうどんとたっぷり入った野菜・海老・豚肉などの具に惹かれて、つい食べ過ぎてしまいました。うどん選びでも私の勘ピューターは健在。ただ、値段が半端なことが気になります。
 
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同行者が選んだ「納豆とおくらのねばとろまぜうどんランチ」(829円)は説明口調の長い名前に特徴があります。3種類の薬味が付いたうどんに満足しているようです。
 
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デザート(甘味セット)の「抹茶のわらび餅」(262円)を私とシェアしてくれました。
 
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萱野三平旧邸です。説明によるとこの屋敷で代官の三男として生まれた萱野三平は浅野内匠守(たくみのかみ)の小姓として仕え、大石内蔵助(くらのすけ)に従って仇討ちに参加しようとしましたが、父に反対されて自刃して28歳でこの地で亡くなったそうです。これは初耳でした。
 
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すぐ先の坂を下りる途中に芝村の高札場跡もありました。
 
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ここが難所でした。西国街道はてっきり右手だと思ってしばらく走ると、国道171号に出そうになり、あわてて引き返しました。実は左手が正解だったのです。
 
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ここも紛(まぎ)らわしい交差点です。左折する道もカラー舗装されて一瞬迷いましたが、やはり西国街道は直進する道でした。
 
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右手前に多数のお地蔵さんが祀(まつ)られた祠(ほこら)がありました。西国街道沿いにあったものをここに集めたのかもしれません。帰宅後に調べると、近くを流れる鍋田川(なべたがわ、淀川水系千里川支流)の改修工事で見つかった墓地に祀られた素朴な観音像や阿弥陀像などを一箇所に集めて供養したものでした。
 
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その先の交差点で一方通行の進入禁止に遭遇して国道171号へ迂回しました。
 
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(続く)

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2012年9月12日 (水)

西国街道巡り(その2) 茨木市西部から箕面市へ

福井郵便局前交差点を経由して府道110号(丹波の亀岡へ向う亀岡街道)で勝尾寺川を渡った交差点で西国街道に戻りました。小さな公園に大きな「中河原の道標」が立っています。中河原は古くから交通の要衝(ようしょう)だった場所で、南は大阪や堺方面、東は山崎や京都方面です。
 
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そして西は神戸や姫路方面
 
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こちらは茨木城主であった中川清秀由緒地の碑
 
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住宅地の中を路地のような西国街道(一方通行)が東方向へ伸びています。
 
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一方、西方向は通行規制がありません。
 
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約1kmほど西へ進むと郡山宿本陣(椿の本陣)がありました。
 
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この辺りの西国街道は本陣前のためか、綺麗にタイル舗装されているだけでなく、立派なお屋敷が立ち並んでいます。
 
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新鍛冶屋橋北詰交差点に差し掛かりました。カラー舗装された西国街道が続きます。
 
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大阪府の最北部にある能勢町(のせちょう)へドライブした時に通過した勝尾寺(西国第23番札所)や箕面(みのお)市の粟生(あお)、そして茨城市内で数100m北にある宿久庄(しゅくのしょう)と清水へ向う能勢街道との結節点です。調べてみると豊川学校は豊川尋常高等小学校(現在の豊川小学校)のことで、川端康成氏も通ったそうです。
 
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新しい道標もありました。
 
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大阪モノレールの豊川(とよかわ)駅前を通過
 
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箕面(みのお)市に入って600m余り進んだ春日神社にはお旅所の石柱がありました。西国街道の宿泊施設あるいは休憩所かと思いましたが、春日神社の大祭の際に神輿(みこし)を置く台座のことでした。
 
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西国街道を挟んで反対側の楠水龍王前にある道標には「左 京ふしみ道」と彫られています。これも後で知ったことですが、楠木正成(くすのきまさしげ)が兵庫の湊川(みなとがわ)へ出陣する途中に水を飲んだことから、「楠公の井戸」とも呼ばれるようになったそうです。
 
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西国街道は立派なお屋敷脇を伸びています。
 
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近くに常夜灯を見かけました。
 
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勝尾寺へ向かう表参道に建つ勝尾寺大鳥居です。
 
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反対方向は「萱野三平旧邸 2.4km」と表示されています。
 
