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2012年12月に作成された記事

2012年12月31日 (月)

東京スカイツリーに上がる(後編)

混雑したエレベーターでフロア345へ降ります。
 
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フロア345のスカイツリー・ショップは買い物客で混み合っていました。
 
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東京スカイツリーの長い影が荒川を越えて蛇行する中川まで伸びています。左手前の高層ビルは押上駅の隣駅である東武スカイツリーラインの曳舟駅と京成曳舟駅に挟まれたイーストコア曳舟(ひきふね)の1番館と2番館です。
 
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その奥に隠れているのは同3番館とイトーヨーカドー曳舟店。このエリアは映画「下町の太陽」(1963年)の舞台になった資生堂東京工場(石鹸工場)の跡地で、別企業の工場などに変わったあと、最近になって再開発されたようです。ちなみに地名は昔あった曳舟川(舟に人を乗せて運んだ川)に由来します。そして東京スカイツリーがある押上(おしあげ)の地名は土砂などが川や海の潮で押し上げられて堆積したことに由来するなどの説がありますが、いずれも定かではないようです。

東京スカイツリー脇を流れる北十間川が真っ直ぐ伸びています。左に少し折れ曲がった先でカーブしながら左手から右手に流れる旧中川とで合流します。
 
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足元を見ると京成橋を挟むように東京スカイツリーイーストタワーと4月に食事したマクドナルドも確認できます。
 
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1階下のフロア340には呼び物のガラス床があり、大変な人だかりが出来ています。
 
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東京スカイツリーの巨大な構造を上方からはっきり見ることができ、取り付けられた円盤状の台上には風向・風速計のようなものが設置されているのも確認できました。
 
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ライトアップを説明するPanasonicのディスプレイ
 
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夕陽が傾いて来ました。
 
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エレベーターに乗って5階へ降ります。4機あるエレベーターの内装は、春:桜・夏:江戸切子の花火・秋:金色の孔雀(くじゃく)、そして冬:雲に包まれる東京スカイツリーと鳥が銀色で演出されています。ちなみに我々が利用したエレベーターは昇りが春で、降りが冬でした。
 
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到着した5階の到着ロビーでソラカラちゃんが出迎えてくれました。
 
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ショップを見つけたチビちゃんたちは我先にと入って行きます。
 
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チビちゃんたちを待つ間に私は東京スカイツリーの構造を真下から撮影
 
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チビエちゃんがショップで貰ったソラカラちゃんのカードを見せてくれました。
 
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エレベーターで1階に降りると全長45mの隅田川デジタル絵巻が圧倒的な迫力で迫ります。
 
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4階のチケットカウンター付近にも同じものがありましたが、こちらの方がはるかに巨大です。少しズームアップしたためにモアレ(干渉縞)が出てしまいました。
 
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1階に降りたためソラマチ広場からの長い商店街を抜けることになってしまいました。とは言っても、2-4階のいずれで降りても大差は無かったのかもしれませんが・・。ソラミ広場に出て東京スカイツリーを4月とほぼ同じアングルで撮影しました。20分後の午後5時からクリスマス限定ライティング(夜間照明)が始まりますが、風が冷たくなってきましたので東京メトロの押上駅に入りました。
 
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押上駅のプラットフォームから装飾駅名板を撮影しました。
 
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<同行者のコメント> この春から待ち遠しく思っていた東京スカイツリーにやっと登れました。ソラマチとタワーの内部はいずれも混雑していましたが、チビちゃんたちと楽しい時間を過ごすことが出来ました。

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2012年12月30日 (日)

東京スカイツリーに上がる(中編)

約50秒後にエレベーターのドアが開くと、そこはフロア350(第1展望台の展望デッキ)でした。
 
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正面に隅田川から都心部および東京タワーなど西南方向が一望できます。
 
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ズームアップして永代橋と佃島付近を撮影しました。左上にお台場エリアが少し写っています。遥か遠方にポツンと見えるのは横浜のランドマークタワーでしょう。
 
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左手のビル群は東京駅周辺で、右手に白く目立つものが東京ドーム、そして遠方には新宿の高層ビル群も写っています。
 
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足元に見えるのはアサヒビール本社ビルと隅田区役所、その左手の青い橋は隅田川に架かる吾妻橋、その先は浅草方面です。右上に写る寺は浅草寺ではなく東本願寺です。
 
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Tokyo Skytree Dream Christmasの飾り付けの右上に東武スカイツリーラインの浅草駅と浅草寺が写っています。
 
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浅草寺から上野公園の方面を撮影。その先は池袋です。
 
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隅田川に架かるユニークな形状の歩道橋は手前の向島エリアと対岸の台東リバーサイドスポーツセンターを結んでいます。ちなみに左手の橋は言問橋。隅田川沿いに首都高速6号向島線が荒川東岸の掘切JCTへと伸びています。その手前にある東白髭(ひがししらひげ)のマンション群(1970年代-1980年代に建設)はコンクリートの長城とも呼ばれる防災マンションです。
 
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ほぼ真南方向に東京湾ゲートブリッジが小さく見えます。その右手は中央防波堤(13号)埋立地で、江東区と大田区がその帰属を巡って争っている場所です。江東区若洲とはこの東京湾ゲートブリッジで、大田区城南島とは臨海トンネルで結ばれています。ちなみに右手前の緑地は木場公園、左手前は猿江恩賜公園、手前のビル群は錦糸町エリアです。
 
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江戸一目図屏風(ひとめずびょうぶ)は文化6年(1809年)における江戸の全景を詳細に描いた景観図で、隅田川東岸の上空から西方の地上を見下ろした鳥瞰図(ちょうかんず)だそうです。遠くに富士山が描かれています。
 
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展望回廊へ上がるには別の入場券(大人1000円、小人500円、幼児300円)が必要でした。
 
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エレベーターにはガラスの天窓が付いていますからロープの状態を確認できて安心(?)です。
 
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445mの第2展望台である展望回廊「フロア445」に到着
 
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首都高速の堀切JCTと東白髭のマンション群が先ほどよりも近く見えます。
 
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第1展望台の屋根を見下ろすと様々な設備が設置されていることが見て取れます。
 
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何の変哲もない展望回廊を上り切った場所で小さな機械をいくつも操作する女性係員に気づきました。オチビちゃんは早速調査を開始。
 
