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2013年5月23日 (木)

百田尚樹著「モンスター」を読む

百田作品を読み切る計画がここまで進展しました。タイトルからは内容が推測できませんが、手に取ったハードカバー(2010年3月幻冬舎刊)の表紙は黒地にマネキンのように若く美しい女性の顔が描かれています。作品ごとに異なるモチーフで小説を書くポリシーを持つ百田氏ですから、これまでの作品とはかけ離れた小説としての期待が高まりました。ちなみに、この小説は映画化されて4月下旬に公開されました。

目次にはプロローグに次いで「町で一番美しい女」「みにくいあひるの子」「運命の恋」「モンスター」などの15章が続きます。どうも容姿の美しさと男女の恋愛を絡めたストーリーのようですが、在り来(ありき)たりのテーマでは百田氏らしくないでしょう。それに「モンスター」が何を意味するのかも想像できません。

 
                        ☆
 

美しい女性が駅のプラットフォームに降り立ったところからプロローグが始まる。駅員はもちろん、売店の若い女店員や駅前で客待ちをしていた初老のタクシー運転手も女性の美しさに目を奪われてしまう。ペンションを買い取ってレストランに改築しているオーナーであろうとその女性を乗せたタクシー運転手は直感する。『腰を抜かすぐらいの別嬪(べっぴん)だ』と自慢げに言う工務店社長の話から地元では美人のうわさで持ち切りなのだ。運転手は『この人は素敵な人だ。優しくて、品がある』と思った。

本編に入って「町で一番美しい女」と噂されるこの見知らぬ女性がレストランをオープンすると大変な評判になって来客が絶えない。レストランの男性客や女性スタッフの言葉を通して女性の美しさが持つ圧倒的な力が語られる。そして主人公の和子は4歳の頃の忘れられない感動的な記憶を思い返す。しかし小学校に入ると自分の醜い容姿について同級生から悪口を浴びせかけられた日々が回想される。母親や姉からも「ブス」と言われる主人公。中学と高校ではその状態が変わらないどころか辱(はずかし)めはエスカレートする。

幼い頃の大切な思い出の相手が同じ高校の同級生だと知っても、それを言い出すことは出来ない。相手の気持ちを自分のものに出来ないことを思い知らされた主人公はとんでもない行動を実行したため、地元でモンスターと呼ばれるようになる。家業への悪影響を心配する両親は東京の短大へ進学することを積極的に勧める。厄介払(やっかいばら)いのために金を出したのだ。そして主人公は東京での一人暮らしを始める。短大に入った主人公は合コンに何度も誘われて参加するが、引き立て役であることを思い知らされる。

心理学の若い助教授から他の女学生と一緒に美人についての様々な話を聞いて、主人公はすべてが分かったような気がした。そして醜(みにく)い顔のせいで自分に恋する男性が現れなかったことと、恋愛によって美しくなる機会も自分には与えられないことを短大での2年間に思い知らされる。就職に備えて主人公は、図書館司書、秘書検定、英検一級などの資格を取っていた。マスコミ関係に就職したかったのだ。

しかし名のある会社の就職試験には軒並み不合格だった。すべて面接で落とされてしまう。逆に同じ短大でも美人の学生は一流企業から簡単に内定が貰えた。一流大学と違って学力よりも顔で選ばれるのだ。それでもようやく女子工員として製本会社への就職が決まる。単調できつい仕事だが給料は安かった。しかも同僚の女子行員から露骨(ろこつ)にブスと言われた。学歴と品性は多くの場合比例して、女の方が男よりも残酷(ざんこく)なことを主人公は知る。

そんな生活が続いて24歳になった時に主人公は初めて目を整形する。二重瞼(ふたえまぶた)にする手術は15分ほどであっけなく済み、手術代8万4千円の効果は主人公の中で何かを変えた。さらに目を大きくする追加手術(蒙古襞を切除する目頭切開法)も受ける。そして次は横に広がった鼻の番になるが120万円もかかることを知った主人公は風俗でアルバイトをすることを決意。しかしファッションヘルスはもちろん、ソープランドでも雇って貰えない主人公はSMクラブで何とか風俗のデビューを果たした。それも虐(いじ)められる専門の女(M嬢)だ。2カ月で鼻の手術をする金が貯(た)まった。さらに突き出た口(乱杭歯のインプラント化と顎の骨の切除)を整形するため、より多い収入を得るためにホテトル嬢に転身する。

