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2012年10月22日 (月)

茨城のドライブ旅 ひたちなか市の史跡探訪

次回のドライブ先に久しぶりの千葉県(房総半島)を考えていましたが、ちばアクアラインマラソンのため東京湾アクアラインが昨日(10月21日)の午前8時から午後2時まで通行止めになると知ったことで、急遽(きゅうきょ)目的地を茨城(いばらき)県に変更しました。昨年12月、福島県いわき市へドライブした時に通過して以来です。

2年半前に平将門縁の地を尋(たず)ねて茨城県南部をドライブ、9年半前には袋田の滝から勿来の関までをドライブしていますから、今回はまだ訪れたことのない(メインルートの常磐自動車道から離れた)ひたちなか市に決めました。これまでスケジュールの都合で立ち寄れなかった場所です。ひたちなか市は県庁所在地の水戸市から北東へ約5kmの勝田に市役所がありますが、今回の目的地はひたちなか市の海より(東部)地域です。

わが家から高速道路なら約150km(直線距離では約120km)と近い場所ですから、遠出する時の「七つ立ち」ではなく、昨日は「明け六ッ」(午前6時)に自宅を出発して首都高速道路に入るとちょうど朝日が昇ったところでした。右手方向から朝日を受けながら休日の首都高を順調に走って池尻ジャンクションで地下トンネル(中央環状線)へ。こちらも空いていますからマイペースで走行できます。小菅JCTで6号三郷線にそれ、三郷JCTで常磐道に入りました。この先も友部(ともべ)JCTまでは前回のいわき市行きとまったく同じルートです。

今回は友部(ともべ)JCTを右にそれて北関東自動車道へ入りました。北関東自動車道は北関東3県(群馬・栃木・茨城)を結ぶNEXCO東日本の高速道路で、平成23年3月19日に全盛開通したことで関越自動車道(高崎JCT)・東北自動車道(岩舟JCT・栃木都賀JCT)・常磐自動車道(友部JCT)の3つが相互につながれました。水戸南JCTから先は同じNEXCO東日本の東水戸道路(一般国道自動車専用道路、最高速度60km/h)となって「ひたち海浜公園IC」まで続いています。

当初の予定では「ひたち海浜公園IC」まで一気に走る予定でしたが、一つ手前の「ひたちなかIC」に差し掛かったのが午前8時30分と予定よりも30分早いので、このICで下りて道草を食うことにしました。細かい話ですが、このICで下りれば東水戸道路の通行料金(100円)を支払わなくても良いのです。国道245号に出て南下しました。約2.5km先を左折して県道6号へそれて、3つ目の信号を右折し、さらに栄町1丁目交差点を左折して路地に入ると右手の公園に案内看板が見えました。

市指定建造物である山上門(さんじょうもん)は水戸藩江戸上屋敷(現在の東京都文京区小石川町)の正門右側に特別設けられた勅使奉迎用の門(形式は薬医門)で昭和11年に現在地へ移築されたと説明されています。
 
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立ち寄った目的はこの門ではなく、その奥にある史跡(しせき)です。
 
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公園内の折れ曲がった石段を上り切った場所に煙突のようなものが見えました。
 
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手前の石柱には茨城県指定史跡「那珂湊反射炉跡」と刻まれています。ちなみに右奥の建物は隣接する那珂湊高校の校舎です。
 
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反射炉(はんしゃろ)とは鉄を精錬(せいれん)する施設ですが、燃焼室で発生した熱線や高温ガスを反射させて別室に集める構造であることからこの名があります。つまり、幕末に異国船が近くの海に出没するようになったため、水戸藩藩主徳川斉昭(なりあき)により安政4年(1857年)に作られた水戸藩営大砲鋳造所の跡地なのです。
 
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『オランダの技術により大型金属溶解炉(高さ約15m)が2基建設されて20数門の大砲が鋳造されましたが、幕末に藩内が対立して争った元治甲子(げんじかっし)の乱で破壊され、昭和12年にほぼ原形通りに復元された』ことが説明されていました。ちなみに伊豆の国市にも同様の施設(韮山反射炉)があります。
 
 
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こちらは反射炉に約4万枚使われた白色耐熱煉瓦(はくしょくたいねつれんが)を焼いた登り窯(のぼりがま)の復元模型です。
 
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登り窯は陶磁器を焼くことに使われる大陸伝来の窯の一種で、 第一燃焼室の燃焼ガスを対流させて各室でも利用する仕組みがあり、大量かつ均一な焼き物を作ること目的に適した窯です。
 
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反対側を振り返ると那賀(なか)川と国道245号の赤く塗られた湊(みなと)大橋を望むことができます。手前の四角い屋根は公園内にある無縁堂です。
 
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次いで向ったのは500mほど東にある湊公園です。天満宮脇の坂道を上った場所に広い緑地が広がりました。
 
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水戸藩第2代藩主徳川光圀(みつくに)公の命により元禄11年(1698年)に建てられた水戸藩別邸の「賓閣跡(いひんかくあと)」(市指定史跡)です。現在は当時の建物は残っておらず、高台の園内には散歩道が整備されています。
 
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市指定天然記念物の「湊御殿の松」(みなとごてんのまつ)は徳川光圀公が須磨明石(兵庫県明石市)から取り寄せ植えた枝ぶりの見事な黒松で、現在12株が残っているそうです。手前にある大きな石は賓閣の庭石だったのでしょう。
 
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反対側からも見てみました。いずれも立派な黒松です。
 
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この橋は那賀川に架かる海門橋(かいもんばし)です。
 
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海の方向に目を転じると「アクアワールド大洗水族館」(右後方の建物)が那賀川越しに見えました。
 
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湊八景史跡「日和山秋月」(ひよりやまのあきのつき)の石柱に期待して高みに登ってみましたが、周辺地域が建てこんでいるため、絶景とは言い難(がた)い風景が眼下に広がったことは残念です。尚、「八景」については八景島シーパラダイスの記事で説明しています。
 
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(続く)

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