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その女性の視線を追うと少し下の出窓のような場所に人影がありました。フロア450からフロア445の展望回廊の端に居る人の記念写真を撮影するようです。女性の手元にあったのは連絡用の無線機と撮影用カメラでした。
 
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もう少し高い場所があるようですから人波に押されるように歩きました。
 
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佃島とお台場方面をもう一枚
 
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ここが最高地点のソラカラポイントです。
 
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(続く)

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2012年12月29日 (土)

東京スカイツリーに上がる(前編)

チビちゃんたちが4人揃った機会を利用して東京スカイツリーへ出掛けました。移動手段には3月下旬と同様に今回も車ではなく地下鉄を利用しました。東京メトロ半蔵門線の終点である押上駅(スカイツリー前駅)を下車して東京スカイツリータウンのエスカレータで商業施設「東京ソラマチ」の2階テラスに出ました。

スタジオジブリのキャラクターグッズを販売する「どんぐり共和国」の前から東京スカイツリーが聳(そび)えるのが良く見えます。
 
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ソラミ坂を利用すれば地上(押上駅前広場口)からも直接上がることができます。そこは4月初旬に開業前の東京スカイツリーを直下から見るために立ち寄った場所です。
 
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ソラミ坂にある屋外のエスカレータで4階テラスに上がってスカイアリーナに入りました。巨大なタワーが迫力を持って迫ってきます。
 
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東京スカイツリーの正面エントランス付近で入場整理券を貰ったあとに、同じスカイアリーナに作られたソラマチ・クリスマスマーケットで売られていたグリューヴァイン(ドイツのホットカクテル)で体を温めました。

 
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チビちゃんたちは様々なスイーツ菓子を頬張(ほおば)っています。
 
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東京スカイツリーに入場できる時間(入場整理券に指定された時間帯)まで2時間近く待つ必要がありますので、2階テラスに戻って、先ほど見かけた「どんぐり共和国」に入りました。
 
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チビちゃんたちは店内のキャラクターグッズに夢中です。御他分(ごたぶん)に漏れずチビちゃんたちはジブリのアニメが大好きで、三鷹の森ジブリ美術館にも以前出掛けています。やはり、一番人気は声や振動に反応して動く「マックロクロスケ」のようです。
 
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一番奥まった場所には猫バスが置かれた書棚がありました。
 
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どの店も長い待ち行列が出来ていましたので、昼食はマクドナルドのテイクアウトを4階テラスのベンチに腰掛けで食べることに・・。
 
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私はほぼ直下から東京スカイツリーの頂上部(ゲイン塔)・展望デッキ・航空障害灯(正式名称:高光度航空障害灯)などを撮影しました。ゲイン搭の周りに取り付けられた地デジ放送用アンテナの一部(最上部の4L双ループ4段のみ)が確認できます。
 
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やっと発券所(チケットカウンター)への入場が始まりました。入場料は大人2000円、小人900円、幼児(4歳以上)600円。
 
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エレベーター乗り場も混雑しています。
 
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高速エレベーターは高度190m付近を分速600mで上昇中。高度350mにある展望デッキからの展望に期待が膨らみます。
 
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(続く)

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2012年12月25日 (火)

カーナビの地図データをアップデートする

今年もあと6日を残すだけになりました。当ブログでは私の行動や日々に感じたことを紹介していますから、当ブログの記事をお読みいただいている方には私の日常がかなり伝わっていることと思います。実のところ、当ブログに時々登場する4人の幼い子供たちが成長する様子をもっと紹介したいところですが、当ブログのテーマから逸脱してしまいますから、出来るだけ掲載することを控えているのです。

2011_08040279 私自身もこの1か月ほどは雑用に追われて温泉を巡るドライブ旅は一時休止の状態であり、最近出かけた近場のトピックスや読後感などを思いつくままに書いてお茶を濁しています。そのついでに、テーマとして余り取り上げないゴルフの近況についても少し触れたいと思います。今年に入って調子を崩してスコアの低迷していたゴルフがなぜか最近になって復調したようです。実は先月に続いて今月の月例会でも上位に入賞できたのです。思い当たる理由は今春から続けている球筋を修正(矯正)する練習です。[写真は伊豆国際カントリークラブ]

しかし夏が過ぎるまでスコアの改善にほとんど繋(つな)がらなかったものが、秋に入ると突然のように球筋が安定することを実感し始めました。練習量と成果の関係は直線的ではなく階段状であるとの私の考えには矛盾しませんが、それだけとは思えませんので、それ以外の要因を考えてみました。実は、この秋からトレーニングジム通いを再開しましたが、そのタイミングに合わせて身体が軽く動くようになったと感じられます。恐らくその両方が相乗効果を生み出したのかも知れません。

2012_12250340 余談はここまでにして本題です。昨年初春、東日本大震災の直前に契約して6月末に納車された現在の車に搭載されているカーナビ(HDDナビ)の地図ソフトは一昨年の秋バージョンであるため、今年5月に開通した新東名高速道路などが表示されないことを不便に感じていました。6か月点検の際に、自動車ディーラーで確認すると有償で地図ソフトを更新してくれるそうです。所要時間は数10分ですが、その費用は何と約1万3千円とのこと。逡巡(しゅんじゅん)する私に担当者は無償で地図データを更新する方法を教えてくれました。

それはトヨタ自動車のマップオンディマンドを利用する方法です。G-BOOKサービスに加入していればネットワーク経由で地図データを適宜(てきぎ)更新できるのですが、iPhoneG-BOOKに対応していないことを理由に私の車は未契約ですから、地図更新DVD(税・送料込1800円)を購入するか、自分のパソコンとインターネットを使って地図更新DVD(あるいはUSBメモリ)を作成することのいずれかです。私は実質的に無償となる後者を選択しました。DVD-R(またはCD-R)を使う場合の3つの手順、(1)マップオンディマンドのサイトから必要なファイルをPCへダウンロード、(2)そのファイルをCDまたはDVDへコピー、(3)カーナビにインストール、を詳細に紹介します。

      トヨタ自動車が運営する自動車ポータルサイトGAZOOにアクセス、PCメールのアドレス(携帯メールは不可)を入力することでGAZOO会員の仮登録を行う。
GAZOOのURL:https://gazoo.com/Members/PreRegisterTerms.asp