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(続く)

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2012年9月11日 (火)

西国街道巡り(その1) 茨木市東部

西国街道は京都東寺(正式には旧羅城門)を起点として下関、さらには九州の大宰府まで続く江戸時代に整備された街道です。現在は山陽道と呼ばれることが多いようですが、狭義の西国街道は京都と西宮を結ぶ山崎街道(山崎路)のことを指します。

5年前の2007年8月に国道171号とほぼ並行する西国街道を京都から芥川宿(あくかわのしゅく)まで、そして4年前の2008年3月には芥川宿から茨木市にある大田茶臼山古墳を過ぎた太田東芝町交差点まで辿(たど)りましたから、8月下旬の大阪ドライブ旅行(後半)ではその続編として、この交差点から兵庫県の西宮宿までをドライブ旅することにしました。

国道171号を西進して高槻市から茨木市に入った西河原交差点を右折、西国街道巡りで前回の終着点となった太田東芝町交差点へ向いました。
 
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太田東芝交差点の名称から容易に想像できるように前回訪れた時には東芝の巨大な大阪工場がありましたが、事業所再編で2008年に閉鎖されて今は更地になっていました。東芝は地元自治体と協力してこの跡地と周辺地域で環境配慮形都市「スマートコミュニティ」の事業化調査を行うことを計画しているようです。ちなみにスマートコミュニティとは再生可能エネルギー・交通システムや公共サービスなど社会インフラを複合的に組み合わせた新しい社会システムです。

太田東芝町交差点を左折して西国街道に入ろうとしましたが一方通行で進入禁止でした。前回は高槻市方面から西方向へ一方通行の西国街道をドライブしましたから、この交差点の先も西方向に進めると思い込んでいたのです。つまりこの交差点からはいずれの方向の西国街道に入れないのです。写真は西河原交差点方向を振り返って撮影したものです。左手のフェンスに囲まれた空き地が工場の跡地。
 
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このまま西国街道を迂回するのは癪ですから、国道171号を三島丘西交差点まで戻って、前回の西国街道巡りの最終コースをなぞることにしました。そして東太田4町目交差点から西国街道に入りました。今も一方通行の規制があります。
 
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200mほど走ると継体天皇陵(太田茶臼山古墳)に差し掛かりました。
 
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その数10m先の高みから旧東芝大阪工場の跡地が見晴らせました。
 
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先ほどの太田東芝町交差点に差し掛かって西国街道の西方向を見通せますが・・。
 
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名神高速道路脇の太田2丁目交差点へと迂回しました。フロントガラス越しに撮影したため色調が不自然です。
 
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安威川(あいがわ)縁から見た西国街道の東方向
 
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西国街道の西方向にある橋が車には行き止まりでしたから、無駄な行動とは知りながら太田東芝町交差点までゆっくり走行してみました。やはりそこには何も見つけられませんでした。
 
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安威川を渡って名神高速道路の下を潜ると耳原(みのはら)交番北交差点に出ました。何とここから先も一方通行で進入できません。
 
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太田東芝町交差点の時と同様、一方通行に遭遇すると私の悪い癖が出て、また寄り道をしてしまいました。西国街道の北方にある耳原古墳と鼻摺古墳です。期待に反して規模が大きかったと思われる耳原古墳は真新しい住宅地に変わっていました。
 
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一方の鼻摺(はなずり)古墳(耳鼻方形墳)は更地に接する南側半分がフェンスに囲まれて保存されていました。四方に濠を持つ一辺が約33mの方形古墳で、高さは約5.5mであり、築造年代は6世紀から7世紀にかけてであると推定されることが説明されていました。
 
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ついでにすぐ近くにある耳原公園にも立ち寄りました。
 
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大きな池は耳原大池です。
 
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公園の中に、糠塚(ぬかつか)跡の碑を見つけました。
 
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(続く)

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2012年9月 9日 (日)