そして主人公がレストランを開いた目的が少しずつ明かされて行く。7年間務めた製本会社を辞めた主人公はファッションヘルスに移ることにした。しかし口の手術が終わった時にはその後遺症のため顎(あご)の筋肉が弱って唇の感覚がほとんどなくなったため、ファッションヘルスの仕事を辞める。ソープランドで働くようになった主人公の収入は倍増し、その金を惜しげもなく整形手術につぎ込むと、一所懸命作った作品を丁寧(ていねい)に磨いている感じがしたのである。そして整形する対象は顔だけでなく、元々良かったスタイルを除く女性的な部位にも及んだ。

着実に美しくなる主人公に対する会社の上司と同僚の反応(嫉妬・羨望・嫌悪)が生々しく描かれ、美しくなるとその人の中味も上質に見える錯覚(光背効果)により上昇スパイラルに入ったことで、主人公は自信を得ただけでなく快感すら感じるプロセスも描写される。主人公に言い寄る男性たちが自らを売り込むために熱心に語るテーマとしての「村上春樹の著作」や「ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番」、主人公が身に付ける女性の魅力(話し方・メイク・ファッション)や駆け引きなど、男性と女性の異なる関心事が描かれる。

このストーリーの最終展開は伏せますが、「風の中のマリア」にも似たラストシーンには百田尚樹さんならではの心地よい感動が待っていました。命を懸(か)けて好きな男性のために完璧な美しさを追求した主人公ははたして幸せを掴(つか)むことが出来たのでしょうか。

 
                        ☆
 

[読後感] この小説における異常とも思える状況設定とストーリー展開を通して永遠のテーマである『人間にとって容姿の美しさとは何か?』について、著者は何を言おうとしたのでしょうか。読者に何を問い掛けようとしたのでしょうか? 

私の限られた人生経験に照らし合わせてみると、著者が簡単に述べた『美しさと魅力は別のもの」という言葉にヒントがあるような気がします。『美しさ』は鎮痛薬(ちんつうやく)であるモルヒネ注射のように誰の心も魅了(みりょう)しますが、その快感は投与された時しか感じられないのです。一方、魅力は極めて個人的な心の感動であって理屈では説明できない心の反応(永続的な変化)だと思います。

主人公が体調を崩した時に他の誰よりも足繁(あししげ)く見舞いに訪れた平凡な男の情熱にほだされた主人公はその男と結婚します。しかし、半年も経つと夫の態度が変わり、3年後には会社の若い平凡な女性と浮気をしたのです。それを罵(ののし)る主人公に向って夫は「人は顔じゃない」と言って離婚を申し出たことも示唆(しさ)に富んでいます。

言わずもがなですが、身内については顔の美醜(びしゅう)をそれほど意識しないことや、下世話な表現である『美人は三日で飽きるが、ブスは三日で慣れる』も言い得て妙でしょう。もちろん、男性が美人を求めるのは本能(あるいはDNA)に従った行動であり、わずか3日で飽きることはないでしょうが、「限界効用逓減(ていげん)の法則」のように「時間とともに満足度が減少する傾向」が貴重な存在である美人にも当てはまると思います。逆に、減らないものと言えば幸福感(楽しい思い出)でしょう。

実は当ブログでこのテーマにこれまで一度だけ言及したことがあります。悪人列伝(その2):藤原薬子で著者の作家海音寺潮五郎氏が『美貌は他の能力と違って人間の最も弱いところに訴えることによって力となるものである』と指摘したことです。

外国に目を移すと、カエサルとアントニウスを魅了したクレオパトラ、傾国(けいこく)の美女と呼ばれた中国の玄宗皇帝の皇妃であった楊貴妃(ようきひ)、トロイ戦争の原因になったギリシャのヘレネが世界の三大美女に挙げられますが、百田尚樹氏はそれらは例外であって、美女のためにすべてを無くすような権力者はいないことと、どんな美貌の持ち主であっても男が一旦手に入れればその神通力は急速に失われることを主人公に語らせています。

本論から外れますが、この小説は美容整形と風俗業界についても主人公と医師や風俗関係者の会話を通して掘り下げた解説をしています。美しさとは顔のパーツとそのバランス(黄金比)が平均的である(アジア人と白人ではこれが異なる)こと、目や口元が知性的あるいは優しく見える理由の解説が顔は整形する効果を客観的に説明しています。また、風俗で行われるグロテスクなサービスの描写に嫌悪感が少ないのは、ひとえに百田氏の卓越した技量(表現力)によるものでしょう。

最も印象に残ったことは、美容整形で美しくなった女性たちが、美しさを武器に出来る仕事(AV嬢や風俗嬢など)で金を稼(かせ)いだあとは、日常生活に戻るため元に近い顔に戻すことが多いことを風俗の仲間たちに話させていることです。

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