      そのメール宛に送付されるGAZOOの会員登録サイト(URL)にアクセスして会員情報を入力すれば正式会員登録が完了する。

      マップオンディマンドのサイト(https://g-book.com/mapondemand/Top.aspx)にアクセスして、会員情報として登録したIDとパスワードを入力する。初回のみ車両情報(車体番号あるいはカーナビのメーカー名/モデル名/ナビの品番/車載器のシリアルナンバー)の登録が必要。ダウンロードサイトにナビのバージョン情報が表示されるのを確認すればログインは完了。

      更新のためにダウンロードする都道府県を1つ以上選択してダウンロード・ボタンを押す。「ファイルのダウンロード」が表示されたら、「保存」をクリックする。「名前を付けて保存」と表示がされたら、パソコンの任意の保存先(例 \Desktop\map)を選択する。ファイル名、ファイルの種類を変えずに「保存」をクリックする。ダウンロードが完了したら「閉じる」をクリックする。

      ダウンロードしたzip形式で圧縮された「map.zip」フォルダをダブルクリックすると、選択した都道府県数プラス1件のファイルが表示されるので、メニューバーの「ファイルをすべて展開」を選択する。「圧縮(ZIP形式)フォルダの展開」が表示されたら、「参照」からパソコンの任意の場所を選択し、「展開」をクリックする。パソコン画面上に「解凍の完了」と表示されたら、「完了」をクリックする。

      任意の場所に作成された「map」フォルダをダブルクリックして、ファイル(DFF形式)が保存されていることを確認する。そして、このファイルを未使用のCD-R/DVD-Rにコピーする。

2012_12250335      地図データをコピーしたCD-R/DVD-Rをカーナビに挿入し、「地図更新場所選択」画面が表示されたら、更新する都道府県を3件まで選択して(3件以下の場合は選択不要)、「更新開始」をタッチすると、地図のコピーが始まる。コピーが完了すると、その旨の表示(文字・音声)があるので、CD-R/DVD-Rを取り出す。そして地図の更新準備が自動的に始まる。

      更新作業はカーナビの電源が入っている状態で数時間を要するが、その間も通常通りにカーナビを使用することができる。更新準備が終わったあと、画面右下に表示される「地図更新」ボタンにタッチすると地図更新が開始される。このプロセスは数10秒で終了する。

2012_12250347       ナビの設定・編集メニューの地図更新を押して更新記録を確認すると最終更新日が表示される。これが更新した日になっていれば地図更新は正常に完了したことが確認できる。尚、都道府県が4件以上の場合は⑦と⑧の操作を繰り返す。 
 

2012_12250336 上記の更新で変更されるのは地図データ(道路情報)だけで、市町村名・タウンページ情報・VICS情報・話題の最新スポット情報は含まれません。また、この更新が出来るのはナビ購入日(サービス利用開始)から3年間だけであり、すべての情報を更新(全更新)するには最初に述べた有償サービスを利用する必要があります。そして全更新した場合は更新日から2年間地図データの更新が可能です。

私の場合は更新作業(上記⑧)に3日ほどを要しました。表示される地図を確認すると新東名高速道路がしっかり表示されていました。パソコン操作に慣れていない方は地図更新DVDを購入すれば間誤付(まごつ)くことはないでしょう。ちなみにG-BOOKには2種類あり、携帯電話を利用する場合は基本料が無料ですが、DCM接続G-BOOK専用通信モジュール+回線契約)する場合は2年目から12,000円/年の基本利用料が発生します。いずれの場合も更新を自動で行うことも出来ますから、今回説明したような面倒な手順を避けたい方には適しているサービスでしょう。

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2012年12月18日 (火)

東京駅丸の内駅舎(後編)

2012_11140052 丸の内駅舎の中央部付近にある植え込みの手前に東京駅の大きな駅名碑がありました。駅の文字が新字体ですから戦後のものでしょう。記念撮影をする人たちの列が途絶えた瞬間に撮影しました。 
 
 

2012_11140050 その奥に立派な車寄せがあります。菊の紋章のようなものは南口のアーチにもあった秀吉の兜(かぶと)の後立(うしろだて)である馬(ばりん、菖蒲の一種)を模(かたど)ったもののようです。 
 
 

2012_11140048 これは皇族専用の入口です。菊の紋章でない理由は分かりません。 
 
 
 
 

2012_11140057 中央部の屋根に設置された銅板飾
 
 
 
 
 

2012_11140055 駅舎中央と北口のドームの間にある北切妻部
   
 
 
 
 

2012_11140058 その頂上にある避雷針を兼ねた先端装飾(フィニアル)
 
 
 
 
 

2012_11140056斜め前方から見た北ドーム部の屋根
 
 
 
 
 

2012_11140060 丸の内中央口は至ってコンパクトです。
 
 
 
 
 

2012_11140063 中央口の床は面白い模様が描かれていました。
 
 
 
 
 

2012_11140065 その改札口の規模も丸の内中央口の名前とは似つかわしくありません。 
 
 
 
 

2012_11140066 擬石(ぎせき)は花崗岩(かこうがん)を模(も)したもので、花崗岩粉に石灰とセメントを調合したものを塗り、その後洗い出して仕上げたものと説明されています。一階の帯形と各階窓廻り外部などに使われているそうです。 
 
 

2012_11140068 こちらの小さなガラス戸も東京ステーションホテルの入口でした。 
 
 
 
 

2012_11140070 窓周りと柱頭飾りなどには岡山産の花崗岩が使われているそうです。 
 
 
 
 

2012_11140071 丸の内北口に入ります。
 
 
 
 
 

2012_11140072 北口は南口とほぼ同じ構造
 
 
 
 
 

2012_11140076 同じくドーム天井です。アーチの最上部にある飾りは南口と同様に豊臣秀吉の兜(かぶと)を模(かたど)ったキーストーン(要石)です。 
 
 
 

2012_11140078 八重洲側への自由通路
 
 
 
 
 

2012_11140085 もう一度丸の内駅舎の北口を外から眺めました。
 
 
 
 
 

私の癖(くせ)で建物を解剖するように見て歩きましたが、復元工事が行われた東京駅丸の内駅舎は期待通りに魅力的な構造と質感がありました。(終)

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2012年12月17日 (月)

