百田尚樹著[輝く夜]を読む
百田氏の処女作である長編小説「永遠の0」に次ぐ2作目の作品を読みました。昨年10月以来、当ブログでは同氏の作品を「RING」「永遠の0」「Box!」「影法師」「錨を上げよ」「風の中のマリア」の順で紹介して来ましたが、いずれも長編小説でしたから、貴重なこの短編小説に期待して講談社文庫(2010年11月出版)を手に取りました。2007年11月に太田出版より「聖夜の贈り物」として刊行されたものを改題、文庫本化したものです。クリスマス・イブに纏(まつ)わる5つの話が詰まっていました。例によって、ネタバレに近いことまで書きましたのでご注意下さい。
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第一話「魔法の万年筆」
年末が近づいたある日、7年間務めた運送会社が経営不振になったため、人が好い主人公の慶子が解雇されるシーンで始まる。それは弟が経営する小さな工業デザインの会社が資金繰りに困っているために、それまでに貯めたお金のほとんどである200万円を弟の口座に振り込んだばかりのことだった。
高校を卒業して最初に就職した自動車ディーラー会社の先輩営業マン田代から15年前のクリスマス・イブにネックレスを買ってもらったことを思い出していた恵子は交差点の角で初老のホームレスを見かける。アスファルトには白墨(はくぼく)で「三日間何も食べていません」と書いてあった。お金を出すかどうか躊躇(ちゅうちょ)する恵子はホームレスと目が合った。悲しみに満ちたその目を見た恵子は近くのハンバーガーショップでハンバーガーと熱いミルクをテイクアウトして、500円玉と一緒にホームレスの前に置く。
立ち去ろうとした恵子にホームレスは「実は俺、サンタクロースなんだ。お礼させてもらうよ。これ、魔法の万年筆」と使い古しの短い鉛筆を手渡した。「この魔法の万年筆で願い事を書くと、願いが叶(かな)うんだよ。三つだけ」と言うと、くるりと背中を向けて去って行った。急に寂(さび)しくしくなった恵子は駅前まで戻ってイタリアンレストランに入り、メニューの中から一番高い2500円のコースを注文する。料理を待つ間、硬貨入れの中に鉛筆が入っていることに恵子は気付く。(注釈;さみしいは俗語)
同僚の由美に強く言われて譲(ゆず)ってしまった恋人田代のことや、同じアパートに住む年下で売れない俳優の藤沢健作とのことをワインを飲みながら思い出した恵子は、鉛筆で何かを書いてみようと思う。「美味しいケーキを食べたい」と書いた直後に、「これをどうぞ。当店からのクリスマスサービスです」とウェイターがショートケーキの皿を恵子の前に置いた。本当に魔法の鉛筆なのかもしれないと思った恵子は残された2つの願いを考えた。いずれも叶(かな)えられることになるが、はたして・・。
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第二話「猫」
クリスマス・イブに事務所で残業する派遣社員の雅子(まさこ)がいる。自ら志願したことだが、企画書を決められた書式に合わせてまとめる仕事をしているのだ。業界で注目されるベンチャー企業の社長である石丸幸太もその作業に付き合っている。4か月の契約期間の最終日に憧(あこが)れの男性と二人きりで仕事をしている状況が雅子はとても素敵に思えた。仕事が終わって雑談するなかで雅子はそれまでの職歴と1年前から猫を飼っていることを石丸に話す。恋人に振られた雨の夜に拾った片目のドラ猫だ。雅子に問われて石丸は「部下の女性とは絶対に恋愛関係にならないと決めている」という。
石丸から食事に誘われた雅子は猫にエサをあげる必要があると断るが1時間だけと言われて誘いを受ける。会社近くにある古い洋食屋で一番人気の定食を食べている時に石丸が「自分の会社の正社員になる気はないか」と聞く。雅子の仕事振りが気に入ったからだとも言う。賃貸マンションの自宅までタクシーで送られた雅子は「水を一杯飲ませてくれませんか」と石丸に言われて緊張する。そしてドアを開けると猫の「みーちゃん」が急に飛び出してきて石丸の足に体をこすりつけた。
「ミーシャは大学生の時に拾った猫だったが1年半前に急に行方不明になった」と言う石丸に、「水が欲しいなんて嘘(うそ)だったんですね。私、すごく緊張しました」と言いながら、雅子は勘違いした自分が恥(は)ずかしかった。石丸は急に頭を下げながら、「来年正社員になってほしいと言いたことはなかったことにしてもらえますか」と言う。その言葉を聞いた雅子は体から力が抜けた。そして石丸が険(けわ)しい顔をして「青木さんが正社員になったら・・・」と言葉を続けた時に、「みーちゃん」がにゃーと鳴いた。
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第三話「ケーキ」
とある病院のナースステーションでの簡単なクリスマス会に医師の大原は看護師から誘われた。他愛(たあい)のないおしゃべりのなかである患者の容態(ようだい)が話題に上った。全身に癌(がん)が転移した20歳の若い杉野真理子のことだ。そして主人公真理子の孤児として施設で育った不幸な生い立ちが真理子の回想の形で語られる。中学を出て働きながら美容学校に通ったこと、美容院に就職した年に出場したコンテストで準優勝したこと、そして1年後には病院のベッドにいて入院費を美容院の店長が出してくれていること、若くてハンサムな医師の大原に心がときめいていることなども。
