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2012年11月 9日 (金)

小説「Box!」を読む

私が読んだ百田尚樹氏の2冊目の小説は「Box!」(2008年太田出版)で、ミルキイ・イソベ氏の装丁は茜(あかね)色の夕空にも見えるインパクトがあるものです。ソフトカバーの表紙を捲(めく)った中表紙の次頁には、『Box [baks] [名詞]  [動詞] ボクシングをする』と辞書のような表現がありました。
 
                         ☆

大阪のJR環状線に乗る高校教師の高津耀子(ようこ)がいる。ドア付近の床に車座になって大声で話しながら喫煙をする6人の若者たち(少年5人と少女1人)を睨(にら)み付ける耀子の視線に気付いた少女が、いきなり耀子に向かって怒鳴り声を上げながら携帯電話で耀子を撮影して、「一斉配信したろーっと」と言うので耀子は携帯を取り上げた。そして少年の一人が耀子の胸元を掴(つか)んだ時、「お前ら、やかましいんじゃ!」と背後から声がした。タバコをくわえた少年の一人がその声に向かって行ったが、突然、両膝を折るように床にしゃがみ込み、そのまま前のめりに倒れた。

2009_09050537次の瞬間には二人の少年も床に倒れていた。残る二人もそれぞれ、床に転がり、仰向けに倒れた。西九条駅に着いてドアが開くと野球帽をかぶった少年とその連れが電車を降りた。「風が吹き抜けたみたい」と耀子は思った。そして翌週、恵比須(えびす、浪速区の地名)高校で1年生(特進クラス)の英語の授業中に野球帽をかぶった少年と一緒だったもう一人の少年が特待生の木樽優紀(きたるゆうき)であることに耀子は気付いた。木樽は野球帽の少年が同じ1年生(体育科)の鏑矢義平(かぶらやよしへい)であることと、彼がボクシング部員であることを告げる。

2012_04220294木樽に誘われた耀子は鏑矢の試合(インターハイ大阪府予選のフェザー級準決勝)の応援に出かけて、ボクシングの試合を観戦しながら、同じ高校の保険体育担当でボクシング部監督の沢木からボクシングの基礎知識を教えられる。何試合かあとに鏑矢が気楽な様子でリングに上がる。そして1分も経過しないうちに2度のダウンを奪いRSCreferee stop contest、プロのTKOに相当)で呆気(あっけ)なく勝利する。そして鏑矢は翌日の決勝戦でも前年のインターハイで16位に入った選手を圧倒して優勝する。

2009_09050516 木樽は中学時代の悪友に女友達の前で殴られて惨(みじ)めな思いをしたことで、ボクシングを始めることを決意して強引に入部する。そして耀子もひょんなことから自校のボクシング部の顧問を引き受けることになる。そして、木樽と学年でトップの成績を競う病弱な丸野智子がボクシング部を見学した後、マネージャーになりたいと申し出て木樽などの部員と耀子を驚かすが、顧問の沢木はこれを認めた。こうして恵比寿高校ボクシング部の人間模様が出来上がった。

これらの登場人物たちが高校の部活動としてのボクシングに取り組む様子が、百田尚樹氏らしくボクシングの練習風景と詳しい解説、そしてラジオ中継のような試合説明を交えて細分化された章立てで続く。その軸をなすものは天才的な鏑矢の強さだが、ボクシングを始めた木樽が基本の構えから左ジャブ・右ストレート・その組み合わせのワンツー、そして左フックなどを一つずつ地道に学んで行くプロセスと自発的な早朝の猛練習が丹念に描かれる。

2012_04220306 鹿児島で開催されたインターハイに自信満々で出場した鏑矢は1回戦が2ラウンドでRSCO勝ち(15ポイント差によるレフリーストップ)、2回戦もポイント勝ちをするが、3回戦ではノーラキングの選手にRSC負けを喫(きっ)する。前夜に意気投合した他校の女子生徒と一緒に食べ過ぎて体重がオーバーし、翌朝に減量したためスタミナを失くしてしまったのだ。しかし、箕面(みのお)市で行われた国体の合同練習では、階級が一つ上(ライト級)で、しかも1年生でインターハイ・国体・選抜の3つの全国大会に優勝した玉造高校の稲村とのスパーリング(実戦形式の練習)でアッパーと左フックによって稲村を倒す。