東京駅丸の内駅舎(前編)

大手町で所用を済ませたあとに東京駅へ足を伸ばしました。復元工事中の7月初旬にも訪れていますが、9月中に工事が完了して10月1日に全面再開業した状態も見たかったからです。ちなみに、以下の写真は2012年11月14日に撮影したものです。

 

2012_11140002_2 先ず北口付近から全景を眺めてみました。工事用フェンスが取り除かれてすっきりしています。
 
 
 
 

 

2012_11140003_2 北口の遠景
 
 
 
 
 

 

2012_11140008 丸の内駅舎の正面です。広角レンズではないため全長約335mの駅舎の両端(北口と南口)が入らないことは残念でした。
 
 
 

 

2012_11140011 南口寄りの横断歩道から八重洲口のビル群を背景に撮影 
 
 
 
 

 

2012_11140012 南口の遠景ですが、2020年にオリンピックを招致(しょうち)するキャンペーンのマークが描かれた無粋(ぶすい)な排気塔が相変わらず景観を壊しています。

 

 

 

2012_11140013 南口の全景です。丸くなったドーム屋根と周囲の尖塔(せんとう)が復元された丸の内駅舎の魅力です。そして一番目立つアーチの下に大時計が設置されています。 
 
 
 

 

2012_11140026 その基礎部分に免震構造を施した建物であることが説明されていました。
 
 
 
 

 

2012_11140027 南口の八角形の建物に入ってドーム天井を撮影しました。天井付近を飛ぶような8羽の鳩とその周辺にある方向を示す干支(えと)のレリーフ(青緑色の地に白色)が印象的なアクセントになっています。ちなみに十二支のうち東西南北を示す卯(う)酉(とり)午(うま)子(ね)の4支は省略されているそうです。

 

2012_11140032 干支のひとつである申(猿、西南西方向)をズームアップ
 
 
 
 
 

 

2012_11140030 その下に置かれた羽根を広げた鷲(わし)

 
 
 
 

 

2012_11140033 床は24分割された円形の模様が描かれています。
 
 
 
 
 

 

2012_11140039 前回、工事中の北口で見かけたものと同じ古代ギリシャのドーリア式と思われる柱です。
 
 
 
 

 

2012_11140035 その上部には"AD MMXII"と彫られています。ギリシャ数字で"M"は1000、"X"は10、"I"は1を表しますから、紀元2012年を表示しているのでしょう。
 
 
 

 

2012_11140041 南口から外に出た場所で唐草模様の装飾を見つけました。唐草の名があるように中国から伝わった模様ですが、その紀元はギリシャにあるそうです。私が唐草模様で連想するものはもちろん風呂敷です。そして唐草模様の風呂敷をトレードマークにして50年ほど前に活躍したコメディアンの東京ぼん太さんを思い出しました。

 

2012_11140042 樋(とい)も不思議な形をしています。
 
 
 
 
 

 

2012_11140045 東京ステーションホテルの入口
 
 
 
 
 

 

2012_11140046 洒落(しゃれ)たアルミサッシの窓が目に入りました。アルミサッシという意外な建具が使われています。100年前の1914年(大正3年)に丸の内駅舎が建設された時には木製であったはずですが・・。周囲にある窓枠も良く見るとアルミサッシのようです。調べてみると三協アルミ社製の特注品が全面的に使われていました。

 

2012_11140047 窓枠を眺(なが)めていると化粧レンガ(煉瓦)の説明書きを見つけました。化粧レンガには厚さが15mmと45mmの2種類があり、下駄歯積みの構造で剥離(はくり)を防止していたが、復元工事では15mmに統一されたことが説明されています。(続く)

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2012年12月11日 (火)

コリン・パウエル著「リーダーを目指す人の心得」を読む

2012_12090044先週木曜日(12月6日)に米国IT企業セールスフォース・ドットコムが都内で開催したセミナーCloudforce Japan 2012に参加しました。1999年に設立された同社はクラウドコンピューティング・サービスを企業向けに 提供するトップ企業で、グーグルやアップルとともに急成長しています。私の仕事に役立つ情報を収集するため時代の寵児(ちょうじ)である同社CEOマーク・ベニオフ氏(元オラクル社幹部)の講演を聴くことが目的でしたが、私にはもうひとつ関心事がありました。それは米国の元国務長官(日本の外務大臣に相当する首席閣僚)のコリン・パウエル氏が登壇する特別セッションでした。

2012_12090057コリン・パウエル氏はジャマイカからの移民を両親としてニューヨーク市ブロンクス区(マンハッタン島の北東にあ る移民の町)で生まれ、14歳からおもちゃと赤ちゃん用家具の店でアルバイトを始め、18歳からはトラック運転手やペプシの工場で清掃係の仕事を夏休みに続けた苦労人です。公立高校とニューヨーク市立大学シティカレッジの予備役将校訓練隊(U.S.ARMY Junior ROTC、士官学校とは別組織)を卒業して陸軍に入隊、ジョージ・ワシントン大学大学院経営学修士の課程を修了しています。

2012_12090059軍歴では少尉として参加したベトナム戦争からアメリカ軍のトップとして指揮した湾岸戦争(1990-1991年) までの35年間を軍人一筋でキャリアを積み、アメリカ軍(陸海空海兵4軍)のトップである統合参謀本部議長を最後に1993年に陸軍を退役しました。陸軍では大将であったことから今も将軍(General)と呼ばれています。退役後は黒人初の大統領候補(1992年の大統領選)になることを期待する声がありましたが、人種分離の時代であり時機尚早(じきそうしょう)として断念し、ブッシュ政権(2001年から)で4年間国務長官を務めるなど、4つの政権で政府の要職を歴任しました。

私には望外なことでしたが、セミナー参加者にはパウエル氏の著作「リーダーを目指す人の心得」(飛鳥新社刊、2012年10月13日発行)がプレゼントされました。私がアメリカに住んでいた時期とパウエル氏が統合参謀本部議長として活躍した期間がほぼ重なることもあり同氏には当時から関心を持っていたのです。早速読んでみると同氏が人生経験から学んだことが詳しく述べられていました。そのエッセンスをコリン・パウエルのルールにまとめた第一章の自戒13カ条と第2章以降のタイトルを紹介します。