ある時、看護師の一人が大原は美人の女医と付き合っているらしいと噂するのを聞いた真里子はベッドの中でシーツをかぶって泣いた。そして死ぬ前に一口でいいからケーキが食べたいと思い、サンタへ死にたくないとお願いすると奇跡が起こった。癌細胞が毎日縮小して年が明けるとベッドから起きて動けるようにまでなったのだ。1月の終わりに癌細胞がすべて消えた真里子はほどなく退院する。そして後遺症なのか右手の親指が動かなくなった真里子を店長が友人のパティシエが経営するケーキ屋に紹介する。
ケーキ職人になった真里子は先輩男性から申し込まれて交際を始めた2ヶ月後に有名なミュージカルを観にいった帰りに求婚されて結婚、1年後には独立して郊外の駅前にケーキ店を開店して順調な人生が始まった。瞬く間に時間が経過し、長男が美容師になり、孫も2人生まれた。古希(70歳)を迎えた真里子は退院後に大原先生と3度目の再会をした時にずっと自分のことが好きでいてくれたことを知る。再度入院した真里子は50年間待っていてくれた癌が自分に素敵な人生を送らせてくれたことを思う。
暗転した後にナースステーションで開かれたクリスマス会のシーンに戻る。まったく同じことが繰(く)り返されるが、ただ一つだけ違っていたことは・・・。
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第四話「タクシー」
クリスマス・イブに女友達と飲んだ30歳直前の香川依子(よりこ)は乗ったタクシーの運転手に愚痴(ぐち)話をするシーンで始まる。4年前に別の女友達と出掛けた沖縄で知り合った2人の男性との出来事を依子は一方的に話し出した。運転手は酔っ払い女を相手にしたくないのか、相槌(あいづち)さえ打たないで黙(だま)っている。依子は無口で大人しい島尾に惹(ひ)かれたこと、女友達が言い出したことで鞄(かばん)職人である自分達がスチュワーデスだと嘘(うそ)をついたこと、相手はテレビ局のディレクターと配送係だったことなど、依子の独白(どくはく)は延々と続く。
携帯電話の番号を教えたことで東京に戻ってからも依子は島尾からしばしばデートに誘われる。場所は一流ホテルの喫茶店や一流レストランばかりである。島尾への想いが募(つの)るほど依子は嘘をついたことに罪悪感を持つ。3度目のデートで島尾はクリスマス・イブに会いたいという。意を決した依子は嘘をついたことを詫(わび)びた上で、それでも好きでいてくれたなら、イブの正午に、初めてデートしたホテルに会いに来てほしいと書いた手紙を投函(とうかん)した。2日後に島尾から携帯電話にメッセージが残されていた。「個人的な事情でイブの日には合えなくなった」と言う内容であった。
携帯電話の履歴と島尾の電話番号をすべて消した依子は携帯電話を買い直して電話番号も変えた。「自分の人生で島尾はすべて消えたはずだったが、心の中までは消去出来なかった」と依子が言った時、運転手が初めて口を開いた。「その人がテレビ局員というのは、嘘かもしれないですね」と話す声を聞いた瞬間、依子は頭の中に懐かしい声が甦(よみがえ)った。忘れられない声だ。運転手の声はさらに続いて・・・。
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第五話「サンタクロース」
4人の子供たちに恵まれた和子がクリスマスケーキを切り分けている。ケーキのあとはドミノをして遊ぶ家族だが、2度目の停学になったことを和子に叱(しか)られた年の離れた長男は自室に籠(こも)ったままだ。それでも心から幸せを味わう和子。寝室で夫と2人きりになった時に和子は、隣の部屋で遊ぶ子供たちの声を聞きながら、一年前に連鎖倒産しそうになった夫の印刷会社のことなどを語り合う。「クリスマスって不思議だな。キリスト教徒でもない人たちにも特別な日になっている」と呟(つぶや)いた夫に向って一家でただ一人だけクリスチャンである和子は18年前のことを話し始めた。
母を7歳の時に癌(がん)で亡くし、20歳の時に再婚しなかった父を脳梗塞(のうこうそく)で失った和子は6年間付き合って翌春に結婚する予定だった中学の同級生の亮介(りょうすけ)を突然交通事故で失ってしまう。2ヵ月後に妊娠していることを知った生きる気力が失(う)せた和子は見知らぬ町の雪が降り始めた暗い道を死に場所を求めて歩いていた。そして偶然行き当たった教会に誘われるように入る。サンタクロースの恰好(かっこう)をした牧師が優しく声を掛けて礼拝堂へ案内して暖かい紅茶を勧める。問わず語りに身の上を話す和子は、手の甲に星形の痣(あざ)がある牧師からも身の上話を聞いて、愛する赤ちゃんと生きることを決める。
和子はもう一度その教会を訪ねようとしたが見つけられなかったと夫に告げた。そして12年前に海岸で迷子になった息子と砂山を作って遊んでくれていた夫との出会いについても話し出した。「俺の自慢の息子だ」と長男のことを言う夫に感謝の言葉を言おうとした時に、隣の部屋で大声がした。年下の娘がつまづいて石油ストーブを倒す直前に長男が助けたのだ。手の甲を怪我(けが)した長男の手当てをする和子が見た火傷(やけど)の傷(きず)は・・・。
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[読後感] 40ページ前後の5つの短編小説はオムニバスになっていました。つつましく生きる若い女性5人が幸せを掴(つか)むプロセスと奇蹟(きせき)を丁寧(ていねい)に描いており、百田尚樹さんらしくそれぞれの短編には異なる感動が有りました。しかも、星新一さんが得意としたショートショートのように最後に印象的な落ちがあることで余韻(よいん)が残る効果を演出したのは見事だと思います。
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