目黒はもう秋の装い

8月末に目黒の雅叙園に所用があって出掛けました。午前中のスケジュールが押して駆けつけたため、汗みどろになりながら2分遅れで目的地に到着。3時間後に所用を終えて1階の回廊(花魁通り)に出ると、前回訪れた時に見た初夏の装いから秋らしさを感じさせるものに変わっていました。
 
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滝の手前にある中庭には萩が咲いていました。もうすぐ「おはぎ」の季節なのです。
 
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急峻な行人坂を避けて昨年完成したアルコタワー・アネックスに入りました。丘陵地の高みにある目黒駅周辺まで運んでくれるエスカレーターを利用するためです。解放的なスペースに作られたベーカリーを見ながら長くて狭いエスカレーターで上がった場所にはショールームのような広いスペースがありました。今年5月に入居したアマゾン日本本社の入り口です。
 
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アマゾンの電子ブック「キンドル」の歴代モデル(2007年のKindle1から2011年のKindle4まで)が展示されています。
 
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9月6日には最新モデルのKindle PaperwhiteKindle Fire HDが発表されました。競合製品である楽天のKobo Touch(今年7月発売)、シャープのGALAPAGOS(2010年発売)、ソニーの電子書籍リーダーの最新版(9月21日に発売される予定のPRS-T2)、そして小型版が近々追加されると噂されるアップルのiPadなどが百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様相を呈しています。現在、電子ブックのコンテンツは従来型携帯電話(いわゆるガラケイ)向けが85%を占めていますが、これからスマートフォン/タブレット/専用リーダー向けのコンテンツが順調に増加すれば、電子ブックで秋の夜長を楽しむ人が急増するかもしれません。でも私はまだ・・・。

アルコタワー・アネックス前のアルコスクエアにあるファミリーマートはアルコタワー・アネックスの景観に溶け込んでいます。最近のコンビニは自己主張を抑えるケースが増えているのです。(後方は隣接する目黒パーク・マンション)
 
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表通りに出ると郁子(むべ)の実がたくさん実っていました。アケビ科の蔓性(つるせい)の常緑低木で、「ときわあけび」とも呼ばれると説明されています。
 
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目黒駅と青空に浮かぶ筋雲を見ていると無性に秋刀魚(さんま)が食べたくなりました。
 
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2012年9月 3日 (月)

大阪雑感 お好み焼・鉄板焼の「きん太」

高速道路を出てオチビちゃんとコチビちゃんの自宅へ向う途中にオチビちゃんが突然、「きん太がいい!きん太で食べたい!」と叫びました。何ごとかと思っていると、その意を解したお父さんが車をUターンさせてファストフードと思(おぼ)しき店の駐車場に乗り入れました。金太郎の絵が描かれた大きな看板には『お好み焼・鉄板焼 きん太』と表示されています。
 
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子供たちは時々連れてきてもらうこの店が大層気に入っているようです。オチビちゃんはお好み焼きが大好きで、コチビちゃんはたこ焼きに目が無いそうです。そして二人ともうどんも好物。つまり大阪では典型的な「粉もんマニア(小麦粉食品好き)」なのです。

大きな鉄板があるテーブル席に案内されました。銘々が好きなものを注文してシェアすることになりました。まずは二人が好きなウインナーとバターコーンが温められた鉄板の上に配膳されました。お好み焼きを皆で焼く邪魔になるのでは・・・。
 
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と思っていると、お母さんが頼んだ「ダブルトマトチーズ」(399円)も鉄板上に置かれました。クレープあるいは生地の薄いピザのようなお好み焼きが焼かれた状態でアルミフォイルに載せられています。これではまさにピザでは・・・。
 
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大阪ではお好み焼きを客自身が焼くことはほとんどなく、鉄板はあくまでも保温用なのだそうです。お母さんがピザ風に切り分けてくれたのを見て、私は「大阪ではピザやケーキのように放射状に切るのではなく、縦横(格子状)に切るんじゃないの?」と最近知ったプチ薀蓄(うんちく)をひけらかすと、「そうだけど、具がバラけちゃうから・・・」と断っています。

お好み焼きばかりではと考えた私は「きん太の焼きそば肉盛り(3倍)」(798円)を選びました。特性ソースの濃い味付けが食欲をそそります。
 
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「もっちーり餅ベーコン玉」(787円)は名前の通り、餅が入った不思議な食感です。玉と言っても卵入りではなく、天かすが入っていないお好み焼きのことを関西では玉(入っているのは天)と呼ぶのだそうです。しかし定番メニューの豚玉は豚肉と卵が入ったものを指しますから、これはややこしい!
 