第一章 コリン・パウエルのルール

1. なにごとも思うほどに悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ。

2. まず怒れ。その上で怒りを乗り越えろ。

3. 自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたとき自分も地に落ちてしまう。

4. やればできる。

5. 選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。

6. 優れた決断を問題で曇らせてはならない。

7. 他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。

8. 小さなことをチェックすべし。

9. 功績は分けあう。

10.冷静であれ。親切であれ。

11.ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。

12.恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。

13.楽観的でありつづければ力が倍増する。

第2章 己を知り、自分らしく生きる

第3章 人を動かす

第4章 情報戦を制する

第5条 150%の力を組織から引きだす

第6章 人生をふり返って-伝えたい教訓

おわりに 「すべては人である」

2012_12090031原題はIt worked for me in life and leadership“(私は人生において・リーダーとしてこれでうまくいった)であ り、人生と組織内のリーダーシップについて同氏が経験から得た教訓とエピソードをまとめた本です。ビジネス書として出版された日本語訳はリーダーシップにハイライトを当てているため本書の帯封には『サラリーマンが組織内で昇進するための正攻法』と書かれてあることはやや興醒(きょうざ)めですが、アメリカ社会でリーダーがどのような基準と手順で選ばれるかを知るには最適と思われます。

2012_12090066この本を読んだ私は先週読み終わったばかりの百田尚樹氏の時代小説「影法師」も同様に日本の武家社会に おいてリーダーが選ばれるプロセス(稀有な例だと思われる)としての側面を再認識しました。リーダーに求められる条件である『無私であること』『謙虚であること』『悲観的にならないこと』『ぶれないこと』などが共通しています。私はコリン・パウエル氏13カ条にいずれも首肯(しゅこう)しましたが、中でも第3項「自分の人格と意見を混同してはならない」が印象に残りました。自分への戒(いまし)めだけではなく、他人への評価においても同様であるべきだと思います。

現役を引退した私が本書の教訓を活かすには遅きに失していますが、私に欠けていたことや不足していたことを気づかせてくれた本書に感謝します。

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2012年12月 8日 (土)

百田尚樹氏の時代小説「影法師」を読む

本書は小説現代の2009年8月号から2010年4月号に連載されたものに加筆して2010年5月20日に講談社から発行されたハードカバーで、下級武士の遺児が筆頭国家老にまで出世するサクセスストーリーの影に数え切れないほど多くの人々の意志や期待があったことを描いた百田尚樹氏の時代小説です。奇妙なタイトル「影法師」(かげぼうし)の意味を広辞苑(第二版補訂版、昭和51年12月1日発行)で調べると『障子や地上などにうつった人の影』と説明されています。
 

「影法師」のタイトルとともに英語で“The Shadow”と大きく白抜きされた黒地の表紙を捲(めく)りました。非常に長い記事になったことをご容赦下さい。
 

                         ☆
 
序章は主人公名倉彰蔵(なくらしょうぞう)が3箇月前に50歳で茅島(かやしま)藩の江戸家老から筆頭国家老に抜擢(ばってき)されて江戸から国許(くにもと)へ20数年ぶりに戻ったシーンで始まる。20数年前に不始末を仕出かして藩を逐電(ちくでん、行方をくらますこと)した竹馬の友の磯貝彦四郎が城下に近い浦尾で3年前に目撃されたことを目付けから聞いた彰蔵は直ちに配下の若党(若い侍)に調べさせる。そして彰蔵は3日後に彦四郎が2年前に病死していたとの報告を受ける。
 

2010_07160174 第1章から主人公の回想の形で40数年前(主人公は当時7歳)の出来事が詳しく紹介される。戸田勘一(かんいち)と名乗っていた彰蔵が父の千兵衛と妹の千江(ちえ)とともに猿木川(さるきがわ)での釣りから戻り、城下にさしかかった時に起きた悲劇からである。上士(上級武士)に行き逢(あ)った下士(下級武士)の千兵衛と二人の子供は道の脇で土下座するが、上士はその作法に言い掛かりをつけて、口答えをした勘一に向って刀を抜く。子供を守るために千兵衛も刀を抜いて上士の腕を切るが、足の不自由な千兵衛は濡れた土で体勢を崩し、上士の家来たちに殺されてしまう。
 
 
勘一と千江を助けてくれた磯貝家で勘一は彦四郎と運命の出会いをする。藩の重役達の評定(ひょうじょう)で、千兵衛を殺した上士は半年間の蟄居(ちっきょ、自宅や一定の場所に閉じ込めて謹慎させること)に、御徒歩組(おかちぐみ、徒歩で戦う下級武士)の戸田家は20石の家禄(かろく)を半知(はんち、知行を半分にすること)にして捨扶持(すてぶち、役に立たない者へ捨てるつもりで与える給料や生活費)として支給されることが決まった。(筆者注;米20石を現在の価値で言えば100万円相当と思われる)
 
                         *
 
6年後にシーンが移る。13歳になった勘一は朝暗いうちに起き出して城下はずれの寺(自宅から約1里)まで走る。その境内で木刀を使って素振りを半刻(約1時間)近く稽古(けいこ)することを日課としているのだ。ある朝、勘一は住職から8歳の時から通う私塾の塾長が勘一を藩校に入れたがっていることを聞くが、本人にその気はない。城下の西にある町人の長屋に向った勘一は竹籤細工(たけひございく)職人の五郎次の家を訪ねる。2年前から竹籤細工を習っているのは家計を助ける手内職の技を身に付けておきたいとの考えによる。
 
2010_02280285 藩校のことが気になる勘一の様子を見咎(みとが)めた五郎次に問われて藩校の話をすると、「人には天命というものがある。もし、天が藩校に行けと命じているなら、お前は行くことになる。そうでなければ行かない。それだけのことだ」とだけ五郎次は言う。自宅に帰ると母は明石塾長が勘一に藩校に入ってほしいと言ってきたと言うので、勘一が断ったと答えると母はほっとした顔をする。勘一の父、千兵衛も下士としてはじめて藩校に入ることを許されたこと、成績が優秀で江戸への遊学が決まったこと、そしてある夜、藩校からの帰りに複数の何者かに闇討ちされて足に大怪我を負ったが犯人は分からずじまいだったことを母は話す。これを聞いた勘一は母が翻意(ほんい)を請(こ)うにもかかわらず藩校に入ることを決める。
 
