続・奥の細道疑紀行 鶴岡市における藤沢周平縁の地を巡る(湯田川温泉)
湯田川街道は南西方向へ伸びていました。青龍寺川を渡り、山形自動車道を潜って国道345号に入り、鶴岡高専を過ぎると湯田川温泉街です。湯田川郵便局を目印に左折して由豆佐売神社(ゆずさめじんじゃ)の場所を探しました。この珍しい(読みにくい)名前の神社は出湯と水の神様だそうです。
右手に『映画「たそがれ清兵衛」によせて』と題した撮影記念碑を見つけました。『藤沢周平氏の代表作「たそがれ清兵衛」が山田洋次監督によって映画化された時のロケ地の一つであることと、湯田川地域の住民がお祭りのシーンでエキストラとして数多く出演したこと』が説明されています。その記念写真が目に留まりました。
高校の演劇部に在籍した半世紀前のことですが、市のホール行われた公演後に同様の写真を撮影してもらったことを思い出したのです。それはさて置き、石段の参道には県指定天然記念物の乳イチョウの巨木がそびえ立っていました。根の一種である気根が乳房のように多数垂(た)れ下がることからこの名があるようです。
参考として映画「たそがれ清兵衛」のストーリーを説明します。時代は幕末の頃、庄内・海坂藩の御蔵役五十石取りの平侍である井口清兵衛は妻を労咳(ろいがい、結核)で亡くしたばかりでしたが、二人の幼い娘と老母がいます。妻の薬代を借金したため生活は苦しく、下城の太鼓が鳴ると同僚の付き合いなど一切を断って帰り、家事と内職に励でいるため「たそがれ清兵衛」と渾名(あだな)されています。そして、清兵衛は剣の達人であることを買われ、切腹を拒否した藩士を藩命(上意討ち)で切ることになりますが・・・。
後半は原作の短編小説とは大きく異なります。それは他作品のストーリーを加えたためですが、一番印象に残ったのは主人公(真田真之さん)が幼馴染(おさななじみ)で清兵衛の後妻にとの縁談話があった飯沼朋江(宮沢りえさん)に身支度の手伝いをして貰っているシーンで、二人とも余計な言葉は一切口に出さないのです。そのあと二人は簡単な別れの言葉を交わします。映画「武士の一文(いちぶん)」で初めて知った庄内弁の美しさもこの映画の魅力でした。ちなみに、「武士の一文」とは武士が命をかけて守らなければならない名誉や面目の意味だそうです。
この映画とは関係ありませんが、すぐ近くの長福寺では枝垂桜(しだれざくら)が綺麗(きれい)に咲き誇(ほこ)っていました。
次いで湯田川小学校へ向うと、正門脇に黒い石碑が立っていました。
「藤沢周平先生記念碑」に並ぶ案内板には『昭和24年に藤沢周平氏(本名小菅留治)が山形師範学校を卒業して、新任教師として湯田川中学校(同小学校に併設されていた)に赴任して肺結核の療養生活に入るまでの2年間過ごした場所です。教え子達が平成8年に建立した記念碑である』と説明されています。
温泉街に戻りました。1000年以上の歴史があると伝えられる湯田川温泉は豊富な湧出量(毎分約1000リットルと)を誇る硫酸塩泉(旧泉質名:含石膏芒硝泉)であることから庄内三名湯のひとつに数えられ、立派な旅館が何軒も立ち並んでいます。偶然ですが、出立するお客の車を見送る女将(おかみ)さんが写っていました。
その旅館の近くにある足湯「しらさぎの湯」(平成18年にオープン)を利用する人たちがいました。ちなみに、「白鷺の湯」は湯田川温泉の古い呼び名のようです。
その横に藤沢周平氏の短編小説「花のあと 以登女お物語」も湯田川が湯治場として紹介されたことが説明されていました。
この小説も「花のあと」の題名で2010年に映画化されています。満開の桜の下で以登(いと、北川景子さん)は剣道場の高弟である江口孫四郎(甲本雅裕さん)から声を掛けられた。父から剣の手ほどきを受けていた以登(北川景子さん)は孫四郎との手合わせを父に懇願(こんがん)して叶(かな)えられる。そして孫四郎への強い思いに気付くが、家が決めた許婚(いいなづけ)がいる以登は諦(あきら)めざるを得ない。その数ヵ月後に孫四郎は藩の重役の卑劣(ひれつな)な罠(わな)にかかって自死(じし)することになる。事件の真相を知った以登は孫四郎の無念を晴らすために剣を取るが・・。
足湯の向かい側に立ち寄り湯に選んだ共同浴場「正面の湯」があります。
『全国的に見ても屈指の新湯注入率を誇る「天然かけ流し」温泉。加水・加温・循環を全くしていない極めて純粋な天然温泉である』と説明され、共同浴場は湯の供給量が群を抜いていることがグラフで示されています。
利用方法が分からずまごまごしている時に掃除をし終えたと思われる女性が外に出て来ましたので教えていただきました。近くの商店の女将さんのでもあるようで、その駐車場を使っても良いと親切にしてくださいました。利用料金は200円と超激安です。
入口はセキュリティのあるオフィスのようにカードキーになっていました。ですから来訪者は利用券を購入した上で、ドアを開けてもらう必要がありました。おそらく地元の人はカードキーを持っているのでしょう。
泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩温泉でかけ流し、加水と加温はしていないと単純明快。無色透明・無味無臭の湯ですが、ナトリウム分を多く含んでいるため、血圧を下げ、痛みを和らげる鎮静作用があるそうです。別の説明書きには、源泉名は湯田川1号源泉、源泉の温度42.6度、供用場所での温度40.0度とありました。
浴室もシンプルな造りです。浴槽は思ったよりも深いので慣れないと入りにくいのですが、一旦入れば湯が肌に心地よく昼前だと言うのに長湯になってしまいました。(ガラスの曇りを利用して撮影)
湯田川温泉から鶴岡市の中心部に戻る途中、右前方に冠雪した出羽富士とも呼ばれる鳥海山(標高2236m)が見えました。
国道345号を走っている時に金峯山(きんぽうざん、標高471m)と思われる山の上空に不思議なものを発見しました。虹(にじ)のようにも見えますがほぼ横一直線で円弧(えんこ)を描(えが)いていないのです。
金峯山の麓(高坂集落)には藤沢周平氏の生家があるはずだと思いながら写真を撮っている私に同行者が言ったことは、「私、テレビで観(み)たから知ってるわ。彩雲(さいうん)って言うのよ」でした。予期しない展開に内心(ないしん)驚いた私が後で調べると、雲の水滴による光の回折で生じる環水平(かんすいへい)アークとも呼ばれる珍しい自然現象でした。決して超常現象ではありません。(続く)
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