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お父さんが注文した「肉ねぎ玉広島焼」(924円)はクレープのように薄い生地にカリッと焼いた細麺と豚・ねぎ・卵黄を重ねたボリューム感たっぷりです。でも私の知る広島焼きはもうちょっと・・・。
 
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バラエティに富んだお好み焼きと焼きそばを食べ過ぎた私は珍しいことに注文した生ビール()(493円)を飲み残してしまいました。『大阪の粉もん、恐るべし』です。
 
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ちなみに「きん太」は大阪を中心に京都・奈良・愛知で計20店舗を展開しているようです。大阪の滞在スケジュールはまだ残っていますが、ひとまず「大阪雑感」の記事はここまでです。

<同行者のコメント> 今回も目まぐるしい大阪旅行になっています。まだ続くのですか? お昼に食べたオムライスと夜のお好み焼きはいずれも美味しくて大満足でした。

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2012年9月 2日 (日)

大阪雑感 湊町船着場と2つの御堂

科学館で思い切り遊んだオチビちゃんとコチビちゃんは大満足で車に乗り込みました。二人のお父さんが「どこか行きたいところがある?」と聞いてくれたことに悪乗りした私は「オムライスを食べに行った北極星の近くで見かけた道頓堀川縁(どうとんぼりがわべり)と、できれば御堂(みどう)にも行きたい」と我侭(わがまま)を言いたい放題。

2012_08270194難波筋(府道41号)を南下して道頓堀川の脇に出ました。ちなみに道頓堀の名前は安井道頓が開削した堀であることに由来します。見覚えのあるユニークな建物と蔦(つた)がからまる吊り橋があります。 
 
 

2012_08270195 調べるとこの建物はJRの貨物ヤード跡地を再開発して2002年に開館した「湊町(みなとまち)リバープレイス」でした。内部にはライブハウスの「なんばHatch」や阪神高速道路15号堺線の湊町PAなどが入っているようです。道頓堀川へと歩くと「とんぼりリバーウオーク」が整備されていました。ちなみに「とんぼり」は道頓堀の略称です。

2012_08270199 車中から一瞬だけ見た吊り橋「浮庭橋(うきにわばし)」も期待通りです。吊り橋に上がってみて「うきにわ」の意味が分かりました。 
 
 
 

2012_08270198 左手の船着場に目をやると大型の遊覧船「きらり号」が停泊している横へと小型の遊覧船が近づいてきます。「とんぼりリバークルーズ」の乗客たちが手を振っているのが見えます。オチビちゃんとコチビちゃんはうれしそうに手を振り返します。乗客たちが注目しているのは浴衣姿の若い男女の方でしたが、ほどなく2人にも気付いてくれました。

2012_08270200 小型遊覧船の「おおえ丸」は浮庭橋を潜(くぐ)ったところでUターンしています。堺筋の日本橋との間を往復するコースのようです。
 
   
 

2012_08270201 船着場近くまで浮庭橋を歩いてみました。
 
 
 
 
 

2012_08270202 湊町リバープレイスを半周する巨大な階段が圧倒的な存在感で迫ってきます。
 
 
 
 

2012_08270205 浮庭橋を引き返すとキャナルテラス堀江東棟(レストランモール)の前で先ほどの若い男女が熱い日差しを浴びながらダンスをしているのが見えました。隣の西棟には結婚式場BRIDAL&RISUTORANNTE 8G.minamihorieがありますから、結婚披露宴での余興を最終チェックしているのでしょうか。

2012_08270207 四ツ橋筋の(うつぼ)公園前交差点を右折すると「北御堂(きたみどう)」脇に出ました。ちなみに地図には大阪会館と表記されています。裏手に駐車して御堂筋側にある正門へ向いました。「靱」が読めなかったため調べると「矢を納めて射手の腰や背につける細長い筒」のことでした。 