予期した通り上士の子弟たちに勘一は暴力を振るわれるが負けてはいない。何度も暴力沙汰(ざた)が続くうちに勘一の剣幕に圧倒されたそれら子弟たちは勘一に手が出せなくなる。ある日、藩校内で勘一は背の高い痩(や)せた少年から声を掛けられる。相手が磯貝彦四郎と名乗ったことで勘一は7歳の時のことを思い出した。彼は勘一と同い年で、御馬廻役(おうままわりやく)を務める家禄(かろく)が100石の中士(中級武士)の二男であった。彦四郎は藩校一の秀才と言われ、城下の剣術道場でも大変な腕を持つという評判だった。それほどの男でありながら、彦四郎には驕(おご)るところは微塵(みじん)もなく、二人は妙に馬が合った。
 
                         *
 
2010_06190412 勘一は彦四郎を通じて藩校内で多くの同輩と馴染むようになる。うだるような暑い夏の日に彦四郎に誘われた勘一と同輩たちは猿木川へ向う。雨のために増水した猿木川を見て皆が尻込みするなか、彦四郎は泳げない勘一に自分の泳ぎを見せてやるといって、猿木川に飛び込む。川の中ほどまで力強く泳いだ彦四郎は急に泳ぎに異変をきたした。勘一は下流の橋の上から彦四郎を掴(つか)まえようとするが、着物に縛(しば)った刀に彦四郎の手がわずかに届かない。勘一は何を思ったか袴(はかま)を脱いで川に向って飛び込んだが、泳げない勘一は彦四郎に助けられることになる。
 

しばらくして勘一は彦四郎から剣術道場に誘われる。しかし勘一は返事が出来ない。道場に支払う束脩(そくしゅう、謝礼)がないためだ。ある夜、母に問われて剣術道場へ通うことに未練があることを告げると、母は意外にも「剣術道場へ通いなさい」と言う。母は嫁入りに持ってきた着物(千江の嫁入りのためにとっておいたもの)を売って金を工面(くめん)した。剣術道場に通うようになっても朝の素振りを続ける勘一に寺の和尚は変わった練習方法を教える。
 

                         *
 

藩内で40年ぶりに百姓一揆(ひゃくしょういっき)が発生した。茅島藩では何年も財政が行き詰っていて全藩士の禄米(ろくまい)が一律2割借り上げ(実質的な減額)となっていたが、この年は稲の出来が良くないのだ。出仕(しゅっし、仕官)の身ではない勘一は自分の判断で城下の門へ向う。一揆(いっき)の代表者(首謀者)である万作という若者(20歳代)と町奉行成田庫之介の息詰まる対決を勘一は間近で見る。ついに町奉行は城門を開けよと命じたため、藩士たちにどよめきが広がった。一触即発の張りつめた空気の中を万作と5千人の農民は堂々と城下に入った。勘一は万作の中に侍の心を見る。一揆の一行は城代家老に直訴状を手交(しゅこう、手渡す)すると、万作ら7人の者を残して未明に城下を出た。
 

一揆が起ってから15日後に、万作たちの要求がほぼ通って、年貢(ねんぐ)は従来の4割4分から3割9分5厘とされた。さらに前年の不納米が免除され、穀物改めも廃止された。勘一は町奉行成田庫之助が自裁(じさい、自決)したことを知る。双方に多数の死人が出れば、藩の改易(かいえき、取り潰し)もありうることを成田は考えたのである。つまり、自らは切腹する覚悟をした開門の決断であった。勘一は「今宵(こよい)の出来事をしっかりとみておけ」と成田に言われたことを覚えている。まもなく万作たち一揆の首謀者とその家族は処刑された。
 

                         *
 

2009_09060263 勘一は16歳で元服したが藩から出仕の報せは一向に来なかった。藩の上覧試合に勘一が通う剣道場から4名が選ばれることになり、なぜか中位の勘一が4番目に選ばれた。上覧試合の当日になってそれまで定例であった木刀ではなく竹刀(しない)で行われることになった。それは上士の木谷要之助に有利な変更と見られた。勘一は最初に対戦した相手の速さに負けてしまう。最終戦まで勝ち残った彦四郎と木谷要之助の試合は木刀で行われることになる。彦四郎の軽業(かるわざ)のような身体の動きに翻弄(ほんろう)された木谷が額に彦四郎の一撃を受ける直前に審判の声で彦四郎の勝ちが決まった。
 

彦四郎の屋敷に招(まね)かれた勘一と同輩たちは下女の娘「みね」の存在を知る。勘一は胸が高鳴った。半年後に出仕の沙汰が勘一に届く。意外なことに御徒組ではなく郡奉行付与力の下役という役職であった。与力の見習いのようなもので、中士以上の家からという不文律があっただけに、その沙汰は勘一を驚かせた。使者は、ここだけの話だと断り、勘一の出仕に関しては藩主昌国公直々のお声がかりと聞いていると言った。同じ頃、彦四郎も出仕することが決まった。こちらは町奉行所与力助役という役職だ。与力は世襲が多くて珍しかった。まして彦四郎は嫡男(ちゃくなん)ではない。
 

こうして勘一と彦四郎が同時期に世に出るが、この後二人の人生は大きく違いが出るのである。城下のはずれの通りで勘一は偶然「みね」に出会った。しばらくしたある日、勘一は城下で彦四郎とばったり会い、誘われて彼の屋敷に赴いた勘一は「みね」と言葉を交わす機会を得る。「みね」のいない場所で彦四郎は自分の兄が「みね」を妾(めかけ)にしたがっていることを勘一に呟(つぶや)く。年が明けて彦四郎が押し込みの3人を斬って城下を沸かせる快事があり、彦四郎の名声は一気に上がった。
 

                         *
 

妹の千江を御徒組30石の高崎甚五郎に嫁がせた勘一は城下でまたもや「みね」とばったりと会う。勤めの話を聞きながら勘一の襟(えり)から黒い糸が出ているのを見つけた「みね」は顔を近づけて白い歯で糸の結び目の上を噛(か)む。これを見た勘一は胸の鼓動(こどう)が「みね」に聞こえないかと恐れた。「みね」は彦四郎が先年の武功が認められて与力助役から与力になったことを告げる。その日から勘一は恋に苦しめられ、周囲の者が驚くほどに痩(や)せた。勘一は町奉行所の彦四郎を訪ねて自分の本心を明かすと彦四郎は頷(うなず)いた。数日後、彦四郎の兄である磯貝又左衛門からの遣(つか)いが勘一の家を訪れ、「みね」を戸田家の嫁にする儀(ぎ)を勘一の母に伝えた。「みね」は下士の養女となったうえで婚姻の届出が藩に出されて受理された。
 

