上田市の北国街道を探訪する(後編)
柳の木が多かったこの通りには旅籠屋や商家が軒を連ねており、呉服屋だけでも25軒あったそうです。この格子戸(こうしど)の家もその一軒だったのでしょう。
長野県内屈指のそば処として有名な十割そば屋「おお西」の店先にはなぜか秦(中国)にある始皇帝(しこうてい)の墓に埋納された兵馬俑(へいばよう)が置かれています。中国・北京の骨董品店で見かけたものとそっくりの形をしていますが、色が綺麗ですからフェイクではないかと思います。昼食にはまだ早過ぎますからスルーすることに。
「おお西」の脇に「保名水」(ほうめいすい)がありました。保命とは命を長く保つことを意味します。明治14年に海禅寺の湧水を木管で引いたものが現在も湧(わ)き出ていました。ちなみに、この路地は江戸時代に海禅寺の参道だったそうです。
この参道とは反対方向へと北国街道は左折しますが、直進すると約150m先に明治時代初期に造られた上田大神宮があります。
交差点の角にあるのは信州味噌のなかで独自の味を守る武田味噌を販売する菱屋(ひしや)の店舗(てんぽ)
橋の上から武田味噌醸造の蔵と菱屋を振り返りました。
下紺屋町で北国街道と分かれて上田城方面へと向います。
反対方向(北)には太郎山(標高1164m)が見えます。
二の丸通りを南下した上田市消防本部ではちょうどレスキュー隊の訓練が行われていました。
加舎白雄(かやしらお)の句碑に気付きました。石に刻(きざ)まれた『人恋し灯(火)とぼし頃を櫻(桜)ちる』は代表作のひとつのようです。俳句に疎(うと)い私は上田藩士の次男として江戸で生まれた白雄が与謝蕪村(よさぶそん)と並び称される江戸時代中期の俳人(はいじん)であることを今回初めて知りました。
『そうだ城下町、行こう』は何処(どこ)かで聞いたことのあるキャッチコピーです。
上田城への入口(大手門跡)を見ながら左折します。
上田市でも仙台市と同様にガス灯を見かけました。現在でも定時になると点灯(点火プラグでガスに点火)されることが説明されていました。
上田市役所の角(交差点脇)で上田藩主屋敷跡の案内表示を見つけて右折しました。突き当たりは県立上田高校ですから案内標識に従って左折すると堀端(ほりばた)に出ました。
東側に回り込んだ場所にある上田藩主居館表門および土塀・濠・土塁は市指定文化財です。居館(屋敷)の跡地は県立上田高校になっていたのです。
明治21年(1888年)に上田駅が開設される時に海野町や原町と駅を結ぶために造られた道路沿いの松尾町を経由して上田駅に戻りました。
12時を少し回っていますから前回も利用した駅ビル内にあるラーメン店「武士」(もののふ)へ入りました。前回は定番の醤油ベースの「幸村」を食べましたから、豚骨ベースの「左近」と味噌ベースの「道山」(どうざん)のいずれにするかを迷った末に信州味噌を使った「道山」を選びました。
10分以上待った「道山」はややコッテリした味の味噌ラーメンで、肉厚のチャーシューも食べ応えがあって期待通りです。2年前から気になっていた「道山」の名前ですが、私の推測通りに斉藤道三(織田信長の義父)から取ったことを今回店員さんに確認できたことも収穫でした。
これまでの訪問では時間の制約から訪れることが出来なかった場所を2時間余り散策しながら、上田市の別の魅力をたっぷり楽しむことが出来ました。そして腹ごしらえも十分にしましたから、午後の仕事に万全の状態で臨(のぞ)めそうです。(終)
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