2012_08270210 正式名称は浄土真宗本願寺派本願寺津村別院。
 
 
 
 
 

2012_08270211 正門を入った右手には親鸞聖人(しんらんしょうにん)像、浄土真宗の宗祖(しゅうそ)です。ちなみに聖人は宗祖に対する尊称。 
 
 
 

2012_08270213 左手には蓮如上人(れんにょしょうにん)像、本願寺第8代宗主で1497年に大阪城の近くに坊舎(石山本願寺)を建てた人物です。蓮如上人の往生後に本山となりました。約40年後には織田信長に石山本願寺を攻められて10年間抗戦しましたが、ついにはこれを明け渡して、紀州や京都を経て津村の地に移り現在に至っています。

2012_08270212 本堂は残念ながら改修工事中でした。
 
 
 
 
 

2012_08270214 参拝したあと、車で御堂筋を南下しました。
 
 
 
 
 

2012_08270208 広い道路(国道25号)にも拘らず一方通行の規制があるのです。そう言えば大阪市内では広い道でも一方通行が多いように思います。
 
 
 

2012_08270217 500mほど走って「南御堂」に到着
 
 
 
 
 

2012_08270218 こちらの正式名称は浄土真宗大谷派難波別院。1602年京都に東本願寺が建立される前は東本願寺の実質上の本山だったそうです。
 
 
 

2012_08270222 本堂の前で旅の無事を感謝しました。実は参拝時間の午後4時半を少し過ぎていたため本堂に入ることが出来なかったのです。
 
 
 

2012_08270223 振り返ると盆踊りの櫓(やぐら)に「いのち輝け!」と・・。
 
 
 
 
 

2012_08270219 南御堂へ入るときに気になった石碑に近寄ると「史跡芭蕉翁句碑」でした。芭蕉は南御堂の門前にあった花屋仁右衛門(はなやにえもん)の離れ座敷で1694年に門人らに見守られて亡くなったそうです。「終焉の地」の記念碑が御堂筋の緑地帯にあったようです。当ブログは「奥の細道むすびの地」を尋(たず)ねています。

2012_08270225 南御堂を回り込むように右折する時、隣にあるセント・ラファエロ教会御堂筋倶楽部の正面階段に新郎新婦を見かけました。不躾(ぶしつけ)でしたが祝福する気持ちでついシャッターを・・・。(続く)

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2012年9月 1日 (土)

大阪雑感 大阪市立科学館

2012_08270110 一方通行の四つ橋筋を北上、肥後橋を渡って中の島に入り、中の島通りへと左折すると左手に楕円形をしたビルが見えました。次の目的地である大阪市立科学館の巨大な駐車場は、夏休み後半の週末であるためか、ほぼ満車状態です。 
 

2012_08270113 道路を挟んだ場所にある関西電力本店ビルには巨大な垂れ幕が吊り下げられています。大きな文字で『節電にご協力をお願いいたします』、そして小さな文字で『ご不便とご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません』と書かれていました。今夏は昨年以上に節電の成果があったと報じられましたが、この垂れ幕が役立った・・・。

2012_08270114 駐車場から見て気になったオブジェは科学館と同じ敷地にある国立国際美術館のものでした。科学館の入口前テラスから撮影しました。
 
 
 

2012_08270115 入口脇に何やら展示されています。目の錯覚を利用したトリック絵がいくつも並んでいました。地球(Blue Marble 2008)の左隣は「蛇の回転(2003)」、その他にも「ひげ男(2008)」、「Floating World(2007)」、「Imperfect City(2008)」続きます。
 

2012_08270120 館内に入ってすぐ目に付いたのは「学天則」(自然界・宇宙の法則を学ぶ意)、『毎時3分間動く』と説明されています。西村真琴氏(旧北海道帝国大学教授、生物学者、)が80年前に製作された東洋初のロボット(自動人形)。説明文はこちらの記事を参照してください。ちなみに西村氏はTVドラマで黄門役をされた西村晃さんのお父さんでした。