2009_03070029 勘一は以前からずっと考えていた「大坊潟干拓の覚書」に取りかかった。大坊潟は城下の北西5里にある大きな汽水湖(きすいこ、海水が混ざった湖)である。代官の浅尾弁蔵の理解を得て郡奉行所に提出され、藩の執政会議の席まで届いたが、藩主の流れをくむ筆頭国家老の滝本主税(ちから)が強行に反対したらしいことを勘一は与力から聞く。藩主への直訴を勘一から明かされた彦四郎はしばらく思いとどまるようにと畳の上に手をつき、頭を下げた。「お前はいずれこの国にとってなくてはならぬ男になる。一時の短慮で命を失うような真似はやめてくれ。磯貝彦四郎の頼みだ」と言われて、勘一は「彦四郎、頭を上げてくれ。わかった」と言うしかない。
   

2011_05220009 中士の名倉家(250石)の養子として名倉彰蔵となった戸田勘一は代官として干拓事業の調査(試干拓)を進めていたが、江戸上がり(江戸勤務)を命ぜられる破格の出世をする。藩主昌国公直々のお声ががりで、側用人(そばようにん)として登用されたのである。28歳の時だった。その頃、彦四郎は御役もなく、元の部屋住みの身で不遇をかこっていた。5年前に起ったある出来事がきっかけだった。それは二人が関わった上意討ち(じょういうち、主君の命を受けて罪人を討つこと)である。
 

                         ☆
 
ここから先は彰蔵が様々な人から話を聞くことで自分が知らなかったことや誤解していたことを明らかにして行きますが、ネタバレになりますので書くことを控えます。『天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず』(天の網はひろく、その目はあらいようだが、悪人を漏らすことなく捕える)の言葉が彰蔵の考えを象徴しているようです。そして、『影法師』がこの小説で意味することを結末まで読んで知りました。少しずつ明らかにされる事実を読み進むと、「永遠の0」と同様に、私は気持ちが高ぶるのを禁じられませんでした。それは私の人生においても主人公の経験と重なることが少なからずあったように思われたからですが、心を静めるために堀内孝雄さんの同名曲「影法師」(1993年日本歌謡大賞受賞曲)を口ずさんでしまいました。
 
2010_07160397 細かいことが気になる私は、架空と承知しながら、茅島藩の所在を読後に考えてみました。8万石の小藩であること、城下から10里ほど離れた湊町の浦尾は天領があるとともに北前船の寄港地であること、北国街道で江戸へ向う彰蔵(勘一)一行が信濃の追分宿から沓掛(くつかけ)と軽井沢の2つの宿場を抜けて碓氷峠(うすいとうげ)を越えたこと、などを考え合わせると上越(じょうえつ)市直江津(なおえつ)の近くにあった高田藩がモデルのように思われます。  
 
掲載した写真は本書と直接関係ありませんが、上から群馬県の四万川(しまがわ)・栃木県足利市の「足利学校」・京都府八幡市の「流れ橋」・熱田神宮宝物館の巨大な刀・大田区の野鳥公園・千葉県山武(さんむ)市の田圃(たんぼ)・長野県軽井沢町から見た浅間山です。
 
                        ☆
 
中途半端な記事だと感じた方は、この時代小説に使われた難解な言葉を掲載しますので、気分転換にその読みと意味を考えてみて下さい。
 
精悍(せいかん): 顔つきや態度に勇ましく鋭い気性が現れていること
労咳(ろうがい): 肺結核
卒塔婆(そとば): 木材で作った墓
中間(ちゅうげん): 非武士身分の奉公人(奴と小者の間)
邯鄲(かんたん): 直翅(ちょくし)目カンタン科の昆虫
斟酌(しんしゃく): 相手の事情や心情をくみとること
不惜身命(ふしゃくしんみょう): 死をもいとわない決意
尚武(しょうぶ): 武道・武勇を重んじること
禍々(まがまが)しい: 悪いことが起こりそうである
慙愧(ざんき): 自分の見苦しさや過ちを反省して心に深く恥じること
金打(きんちょう): (武士)誓いの印として刀の刃または鍔(つば)を打ち合わせること
誼(よしみ): 親しい関係
烏金(からすがね): 日歩で借りて翌日にすぐ返すという条件の高利の金
徒士(かち): 騎乗を許されない下級の武士
框(かまち): 窓や障子などの周囲の細長い枠
誰何(すいか): 相手が何者かわからない時に呼びとめて問いただすこと
三和土(たたき): たたき固めて仕上げた土間
韜晦(とうかい): 自分の本心や才能・地位などをつつみ隠すこと
自家薬籠中(じかやくろうちゅう): 自分の薬箱にある薬のように思うままに使えること
膂力(りょりょく): 筋肉の力。うでの力
鄙(ひな): 都市部から離れた地
懸想(けそう): 恋い慕うこと
慷慨(こうがい): 世間の悪しき風潮や社会の不正などを怒り嘆くこと
棒手振り(ぼてふり): 魚・青物などをてんびん棒でかついで売り歩くこと
僥倖(ぎょうこう): 思いがけない幸い
怯懦(きょうだ): 臆病で気が弱いこと
股立(ももだち): 袴(はかま)の腰部の左右側面のあきを縫い止めた所
裂帛(れっぱく): 帛(きぬ)を引き裂く音
祐筆(ゆうひつ): 文筆に長じている者。また一般に文官
傲然(ごうぜん): おごり高ぶって尊大に振る舞うさま
矜持(きょうじ): 自分の能力を優れたものとして誇る気持ち
抉る(えぐる): 刃物などを深く刺し入れ回す。物事の隠れた面を鋭く追及する
不埒(ふらち): 道理にはずれていてけしからぬこと
畏(かしこ)まる: 受け入れる言葉
隠棲(いんせい): 俗世間を逃れて静かに住むこと
落魄(らくはく): 落ちぶれること、沈淪(ちんりん)すること
剣戟(けんげき): 刀剣による戦い
滂沱(ぼうだ): 雨の降りしきるさま。涙がとめどもなく流れ出るさま
跪(ひざまず)く: 地面や床などに膝をついて身をかがめる
咆哮(ほうこう): 猛獣などがほえたけるこ