山梨県で開催された国体で鏑矢は1回戦に1ラウンドRSC勝ちでベスト8に進出するが、2回戦では予想外なことにポイント負けの判定が出る。フットワークを使う相手に対して鏑矢は大振りになって、空振りが多く、優勢ではあったものの手数の多い相手にポイントで大差を付けられたのである。次いで開催された選抜予選(秋の総体)に鏑矢は稲村と同じライト級へ強引に転向して参加。1回戦に判定勝ちして、決勝戦で52連勝中の稲村と対戦する。激しく打ち合う試合になるが、2ラウンドで稲村から立て続けにボディを打たれた鏑矢は足が止まり、3ラウンドに入ると慎重に攻める稲村に捕まり、2度目のダウンを奪われて試合は終了する。

2012_04220301 終盤の第21章に入ると物語りは大きく展開する。選抜予選が終ると鏑矢がクラブに来なくなったのだ。そして久しぶりに会った木樽に向って、「もう飽きたんや。ほんで、俺、サッカーやろうと思てるねん」という。事実、鏑矢は退部届けを出す。だが沢木監督はなぜか引き留めない。12月の半ばを過ぎた頃に、木樽は鏑矢がたった2ヶ月でサッカー部も辞めたことを知る。その頃、木樽はボクシングのスタイルの改造を試みていた。鏑矢を真似たインファイトで戦うファイタースタイルを止めて、沢木監督から勧められていたボクサースタイル(背中を伸ばしたアップライトで戦うスタイル)に変えたのである。この改造は成功であり、マスボクシング(寸止めで行うパンチの練習)で先輩たちを圧倒するようになる。

2012_08270214年が明けた1月に行われた新人戦が初試合(デビュー戦)である木樽は、緊張のあまり試合開始早々に棒立ちとなり右フックをテンプル(側頭部)に受けてダウンを奪われるが、落ち着きを取り戻してジャブを連打し、早い右を当ててスタンディングカウント(ノックダウン扱い)を奪い、さらに教科書のようなワンツーでこのラウンド2度目のダウンを取った。RSC勝ちだ。翌日の決勝戦でも落ち着いた戦い振りの木樽は、玉造高校のエース候補の戦い方を2ラウンドまで見た上で、3ラウンドにワンツーと右ストレートで2度のダウンを奪って勝利する。沢木監督は驚いた表情でリングを眺め、応援に来ていた鏑矢は口をぽかんと開けたままになる。

2012_01300083マネージャー丸野の死がきっかけとなって鏑矢は4ヶ月ぶりにボクシング部に戻り、木樽は沢木監督から新しい練習方法で指導を受ける。5月のインターハイ予選では稲村が全日本選手権(大学生や社会人が対象)に出場するため不出場となり、決勝に進んだ木樽はボディフックを使って鏑矢の動きを止めた第2ラウンドに左フックとオーバーハンドの右で鏑谷をマットに沈めた。木樽のインターハイ出場が決まったのである。そして二人は淀川の河川敷で早朝練習を一緒にするようになる。鏑矢は木樽のスパーリング相手を買って出るとともに、中学時代にボクシングを習ったジムでも猛練習を始めた。稲村は全日本選手権の大阪予選で大学生4人を破って全国大会への切符を手に入れる。そして木樽はインターハイ近畿選手権で3戦すべてにRSC勝ちして優勝した。

最終章の第30章「惨劇」は6月に開催された国体大阪予選の決勝戦で壮絶な試合が次々に展開され・・。
 
私は惨劇という言葉からあしたのジョーの矢吹ジョーと力石徹との一戦を思い出してハラハラしながら読み進みました。そしてエピローグでは10年後の耀子を通して後日談が紹介されて、爽(さわ)やかな風とともにエンディングを迎えます。

                         ☆
 
[
読後感] 「永遠の0」と同様に長い小説(585頁)を巧みなストーリー展開に惹(ひ)かれて読み切りました。ボクシングの難しい用語解説と試合描写が見事であり、大阪弁の会話を入れたことも大きな魅力ですが、やはり幼馴染(おさななじ)みの高校生二人の友情とボクシングの魅力(怖さ)が印象に残りました。そして、サイエンス(science、科学)がボクシングの攻撃・防御技法(ワザ)も意味することをこの小説で知りました。

余談です。高校で演劇部に所属していた私は熱心に打ち込んだつもりでしたが、半世紀後の今になって振り返ると、もし鏑矢と木樽のような情熱を持って演劇に没頭していればとの思いにとらわれてしまいました。しかし、ブログ記事を書くことや企業の若い人たちに講義すること、そして時にはカラオケを熱唱することで、自己表現する楽しさを味わうことが凡庸(ぼんよう)な私に向いていると思い直しました。

写真はこの小説に登場した場所から私が連想した谷町の生国魂(いくくにたま)神社JR環状線森ノ宮駅四天王寺新世界通天閣御堂筋大川(旧淀川)です。

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