2012_08270125 チケット売り場は階下にありました。展示場の料金は大人400円、中学生以下は無料(プラネタリオウムは別料金)です。館内案内はこちらを参照してください。 
 
 
 

2012_08270128 エレベータで最上階(4階)に上がりました。「宇宙とその発見」と表示された展示場には「小惑星探査機はやぶさ」の資料が展示されています。
 
 
 

2012_08270130 コッククロフト・ウォルトン型加速器は1934年に大阪大学に設置された日本初の加速器(一部を展示)で60万ボルトの高電圧を発生されることが出来たそうです。スイスのCERNにある最新の加速器について当ブログの関連記事で紹介しています。
 

2012_08270133 銀河系の説明
 
 
 
 
 

2012_08270140 棒磁石を使う結晶構造変形シミュレーション
 
 
 
 
 

2012_08270143 月の満ち欠けシミュレーション(手前は覗くために半分にカットされた地球)
 
 
 
 

2012_08270148 電磁石で浮かぶ地球(鉄で出来た地球が磁力と重力でバランスする)です。私はアメリカでこの原理を使った通常サイズの地球儀を見たことがあります。
 
 
 

2012_08270149 エジソンが発明した蓄音機と電球
 
   
 
 
 

2012_08270153 3階に下りました。最初の「ラブラドライト」(和名:曹灰長石)は結晶内部で起こる光の干渉で様々な色を出す不思議に光る石です。
 
 
 

2012_08270157 巨大な天然水晶
 
 
 
 
 

サイエンスショーの開始時間(午後2時)が近づきましたので一番奥にある会場へ向いました。テーマは「スーパー磁石」と表示されています。「スーパー磁石」とはネオジム磁石と呼ばれる日本の住友金属工業が発明した強力な永久磁石(ネオジム・鉄・ホウ素を主成分とする希土類磁石)で、最近輸入問題で注目されるレアアース(希土類元素のジスプロシウム)も使われています。主な用途はパソコンのハードディスクのヘッドやハイブリッド自動車のモーターなど。

2012_08270163 手のひらの反対側にある豆粒大の「スーパー磁石」が杓文字(しゃもじ)を強く吸い寄せて落下しない実験です。講師の山本直弥さんが両耳にスプーンとフォークを吊り下げる実験には見入ってしまったため撮影することが出来ませんでした。 
 

2012_08270165 巨大な「スーパー磁石」は上から落としたアルミ缶をなぜか宙に浮かせました。アルミカンに発生した強力な渦電流による効果とのこと。
 
 
 

2012_08270166 鉄製のヤカンは強力に吸い付けられるはずですが、なぜか静かに軟着陸しました。高級車のドアのような動きです。『スーパー磁石」が吸い付ける力と渦電流によって発生する反発力とがうまくバランスするからだそうです。
 
 

2012_08270169 手に持った大き目の「スパー磁石」を前後させることで3リットル入るアルミ製ビール缶を回転させる実験です。交流電源につないだ電磁石に変えるとアルミ缶をより速く回転させました。
 
 

2012_08270182 このサイエンスショーは大人も楽しめる内容でしたがオチビちゃんとコチビちゃんには難しすぎました。そこで気分転換に2階にある子供向けの遊具コーナーへ向いました。 
 
 

2012_08270184 音で波を作る実験は周波数の高低にしたがって波のピッチが変わります。
 
 
 
 

2012_08270185 これはバチ(マレット)を落下させて音を出すシロフォン
 
 
 
 
 

2012_08270191 二人が期待していた実物大の交通信号機
 
 
 
 
 

2012_08270193 科学館の出口の上にあるガラス窓を偏光ステンドグラス越しに見ると鮮やかなカラー画像が浮き出ました。偏光ステンドグラスがない左端の部分は何も見えません。
 
 
 

プラネタリウムは先日見たばかりですから今回はスキップです。最後に立ち寄ったショップでは同行者が欲しがっていた星座図鑑(季節の星座早見盤と星座の説明付き)を買ってプレゼントしました。(続く)

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