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2012年12月 2日 (日)

映画「シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語」を観る

晩秋の雨が降る日にJR川崎駅西口のラゾーナ川崎プラザへ出掛けました。いつもは電車を利用する場所ですが、大きな駐車場があることとこの日の天候を考慮して今回は初めて車を選びました。出掛けた理由はラゾーナ川崎プラザ内にある109CINEMASで映画「シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語」を観るためです。幸町交差点から駐車場の標識を探すとすぐ見つかりました。駐車場入口にあるゲートには2台並んでいるだけですから、上映開始時間を気に掛ける必要はなさそうです。

ゲート付近(屋外)に少し空きスペースがあり、駐車場棟の2-3階にも何台分か空いている場所が確認できますが、何故か10分ほど待たされて入場しました。雨を避けて駐車場棟内へ直進するとそこは満車状態で、しかも階上へ上がる場所が見つかりません。止むを得ずゲート付近に車を停めて、朝から降り続く雨で出来た水溜りを避(よ)けながらラゾーナ川崎プラザの入口まで歩きました。後に知りましたが、ラゾーナ川崎プラザには平面駐車場と立体駐車場が各々2箇所ずつあって、相互に往き来することは出来ないのです。エスカレーターを乗り継いで5階の109CINEMASに到着しました。
 
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インターネットで予約済みですから窓口に並ぶ必要はありません。
 
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今回も『良・席・予・約』を利用して良い席を選んでいますから、端末の指示に従ってクレジットカードを入れれば印刷されたチケットが2枚出てきました。ここではたと気づきました。駐車場料金が2時間まで無料になるサービス券を貰わなくてはなりませんから、10月初めに町田のグランベリーモールにある109CINEMASを利用した時と同様に受付に向うことになりました。
 
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今回選んだ「シルク・ドゥ・ソレイユ3D 彼方からの物語」の他にも「人生の特等席」「のぼうの城」「北のカナリア」など注目作品が同時上映されています。シルク・ドゥ・ソレイユの予告編をこちらにリンクします。
 
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手続きをすべて終えて同行者はどうしているかと思えば、例によって売店でポップコーンなどを買い込んでいます。
 
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その他にも飲み物と何やら紙に包まれたものも・・。
 
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上映開始時間の15分前になると場内アナウンスがありましたので入場口へ。
 
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ポップコーンを2人で食べながら上映の開始を待ちました。
 
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飲み物は同行者の好きなコーヒーだろうと飲んでみると、意外なことにココアでした。私の言葉に対して、同行者は『たまにはココアも良いでしょう!』と屈託(くったく)がありません。
 
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紙に包まれたものは何と「牛すじ肉入りコロッケ」でした。
 
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ポップコーンを半分も食べないうちに上映が始まりました。導入部は田舎町の薄暗くなった踏切で若い女性(主人公ミア)が列車の通過を待っている。そして主人公が踏み切りを渡って「マーベラス・サーカス」のテント小屋へ向って歩いて行くと、ピエロから空中ブランコ乗りの青年が大きく印刷されたビラを強引に手渡される。

そのビラを見せてテント内に入ると、ほどなくサーカスの花である空中ブランコの演技が始まる。見事な演技だと思われたが演技する青年は戻ってきたブランコを掴(つか)み損(そこ)なって地上に落下する。大変な事故に驚愕(きょうがく)する主人公だが、地面が割れて演技者は大きな穴に吸い込まれてしまう。そして駆け寄る主人公も砂と一緒に地中へと落下して行く。

主人公が気付くとそこは月明りに照らされた見知らぬ砂漠の世界。このワンダーランドにも地上のサーカスとは別のテント群が並んでいる。主人公はブランコ乗りの青年を探して、地上で貰ったビラを見せながらテント群を一つひとつ見て回る。無国籍の音楽が流れるテント内ではオリエントやアラビア風の衣装を纏(まと)った演技者が次々に登場する。なかでも印象的な演技は大きなプールを使ったシンクロナイズドスイミング。

西洋風な雰囲気が漂うと、ビートルズの「ゲット・バック」が流れ、演技もがらりと変わる。重力と上下の方向感覚が失われた世界は見るものを引きこんで行く。3D映画ならではの演出である。さらに乱射される矢の一本が観客の方向に飛んで来て、観客の肝を冷やす演出も使われる。どのシーンもシルク・ドゥ・ソレイユの魅力を惜しみなく見せる。リアル世界の迫力を映画で再現するためカメラワークを駆使して上手く伝える手法も「アバター」や「タイタニック」のジェームズ・キャメロン(制作)と、「シュレック」と「ナルニア国物語」を手掛けたアンドリュー・アダムソン監督ならでは。

最後に主人公はブランコ乗りの青年と再会して二人でロープを使った空中演技(エアリアル・ストラップ)をするシーンにビートルズの「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」が流れるのはやや安易な演出だと思う。それ以上に気になったことはストーリー展開に流れが感じられないこと。このため「シルク・ドゥ・ソレイユ」の公演を観たことがない人には退屈な映画に感じられるかもしれない。同行者は『ディズニーリゾートで観たそのままで素晴らしいわ!』と満足していたのは救いである。

ロビーに出た同行者はハーゲンダッツのアイスクリームを買うことを忘れません。
 
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私は屋上庭園の紅葉を見ながら3D映画を1時間半も観続けて疲れた目を休めました。
 
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地上のルーファ(大屋根)広場にはクリスマスの飾りつけが出来上がっています。
 
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川崎駅東口のビル群が雨に煙っています。
 
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<同行者のコメント> 雨が降る駐車場から水たまりを気にしないで歩く旦那様について行くのは大変でした。今度は屋内の駐車場にしてくださいね。でも映画でシルク・ドゥ・ソレイユの演技をいっぱい見ることができて大満足です。シンクロナイズドスイミングのシーンには日本人スイマーも参加していることがテレビ番組で紹介されましたが、映画の画面ではそのスイマーたちを確認できませんでした。

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